太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

17 6年越しの和解

 一息で間合いをつめたアルサスが、デンテの足を払った。

「うわあっ!」

 尻餅をつくデンテ。見上げると、無表情のアルサスがゆらりと剣を振り上げた。

「ふふ。追い詰めたわよ! どうするのー?」

 くすくすと楽しむように笑うモア。

「デンテ……団長! っく」

 レオニスは、起き上がろうとして痛みが走り、再び床に倒れ伏す。

「待って団長! 正気に戻れって!」

 デンテの背に冷や汗がつたう。必死の訴えも、アルサスには届かない。

「ムダムダぁ! 今のその子には聞こえていても関係ないの! あたしの影傀儡の力の前ではね!」

 モアはくすりと笑うと、右手を前に突き出した。

「そろそろ、十分楽しんだことだし、さっさと片付けちゃおうかな! 行きなさい!」

 叫ぶと同時に、アルサスの剣は振り下ろされる。

「っく!」

 一撃目を躱し、二撃目を剣でなんとか受け止めたが、尻餅をついた体制では長くは持たない。次の斬撃を押し返すことは叶わず、デンテの剣は絡め取られて弾かれた。

 剣が床を滑り、手の届かないところまで飛んでいく。

 剣戟の響き。

 デンテは小さなナイフでアルサスの大剣を受け止めた。しかし、

「くっそおお! もう、もたない――!」

「デンテ!」

 レオニスが叫んだその時、辺りに眩い光が満ちる。視界が奪われ、その場にいた全員が思わず目をつぶったとき、デンテの前からアルサスの剣の気配が遠のいた。

 すべての闇を浄化する光は、アルサスにかけられたモアの傀儡を解いたのだ。

 アルサスは、糸が切れたようにその場に膝をつく。

「なにっ!?」

 異変に取り乱し、モアが叫ぶ。

 レオニスが目を開くと、大聖堂の天井の丸窓から、光の梯子が降りてきているのが目に入った。そしてその光の中には、白金の長い髪を持つ美女と、茶髪の中年の男が浮かんでいる。

「ルナ様! 父上っ!?」

 レオニスは驚愕に目を見開いた。月の女神ルナと、父である国王アクイラが降臨したからだ。二人はゆっくりと地面に降り立つと、闇の女神モアと王子ノクティスを睨みつけた。

「お久しぶりですね。闇の女神モア。わたくしが来たからには、もうあなたの思い通りにはさせません!」

 ルナは叫ぶと、聖杖サーナを振るった。

 するとモアがデンテから奪い、腰に下げていた聖剣サンクトルーメが宙に浮かび、父王の手に収まった。

「ああ! サンクトルーメが!」

 モアは、怒りに我を忘れて叫ぶ。

「おばさん! なんてことしてくれんのよ!」

「おば――!? なんですって!?」

 ルナは、こめかみをぴくりと引きつらせ、モアを睨んだ。

「っふ。あなただって若作りしているけれど、実際は何千年も生きる神じゃないですか! おまけにノクティス様をたぶらかし、悪に手を染めさせたあなたの所業。絶対に許しません!」

「あたしだって、あんたのこと前から気に食わなかったのよ! ノクティス様に御印つけて加護してるからって、自分のもの扱いするのやめてよね! これだから男に免疫ないおばさんは!」

「ま、またおばさんって言いましたわね!」

「何度でも言ってあげるわよ! おばさん! おーばーさん! ノクティス様の前から消えなさい!」

 モアは叫ぶと、手のひらに闇を集め、月の女神ルナに投げつけた。闇の球はルナ目掛けて唸りを上げる。

「許しません!」

 対するルナも、聖杖の先に光の球を灯すと、モアに投げつけた。闇の球と、光の球はぶつかり、爆発して霧散した。

「やったわね!」

 モアは飛び上がり、宙を舞ってルナを上から狙うが、闇の球は地面に直撃した。ルナも飛び上がって躱したからだ。ルナは大聖堂の天井近くまで浮かび上がると、モアに光の球の連弾を浴びせる。モアは宙返りでそれを全弾躱し、ルナを睨みつけた。こうして、二人の女神の空中戦が開始した。

