太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

8 お告げの意味

 四人は逃げに逃げ、貧民街と一般住宅街の中間地点辺りまで走って、ようやく足を止めた。路地裏の行き止まりの壁にもたれて、上がる息を静める。

「ここまで来れば、さすがに追って来るやつはいないだろ……」

 レオニスが息を切らしながら言うと、少女は苦笑いで返した。

「あははは。こんなに走らなくても、追って来る人なんていないよう」
「だいたいなあ! あんな作戦で逃げようなんてムチャもいいとこだぞ」

 デンテが憤慨すると、少女はケロっとして答える。

「でも、うまくいったよ?」
「まあ、確かに……」

 デンテが口ごもると、少女はふと真面目な顔つきになった。そして口を開く。

「ねえ、なんで? なんで君達はステラのこと、見つけられたの?」

 真剣な表情で詰め寄られて、レオニスはイラっとした。

「なんで見つけられたのって、盗品身につけて堂々と広場の真ん中で人集めてたら、見つけられない方がおかしいだろ!」
「あ、そっか。この格好かあ。なんだ……」

 残念そうに俯いた少女に、レオニスは畳み掛ける。

「それに、普通昨日の今日で忘れる訳ないだろ!? あんな大騒ぎ起こしておいて」

 しかし、その侵入者騒ぎに関しては、何故かレオニス以外の全員が忘れてしまっている。その原因不明の事態が、レオニスを混乱させ余裕を奪っていた。そして、それを引き起こしたであろう少女が目の前にいるのだ。

「うん。普通はね。ステラは普通じゃないから……」

 うなだれた様子の少女に、レオニスのイライラは募るばかりだ。

「泣いたって無駄だぞ! どんな理由があるのか知らないが、盗みを働いていい理由にはならないからな!」
「盗むつもりなんてなかったの。ちょっと借りようと思っただけで。踊りが終わったらちゃんと返す予定だったんだよ」
「そんなこと通用するはずないだろ!? 君のせいで団長が衛兵に突き出されるところなんだぞ!」

 レオニスが叫ぶと、少女は驚いたように目を見開いた。

「え? そうなの? ごめんなさい! じゃあ、急いでお屋敷に戻らなくちゃ!」

 おろおろと辺りを見回したあと、少女は地面に落としていた布製の鞄を拾う。

「分かれば良いんだ――って、どこ行くんだ!? 逃げる気か!?」

 レオニスがとっさに少女の腕を掴んで睨みつけた。

「あ、あの~。着替え? このままじゃドレス、返せないから……」

 少女に上目遣いでおずおずと申告され、レオニスは思わず掴んでいた腕を離した。

「あ、ああ。そうだね、ごめん……」

 素直に謝ると、少女は路地の暗がりの中へ入って行こうとする。暗がりの奥は行き止まりになっているのをレオニスが確認していると、少女は頬を染めてちょっと怒った様子で一言釘を刺してきた。

