とある英雄達の最終兵器
第29話 可愛い道場破りさん
「うしっ、お前らそこまで」
テュールの声が以前孤児院に依頼で来た時に訪れた運動場に響く。
「師匠ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
いくつもの声が重なる。
あの成龍騒動から既に三ヶ月が経ち、ハルモニアの入試も目前だ。テュール達は幸いあれ以降大きなトラブルに見舞われることもなく無事依頼をこなし目標金額を稼ぐことに成功した。
そして、テュールはこの三ヶ月間、週に一、ニ回程こうして孤児院の子供を集めて修行の真似事をしており、いつの間にか近所の子供達も集まってちょっとした武道教室になっている。
流石にモヨモトやリオンがテュールに施した常識外の方法ではなく、どちらかと言うと一緒に身体を動かして遊ぶという感覚だ。
いつもは十人前後だが今日は十七人と多い。理由はテュールの学校が始まるので今日で武道教室が終わりになるからだ。まぁテュールが入試に受かれば……の話だが。
そんなわけでテュールが最後の挨拶をビシッと決めてやろうと息を吸い込む。
「いいか! お前ら人生ってやつは──「たのもー」
非常に間の悪いタイミングで平坦で間延びした可愛らしい声がテュールの声に重なる。
現れたのは獣人の女の子だ。十歳くらいだろうか? オレンジ色をしたショートカットの女の子。頭にちょこんと耳が乗っており、お尻から尻尾が生えている。
(猫……? ではないな。獅子か──)
突如闖入してきた獣人をサッと眺め、獅子族だと判断するテュール。だが、今はそれよりも──。
「あー、お嬢ちゃんごめんな? 実は今日はもう終わってしまってだなぁ、更に言えば今日でこの集まりは終わりなんだ。すまない」
良いこと言ってやろうのタイミングでカットしたことの方が重大だ。しかし年端もいかぬ少女に大人げなく怒るのもどうかと思い、テュールは優しくそう告げる。
「私、道場破り。ここのししょー強いって聞いてきた。あなたがししょー?」
「あぁ、一応俺がここで教えている師匠っていう立場の人間だが――って道場破り!? ……キミが?」
コクリ、頷く少女。改めてその少女を眺めるテュール。
(こんな小さい女の子が道場破りとはにわかに信じられなかいが、本人がそう言うんだから、まぁ本当だろう……。それに、そう言えば俺なんか一歳から修行してたか……)
と、遠い目で過去を思い返すとおかしくもないかと思えてくる。別に一回くらい少女と手合わせするくらい手間でもない。テュールは少し付き合ってやるか、と考え──。
「よし、このテュール青空武道教室の最後の他流試合だ。──勝負しようか」
絶望的なネーミングセンスで今初めて教室の名前が決まったが、そんなことには一切構わず周りのガキんちょどもは勝負だー! 勝負だ! と騒ぎ始める。
「よろしくお願いします。私の名前はレーベ。あなたは?」
「俺の名前はテュールっていうんだ。よろしくな。さて、ルールは降参するか気絶するかだ。武器でも魔法でも好きに使って構わない。このルールで大丈夫か?」
コクリ、再度頷く少女。テュールはレーベとの距離を十m程空け、未だ興奮して騒いでいる子供達に下がるよう注意する。何度か注意してようやく言うことを聞く子供達を見届けるとテュールは軽い口調で開戦を宣言する。
「──んじゃ、ま、いつでもどうぞ?」
その言葉を聞いたレーベが猫科の猛獣を思わせる俊敏でしなやかな動きでテュールに迫り、拳を振るう。しかし、その拳はテュールの鳩尾に当たる寸前でピタリと止まる。
「……なんで?」
「いや、逆に聞きたいのはこっちだぞ? なんで止めたんだ?」
テュールにしてみればレーベの動きは想像より遥かに良かった。正直な話、ギルドで酒を飲んでばかりいる中級冒険者なんかよりよっぽど動けていると感じた。それはテュールを驚かせたが、驚かせた止まりだ。脅威には感じない。まして当てる気のない拳に対しては何もすることなどない。
「怪我させちゃ可哀想って思ったから……」
「なるほどね、確かにキミくらいのレベルだと大人でも全く反応できずに怪我をすることもあるか。まぁ、けど心配するな。この程度ならなんてことはない。好きなように攻撃してきて平気だよ」
師匠かっけー! 師匠強そうだ! 子供達がキラキラした目で見つめてくる。テュールの自尊心は子供に支えられていた。悲しすぎる主人公テュール。
