とある英雄達の最終兵器

世界るい

第20話 「ぼくたちー」「わたしたちー」「「せーのっ」」「「ギルドからきましたー!」」

 ギルドを出た四人はそれぞれ依頼をこなすために別行動となる。


 皆と分かれた後、テュールも依頼書にあった地図を頼りに孤児院へと向かうこととする。


 依頼の開始時刻に間に合わせるため走ること二十分──目的の孤児院らしき建物が見えてきた。


 建物が見えてくるのと同時に孤児院を挟んで反対側の道から、流れるような黒髪の美しい少女が歩いてくるのが見える。


(……綺麗な子だなぁ。セシリアと言い、リリスと言い、異世界の女の子ってみんな可愛いのか?)


 偶然テュールと縁を持った女性が皆美しかったため、テュールはついついそんなことを勘違いしてしまう。そして、つい見惚れてしまい視線が釘付けだったことに気付き、ハッと正気に戻り、視線を切るテュール。慌てて孤児院へと視線を向け、歩みを進める。しかし、視界の端に捉えた黒髪の少女が近付いてきていることに気が割かれてしまう。そして丁度建物の前ですれ違う──と思いきや、同じ方向へと黒髪の少女が曲がった。


(ん? まさか孤児院の関係者? この先には孤児院しかない、よなぁ?)


 キョロキョロと辺りを見渡し、孤児院しかないのを確認すると、チラリと黒髪の少女を見る。どうやら向こうもこちらに気付いたようで、同じ行き先──孤児院の関係者と推測したのかペコリと頭を下げてくる。テュールも慌てて目礼を返す。


 こうして結局お互い口は開かぬまま孤児院の玄関まで一緒になって歩く。そして扉の前に立つと、二人はお互いに気を使い先を譲りあう。テュールは女性に先を譲ろうとし、女性もいえいえどうぞどうぞと譲る。


 そして三回程扉の前で譲り合ったところで扉が内側から開く。


「何をなさっているんですか……?」


 扉の中から修道着を着た初老の女性が出てきて、目の前の二人にそう問いかける。


 不意に言葉を掛けられた二人は焦ったように──。


「あ、いや俺はそのギルドから──!」「私は依頼を受けて──!」


「「今日からニ日間院長の代わりにこちらで──!!」」


「「え……?」」


 お互いを見合わせるニ人。


「フフ、息がぴったりね。けど、どういうことかしら? まぁ、とりあえず中に入って話を聞きましょうか」


 そんな二人を見て、小さく微笑んだ初老の女性はひとまず中に招くこととする。


「お邪魔しまーす……」


「失礼します……」


 なんとなく気恥ずかしくなった二人は小さく挨拶をし、孤児院へと入る。孤児院の中は家具が少ないのもあるが、掃除が行き届いているのが分かり、こざっぱりとした印象を受ける。孤児院と言うのだから今までたくさんの子供が過ごしてきたのであろう。壁や柱の至るところに傷や落書き、あるいはひびなどが見られる。


「あんまり綺麗な所じゃなくてごめんなさいね? どうぞ、座って?」


 年季のはいった木製のテーブルに初老の女性がお茶を用意し、二人に椅子に座るよう勧める。


「えぇと、まずは依頼を受けて下さり、ありがとうございます。孤児院の院長をしていますタリサです」


「「俺、私──」」


 そして、慌てて名乗ろうとしてまた、タイミングが重なってしまう二人。またしても譲り合いが始まり、タリサが少し困った顔でじゃああなたからと指名してようやく自己紹介が始まる。


「すみません……。俺はテュールと言います」


「私はカグヤと言います」


「フフ。はい、テュールさんにカグヤさんね。さて、確認したいんだけど、私がギルドへお願いした依頼では一名のはずだったんだけれども……?」


 やや言いにくそうな顔でタリサが二人に尋ねる。


「えぇと、俺は今日依頼を受けて来ました。内容は今日からのニ日間の院長代行で子供たちの世話を、と」


「私は昨日依頼を受けて、翌日つまり今日からニ日間の院長代行ですね」


「う~ん、ギルドの手違いかしら……。昨日は依頼を受けてくれる人がいないという話だったから今日も依頼してきたんだけど……。その、申し訳ないのだけれど報酬金額を見てわかるようにウチはあまり出せるお金が多くなくて……ニ人分の報酬は……」


