黒猫転生〜死神と少女の物語〜

霧ヶ峰

第9話:冒険者の街[ラ・クシール]


冒険者の街の朝は早い。

夜明け共に鐘が街に響き渡り、それに応えるようにギルドや店々の戸が開かれる。

なぜなら、朝早くにギルドへと赴き、手頃で報酬の良い依頼を我先に受注しようと、冒険者たちがこぞって早起きするのだ。
それに合わせて、ポーションを取り扱う店、冒険飯と言う名のブロック状の栄養食を取り扱う店、鍛治を始めたばかりの新人たちの作品を安価で売り出す露店と、様々な店が開かれる。

いつもの忙しくも活気ある風景に、この街の人たちの一日は始まっていく。



そんな喧騒の中、一人の少女と黒い猫が開かれた門を潜り、冒険者の街へと入ってきた。

門を潜るとその場で立ち止まり、未だ幼さの残る顔をキラキラと輝かせながら街を見渡すその姿に、周囲の人達は、お互いに顔を見合わせて横に振り合う。そして、ニヤッと笑うと・・・

「「ようこそ!冒険者の街[ラ・クシール]へ!!!」」

と、街中に響き渡りそうなほどの声で、少女を・・・一人の新しい冒険者を歓迎するのだった。






だが、いきなり大きな声でそんな事を言われたシアンはと言うと、

「・・・ッッッ!!!」
『グフッ!・・・』
ナギをぎゅっと、それはもう万力のように力強く抱きしめて、人目から逃れるように裏路地へ駆け込んでいた。

極度の人見知りと人間不信により、ナギ以外の人ーーナギが人かどうかは置いておくーーには未だに慣れないらしく、森からこの街に来るまでにすれ違ったから商人に対しても警戒していた。


『まてまてまて!!!落ち着け!一旦止まれ!!!』
「ッッッ!・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

裏路地をがむしゃらに駆けていくシアンは、念話で聞こえて来るナギの大声で走るのをやめ、数歩よろめくように歩くと、ヘナヘナとその場に崩れるように座り込み、肩を大きく揺らしながら荒く息を吐く。
そのまま息を整えるように荒い呼吸を続け、少しづつ穏やかにしようとするが、途中身体が息を吸うのを拒むように息が吸えなくなったりと、危ないところもあった。だが[自己回復]の技能の力もあってか、しばらくすると思う通りに呼吸できるようになった。

「はぁ、はっ、はぁ・・・よ、ようやく落ち着いてきた」
呼吸が整ってくると、それに応じてまともな思考ができるようになる。
少しだけふらつきながらも、壁に手を当てて立ち上がり、シアンは薄暗い裏路地を見渡す。

「ねぇマスター。私ってどっちかは走ってきたの?」
『そんなもの俺が知りたいわ』

ナギは、シアンの胸に顔を埋める形でホールドされていた為、下手をしたら窒息の危険もあったのだが・・・それはレベル的に無問題となっていた。
だが、レベル差があるとは言え、身体能力が普通よりも圧倒的に高いシアンの力で、か弱い(?)黒猫の時の身体を締め付けられたのだ。それなりの圧迫感は有った。



『まぁ適当に歩いていれば大通りに出れるだろう』
「そうかなぁ?・・・そうだね!よし行こう!」

少し休んで調子が戻ってきたシアンは、いつも通りのお気楽さで裏路地を進んでいく。ナギを抱えながらなのは、まだ完全に調子が戻っていないからだろう。





ナギを抱き抱えて裏路地を進んでいくシアンは、耳を澄ませながらその歩みを止める。

「ねぇマスター。この音って・・・」

裏路地を反響するように響いてくるのは、カーン!カーン!と一定間隔で金属同士を打ち付ける音。

『あぁ・・・鍛治をする時の音だ。・・・久しぶりに何が作りたくなってきたな』

そこそこ鍛治が出来るナギは、金属を打つ時の音でその職人の技量が大体分かるのだが、

『おかしいな?・・・この技量なら、こんな裏路地じゃなくて大通りの、それも特等席のようなところに店を持っていても不思議じゃないんだがな。いや、この街ではこのレベルで底辺なのか?』

金属とちゃんと向き合って、一打一打に心を込める。それでいて一寸の狂いもなく的確に打ち付けられている。

『・・・そんな職人が底辺なわけがない』

しかも、俺と同じ打ち方だし・・・と、色々と考えつつも、シアンの頭に乗せられているナギは、音を響かせている壁に苔が生えた古い石造りの家に目線を向ける。

「マスター・・・あの家?」

ナギの顔を先を追って古家を見つけたシアンは、ゆっくりと歩いてその家のドアの前までやってくる。


「・・・・・いい音・・・私この音好きだな」
ドアの前にいては邪魔になるだろうと思い、脇にずれて中から響く音に耳を傾けていると、シアンの口からそんな言葉が漏れ出た。

『ほぅ・・・なら、今度教えてやろう』
「ホント!やったー!鍛治してみたかったんだー」
その言葉を聞いたナギは、嬉しそうに目を薄めてそう言う。
一方で、許可が出たー!と、飛び跳ねるほど喜んでいたシアンだったが、

