外道魔術師転生から始まる異世界動物のお医者さん

穴の空いた靴下

63話 邂逅

 習慣で日の出ぐらいの時間に起きてしまった。
 二人はまだスヤスヤと眠っているのでそっと布団をかけてあげてベットから抜け出る。
 一人なので昔ながらの威圧による狩りをしようかとも思ったが、ネズラースはまだ眠っているかもしれない。
 自分の部屋の扉を開けると、ネズラースがスルスルと頭に昇ってくる。

「あまり激しいと外まで聞こえるぞ……」

 恥ずかしい。赤面の至りだ。

 後日談だが、空前のベビーブームがこの村に訪れて、不思議なことに出産日が非常に近くて大忙しになった。
 はい、すみません。俺とキンドゥが大はしゃぎしてすみませんでした!

「ネズラース、悪いね早朝から」

「私に睡眠は必要ない。気にするな。
 久々にすっきりしたし早朝の空気も悪くない」

 確かにネズラースの毛並みは艶々だ。
 撫でてあげるとふわふわしていて可愛さ抜群だ。
 結構ネズラースはクールな感じだけど、撫でられると気持ちよさそうにしている。
 そのギャップが余計に可愛い。

 外に出ると日の出だった。
 日差しが鋭く差し込んでくる。
 深呼吸をすれば早朝の森の中の気持ちの良い空気が胸いっぱいに広がる。
 この雰囲気が好きだからこの習慣が続いているんだろうな。

 改めて村を見ると結構規模が大きくなっていた。
 森が切り開かれ、道も広くそして整備されている。
 村の周りには堀が掘られ水で満たされている。

「そうか、病気のことがあるな……とりあえず不用心に森に入って狩りをするのは危険だな……
 遺体とかあれば診察して分析したいな……」

「一応私が周囲を監視していれば異常な動きを取る動物ならわかるはずだがな」

 確かにそうだ。
 出来ることなら狂い人病、狂犬病によく似た症例を診察、解析してみたい。
 もしかしたら、今の俺なら治せるかもしれない。

「十分に注意して、絶対に無理せず、取り敢えず周囲を探ってみるか」

 キンドゥたちには書き置きを残して森へと侵入していく。
 すでに日が昇っているため森は美しくも幻想的な雰囲気に包まれている。

「どう? ネズラース?」

「ううむ、近くに動く気配は無いな……ちょっと方向を絞るか……」

 ヒクヒクと鼻を動かし髭がピクピクと動いている。真面目にやっているネズラースには悪いがめちゃくちゃ可愛い……

「こっちに反応があるぞ、距離は結構あるが……」

「取り敢えずそっちに行ってみるしか無いね」

 道を作りながら出来る限り急いで進む、木の上を行けばもっと早いが、帰り道がわからなくなる可能性がある。獣道を作成しながら進めば帰りはそこをたどるだけで迷うことはない。
 もし動物なら帰りに獲物を持って帰る必要もあるからな。

「あ、アイテムボックス借りてくればよかった……」

 とても基本的なことを忘れていたことに今更気がついた。
 すでに結構進んでしまっているので、今回は適当に現場で引車でも作って持ってかえろう……

「そういえばネズラース? こないだ転移で飛んだけど、あの鏡の転移魔道具って今考えると凄まじい魔道具だよね?」

「ああ、あれは凄いぞ、あの空間、屋敷など全てを利用しての大規模魔道具だ。
 ダイゴローは怒るだろうが、地下には獣人の魂のエネルギーを魔力に変えている装置がある。
 その記憶は十二分にプロテクトされているからダイゴローでも知り得なかったと思うが、あのドタバタで運良く記憶に触れられた……」

「な、あそこに……そんな施設が……」

「あの空間自体が飲み込まれてしまったから、助けることはかなわないだろうがな……
 あれは、完全に禁呪だからな……」

「そう……か……」

 それでも知らなかった事、救えたかもしれなかった事は心に棘のように刺さる。

「ダイゴロー、敢えて言うが。『救えなかったからな』。
 魂から魔力を取る。そんなことが途中で止められるような仕組みにはなっていない」

 オレの心を見透かしたようにネズラースにとどめを刺される。
 わかっている。俺は偽善的で、ええかっこしいなんだ……

「ごめんな、ネズラース」

 結果、こんなことをネズラースに言わせてしまったことを反省する。

「気にするな。あと、そろそろ静かに行こう。近いぞ」 

 ネズラースの助言に従って俺も周囲への警戒を高める。
 確かに少し先に動く気配がある。

「野犬か……いらな……ん? あいつ変だな……」

 樹上から動いていた物の正体を把握する。
 野犬の集団だった。
 その中で一匹がどうにも様子がおかしい、呼吸が荒く、目の焦点が合っていない。
 気配を消しながら近づき、そっと診察をする。