* * *

 父王アクイラは殺気を感じて振り返る。

 メイガスの操る長椅子が眼前に迫っていた。しかし、アクイラは動じない。

「っは!」

 アクイラの身体は光を放ち、その光は長椅子を包むとそれを木っ端微塵に粉砕した。

「愚かな。メイガス、貴様もか! レクス神に使える身でありながら、闇の女神なんぞに加担しおって!」

 叫ぶアクイラに、メイガスは感情の見えない表情で返す。

「私はモア様の忠実な下僕。昔のことは覚えていません」

「ふざけるな!」

 アクイラは叫ぶと、メイガスに向かって光の球を放つ。光球はメイガスの肩に命中し、その身体ごと吹っ飛ばした。メイガスは大聖堂の壁に激突し、後頭部をしたたかに打って気絶した。

 それを見届けて、アクイラは振り返る。そして、再びノクティスを睨みつけた。その目にはもはや、実の息子を見るような生易しいものは含まれない。はっきりとした敵意を含んだ憤怒の表情だった。

 対するノクティスも、嘲るような冷笑を浮かべ、父王に声をかけた。

「父上、お加減はいかがですか。ご無理をなさってはいけません」

「白々しい。何者かに毒を盛られたと気付いた時には遅かった。おかげでこの身は先がないだろう。まさか、その犯人が貴様だったとはな」

 アクイラの口調は静かだったが、抑えきれない怒りが宿っている。ノクティスはもはや否定もせず、残忍な笑みを浮かべるのみだ。

「しかし、その言葉、そっくりそのまま返すとしよう。ノクティス。貴様こそ、死病に冒されていながら、何故床を離れていられるのだ? 本来なら、立っているのも苦しいはずだろう?」

 アクイラの問いかけに、ノクティスは自嘲するように嗤うと、口を開いた。

「ご心配ありがとうございます。父上。確かに私の身体は朽ちかけています。今はモアの力で病を抑えていますが、それが限界を迎えるのも時間の問題。さすがの私も少々焦っているのですよ。毒を盛ったのも、貴方に長生きなどされては、私の野望は果たせないため。悪く思わないで頂きたい」

「開き直ったか。まさか、そこまで堕ちるとはな」

「何と言われようと結構! こうなってしまっては、貴方を生かしておくことも出来ますまい。レオニスもろとも、ここで死んで頂こう!」

 ノクティスは抜剣し、剣先を父アクイラに向け構える。

「どこで躾を間違えたのやら。貴様がそのような態度では、更生の余地もない、か。情けないがその命、父が自ら手を下そう! かかって来い!」

 アクイラは、手にしていた聖剣サンクトルーメをノクティスに向ける。ノクティスは口の端しを上げて笑った。

「父上! いけません!」

 レオニスは荒い息を静め、なんとかそれだけ叫ぶ。アクイラは、ちらりとレオニスを見やったが、すぐにノクティスに向き直る。

「いざ! 勝負だ、ノクティス!」

 アクイラが叫び、勝負の幕は上がった。

* * *

 動けないレオニスの目前で、父と兄が剣を交える。

 剣戟は熾烈を極めた。どちらも一歩も引かず、つばぜり合いの接戦に持ち込まれる。しかし、そうなると分が悪いのは父アクイラの方だった。ノクティスは闇の女神の力で健康体と同じだけの力が出せるが、アクイラはそうではない。短期決戦に持ち込まねば、じりじりと体力を毒に冒され敗れるのも時間の問題だろう。そのことを、他の誰でもないアクイラ自身が一番よく分かっていた。