「誰だぁ!!!儂の家の前で騒いどるのはぁ!!!」
「ひゃわぁ!!!」

バン!とドアを勢いよく開け放って出てきた髭もじゃで筋骨隆々な、金槌を持ったタンクトップ姿のおっさんの怒号と気迫で、驚いて腰を抜かしてしまい、その場にへたれ込んてしまった。






ふえぇ・・・と両手で抱える黒猫に顔を埋めるような形で頭を隠し、ウルウルと瞳に大粒の涙を溜めながらペタンと座り込んでいる少女を前に、タンクトップのおっさんーーードワーフの男性であるクロード・マクミランーーーは、小さくない衝撃を受けていた。

それもそのはず、クロードは既婚者であり、もうすでに孫が生まれている年齢なのだ。それなのにも関わらず、自分の孫と同じくらいの少女が自分を見て、涙を堪えながら震えるほど怖がっているのだ。ショックを受けない訳がない。



そんなこんなで二者とも固まっていたのだが、今まで口を開かなかったナギが、素っ頓狂な声を上げる。

『お前、クロードか!でっかくなったなぁ〜』

「えっ!?」「えっ?!」

マイナスイオンを発生してそうなほどの雰囲気だった二人は、プラスイオンのようなその言葉にガバッと顔を上げて眼を見張る。

もちろん二人とも違った驚き方をしている。
シアンは、『知り合いだったの!?』と言われなくてもその顔を見るだけで何を思っているのか丸分かりな表情でナギを見つめて固まっており、クロードは何度も何度も視線を右往左往させた後、「幻聴なのか・・・?」と呟いて首を捻る。だが「いや・・・確かに聞こえたはず・・・」と再び視線を彷徨わせた。




そして、自分の足元で少女の極限まで見開かれた目から発せられる視線に貫かれながらもじっと自分のことを見ている一匹の黒猫に気が付いた。

真っ黒でいてどことなく神々しさを感じる毛並みに、真紅のルビーを思わせるような澄んだ瞳。それでいて時折、心の中まで見透かされているかのような錯覚を感じさせるその瞳に、クロードはなぜか見覚えがあった。

「(ま、まさかな・・・)」
ありえないだろう・・・と思ったクロードだったが、ゴクリと生唾を飲み込んで覚悟を決めると、馬鹿馬鹿しくなりながらも自分の足元で抱き抱えられている猫に向かい、

「ナ、ナギの兄貴ですかい?」
と、仰々しく声をかける。








『気付くのにだいぶかかったじゃないか?忘れられちまったかと思ったぞ?』

しばらくの後、クロードがやっぱりありえなかったか・・・と思い始めた頃、ふたたび先ほどと同じ声が頭の中に響いて来た。

「や、やっぱり気のせいじゃなかったのか・・・」
『どうした?この姿を見せるのは初めてじゃないだろ?』
「そう・・・ですね・・・・・あの時村を助けてくれたもの、黒猫でしたしね・・・。っはぁ〜、今まで引っかかってたことが取れましたよ」
『気付いてなかったのか?工房に書き置きを残しておいたはずだったんだが・・・』
「・・・・・もしかして、金床の上にあった燃えかすですか・・・?」
『・・・・・』
「・・・・・」

その後、筋肉ダルマと黒猫の間に何とも言えない沈黙が流れたが、それを横から聞いていただけだったシアンは首を傾げているのだった。



「ま、まぁここで出会えたのも何かの縁ですし、どうぞ中に入ってください。お茶でも出しますよ」
『ん?良いのか?』
「俺と兄貴の仲じゃないですか。それにいきなり居なくなったんですから、色々と聞きたいこともあるんですよ」
『そうだな・・・俺もあれからどれくらい経ったのか知りたかったしな』

クロードはナギの言葉に頷くと「俺も聞きたいことはあるんで・・・」とシアンをチラリと見て呟いた。




「おぉ〜・・・」

ナギの知り合いということで幾分かはクロードに心を許した様子のシアンは、ナギを抱えながら家の中に入ると思わずといった風に声を漏らす。

家の中は一種の店のような造りになっており、様々な金属製品が並べられていた。
中でも強力な魔物から採取したのであろう魔石と思われるものを取り付けた絢爛な盾と、それに対となるであろう豪華な装飾の施された剣が見る人の目を引く。

『へぇ・・・腕を上げたな、クロード』
「そりゃどうもです。まぁあのレベルのものは中々作れませんが、アレが今のところ最高傑作ですね」
『ちっと詳しく診させてもらうぞ?』

ナギは一応クロードに断りを入れてから[死神の瞳]に備わっている鑑定能力を発動させる。

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【皇帝亀の焔尾盾】

旅団級厄災魔獣である皇帝亀ベヒモスの尾甲を削り、最高峰の硬度を誇ると言われているアダマンタイトを組み合わせること物理・魔法防御力ともに皇帝亀の如き規格外のものとなっている。
その防御力の前には生半可な攻撃は反射され掻き消されてしまうであろう。
そして、過去、国家をいくつも滅ぼしたとされる火龍の魔王種の魔核を素材とした宝玉を埋め込むことで、魔力を媒介として焔の盾を形成することが可能となった。