 更に言いにくそうになったタリサがその事実を伝える。確かに報酬金額はニ日拘束されるにも関わらず五千ゴルド。危険な依頼ではないこともあるが、それでもこの相場はかなり低い。


「あぁー、その、君の方がどうやら早く受注してたみたいだし、俺の方は今回辞退するよ」


 テュールが事情を汲んでそう提案する。しかし──。


「いえ、恐らく私の方の手違いできちんと依頼を受注できていなかったので、依頼は貴方が受けて下さい。ただ私も一度受けた依頼なので報酬はいりませんからもしよろしければお手伝いさせてくれませんか? もちろん自分の分の食費は払います」


 無償どころかお金を出してまで手伝うと言ってくるカグヤ。


「いやいや、同じ時間働いて俺だけお金を貰って、君だけお金を払う? そんなことを了承したらウチの家族総出で殴りにこられかねないんで了承することはできない」


 これを頑なに突っぱねるテュール。カグヤがこれに対し反論しようとする。だが、それを手で制してテュールは言葉を続ける。


「そう、君だけに不利な条件は了承できないから、報酬は五千ゴルドから一人分の食費、千ゴルドを引いて四千ゴルド。これを二人で割って一人二千ゴルドってことでどうだろうか? 契約とは違うんですけどダメでしょうか……?」


 カグヤにそう提案し、答えを聞かずしてタリサへと許可を貰おうとするテュール。


「いや、私の方はあなた方がそれでいいならとても助かるけど……」


「じゃあ決定――ってことでいいかな?」


 了承を得たテュールは、やや強引な言葉で隣に座ってキョトンとしたままのカグヤを丸め込もうとする。


「フフ、これ以上はわがままが過ぎますね。ありがとうございます。それでお願いします」


 カグヤは最後にいいかな、と聞かれる時点で既に断れる雰囲気ではないのを察して可笑しくなったのか、テュールを見て小さく笑い、これを了承する。


「では改めて依頼を受けて頂きありがとうございます。ニ日間お願いいたします」


 そう言って頭を深く下げるタリサ。


「「よろしくお願いします」」


 こうして、無事初依頼にこぎつけることができたテュール。早速、タリサに孤児院の中を案内してもらい、子供達と自己紹介をし合ったり、二日間でやるべき家事や雑事を教えてもらう。テュールとカグヤもこの間に少しずつ打ち解け、お互いの呼び方には一悶着あったもののテュール君とカグヤに落ち着くこととなった。そして──。


「はい、じゃあ皆さん、テュールお兄さんとカグヤお姉さんの言うことをよく聞いて良い子にするんですよ? 分かりましたね?」


 ──はーい!──。


 孤児院の子供たちが元気に返事をする。依頼の内容を伝え終わったタリサは馬車へと乗り込み、出発する。それを玄関から皆で見送り──。


「──さて、じゃあまずは夕飯の準備しなくちゃねっ」


 タリサの後ろ姿が見えなくなるとカグヤはそう言って家の中に戻り、支度を始める。


 ちなみにテュールの炊事能力は割りと高い。大学時代からブラック企業社畜時代まで一人暮らしで、外食や買い食いできるほど裕福ではなかったため、節約自炊料理マイスターだ。更に、転生後も料理番をすることは多かった。なぜならイルデパン島で料理を担当するのがモヨモトとテュールとベリトだけだったためである。


 補足するがルチアは料理ができないわけじゃないが色々と雑だった。魔法はあんなに繊細なのに不思議である。


 そんなテュールは自分も手伝おうかと台所を覗いてみる。この孤児院には五人子供がおり、内訳は男子三人、女子二人だ。


 そして台所にはカグヤを挟んで二人の女の子が手伝っている。名前はキャロとピナ。年齢はそれぞれ七歳と四歳だ。そんな三人は山の字に並び楽しそうに野菜を洗ったり切ったりしている。そこに声をかけるテュール──。