『なんだこれ……魔力の流れがメチャクチャだ……』

『ふむ、魔力が乱れるなどそうそう起きることじゃないが……』

 ネズラースと議論をしているとその野犬は段々と小刻みに震え、そしてガルルルと牙を剥いて興奮し始める。周囲の野犬もその様子の急変に囲むように警戒している。

『もしかして、いきなり当たりを引いたか……』

『注意しろよ、狂い人病ならどうやって感染するかわかっていないぞ』

『まずは確定しないとな……』

 俺は腰にある水の魔道具を起動して革袋に水を貯める。
 対象が逃げることも考えて捕獲用の投網も準備する。
 たぶん他の野犬は逃げ出すだろうが、いざとなれば威圧で蹴散らす。
 他の野犬の魔力の流れは正常だったことも確認済みだ。

『よし、行くぞ』

 俺は樹上からいきなり水を撒いた。

「キャウンキャウン!!! ギャイン!!」

 ただの水だ。それでも異常な反応を示した野犬が一頭、対象の動物だ。
 俺は確信とともに最大限の威圧を対象にぶつける。
 指向性をつけるが漏れ出た威圧で周囲の犬も逃げるだろう。

「キャン!」

 ぶるりと身を震わせ、一目散に蜘蛛の子を散らすように野犬達は逃げ出す。
 思いっきり威圧を受けた対象はビクンと震えて倒れてしまう。
 念のために投網をかけて周囲の蔦で簡易口輪できちんと縛る。
 唾液などに触れないように細心の注意を払う……

「よし、これで多少暴れても大丈夫だ……それじゃぁ、診させてもらうぞ……」

 俺は患者に手を当てて診察を開始する。
 狂い人病、たぶん狂犬病のことだろう。
 狂犬病は日本でも非常に馴染みの深い病気だ。
 ラブドウイルスによる感染症で、すべての哺乳類がかかる可能性があり、致死率はほぼ100%。
 治療法は、ほぼない。
 日本では長いこと発生はしていないが、隣国なども含め世界各地で今だに毎年犠牲者を出している恐ろしい病気だ。
 人を守る公衆衛生的な側面から犬の飼育者には狂犬病ワクチンの接種が義務付けられている。
 感染経路は基本的には咬傷感染、感染した動物に噛まれたりすることがメインだ。
 粘膜や経口感染でも感染する可能性があるため、診察は命がけだ。
 今も嫌な汗がダラダラとたれている。

「脳神経には異常がない……ただ、魔法回路は……めちゃくちゃだな……」

 この世界の生物が持つ魔法回路は魔力を体内に循環させる、まぁ血管やリンパ管みたいなものだ。
 この症例は、その回路の進行方向やら魔力の流れがめちゃくちゃになり、停滞、加速、逆流、ほんとうにシッチャカメッチャカになっている。
 魔力は体内に溜まりすぎると魔力酔いと言われる状態になり、気持ちが悪かったり、だるくなったりする。魔力は必ずしも体にいいものでは無いようだ。

「なんだ……魔力の流れの中に異物がある……」

 慎重にその異物を魔力を利用して体外へ放り出す。
 サラサラとした砂のような物質が出てくるのでサンプルを頂く。
 もちろんコレが原因の可能性があるので慎重にだ。
 ただ、困ったことに体外へ排出するとその砂から魔力は急速に失われてしまう。
 唾液に多く含まれていたことを突き止めて、水分内に採取することでその原因を得ることが出来た。
 やはり、この異物が取り除かれると魔力の流れは改善している。
 魔力で動かせる物質なら俺の能力で直接排除できる。
 その野犬から全ての物質を丁寧に取り除く。
 10分ほどで異物を排出し、魔力の流れは正常に戻ってくれた。

「あとは、覚醒してどうかだよね……」

 先程よりも呼吸も楽そうで苦悶の表情で牙を向いていたのに、今では穏やかにすやすやと眠りについている。

「よっと!」

 もう一度樹上に登り、網を回収して口輪を外す。
 樹上から野犬に水をかける。

「ヒャン……うー……」

 目を覚ましたようだ。
 水がついた場所を前の手でゴシゴシとこすっている。
 前みたいに異常なほどの恐怖行動は起こしていない。
 落ち着いている。自分がどういう状況かわかっていないみたいで、キョトーンとした感じで毛づくろいを始めている。
 普通の犬に見える。かわいい。
 その後しばらく観察を続けたが、投げ入れた干し肉もがっついて食べており、普通の犬と同じようにみえる。

「つまり、狂い人病はコレが……ん?」

 俺は水の中に回収した砂が見覚えのあるものであることに気がつく。
 

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