太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

6 忘れられた少女の謎と窃盗の濡れ衣

 翌朝早く、レオニスとデンテはアルサスに叩き起こされた。

「おい、お前ら、荷物を全部出せ」

「はいー? なんだよ団長、もう朝飯か?」

 デンテが寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。

「ほう? アルサス君は、何の団長なのかね?」

 ディべスの憤りを押し殺したような声がして、デンテとレオニスははっとした。部屋の入口を見ると、ディべス、そしてその後ろにディべスの娘のリデル、メディウム夫人や使用人達がいて、皆がこちらを睨んでいる。

「こら、なんの夢をみていたか知らんが、寝ぼけるのも大概にしろよ。さっさと持ってる荷物を全部出せ」

 アルサスに怒鳴られて、デンテとレオニスは弾かれたように起き上がり、持ってきた自分達の背嚢の中身をベッドの上にぶちまけた。

 レオニスの背嚢の中身は、羊の胃袋で作られた水袋、火打石、一回分の着替え、手拭い、財布だけである。他に旅に必要な防寒具や毛布、鍋や食器類などは荷車に積んであるので、部屋に持ち込んだ荷物はこれだけだ。デンテの背嚢の中にはレオニスと同じ一式と、何故か干し肉のかたまりが入っていた。

「お前、なんで干し肉なんか」

 アルサスに睨まれて、デンテは目をそらした。おおかた、行商出発前にアジトの台所からかっぱらって来たのだろう。

「帰ったら、ラクーンに言いつけるからな」

 ラクーンとは、団の食事番をしている女で、デンテの母親である。デンテはアルサスの容赦のない宣告に慄いた。

「本当にこれだけか? 隠しても無駄だぞ」

 ディべスに詰め寄られたアルサスは、しかし、落ち着き払って答えた。

「ええ。屋敷中お調べになって下さい。私たちは無実です」
「アルサスさん、一体何があったんですか?」

 レオニスが、こらえきれず問いかけた。

「しらばっくれるつもりか! 貴様ら以外に、金品を盗んで得をする者などこの屋敷にはおらんわ!」
「使用人の手荷物もすべてお調べになりましたか?」
「失敬な! 無論、調べても出てこなかったから、君たちを疑っているのだ!」

 青筋を立てるディべスと、アルサスは睨み合った。

「ちょっと待って下さい、泥棒が入ったんですか?」

 レオニスが慌てて確認すると、ディべスの娘、リデルが巨体を揺らして泣き喚いた。

「そうよ! 朝起きたら私のお気に入りの白いドレスがなくなってたの! いくら私が可愛いからってドレスを盗むなんて最低よ!」

 顔を真っ赤にしてボロボロと涙をこぼすリデルは、子供の鬼女のようである。

「うげえ~。ドレス盗むにしても、他を当たるぜ」

 デンテがこぼした正直すぎる言葉は、幸いレオニス以外の誰にも聞かれなかったようである。

「わたくしのサファイアのブローチも盗まれましたの。昨夜眠る前までは、確かにドレスにつけていましたのに」

 メディウム夫人も困惑した表情で言った。

「それに加えて、昨夜わたしがアルサス君から買い受けた商品の金のブレスレットとオパールの髪飾りと耳飾りが、今朝起きたら消えていた! これは一体どういうことかね!?」

 ディべスに詰め寄られて、レオニスは驚く。

「それでどうして僕たちが疑われているんですか!?」
「何を言う、君達以外に怪しい人物はいないではないか! 私は前々から君達の商品の入手経路が怪しいと思っていたんだよ。価格が安く質も良いので黙っていたが。まさか、それがこんな手段を使っていたとは! こうやって盗んだ商品を売りさばいていたとはな!」

 ディべスの剣幕に圧倒されそうになるのをこらえて、レオニスはなんとか言い返す。

「違いますよ! 僕たち、盗んでなんかいません! というか、僕たちよりも怪しい人物がいるじゃないですか! 彼女はどうしたんです!?」

「彼女?」

 その場にいた全員が、レオニスの顔を凝視した。皆一様に疑問符を浮かべた表情で。それは、レオニスと同じく嫌疑をかけられているデンテとアルサスでさえもだ。

「彼女とは、一体誰のことだ? 犯人に心当たりでもあるのか?」

 ディべスが、レオニスに詰め寄る。

「何言ってるんですか!? 昨夜あれだけ騒ぎになったじゃないですか。侵入者ですよ、侵入者――えっと、確かステラって名乗ってたかな。金髪碧眼で小柄な女の子です!」

 しかし、レオニスがどれだけ訴えても、その場にいた誰も、少女のことを覚えているという者は現れなかった。レオニスは皆から奇怪なものを見る目で見つめられる。レオニスは、思わずデンテを振り返った。しかし、デンテもきょとんとした表情でレオニスを見返すだけだ。アルサスもレオニスの顔を見つめ返すばかりだ。