「あー、カグヤ。男手は必要だろうか?」


「んーん、こっちは大丈夫。テュール君は男の子達をよろしくっ」


「了解、じゃ俺は向こうに行ってるな。何か手伝って欲しいことがあったらすぐに言ってくれ」


「うん、ありがとう」


 あまりしつこく食い下がって持ち場を奪うのも悪いと考えたテュールは、あっさりその場を離れる。そして子供部屋に足を踏み入れ、男子三人に宣言する。


「うーし、ガキ共お前らを鍛えてやろう」


 ナチュラルに空いた時間は修行に当てるという考え方が染み付いていたテュールであった。


 男子三名はそれぞれ九歳、八歳、七歳とヤンチャ盛りの子供たちだ。年齢の上から順に、ジェフ、エリック、ジミーだ。


「鍛えるー? えー、つまんないよー」


「俺家の中でお絵かきしてたいー」


「ボクは勉強して偉い学者さんになるから遊んでる時間なんて……」


 三人の反応は非常に悪かった。


(な、なぜだ……!? 男の子はみんな修行が大好きなはずだ……! あれか? 俺という師匠の凄みが足りないのか……!?)


 いえ、男の子はみんな修行が大好きというわけではありません。


 だが、もはやイルデパン島色に染まったテュールは修行をさせたくて仕方がなくなっていた。普段は鍛えられる側なので鍛える側をしてみたいと熱く思ってしまっていた。


「よ、よし、とりあえず、外出てみよ? な? つまんなかったら家の中で遊ぶからさ? うんうん」


 だが、無理矢理はよくない。そう考えたテュールは下手したてに出てなんとか男子三人を口説き、外へと連れ出す。向かう先は五分程歩いた先にある広々とした運動場だ。ちなみに場所は三人から聞き出した。


「んで、何すんのー?」


 年長のジェフが尋ねてくる。


「まぁまぁ慌てるな。まずは兄ちゃんの凄さを教えてやろう。どんなことでもやってやる。どうだ? お前らは何ができるやつが凄いと思う? ん? ん?」


 それにしてもこのテュール一桁歳の男子を集めてノリノリである。


「んじゃー、逆立ちできる?」


 ジェフがそう聞くと──。


「フハハハ、楽勝すぎるな。見てろ」


 そう言ってテュールは両手で逆立ちし、そこから片手を外す。更に手の平でなく五本の指で支え、指を一本ずつ外し最終的に人差し指一本で逆立ちをする。そしてその状態で肘を曲げ、伸ばす反動を使い跳び上がり、空中でニ回転し着地を決める。


「どーだ!」


「「「おーーーー」」」


 パチパチパチ。


 子供たちの目が輝いていた。


「兄ちゃんすげぇな! じゃあ俺とあそこまでかけっこ勝負な! 兄ちゃんはあそこからっ!」


 エリックが指差したゴールはここから五十m程先の木。そしてテュールのスタート位置に指定したのはここから百m程後方の木。


「いやいや、お前そんなんじゃ勝負にもならん。お前はこっからだ」


 そう言ってゴールに指定した木のニm前にエリックを連れていくテュール。


「え? 兄ちゃんは?」


「もちろん、あそこの木からだ」


 そう言ってここからだと百五十m程後ろにある木を指差し、テュールが答える。


「こんなん勝負にならないよー!」


「「そうだーそうだー!!」」


 ジェフ、エリック、ジミーは普通に考えれば結果の見えている勝負に不満を漏らす。


 しかしテュールは、やってみれば分かる、と、そう言う。それを聞いた三人は訝しげな目で見つつも了解し、ジミーはズルしないように見てるからねと、一緒にテュールについていく。


 そしてゴールの木の側にジェフを立たせ、スタートの合図をするよう頼む。ジェフが腕を上げた状態から下げたらスタートだ。


 テュールとジミーが後方の木へと到着し、ジミーがジェフに合図を送る。それを見たジェフは腕を上げ、よーい──。


「ドンッ!」


 ジェフの右手が下がった。エリックはニm先にある木を見て、負けるはずないのにバカみたいだと思いながらそれでも一応走ろうと足に力を込める。一瞬目を瞑り、暗闇の中追い風を感じる。身体がふわっと浮いた気がした。ちょうどいい、このまま風に押されて走ってしまおう、そう思い目を開けると──。


「よう? 俺の勝ちだな。ナハハハ」


 ゴールの木に片肘をついてもたれかかり、反対の手を上げて笑うテュールの姿があった。


 こうして容赦なく一桁男子無双を楽しむテュールであった。

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