そんなやり取りにレーベの顔がほんの僅かに歪む。舐められたことに腹が立ったのだろう。獅子族は総じて強さに対して真摯でプライドが高い。その強さをこき下ろされれば少女と言えど牙を剥く。
「じゃ、遠慮なく」
そこからはレーベの遠慮のない攻撃が始まる。跳躍とも言えるステップで大きく回り込み、慣性を無視したように急制動、急転回を織り交ぜる。時折獲物を仕留める猛獣の如く拳や蹴りがテュールに襲いかかる。が──当たらない。
テュールは開始位置に置いたままの右足を軸に円を描き、最小限の体捌きとパーリングでレーベをいなす。ガキどもが師匠ゾーンだ! 師匠ゾーンだ! と盛り上がりを見せる。以前調子に乗ってテュールが名付けた師匠ゾーンを発動させたのだ。
さて、そんな状態が五分程続いただろうか。レーベは一旦立ち止まり、小さく苦悶の表情を浮かべながら、肩で息をする。
「すごい……。強い……」
「おう、さんきゅー。レーベちゃんも中々だぞ? その歳……、って言っても歳は聞いていないが、まぁよく鍛えられていると思うよ。だが、お兄さんが上には上がいるってことを教えてあげよう」
師匠大人げないぞー! 師匠調子乗んなー! ガキどもがガヤってくるがテュールは努めて無視をする。実に調子のよい耳である。
「ふぅ。本当はあんまり使っちゃダメだけど、本気出す」
「ん?」
レーベの両手には見覚えのある魔法陣が重ねられ、やがて五m程の魔法陣となる。
「……獣王拳か」
テュールが小さく呟くとレーベの頭の上にある耳がピクンと動き、変化は少ないが驚いたのであろう表情となる。
「魔法陣を見ただけで分かるの? すごい。何者?」
純粋に尋ねてくるレーベに対し、テュールの悪いクセが出る。
「俺か? 俺が何者か、か。クククいいだろう。この勝負に勝ったならば教えてやる」
ついつい噛ませっぽいセリフを条件反射で言ってしまうのであった。
コクリ。
それを真面目に受け取ったレーベは魔法陣を発動させ、その小さな身体に赤いオーラを覆う。そしてそこからは先程とは桁違いの動きを見せるレーベ。
テュールとの間合いを一瞬で詰めると凄まじい速さの拳が振るわれる。
その拳の速さにテュールは思わず目を見開き、腕を折りたたみ本日初めてのガードをする。そして威力を逃がすために派手に吹き飛ばされる。
当然先程まで劣勢にあったレーベがここで慢心などするわけもなく、追撃を仕掛ける。
吹き飛んだテュールを追い越し、回り込んで蹴りを放ってくる。
もしこれがクリティカルヒットしたならば衝撃はそれこそトラックレベルだろう。
(うっ、トラウマが……)
トラウマを発動させながら、吹き飛んだテュールはしかし、尚も冷静に対処する。空中で反転し、迫りくる足を見ながら五cm程の魔法陣を描き、レーベの軸足の真下の地面をくり抜く。
レーベは軸足の支えがなくなり踏ん張りが効かず、蹴りのタイミングが早くなってしまう。結果──から回る。が、勢いを殺さずそのまま回転し、裏拳で合わせてくる。
(ふむ、咄嗟の対応力もいいな)
などと考える余裕があるテュールは一m程の魔法陣を発動。自分の重力を限りなくゼロに近づけ、裏拳の風圧で吹き飛ばされる。
すぐに重力を元に戻し、ピンボールさながらのテュールは地面に足を着く。だが息つく間もなくレーベが襲いかかる。お次はショートレンジでの乱打だ。暴風雨の如く四肢全てを武器と化し、果敢に攻める攻める。
「ほっ、ぬぅ、むんっ、いだっ、あでで、ひでぶっ」
ステッピングで避け、スウェーで躱し、腕でそらし、弾き、時にガードし、テュールは暴風雨と踊り狂う。
そして暴れるだけ暴れたレーベがその勢いが少しずつ衰えていく。
(そろそろかな)
──パシンッ。
これ以上続けるとレーベの身体に負担が掛かりすぎると考えたテュールはレーベの小さな拳を倍ほどの手のひらで受け止め、包み込む。
そしてレーベも届かなかったと悟り、身体の周りを覆っていた赤いオーラを消す。その口元はほんの僅かに緩み──。
「ししょー強い」
最後にそう呟き、やりきったぞー! と、ばかりに大の字に倒れ込む。
慌てて抱えるテュール。周りの子供達は途中からまったくついていけてないため、なんかすごかったね。うん、なんかすごかった! と、小学生並みの感想を言い合う。まぁ、実際年齢は小学生ほどであるから間違ってはいない。
そしてテュールはいつも通り──。
(さて、この子どうしようか)
と、途方にくれるのであった。
