太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

4 ”逃げ”

 夜も更け、食後の集まりも解散となった。カスタマー男爵夫妻は馬車で帰宅し、メディウム夫妻は、メディウム氏が酔ってしまったので、屋敷に泊まることにしたらしい。それぞれが用意された部屋へと戻っていった。

「じゃあ、デンテ、レオニス。明日も早いからな。騒がずに早く寝ろよ」

 レオニスとデンテに用意された二人部屋の扉の前で、アルサスが注意する。

「了解」

 デンテが答える。しかし、レオニスは、思いつめた顔でアルサスを見た。

「……団長。団長は、知ってたんですね。さっき話してた殺害事件のこと。知ってて、だから僕をここに連れて来たんですか」

 アルサスは、レオニスの顔を見つめ、バツが悪そうに頬をかいた。レオニスとデンテを部屋に招き入れ、自分も部屋に入って扉を閉める。

「まあ、こうあからさまに事件の話になってはな、否定する方がおかしいだろう。確かに、俺は、王国中でレクス神信者の殺害事件が頻発していることも、犯人の一部が『身体が勝手に動いた』と供述しているらしいことも噂で聞いて知っていた。その上で、お前が首都に来ることで国の現状や事件のことを知る機会があるだろうと思って連れてきた。黙って連れて来たのは悪かったが、知るべきだと思ったんだ。お前は知ってなくちゃいけないと」

「じゃあ、行商の後継者にするって話は嘘だったんですか!?」

 レオニスは、アルサスの榛色の目を睨みつけた。

「嘘じゃないさ。お前は暗算も得意だし、商売させたら面白いだろうなという期待もある。けど、こればかりは神が選ぶこと、なんだろ? 俺はあまり信心深い方ではないが、お前の運命を決めた神様が、お前をどこに連れて行きたいのか。それを知らない俺としては、神の邪魔をする訳にはいかないと思ってな。どんな道でも選べるように、準備させてやるのが俺の役目かと思ったんだよ」

「団長……それは、僕にリベルタスをやめて王太子に戻れと言いたいんですか? そんなの困ります! 僕には、そんな資格ありません。母上をこの手にかけ、兄上がいなければ国王である父上をも殺していたかもしれないんですよ!?」

 レオニスはアルサスに食ってかかる。

「しかし、お前にはその意思はなかった。『身体が勝手に動いた』そうだろ? どこかで聞いた話じゃないか。お前の話を信じるなら、子爵や男爵夫人殺害事件の犯人の使用人や侍女の供述を信じないのもおかしな話じゃないか?」

 アルサスは、レオニスに問いかけた。これ以上簡単な問題などないかのように。

「つまり、お前は何者かによって、身体を操られたんだよ。あの儀式の祭壇の上で。レクス神信者ばかり狙われていることから考えても、犯人は意思を持って行動している。お前は自分がおかしいんじゃないかとか、呪われているんじゃないかとか、色々悩んでいたみたいだけど、そうじゃない。はめられたんだ。お前の存在を疎ましく思っている何者かによって」

 アルサスの言葉に、レオニスは一瞬言葉を失う。

「……でも、どうやって? 人の身体を操る、なんてこと。そんなこと不可能です」
「そんなこと俺が知る訳ないだろ。すごい貴族なら魔法でそれくらい出来るんじゃないのか?」

 アルサスは、あっさり手をあげた。

「できませんよ! 貴族は魔法を使えると言っても、御加護を受けてる神の力を少しだけ使える程度です。例えば、オーム侯だったら風の神ヴェンタスの加護を受けて風を起こしたり。森の神シルヴァ神の神族の貴族なら植物の成長を早めたり。そもそも、特別の儀式の時以外では魔法は使っちゃいけないしきたりだから、本当に基本的な魔法しか呪文が残されていないんです。人の身体を本人の意思を無視して操作する、なんてこと、出来るはずないですよ」

「本当に? お前はどうしてそう思うんだ? 本当に出来ないか、確かめたことはあるのか? 手段を尽くして調べたことは?」

「……ない、ですけど。でも、もし本当に操ったりすることが出来たとしても、母上を殺したのは、僕です。それに僕がもっとしっかりしてれば、そんな魔法に操られることなんてなかったんです。僕には、王なんて務まりません。国王はまだご存命ですし、もし崩御なさっても、その時は次の太子がお生まれになるまで、兄上が王位をお継ぎになれば良いんです」

 レオニスは、俯いて呟く。

「レオニス、玉座に座る者が血にまみれていてはいけないという決まりはないぞ。それに、操る魔法があるのなら、それを防ぐ方法もあるはずだ。それを探せばいいとは思わないか?」

 アルサスが、レオニスの肩に手をそえた。しかし、レオニスは、その手を振り払う。

「無理です! 僕には出来ない! もう関わりたくないんです。王位とかレクス神とか!団長は操られたことがないからそんなことが言えるんですよ! もし同じ場面に出会って身体を操られそうになった時、その防御の魔法が失敗したら!? また大事な人を手にかけることになるかもしれない! そんなの、もう僕は耐えられません!」

 叫ぶように言ったレオニスを、アルサスとデンテは悲しい顔で見つめた。

「レオニス、ちょっと落ち着け」

 なだめようとしたデンテの手も振り払い、レオニスは自分のベッドに向かった。

「僕、もう寝ます。明日も早いんですよね。早く仕事を覚えて、一人前のリベルタスの男になりたいですから」

 毛布をめくりベッドに入ろうとするレオニスに、アルサスは低く言葉を投げた。

「レオニス。リベルタスを“逃げ”に使うな」
「っ!」
「団長! それは言い過ぎだぜ。レオニスはリベルタスのことが好きだし、今までだって一緒にリベルタスで働いてきた仲間だろ!」