装備した者は、皇帝亀の如き防御力を手に入れることができる。しかし、この盾に認められなければその者は火竜の焔によって灰塵と化すであろう。
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【最古狼の虚零剣】

何処かの絶対に晴れることなく吹雪き続ける雪山に棲まう世界が始まった時から存在していた言い伝れている巨狼であり虚狼でもある精霊獣の鉤爪を粉末状にし、魔力媒介との親和性の高いヒヒイロカネと打ち合わせることで斬り裂いたものを凍て付かせる絶対零度の剣と化した。

焔すらも凍てつかせるその刃を収める鞘には、氷海にしか住まわない凍った鱗を持つ海龍の皮と、樹氷と言われる冷気を放つ古木を使用されており、刃の力を抑え込んでいる。

一度でもこの刃を解き放つならば、その瞬間に世界は氷に閉ざされるであろう。それはこの刃を解き放つ者も例外ではない。剣に認められなければ、その者の時間は永遠に停止するであろう。
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『あれ?クロードお前、鍛治だけじゃなくて錬金術にも手を出してるのか?』
「うへぇ・・・やっぱし見る人が見たらどんな素材を使ってるのかわかるんですね。あ、コアと粉末は盟友に頼んで作ってもらいました。錬金術を長年やってるエルフが知り合いにいるんですよ」
『なるほどな・・・エルフならこのコアの錬成が出来てもおかしくないな。うむ、良いものを見せてもらった』

「ねぇマスター。あの剣みたいなのってマスターでも作れるの?」
『ん?素材さえあれば作れんこともないが、素材集めが面倒だからなぁ・・・』

「あれ?兄貴はこの街に素材の売却目的で来たんじゃないんですか?」
『いや、最近は森の奥で自給自足の生活をしてたから売るものが全くないんだ。今持ってるやつもただの必需品だしな』
「あぁ、なるほど。ではその子の登録が?」
『まぁな。残念ながら極度の人見知りでな、さっきも街の商人達が声をかけてきたんで裏路地に逃げたんだよ。だからまだ登録出来てないんだ。俺も従魔登録しておきたいんだがな』
「兄貴は冒険者登録してませんでしたっけ?俺の記憶が確かならランクも結構高かった気がするんですけど」

「え!?マスターって冒険者だったの?!」
『あれ?言ってなかったっけ?』
「聞いてないよぉ〜!」
『すまんすまん、そのバックに入ってるはずだからちょっと探してみな。下の方にあると思うしさ』

シアンはちょっと不貞腐れながらもバッグに手を突っ込み、ゴソゴソと中を漁る。


「あ!これかな?」
そい言ってシアンがバッグから取り出したのは、木目のような模様のついた鈍く黒光りする金属板だった。

『おぉ!それだそれ。ちょっと待ってろ、これに魔力を流すと・・・ほれ!』
シアンの持つ金属板に尻尾を触れさせてナギが魔力を流し込むと、ホログラムのように文字が浮き上がった。

「えーっと?人間種ヒューマン、レベル秘匿、ダマスカス級、オールラウンダー?え、マスターってヒューマンだったの?」
『ちゃんと言ったら、ヒューマンでありヒューマンでないな。この状態だったらシュバルツカッツェだしな』
「へぇー・・・じゃあこのオールラウンダーってのは?」
『冒険者の役割りだな。採取専門の奴やら、狩猟専門の奴。他にも護衛依頼ばかり受けている奴もいるな。んで、オールラウンダーは、それら全部の依頼を満遍なくこなしてたらなってたんだよ。絶対ギルドマスターの悪戯らだよ』

「いやいやいや!オールラウンダーってそう簡単になれる訳じゃないですよ!?ギルド職員からの評価に始まり、依頼の達成率や依頼者からの評価。その人の人間性と他の冒険者の評価とか、色々と色々と面倒なあれこれがあった後にギルド連合の会議で決定されるかなり名誉のあるものなんですよ!?」
ナギとシアンのボケーっとした会話に、思わず大声で突っ込んでしまったクロード。
その後、先ほどのシアンの様子を思い出して『しまった!』と焦りを見せたが、当の本人は「へぇ〜そうなんだぁ〜」とわかっているのかいないのか、ボケーっと口を開けていた。

『それじゃあ、クロード。お前、シアンを冒険者ギルドに連れてってくれね?もちろん俺もついてくけど、なんか俺よりギルドに詳しいみたいだしさ、シアンもこの姿の俺だけだと心細いかもだし。ちょっとたのまれてくれねぇか?』
「わかりました。これでもギルドには顔がききますんで、面倒なことにはならんと思いますよ。それに、この街はまともな奴が多いですしね」

にこやかに笑ってそう言うクロードに、ナギはこの街に入った時のことを思い出して『そうだな・・・』と呟くのだった。


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