外道魔術師転生から始まる異世界動物のお医者さん

穴の空いた靴下

2話 子を愛する父

 ララを攫った影を追いかけて俺はユキミを肩に乗せて森を駆ける。
 魔法により強化された脚力を用いて走っていてもその影になかなか近づけない、仕方がないのでいくつかの肉体強化魔法を重ねがけするとぐんぐんと距離が縮まっていく。
 こういった魔法の使い方も自然に身体や頭が動く、前の身体の持ち主であるベグラースの肉体の記憶のおかげだ。
 胸くそ悪い記憶はたまらないが、こういうときは助かる。
 ララを連れ去った影に少し動けなくなる魔法でも使えばいいんだろうけど、チラッと見えた感じだと獣人っぽい影だった、つまりマイナス効果の魔法を使うのは得策ではないだろう。

「待って! この人はその子を助けようとしているの!!」

 ユキミの叫びに耳をピクピクと動かして反応しているが、走るのはやめない。
 それにしても、速い!
 魔法で強化していても少しづつしか距離が縮まない・・・・・・
 しかし、さすがにこの速度を維持するのは難しいようで少しづつ距離の縮み方が速くなっていく。
 強化された俺の五感に苦しそうな息づかいが聞こえてくる。
 俺はユキミに伝えてほしい内容を魔法で伝える。

「お願い! 止まって、そうすれば私たちは一定の距離を開けて止まるから!
 話だけでも聞いて!」

「ぜー・・・・・・はー・・・・・・、ぜー・・・・・・はー・・・・・・」

 前を走る影も限界だったようでその歩みが突然遅くなり停止する。
 約束通り俺も距離を開けて敵意がないことを示す。
 その影はララによく似た大人の犬型の獣人だった。
 ララによく似たコリーに似た、少し顔つきは男っぽい、うん。かわいい。
 よく見ると抱きかかえたララは犬の姿に戻っている。
 俺はそうなった理由を知っている。

 獣人が死に瀕した時、元の犬の姿に変化する。
 たくさんの『実験』から知り得ている知識だ。
 しかも、その状況になると、もう時間がない。
 身体の記憶を思い出してしまい喉の奥に酸っぱいものがこみ上げ、怒りが心を満たしてしまう。
 ユキミに言葉を伝えるのも忘れて俺は気がついたら叫んでいた。

「頼む!! そのを助けさせてくれ!!」

 気がつけば土下座をしていた。
 この世界で通用するかは知らないが、敵意がないことを示すのにこれがいいと考えたのかもしれない。
 身体が勝手に動いていた、本当に時間がない!

「誰が貴様などに!! 俺が知らぬとでも思ったか!!
 獣人の敵!! 害悪の魔術師 ベグラース!!
 どれほどの同胞が貴様のおもちゃにされたか知らぬわけではないぞ!!」

 わかっていたこととは言え、これはどうすればいいか、俺としては頼むしかない。

「どうかその子を助けさせてください!! お願いします!!」

 俺は地面に頭をこすりつけながらお願いをする。
 ユキミが肩からするりと降りて相手の獣人のところへ近づいていく。

「ち、近づくな!! ベグラースの使い魔め!!」

「私は獣神アラセスの使いユキミ。
 魔術師 べグラースの邪悪な魂は我が神アラセスの名にかけてふさわしい罰を受けている。
 彼は不幸にもその身体に入ることになってしまった別人。
 もちろん信じられないでしょうけど……
 さらに信じられないことは彼にはその子、ララを助けることが出来るの」

「……信じろというのか……そんな話を……」

「貴方もララが『その姿になっている意味』を解っているでしょ?
 時間はないの……」

「うう……ララ……ララァ……!!」

 子犬の姿となって息も絶え絶えな娘を抱きしめ人目もはばからず泣き叫ぶ。
 獣医師であった大五郎の記憶が亡くなった家族を抱きしめ泣き叫ぶ飼い主の姿と被る。
 思わず涙がこぼれそうになるが、泣いている暇はない!

「頼む、俺ならその子を助けてやれる!!
 もし助けられなかったら俺を殺してくれて構わない!!
 お願いだ! もうその子には時間が残されていないんだ!!」

「な、何を言うか!! ララは、これからも元気に育つんだ!! 
 俺の娘は村一番の美人に育つんだ!!
 誰が貴様の言うことなど聞くものか!!」

「頼む……俺に……貴方の娘を救わせてくれ……」

 いつの間にか小雨が降り出していた。
 俺は地面に突っ伏し、頭を擦り付けたまま雨に打たれ続ける。
 ここで無理やり動いてララを奪えばこれから先全て台無しになってしまう。

「……助けられなければ……殺すぞ!!」

 むき出しにされた牙と向けられた手先から白い鋭い爪が光る。
 俺はまっすぐとその獣人の目を見つめ答える。

「ああ。絶対に助ける!」

「クソ!! クソ!!! クソ!!!!! 頼むぞ!! 絶対だからな!!!!!」

 悔しくて仕方がないことが表情からもわかる。

「少し魔法を使うぞ、雨に濡れるのは良くない」

 俺は土魔法で小屋を作り出す。
 無意識に思っただけで道端に小屋が作り出される。
 近くの木を使ってあっという間に診察室っぽいものを作れてしまう。
 魔法って凄い。

「……ララ……? ララ……!? ララ!!」

 子犬を抱きしめていた獣人が狼狽する。

「どうした!?」

「ララが息をしていない……」

「心停止か!?」

 すぐに魔法でララの状態を読み取る、完全な心停止は起きていないが今にも心臓や呼吸が停止しそうだ。一刻も早く処置しなければ命にかかわる状態だ!