 レオニスが口を開く前に、デンテが声を荒らげた。おかげで、レオニスは言葉を失った。アルサスも黙る。部屋の中に気まずい沈黙が降りた。アルサスは今にも泣き出してしまいそうなレオニスを見て、溜息をついた。

「悪かった。そうだな。お前には、リベルタスで生きる道もある。仲間だからな。それはお前がカースピット山に来た6年前から変わらない。……でも俺は悔しいんだ。お前がそこまで苦しんでることが。犯人がいるならとっ捕まえてぶち殺してやりたい。だが貴族でもない俺には魔法のことはさっぱりだ。助けになってやれない。不甲斐なくてな」
「団長……」
「…………」

 レオニスも無言でアルサスの背中を見つめた。

「おやすみ。明日またな」

 静かに扉は閉まり、アルサスは自分の部屋に帰っていった。

「さて、早く寝るか! 明日も朝早いし、一日歩いてここまで来たから俺クタクタだわ。――って、おおっ! すーげえ。このベッド超ふかふか! さすがは富豪ん家!」

 ベッドのスプリングを確かめて、デンテが不自然にはしゃぐ。ベッドにダイブして弾むベッドのスプリングを楽しんだ後、デンテは珍しく早く布団の中に入った。レオニスもベッドに入る。しかし、目をつぶってもすぐには寝られそうにない。

 ランプの灯りもなく、月明かりが薄く差し込む部屋の中は静まりかえっていた。レオニスは迷った末に、口を開いた。

「デンテ、起きてるか?」
「おう」

 返事が返ってきたことを確認して、レオニスは再び口を開いた。

「さっきはありがとう。仲間だって言ってくれて嬉しかった」
「なんだよ、改まって気持ちワリい。そういうの無しにしようぜ」
「そうかな。そうだな」
「ああ。そうだ」

 沈黙が降りた。それは、先ほどの沈黙とは違い、少し穏やかな空気のものだった。デンテは迷い、迷った末に、やはり口を開いた。

「なあ、レオニス。これ言ったらお前怒るかもしれないけどさ。最後に団長が言ったこと、あれ、俺も同じこと思うよ。レオニスがこんなに苦しんでる原因、犯人がいるなら捕まえてぶち殺してやりてえっての。きっと、団の皆だって、同じこと思ってる。犯人探すの、俺何か手伝えねえ?」

 寝返りを打って、伺うようにレオニスを見る。今度は落ち着いていられたようで、レオニスは静かに天井を見つめている。

「ありがとう。でも、いいんだ。犯人が分かったとしても、僕には『本人の意思を無視して身体を操る』魔法をどうすることも出来ない。また同じことの繰り返しになるのがオチだから、もう関わりたくないんだ」
「そんなこと、わかんないだろ。その魔法を防御する魔法とかがあるかもしれないって団長も言ってたじゃ――」
「無理なんだ!」

 言い募るデンテの言葉を遮るように、レオニスは言った。

「無理なんだよ。デンテにだから言うけど――。僕、魔法が使えないんだ。小さい頃は使えたんだよ。光の球を出して部屋を明るくする魔法とか、イタズラに使ってよく怒られたりもした。けど、ダメなんだ。授剣の儀のあの事件以降、一度も魔法が使えたことはない。理由はわからない。でも憶測でしかないけど、僕は御印を斬られたからじゃないかと思ってる」

「御印を斬られた?」

「うん。僕の御印は、背中にあったんだ。僕が山に運ばれて来た時、背中に怪我してただろ? 10針縫った。兄上に斬られたその傷が、御印を真っ二つに分断してしまってるんだ」

「ふーん。それと魔法が使えないのとどう関係しているんだ?」

「貴族が魔法が使えるのは、その血に神の御加護があるからだっていうのは知ってるだろ? 僕は、王家の生まれだ。そしてその中でも、レクス神に選ばれた、御印を持つ者として生まれて来た。でも、レクス神に選ばれた証である御印を、僕は失ってしまった。だから、僕はきっと神の加護も失って、魔法も使えなくなったんだと思う」

 デンテは少し考えてから問うた。

「でもそれ、お前の憶測なんだろ?」
「だけど、他に考えられないよ」

 レオニスの返答は簡潔だった。それで、デンテは黙るしかなかった。何と声をかけて良いか分からなかったからだ。

「今度こそ、もう寝よう。話聞いてくれてありがとう。おやすみ」

 レオニスは、そう言うと返事も聞かずに布団にもぐった。

「――俺、貴族は嫌いだけどさ。お前が王様やるんだったら、きっと市民のこともちゃんと考える良い王様になるんじゃないかなと思うぜ」

 デンテの言葉に対する返答は返ってこなかった。デンテも返事を期待していなかったので、やがて穏やかな寝息が部屋に聞こえ始める。しかし、レオニスはなかなか寝付けない。

 レオニスは、かけていたネックレスのペンダントトップを握り締めた。シルバーのフェザー(羽)とオパールの二連になっており、これは一昨年の誕生日プレゼントにデンテとマラがくれたものだ。二人の手作りの品で、これをもらった時、レオニスは幸せな気持ちになったものだ。握り締めていると、気持ちが安定してくるような気がする。

(母上、ごめんなさい。僕は。僕は、逃げているのかもしれません。だけど――)

 レオニスは、一日の疲れが出たのか、やがて眠りに落ちていった。

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