テュールの声が以前孤児院に依頼で来た時に訪れた運動場に響く。
「師匠ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
いくつもの声が重なる。
あの成龍騒動から既に三ヶ月が経ち、ハルモニアの入試も目前だ。テュール達は幸いあれ以降大きなトラブルに見舞われることもなく無事依頼をこなし目標金額を稼ぐことに成功した。
そして、テュールはこの三ヶ月間、週に一、ニ回程こうして孤児院の子供を集めて修行の真似事をしており、いつの間にか近所の子供達も集まってちょっとした武道教室になっている。
流石にモヨモトやリオンがテュールに施した常識外の方法ではなく、どちらかと言うと一緒に身体を動かして遊ぶという感覚だ。
いつもは十人前後だが今日は十七人と多い。理由はテュールの学校が始まるので今日で武道教室が終わりになるからだ。まぁテュールが入試に受かれば……の話だが。
そんなわけでテュールが最後の挨拶をビシッと決めてやろうと息を吸い込む。
「いいか! お前ら人生ってやつは──「たのもー」
非常に間の悪いタイミングで平坦で間延びした可愛らしい声がテュールの声に重なる。
現れたのは獣人の女の子だ。十歳くらいだろうか? オレンジ色をしたショートカットの女の子。頭にちょこんと耳が乗っており、お尻から尻尾が生えている。
(猫……? ではないな。獅子か──)
突如闖入してきた獣人をサッと眺め、獅子族だと判断するテュール。だが、今はそれよりも──。
「あー、お嬢ちゃんごめんな? 実は今日はもう終わってしまってだなぁ、更に言えば今日でこの集まりは終わりなんだ。すまない」
良いこと言ってやろうのタイミングでカットしたことの方が重大だ。しかし年端もいかぬ少女に大人げなく怒るのもどうかと思い、テュールは優しくそう告げる。
「私、道場破り。ここのししょー強いって聞いてきた。あなたがししょー?」
「あぁ、一応俺がここで教えている師匠っていう立場の人間だが――って道場破り!? ……キミが?」
コクリ、頷く少女。改めてその少女を眺めるテュール。
(こんな小さい女の子が道場破りとはにわかに信じられなかいが、本人がそう言うんだから、まぁ本当だろう……。それに、そう言えば俺なんか一歳から修行してたか……)
と、遠い目で過去を思い返すとおかしくもないかと思えてくる。別に一回くらい少女と手合わせするくらい手間でもない。テュールは少し付き合ってやるか、と考え──。
「よし、このテュール青空武道教室の最後の他流試合だ。──勝負しようか」
絶望的なネーミングセンスで今初めて教室の名前が決まったが、そんなことには一切構わず周りのガキんちょどもは勝負だー! 勝負だ! と騒ぎ始める。
「よろしくお願いします。私の名前はレーベ。あなたは?」
「俺の名前はテュールっていうんだ。よろしくな。さて、ルールは降参するか気絶するかだ。武器でも魔法でも好きに使って構わない。このルールで大丈夫か?」
コクリ、再度頷く少女。テュールはレーベとの距離を十m程空け、未だ興奮して騒いでいる子供達に下がるよう注意する。何度か注意してようやく言うことを聞く子供達を見届けるとテュールは軽い口調で開戦を宣言する。
「──んじゃ、ま、いつでもどうぞ?」
その言葉を聞いたレーベが猫科の猛獣を思わせる俊敏でしなやかな動きでテュールに迫り、拳を振るう。しかし、その拳はテュールの鳩尾に当たる寸前でピタリと止まる。
「……なんで?」
「いや、逆に聞きたいのはこっちだぞ? なんで止めたんだ?」
テュールにしてみればレーベの動きは想像より遥かに良かった。正直な話、ギルドで酒を飲んでばかりいる中級冒険者なんかよりよっぽど動けていると感じた。それはテュールを驚かせたが、驚かせた止まりだ。脅威には感じない。まして当てる気のない拳に対しては何もすることなどない。
「怪我させちゃ可哀想って思ったから……」
「なるほどね、確かにキミくらいのレベルだと大人でも全く反応できずに怪我をすることもあるか。まぁ、けど心配するな。この程度ならなんてことはない。好きなように攻撃してきて平気だよ」
師匠かっけー! 師匠強そうだ! 子供達がキラキラした目で見つめてくる。テュールの自尊心は子供に支えられていた。悲しすぎる主人公テュール。
そんなやり取りにレーベの顔がほんの僅かに歪む。舐められたことに腹が立ったのだろう。獅子族は総じて強さに対して真摯でプライドが高い。その強さをこき下ろされれば少女と言えど牙を剥く。
