とある英雄達の最終兵器

世界るい

第99話 これだからたまにデレるやつはタチが悪い

 それからテュール達一同は、ウーミアに様々な知識、常識を教えた。幸い、ウーミアは普通の赤子と違い、最初からある程度の思考力を有していたため、すぐに教えたことを吸収するとても手のかからない子であった。


 そして、そんな日々を過ごしていればあっという間に――。


「さて、では明日からリエース共和国に旅立つわけだが――」


 教壇の上に立つ女教師ルーナが明日からの課外授業であるリエース共和国――エルフの国への訪問についてオリエンテーションをしている。


(リエース共和国かぁ。往復の移動時間も含めたら4泊5日……。その間ウーミアに会えないのか。寂しい、寂しすぎる)


 テュールは親バカロードを順調に歩み始めていた。


「どうした、テュール? 何か不満でもあるのか?」


 ルーナは眉間に皺を思いっきり寄せていたテュールにそう問う。


「……せんせー。おやつに娘は入りますか?」


「…………さて、次に移動方法だが、これは事前に配布した案内の通り、競歩となる。ま、この学園で迷子になるようなバカは捨てていくからな。心しておけ」


(おーい、めっちゃ無視されてんじゃーん)


「クク」


「ププ」


 レフィーや、テップ、見渡せばアンフィス、ヴァナル、更にカグヤまで笑いを堪えている様子だ。


(ぐぬぬぬぬ! 貴様らは寂しくないのか! 俺は耐えられん! 耐えられんぞ! パパと呼ばれたことのないお前らに何が分かる! あ、ママはいた)


 テュールは、ルーナのオリエンテーション中に喋るわけにもいかないため、視線で強く強くそう訴える。


「――以上だ。質問のあるやつはいるか! ……よろしい。あー、それと明日遅刻してきたヤツは置いていく。そして、この課外授業に出ないやつは留年だ。そして残念ながら当校に留年というシステムはないため退学となる。というわけで遅刻するなよ? 特にステップ。遅刻したら退学より恐ろしい処罰を与えてやる」


 テュールがそんなことをしている内にオリエンテーションは終わったようで、最後にルーナは口角を釣り上げ本気の睨みで赤髪のお調子者へ忠告をして去っていった。


 忠告されたお調子者は、ヘヘ、処罰ぅ? なんだろう……、鞭? 鞭なのかなぁ? と、トリップしていた。狂気の沙汰である。


 そして、学校が終わると既に明日の準備を追えているテュール達は、本日も修行である。明日からプチ修学旅行と言えど、日課は変わらないのだ。むしろ、明日からモヨモト達が鍛えられない分、普段より更にハードになっている。


「パパー! がんばえ! がんばえ!」


「うぉぉおおお!! 任せろ!! 半龍半人形態デミドラモード!!」


 数日前、ファフニールのブレスを受けてから自由に変化できるようになった半龍半人デミドラゴン形態。略してデミドラモードにテュールは変化し、その体から闘気を立ち昇らせる。更に言えばその闘気の量は当社比200%である。そう娘の声援パワーによって。


 そして眼前の敵を見つめ、デミドラモードとなったテュールは、自身の翼を使い高く舞い上がる。その口元には巨大な魔法陣が一瞬にして現れ、躊躇するなく発動――訓練相手であるモヨモトに対しブレスが一直線に放たれる。


「ホホ、ベリトや」


「畏まりました」


 そして、もう一人の訓練相手であるベリトが一瞬でブレスの軌道上へ身体を滑らせ、その右手に魔力盾を生成し受け止める。


「……っ!」


「グルァァァ!!」


 ブレスが衝突すると盾は凄まじい熱量を発し、赤く発光する。周囲の空気すらも歪み、そこだけ蜃気楼のような状態となる。その衝撃にベリトが奥歯を噛み締める。テュールは、尚も力を振り絞り、ありったけの魔力をブレスへと変換させる。


「ホホ、背中がガラ空――」


 その隙きにモヨモトは音もなく、気配もなく、残像すら残さない速さでテュールの背後まで回り込みその背を目掛けて飛ぶと、魔力刀を容赦なく振り下ろす――。


 その速度は正に神速――。斬られたと感知する前に数百の肉片へ変えることのできる斬撃は、しかし止められる。


「器用なやつじゃのぅ」


 その尻尾で――。


「ひらふら、きらへらからは(ひたすら、鍛えたからな)」


 そう、テュールはできるだけデミドラモードで修行を行い、翼、尻尾などの龍族としての武器を習熟させることに集中した。元々モヨモト流の剣術を習い、リオンの格闘術を叩き込まれ、ファフニールと何度も組手をしてきたテュールは自分の武器である翼、尻尾の使い方を驚くべきスピードで進化させていた。


 尻尾の膂力は既に純粋な力でモヨモトを越えており、今も拮抗した状態から押し切りモヨモトを吹き飛ばす。そしてブレスも――。


「やります、ねっ。流石、テュール様です――」


 ついに右手だけで防ぎきることのできなくなったベリトが左手に追加で魔力盾を生成し、右手と重ねる。それでも尚重圧に耐えかねたベリトは、その場から退避という手段を選択する。