「侵入者!? 私の屋敷に賊が入ったとでも言うのかね!? 私の屋敷の警備は万全だ! 賊の侵入など許しはしない! 許したとすれば、君達くらいのものだ!」

 ディべスが逆上してついに手を上げたところを、後ろから使用人のホークが取り押さえた。

「放せ、ホーク! この盗人を八つ裂きにしてくれる!」
「まあまあ、落ち着いて下さい、旦那様」

「ああっ! ねえ、君、ホークさん! 君は覚えてますよね!? 昨夜、侵入者を地下の物置に運んで、その後、見張りも任されてたじゃないですか!」

 レオニスに指差され、ホークは固まる。ディべスはホークの腕から逃れて、今度はホークに詰め寄る。

「何!? ホーク! 貴様も関係してるのか!?」
「そんな! 僕は何も知りませんよ! ……たぶん」
「たーぶーんーだー!?」

 ディべスが顔を真っ赤にしてホークの胸ぐらをつかむ。

「いえ、確かに私、夜中に地下の物置部屋の前に行った記憶はあるのですが……。何故そんなところに行ったのかまでは覚えていなくて。ただし、その時部屋の中を確認しましたが、中には誰もいませんでしたよ」

「そんな! ホークさん、貴方、犯人逃がしましたね!?」

 レオニスがここぞとばかりに叫ぶと、ホークは取り乱した。

「ええっ!? なんでそうなるんですか!? だいたい、そんな侵入者、初めからいなかったじゃないですか! ねえ! 旦那様! 侵入者なんていませんでしたよね!?」

 問われたディべスは、キレて叫んだ。

「だー! わかった! 犯人に心当たりがあると言うのなら、その犯人を私の前に連れてこい! 一日やろう! 今日の日没までに犯人を捕まえて盗まれたものを持ち帰って来たら、この件は不問とする!」

「そんな!? だって、どうやって見つければ? グラディウムにどれだけ人がいると思ってるんですか!? それに、もう街を出てしまってるかもしれない。手がかりもないのに、そんなこと、出来るわけないじゃないですか!?」

「黙れ、黙れ! 手がかりは、貴様がさっき言った、その犯人の名前と特徴だ! 探しに出るのは貴様ら弟子二人だけだ。アルサス君は念のため残ってもらう。君ら三人を自由にして、まんまと逃がす訳にはいかんからなあ。日が沈むまでに犯人を連れ帰ることが出来なければ、アルサス君を衛兵につき出してやる! 覚悟しとけよ」

 ディべスに宣言されて、レオニスとデンテは取り乱した。

「そんな! アルサスさんを人質にとるなんて卑怯だぞ!」
「条件が無茶苦茶だ! 僕たち何も悪いことしてないのに!」

 しかし、ディべスは動じない。

「早くしないと、どんどん時間がなくなるぞ? いいのか?」

 レオニスとデンテは押し黙って、助けを求めるようにアルサスを見た。アルサスは数秒思案するように顎をなでたが、腹が決まると口の端を上げた。

「レオニス、犯人を見たというのは本当なんだな?」
「はい! というか、ここにいる皆が見てるはずなんです」
「残念だが、俺もそんな侵入者は記憶にない。だが、お前の言うことを信じるよ。日没まで時間はある。後のことはどうとでもなるから、心配せずにとりあえず、その犯人を捕まえて来い」
「アルサスさん……。はい、わかりました!」
「アルサスさん、俺たち絶対真犯人を見つけ出して、アルサスさんを助けに戻って来るから! レオニス、行くぞ!」
「おう!」

 駆け出そうとする二人を、ディべスが呼び止めた。

「そうだ。お前達が逃げ出すと面白くないからな、ホークを連れて行け」

 呼ばれたホークは驚いてディべスを見た。

「え、私ですか!?」
「監視でもなんでもつけてくれてかまわない! 来るなら来い!」

 デンテは叫び、返事も待たずに部屋を出た。レオニスも同時に駆け出した。

「えっ!? 待って下さいよ!」

 駆け出した二人の後を、慌ててホークは追いかけた。

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