太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

15 闇の女神モア

「しまった出口を塞がれた!」

 アルサスが舌打ちをする。

「うわわっ!」

 神兵のひとりが、身体を縄で縛られたまま逃げようともがいたホークを取り押さえた。引き寄せて、首元にナイフを押し付ける。

「ホーク!? お前、何やってんだよ!? なんでこんなとこに!?」

 デンテが驚いて声をかけると、

「やあ、君達を見かけたから追って来たら、この人たちに捕まっちゃって」
「はあっ!?」

 苦笑いで答えるホークに、デンテは驚きと呆れを隠せない。

「気をつけて下さい。この人達、強いですよ」

 鎧を着た神兵達と対峙し、気を引き締め身構えるアルサスとデンテ。怯えるステラ。しかし、レオニスだけは神兵達に守られるようにして立っている少年に気づいて、驚愕に目を見開いていた。

 少年は青年にさしかかる十代後半。黒い騎士の鎧とマントを身に付け堂々とした出で立ちだ。そして、美しい容姿を印象付けるのは銀の髪と銀の瞳。

「兄上――!? 何故あなたがここに!?」

 レオニスが驚きに声を上げると、銀髪の少年、ノクティスはにやりと顔を歪めた。

「久しいな、レオニス。探したぞ?」

 記憶にあるより一段低くなった声を聞き、確かに兄であると確認すると共に、レオニスの混乱は深まった。

 何も言えずにいると、兄の横にいた少女が口を開く。

「そうよ。レオニスあんた、ノクティス様に御印斬られて加護の力を使えなくなってるの? 気配がしないから、もうとっくに死んじゃってるんだと思ってた!」

 少女は豊かな漆黒の巻き髪を肩に流し、くすりと笑った。

「魔法の使えない王太子なんて、生き恥もいいところじゃない?」

 小首を傾げた少女は、太ももまで足の出た漆黒のドレスを来ている。見た目は可憐な少女にしか見えないが、異様な気配を漂わせている。

「魔法が使えない?」

 アルサスが驚いてレオニスを見る。

「――っ」

 言い当てられて言葉が出ないレオニスの代わりに、デンテが叫んだ。

「なんでお前にそんなことが分かるんだよ!?」

「“お前”なんて、あんたみたいな山賊の子供風情に呼ばれる覚えはないわ!」

 鋭く言い返した少女は、怒りを静めると、不敵に笑った。

「あたしは闇の女神モア! 世界に夜を呼び、闇を支配する神よ!」

「闇の神モア!?」

 レオニス達は驚いて少女を凝視した。

「そんな。闇の神は確か、千年前、建国の始祖エイウスが冥府に封印したはずじゃ?」

 レオニスの言葉通り、闇の神モアをはじめとした地上に仇なす悪しき神々は、千年前、建国の始祖エイウスが太陽神レクスから授かった聖剣サンクトルーメの力で冥府に封印した。

 悪しき神々を封印した土地にそれぞれ結界を築き、その結界に人が集まり後に都市とした。それが王国の誕生史であり、封印された土地が現在の主要都市となっている。

 そこまで思い至り、そしてレオニスは気づく。闇の神モアを封印した土地は、ウルティミス。兄ノクティス・ルナ・ブリリアントー・ノーブル・デ・ウルティミス公爵の領地であることを。

「まさか――!?」

「気付いたか。そう。そのまさか。7年前、私がこの手で封印を解いたのだ」

 ノクティスはレオニスの反応をうかがい楽しむように、ゆっくりと言葉を紡いだ。レオニスはそんな兄の言葉に戸惑いを隠せない。

「何故ですか!? 王国に仇なす悪の神です! それを、何故兄上ともあろう人が蘇らせたりするのです!?」

 レオニスの問いに、ノクティスは高笑いで返した。

「知れたこと! この馬鹿げた王権神授を終わらせるためにだ!」

「なんだって!?」

 ノクティスは、銀の瞳を紅く血走らせ、驚くレオニスを睨みつけた。

「我が弟よ。冥土の土産に貴様に真実を話してやろう。そうだな。貴様に罪があるとしたら、それはこの世に生まれて来たことだ。私は貴様が生まれてこの方、貴様を疎ましく思わなかった日はない」