 こうして一瞬の攻防はテュールが押し切るという形で終わった。


「パパーしゅごーい! うーもやるー!」


 レフィーと一緒に観戦していたウーミアは興奮し、その小さな翼で浮かび上がり、空中でその小さく丸い拳と、足をジタバタと振り回し、そして――。


「やー!」


「!?」


 ブレスまで吐く。


 テュールは今まで何度も死ぬ思いをしながら鍛えてきたため、不意打ちのブレスにも顔を少し傾けるだけで避けることができた――が、先程まで頭のあった位置をまっすぐ貫く娘のブレスに動悸が速くなる。


(あ、あ、あ、焦ったー!! 娘に頭打ち抜かれて転生人生終わりとかシャレにならねぇよ!! ミアに空前絶後のトラウマ与えるとこだったわ!! あっぶねー!!)


 内心、ひどく動揺したテュールは、それでも親として余裕のある態度を崩したくないため、平静を装いゆっくりとウーミアの前に立つ。そして――。


「こら、ミア。人に向けてブレスを打っちゃダメだぞ?」


 親として注意する。怒られたと分かったミアはシュンと下を向き――。


「……ごめんなさい」


 小さな声で謝る。


「いや、分かればいいんだっ! それにブレスを打てるなんてスゴイじゃないか! こんな早くにブレスを打てるようになるなんて大したもんだぞ! アンフィスおじいちゃんなんか7歳までブレス打てなかったんだぞー? ミアはすごいなー?」


 そして反省していることが分かったらテュールはすぐさまウーミアの頭を撫でながらフォローに入る。


「うー、すごい?」


 バツの悪そうな顔を少し上げ上目遣いで尋ねるウーミア。


「あぁ、すごいぞー。なぁレフィー?」


「あぁ、ミアは立派な龍になれるぞ。アンフィスおじいちゃんに負けないくらい立派な、な。クク」


「グッ……」


 テュールとレフィー、そしてその他一同は、レフィーの叔父にあたりウーミアにとっては祖父母の代にあたるアンフィスのことを、からかいの意味を多分に込めてアンフィスおじいちゃんと呼んでいた。当然アンフィスは怒ったが、ウーミアのアンじぃーという呼び方に、少し顔を緩めてしまったため、なし崩しにそうなってしまった。


「……俺は納得してないからな」


 そう強がるアンフィスであった。


 そして息をつくのも束の間、すぐに次の相手はやってきて――。


「さて、テュール俺とも遊んでもらおうか」


「フハハハハハ、我ともな?」


 つい先日喧嘩していた2人はそんなことは遥か昔の出来事だと言わんばかりにテュールの両側から肩を組んできて、そんなことを言う。


「望むところだ」


 デミドラモードになるとやや好戦的になるテュールは、その口から少し伸びた牙を覗かせ、誘いに乗る。


 こうして、課外研修前夜の夜はふけていき、ウーミアがレフィーの腕の中で眠そうにし始めたところで切り上げる。


 テュールはウーミアをベッドまで運ぶ係をレフィーから譲ってもらい、ベッドで深く眠りについたのを見届けたあと退室する。


 テュールは足音を経てず静かに歩くと、自室へは戻らず、そのまま一人外へ出る。


 どれくらい経っただろうか、テュールが星空を見上げ黄昏れていると後ろから声がかかる。


「眠れないのか?」


「レフィーか……。あぁ、目が冴えちまってな……」


 レフィーはテュールの隣に立ち、同じように星空を見上げる。


「フフ、お前がまさかここまで子煩悩だとはな」


 テュールが眠れない理由を察したレフィーがおどけた様子でからかってくる。


「……あぁ、俺も意外だよ。いつか子供は欲しいとは思ってたけど、どうせ叶うことなんかないって思ってたからな。それが急に……それこそ降って湧いたように現れたんだ。動揺したよ。けど……」


「けど?」


「……やっぱ、いいもんだな。純粋に必要としてくれて、頼ってくれて、甘えてくれて、感情を思ったままぶつけてくれてさ。子供っていいもんだなぁって。だから――ありがとな」


「フ、なんだテュール。黄昏れている間に詩人にでもなったのか? ……だが、まぁそうだな、実は少し不安だった。お前に相談せず勝手にこんなことをして拒絶されてしまうんじゃないかとな。だから……受け入れてくれてありがとう。そして、これからも頼むぞ? パパ」


 そう言ってレフィーはいたずらっ子のような顔で笑うと、テュールの頬にそっと口づけをし、去っていく。


 レフィーが扉を閉めると、静寂が戻り、風のそよぐ音だけが耳にあたる。テュールはなんとなく頭を掻き――


「……たくっ。これだからたまにデレるやつってのはタチが悪いんだ」


 そう小さく呟くと、少し速くなった鼓動が収まるまでもうしばしの間、夜風を浴びるのであった。

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