 一度間合いをとり、二人は睨みあう。

「仕方ない。これだけは使いたくなかったが――ふんっ!」

 アクイラの身体に燐光がまとう。

「聖剣サンクトルーメよ! 我に力を!」

 アクイラは叫び、剣を振り下ろした。光の球が刃となって、ノクティスを襲う。光は唸りを上げてノクティスに命中した。しかし、光刃はノクティスの身体に吸収されて消えた。

 アクイラは、驚きに目を見張り言葉を失った。

「父上、どうしたのです? まさか、奥の手がそれとでもおっしゃるのですか? お忘れのようだから言っておきますが、私はウルティミス公爵。月の御印を持つ者ですよ。皮肉なことに、月の魔力は太陽の御光を吸収して輝きを増すもの。貴方の魔法は、私にはどれも効かないということですよ!」

 ノクティスは残忍な笑みを浮かべ、アクイラの反応を楽しむ。

「それでは、次はこちらから行かせて頂こう!」

 叫ぶと、ノクティスは右手を剣から離し、宙を握り締めた。中指にはめた指輪の紅い石が不気味に輝く。

「っう」

 アクイラが心臓を抑えてふらついた。剣を支えに何とかくずおれるのはこらえる。

「モアからもらった神具の威力はいかがかな? 威力は小さいが、貴方のような半分死にかけの御仁にはよく効くはずです。そのままでは苦しいでしょうから、早く止めを刺して差し上げましょう!」

 言うが速いが、ノクティスは駆け出し、アクイラに剣を振り上げた。

 左肩から右脇に一閃。

 鮮血の花が咲く。

「っうぐ!」

 アクイラがくずおれる前にもう一太刀。脇腹に剣が突き刺さる。剣は父王の身体を貫通していた。身体を蹴りつけて剣が引き抜かれると、アクイラの腹から大量の血が噴き出した。

 返り血を全身に浴びたノクティスは、剣から血を払うと、数歩離れたところから父王を憎悪のこもった目で見下した。

「父上!」

 倒れ伏したアクイラの元へ、レオニスは駆け寄る。この一瞬は体の痛みを忘れてしまっていた。

「父上――! 父上、死なないで下さい!」

 叫ぶと、アクイラはゆっくりと瞳を開いた。

「レオニスか……。よく聞け。聖剣は、死んでいる……。聖なる力が、今この剣から消えている。それを探せ。レクス神から賜った王国の守り……それがあれば、闇の女神を再び封印できる……。太陽王と呼ばれた、始祖エイウスのように……っう」

 アクイラが息も切れ切れに囁き、呻いた。

「父上! もう喋らないで下さい! 傷に響きます。そうだ、後でルナ様に癒して頂きましょう。きっと大丈夫です。治りますよ」

 泣きそうになりながら、レオニスは父の腹を抑える。少しでも血をこぼさぬように。しかし、溢れ出る血は止めようがなく、レオニスの手を紅く染めるだけだ。

「嫌です。父上。母上を失って、この上父上まで――。嫌です父上! 死なないで!」

 叫ぶと、父は唇の端を上げた。厳格で厳しく、滅多に笑うことの無い父が、命を落とさんとするこの時に。レオニスは懐かしさがこみ上げる。

「――レオニス、大きくなったな」

「父上っ」

「すまなかった。6年前、幼かったお前を一瞬でも疑ってしまったことを、ずっと、悔やんでいた――。許せ」

 かすれる声でなんとか囁く父の言葉は、レオニスの涙腺を破壊した。こんな時なのに、父が自分のことを理解していてくれたことが嬉しく、それが一層レオニスを悲しみに突き落とした。

「いいえ、いいえ! 僕が未熟だったばっかりに、母上を――! 申し訳ございません!」

「あまり、自分を責めて、泣くな。見えるものも、見えなくなる……」

 アクイラが、震える手でレオニスの涙を拭う。

「――はい。申し訳、ございません」

 しかし、レオニスは溢れ出る涙を押しとどめることは出来なかった。

「国を、頼むぞ――」

「父上っ? 父上! 父上!」

 力のなくなった父の手を握り締め、揺さぶる。しかし、アクイラの閉じられた瞳が再び開くことはなかった。

「父上――――っ!!!」

 レオニスの慟哭が大聖堂にこだました。

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