「覗かないでね!」
「なっ!? 誰が覗くか!」

 レオニスが思わず赤面して怒鳴ると、少女は疑わしげな一瞥を投げた後、路地の奥へと入っていった。残った男子三人は、路地の入口に背中を向けて待たされることになる。

「美少女の着替え……。私はのぞきたい……」

 ホークがしみじみと呟いた。

「ばか、こういうことで女を怒らせると後が怖いんだぞ!」

 デンテが、慌てたようにたしなめる。

「ふ~ん。つまりデンテは、過去に何かしらやらかした経験があると?」

 ホークにすかさずツッコまれ、デンテは大いに慌てた。そして墓穴を掘る。

「違う! あれは不可抗力だったんだ!」
「へ~」

 ホークがにやにやした顔でデンテを見下ろした。レオニスは若干呆れつつ、ホークにからかわれるデンテの様子を見て少女の着替えが終わるのを待った。

 しばらくすると、少女は昨夜見た地味なワンピース姿になって戻ってきた。手には装飾品やドレスを持っている。

「お待たせしました。はい、これ返すね」

 盗品一式をレオニスは受け取る。

「さ、急がなきゃだよ!」

 少女に促され、レオニスは拍子抜けした。

「なんだ、もっと抵抗するかと思った。まあ、抵抗されても無理やり引っ張って行くつもりだったけどさ」

 少女はにへらと微笑む。

「うん。絶対大丈夫だから。さ、団長さんを助けに行こう! ステラのせいで酷い目にあわせちゃったら嫌だもん」
「え? あ、ああ――」

 少女に追い立てられるように、レオニス達はアルサスの待つディべス邸へと急いだ。

* * *

「まあ! わたくしのブローチ!」

 メディウム夫人は歓声をあげた。

「うげ~。湿ってる! こんな気持ち悪いドレス、もうリデルのじゃない!」

 確かにドレスは、噴水の泉の水を吸って湿っていた。リデルが泣き出したので、ディべスは慌てて娘をなだめ始めた。

「さあ、泣くのはおよし。お父様が新しいドレスを買ってあげるからね」

 顔を真っ赤にしたリデルが泣きやむと、ディべスはアルサスを解放した。

「確かに、盗品は返却されました。いや、申し訳ありません。アルサス君。君に嫌疑をかけるのは私も辛かったのだが、こちらも商売なんでね、わかってくれたまえ」

 そのあまりの手のひらの返しようにレオニスとデンテは憤慨したが、アルサスは動じない。完璧な営業スマイルで返した。

「いえ、お分かり頂けてホッとしております。ディべスさんは大事なお客様ですので」
「うむ。借りができてしまったな。いや、困ったことがあったら何でも言ってくれたまえ」

 大きな腹を撫でて、ディべスが恐縮するのを見逃さず、アルサスは次の商談の日時を取り決めてしまった。そのあまりの手際の良さに、準備していた台詞なんじゃないかとレオニスは気付いた。昨日の夜まで仲が良さそうに見えていただけに、その実お互い腹の探り合いだったと気づき、大人の世界の難しさをレオニスは痛感した。

「それで、お前が真犯人なんだな?」

 アルサスとの商談が終わると、ディべスは少女ステラに向き直った。両手首を前に縛られて手持ち無沙汰にしていた少女も振り返る。

「うん。ステラが犯人だよ!」

 そう言って頷いた少女は、しかしへらへらと笑っている。

「ふん、気持ち悪い小娘め。ホーク! こいつを城の衛兵につき出して来い!」
「ええ!? 私がですか!? こんな美少女を……。かしこまりました」

 不承不承といった様子でホークは承知し、少女の腕を掴んだ。ステラは、特に抵抗する素振りは見せない。

「じゃあ、行きますよ」
「はーい」

 ホークはステラを連れて、そのまま部屋を出て行った。メディウム夫人やディべス親子も同時に部屋を出て行く。ディべスは去り際に、グラディウム滞在中は屋敷の部屋を自由に使うことを許可して頼めば食事も用意することを約束してくれた。それらを見送って、レオニスは溜息をついた。そんなレオニスにアルサスが声をかける。

「レオニス、デンテ、ありがとう。おかげで助かった」

 アルサスは、レオニスとデンテの頭をわしわしと撫でた。

「わ! 団長! やめてくれよ、俺達もう子供じゃないんだぜ!」

 嫌がるデンテだが、その顔は嬉しそうだ。照れ隠しだとわかっているから、アルサスも撫でる手を引っ込めない。

「俺からしたら、お前らはいつまでたってもガキみたいなもんだ」

 笑うアルサスに、デンテは嫌がって、その手から逃れると、叫んだ。

「団長! それどころじゃないんだって! お告げ! レオニスがお告げの夢を見たんだ! なっ? そうだろ、レオニス」

 デンテに言われて、レオニスもはっと気づく。アルサスも、表情を改めて手を引っ込めた。

「お告げ? いつもの森の女神から、という訳じゃなさそうだな?」

 アルサスの問いかけに、レオニスは頷く。アルサスに「話してみろ」と命じられ、レオニスは話した。昨夜見た月の女神ルナのお告げの全容を。


『ああ、もう時間がありません。わたくしに出来ることは本当に少ない。すべては、わたくしの罪。わたくしが彼を見誤ってしまったのが全ての元凶だったのです。わたくしをお責めになってもかまいません。ですが、どうかお願いです。彼を、ノクティス様をお止めして下さい。彼に聖剣サンクトルーメを渡してはなりません。でなければ、地上に――』