「じゃ、遠慮なく」
そこからはレーベの遠慮のない攻撃が始まる。跳躍とも言えるステップで大きく回り込み、慣性を無視したように急制動、急転回を織り交ぜる。時折獲物を仕留める猛獣の如く拳や蹴りがテュールに襲いかかる。が──当たらない。
テュールは開始位置に置いたままの右足を軸に円を描き、最小限の体捌きとパーリングでレーベをいなす。ガキどもが師匠ゾーンだ! 師匠ゾーンだ! と盛り上がりを見せる。以前調子に乗ってテュールが名付けた師匠ゾーンを発動させたのだ。
さて、そんな状態が五分程続いただろうか。レーベは一旦立ち止まり、小さく苦悶の表情を浮かべながら、肩で息をする。
「すごい……。強い……」
「おう、さんきゅー。レーベちゃんも中々だぞ? その歳……、って言っても歳は聞いていないが、まぁよく鍛えられていると思うよ。だが、お兄さんが上には上がいるってことを教えてあげよう」
師匠大人げないぞー! 師匠調子乗んなー! ガキどもがガヤってくるがテュールは努めて無視をする。実に調子のよい耳である。
「ふぅ。本当はあんまり使っちゃダメだけど、本気出す」
「ん?」
レーベの両手には見覚えのある魔法陣が重ねられ、やがて五m程の魔法陣となる。
「……獣王拳か」
テュールが小さく呟くとレーベの頭の上にある耳がピクンと動き、変化は少ないが驚いたのであろう表情となる。
「魔法陣を見ただけで分かるの? すごい。何者?」
純粋に尋ねてくるレーベに対し、テュールの悪いクセが出る。
「俺か? 俺が何者か、か。クククいいだろう。この勝負に勝ったならば教えてやる」
ついつい噛ませっぽいセリフを条件反射で言ってしまうのであった。
コクリ。
それを真面目に受け取ったレーベは魔法陣を発動させ、その小さな身体に赤いオーラを覆う。そしてそこからは先程とは桁違いの動きを見せるレーベ。
テュールとの間合いを一瞬で詰めると凄まじい速さの拳が振るわれる。
その拳の速さにテュールは思わず目を見開き、腕を折りたたみ本日初めてのガードをする。そして威力を逃がすために派手に吹き飛ばされる。
当然先程まで劣勢にあったレーベがここで慢心などするわけもなく、追撃を仕掛ける。
吹き飛んだテュールを追い越し、回り込んで蹴りを放ってくる。
もしこれがクリティカルヒットしたならば衝撃はそれこそトラックレベルだろう。
(うっ、トラウマが……)
トラウマを発動させながら、吹き飛んだテュールはしかし、尚も冷静に対処する。空中で反転し、迫りくる足を見ながら五cm程の魔法陣を描き、レーベの軸足の真下の地面をくり抜く。
レーベは軸足の支えがなくなり踏ん張りが効かず、蹴りのタイミングが早くなってしまう。結果──から回る。が、勢いを殺さずそのまま回転し、裏拳で合わせてくる。
(ふむ、咄嗟の対応力もいいな)
などと考える余裕があるテュールは一m程の魔法陣を発動。自分の重力を限りなくゼロに近づけ、裏拳の風圧で吹き飛ばされる。
すぐに重力を元に戻し、ピンボールさながらのテュールは地面に足を着く。だが息つく間もなくレーベが襲いかかる。お次はショートレンジでの乱打だ。暴風雨の如く四肢全てを武器と化し、果敢に攻める攻める。
「ほっ、ぬぅ、むんっ、いだっ、あでで、ひでぶっ」
ステッピングで避け、スウェーで躱し、腕でそらし、弾き、時にガードし、テュールは暴風雨と踊り狂う。
そして暴れるだけ暴れたレーベがその勢いが少しずつ衰えていく。
(そろそろかな)
──パシンッ。
これ以上続けるとレーベの身体に負担が掛かりすぎると考えたテュールはレーベの小さな拳を倍ほどの手のひらで受け止め、包み込む。
そしてレーベも届かなかったと悟り、身体の周りを覆っていた赤いオーラを消す。その口元はほんの僅かに緩み──。
「ししょー強い」
最後にそう呟き、やりきったぞー! と、ばかりに大の字に倒れ込む。
慌てて抱えるテュール。周りの子供達は途中からまったくついていけてないため、なんかすごかったね。うん、なんかすごかった! と、小学生並みの感想を言い合う。まぁ、実際年齢は小学生ほどであるから間違ってはいない。
そしてテュールはいつも通り──。
(さて、この子どうしようか)
と、途方にくれるのであった。
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