「ASAP!! すぐに小屋に入れ!! 処置に入る!!」

 ASAP、as soon as possibleの略語で院長の口癖だ。

「約束忘れてないだろうな!!」

「ああ!! 不満なら後ろに立って首にでもその爪を立てていろ!!
 早くしろ! 間に合わなくなってもいいのか!!」

 跳ねるように全員が動き出す。
 並列して俺は魔法で様々な物を作り出す。
 留置針、点滴、抗生物質、消炎剤、鎮痛剤、ブドウ糖液、各種薬品でもなんでも作り出せる。
 現代日本における知識と魔法の融合によって、錬金術のように様々な物を作り出せることを『知っている』
 師匠に叩き込まれ、自身でも努力を怠らなかった知識が魔法と歯車が合わさるように噛み合い動き出す。
 処置台にララを寝かせて状態を把握するために魔法でモニタリングを開始する。
 律儀にもその獣人は背後でずっと首元に爪を立てている。

「そこでもいいが背後から心臓でも貫けるようにしてくれないか?
 気が散る」

 ララに血管を確保して点滴を開始する。
 同時に魔法による回復魔法をかけていく。
 こんな状況だが俺は興奮していた。
 凄い、こんなことが出来るなんて!
 魔法と併用した獣医療は生きていたときとは別次元だ。
 しかし、今は緊急事態、心臓の働きを補助しながら呼吸の維持に務める。
 同時に原因となっている疾患へのアプローチも進めていかないといけない。
 魔法の同時行使で頭が焼け付きそうに熱くなっているがそんなことを気にしている暇はない。
 仰向けに固定したララの腹部を丁寧に探る。
 遠距離からの診察とは雲泥の差だ。
 内臓組織の構造から組織学的な、顕微鏡レベルの状態まで頭に流れ込んでくる。

「お腹を開く必要も無いんだから、魔法様々だな」

「腹を開くだと!? やはり貴様!!」

 背中に爪の切っ先が当たる感覚がある、集中しているので痛みは感じないが煩わしい。

「黙ってろ! 手元が狂う!!」

「ぐっ……!」

 緊張で汗が目に入って邪魔だ。
 イライラしながら汗を乱暴に服の袖で拭うと、誰かがそっとハンカチで額の汗を拭ってくれる。

「ダイゴローはララちゃんに集中するニャ」

「ありがとう、ユキ……ミ……?」

「詳しい話は後ニャ、早く治療を」

 目の前に美しい銀髪の美女が立っていて思考が停止しそうになったが、その美しい声の指摘でララの処置に全神経を集中させる。
 多数のシャント血管、先天的に生じたいらない血管、が肝臓内部も含めて多数大静脈に分岐している。

「魔法じゃなかったら手が出せなかったな」

 こういった肝内にも存在する多発するシャント血管は単純な結紮などでは対応できないため、治療が大変難しい場合がある。もし、現実の日本でララが診療を受けたら完全な回復は難しかったかもしれない。

「それが、魔法ならこうだ」

 魔法でモニタリングをしながら余計な血管を塞いでいく。
 糸を使うことも開腹することもなく血管はみるみる閉鎖され切断される。
 シーリングという技術を魔法で行っているんだ。
 門脈から大静脈に逃げている血液が血管を塞いでいくことで本来の流れに戻っていく、この時も問題があって、あまりに急速にその血流量を増やすと、簡単に言えばパンクする。

「門脈圧を調節しながら肝臓への血行を回復させる。同時に全身の毒物を透析の容量で取り除く」

 自分自身で確認するかのように口に出しながら処置を続けていく。
 口にだすことで魔法へのイメージも起こしやすいことにも気がつく。

 身体にとって食べたものを消化して吸収したままの形だと有害なんだ、肝臓による代謝を受けることによって身体にとって栄養という形で利用することが出来る。
 門脈シャントという病気はその代謝を受ける前の成分が全身に流れていってしまい害を起こす。
 その流れを今、魔法と現代知識を融合して治してあげたのだ。

「よし、シャント血管全て処置できた。門脈圧も問題はない。
 体内の成分も正常範囲内へ移行した。これで問題ない、治療終了だ」

 モニタリングを続けていた魔法が俺に治療が終了したことを教えてくれる。
 これでララは助かるんだ。
 初めて行った魔法での治療は思ったよりも負担が大きかったらしく、膝がガクガクする。
 思わず近くの作り出した椅子に腰掛けてしまう。
 背後から俺を狙っていた獣人は俺を押しのけるようにララの体にすがりつく。
 目に見えて呼吸状態も改善して、苦悶の表情も消えてすやすやと眠っている自身の娘の姿を見て、大粒の涙を流しながら娘を起こさないように声を殺して泣いている。
 俺は、そんな姿を見ながら充足感に包まれ、気を失った。

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