 睨む目の中に、憎悪の色を見て、レオニスは慄く。それは、6年前、背中を斬られる前に見た兄の瞳と同じ色だ。

「この兄を差し置き、神に選ばれたと図に乗っている愚かな子供に、地上の王の座を渡すことなど私にはどうしても許すことは出来なかった。それゆえ私は、6年前、貴様を亡き者にするべく一計を講じた」

「何を言っているのです。兄上――?」

 混乱し、問いかけるレオニスを無視して、ノクティスは低く笑った。

「懐かしい。幼かった私は、私自らが手を下したいと、モアには我儘を言ったな」

「そうでしたわね。モアも懐かしいです。あの時のレオニスの恐怖に怯える顔! 超ウケる!」

 モアは、我慢できないという調子でくすくすと笑った。

「――まさか」

「やっと気付いた? あの時、あんたを操ってあんたの母上を殺させたのは、あたし。あたしの影傀儡の力を使ったのよ!」

 叫ぶと同時に、闇の神モアは右手で宙を掴み、引っ張るような動作を見せた。すると、デンテが腰に下げていた聖剣を鞘ごとモアに投げ渡してしまった。

「デンテ!? 何をやって――!?」

 放物線を描いて、聖剣サンクトルーメはモアの手の中に収まる。モアが、宙を掴んでいた手をパッと離すと、デンテはバランスを崩してその場に倒れた。

「デンテ!?」

 ステラが駆け寄り、デンテを助け起こす。

「いま、身体が勝手に動いた!?」

 混乱して慌てふためくデンテ。

「わりい! 俺、聖剣を渡しちまった! でも、信じてくれ! 俺の意思じゃないんだ!」

 必死で叫ぶデンテに、レオニスは戦慄する。

「わかった? あたしは、影のあるモノなら、人でも物でも、何だって思いのまま操ることが出来るの。結構便利な力なのよ? あたしの手を汚さなくても邪魔な人間を殺せて」

 小首を傾げて冷笑するモアを、レオニスは睨みつけた。

「じゃあ、いま国中で起きている連続怪死事件も」

「あたしがやったわ! ふふ。目障りなノクティス様の敵、レクス神を崇めているおバカさん達は、みーんな死んじゃえばいいんだわ! 地上の玉座は、ノクティス様のものよ!」

 モアが叫ぶ。その言葉を聞いて、レオニスの心の奥底に、自責を繰り返しても消えず、絶えず燻り続けていた憎しみの心が燃え上がった。

「そんなことのために……。そんなことのために大勢の罪のない人の命を、母上の命を奪ったと言うんですか――!」

「ノクティス様を信仰しないのが悪いのよ! あんた達も、今からノクティス様につくというのなら、命だけは助けてあげてもいいわよ?」

 尊大な態度で言い放つモアに、従おうとする者はいなかった。レオニス達は、闇の神モアを睨みつけた。

「そんなに睨まないで? 楽しくなって来ちゃう」

 ぞくぞくと身体にはしる興奮を抑えられないとでもいうように、モアはぶるりと震える。

「モア、開封の儀が終わるまで我が弟だけは殺すなよ。父上の血では何度試しても失敗だった。やっと見つけたレクスの御印付きだ。次が生まれるのを待っている時間はない」

 ノクティスがモアを窘めると、モアはノクティスに満面の笑顔を向ける。

「承知致しております、ノクティス様!」

 そして、レオニス達に振り返ると、不敵な笑みで右手を前に突き出した。

「まさか!? やめ――!」

 叫ぶレオニスの声は、途中で喉の奥に消えた。モアの右手が宙を掴んで振り上げられる。

「さあ、パーティーの始まりよっ!」

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