「なるほどな。それは確かに、放ってはおけないな」

 話を聞き終えたアルサスは、顎を撫でながら、神妙な顔で考え込んだ。

「月の女神が、『彼を見誤る』ってどういう意味だ?」

 デンテも首を傾げた。その問には、レオニスが答える。

「う~ん。僕もよく分からないけど、兄上は、ウルティミス公爵だろ? 紋章院貴族だ。紋章院貴族と呼ばれる貴族は王国中に5家あって、それぞれその血統に強く神の加護を持っている。代々の当主は、その信仰する神によって選ばれる。王太子が太陽神レクスによって選ばれるのと仕組みは一緒なんだ。御印を授かって生まれて来た者が次の当主となる。兄上は、ウルティミス侯爵だから、月の女神ルナの御印を身体のどこかに授かって生まれてきたはずなんだ。
 ルナ様が、兄上を公爵にと見定めた。けれど、兄上が何か良からぬ事をしようとしている。ルナ様は兄上がその何かをするような人物だと思わなかった。だから、『見誤った』と言ったんじゃないか……。なんて、憶測だけどね」

 レオニスが自身なさげに言葉を引き取ると、アルサスが口を開いた。

「まあ、おそらくそんなところだろう。もし他の意味があったとしても手がかりが女神の証言だけじゃ推理しようがない。これ以上の推論は意味がないだろう。
それよりも問題なのは、女神がレオニスの兄貴……『ノクティスを止めろ』『聖剣を渡すな』と言っていた件だ」

 レオニスとデンテが頷いたのを見て、アルサスは再び口を開いた。

「まず、『ノクティスを止めろ』と言っていた件だが、これはノクティスが具体的に何をしようとしているかが分からないから、止めようがないな」

「レオニスの兄ちゃんだろ? 昨日ディべス達が話してたのを聞いた限り、王様になろうとしてるんじゃないのか? 政治がノクティスの独壇場だとかなんとか言ってただろ?」

 デンテが首を傾げながら発言した。

「ああ。確かにノクティスが王位を狙っているとか、ノクティス待望論の話はよく耳にする。が、女神がノクティスが王になるのを阻止しろと言った訳ではないから、これと決め付けるのは早計だろう。もっと他に、それ以上にやばいことを企んでいる可能性だってある。もっとも、ノクティスが王になるのを阻止しろ、と言われたのであれば、俺達に出来ることは知れてるけどな」

 アルサスが自嘲気味に口の端を上げる。レオニスが、思いつめたように口を開いた。

「であれば、もうひとつの……。『聖剣を渡すな』の方が問題ですね。唯一具体的な指示ですし、物理的には可能です。とは言っても、聖剣は王城の奥の宝剣の間に保管しているはずなので、盗み出すのは至難の業ですが……」

 アルサスも頷いた。

「ああ。俺も一度王城の地下牢に捕らえられたことがあったが、警備の兵の数も多くて厄介な印象を受けたな。神官長の助けがなかったら、逃げ出せたかどうか怪しかった」

「でも、やるしかないだろ! ルナ様は最後に『でなければ、地上に――』って言ったんだろ? 『地上に』の後に何が来るか分からないけど、どう考えてもヤバイ単語が来るとしか思えないだろ。『地上に災いが降り注ぐ』とかさ」

 デンテの発言に、レオニスとアルサスも頷く。

「確かにな。少なくともルナ神は『地上に平穏が訪れる』からって兄貴を止めるよう呼び出すような性質の神ではないはずだ。何がなんでも、ノクティスから聖剣を守らなければな」

「そうですね。とりあえず、僕は城の近くまで偵察に行ってみます」

 レオニスが申し出ると、アルサスとデンテもそれに続いた。

「俺も行く!」
「俺も行くよ。ここで手をこまねいていても仕方がないからな」

 かくして三人は、ディべス邸を後にし、聖剣の眠るグラディウム城へと向かうこととなった。

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