ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

輝流ルート/演技者達の物語

 お互いに泣いてしまい、情けない姿を見せてしまった。
 ずっと黙って見守っていたメンバーに感謝しつつ、俺はまだやる事があるので、揚羽を引き剥がした。

「兄さん……?」

 驚いたような彼女の声。
 しかし、俺は別に揚羽を遠ざけたいわけじゃないし、不安そうな顔をされると困る。

「ごめんな、揚羽。少しばかり時間をくれ。俺はもう1人、相手にしなきゃいけない奴が居るんだ」
「……それ、って?」
「…………」

 俺は無言で揚羽の元を離れ、輝流の方へと歩き出した。
 輝流は俺が来るとわかると、可愛らしくプイッとそっぽを向いてしまう。
 話をする気は無いようだった。

 仕方ないかと、俺は輝流が先ほど俺に向けていた銃を拾い上げ、彼女へと向ける。

「――Pozhaluysta, podozhdite! 先輩、何してるかわかってんの!!?」

 だが、輝流と俺の間を割ってオリガが立ち塞ぐ。
 それでも俺は引かない、引けるのはトリガーだけだ。

「どけ、お前も撃つぞ?」
「なんで……全部終わったでしょう!? 君のトラウマは輝流さんを倒す事で解消された! そうじゃないの!!?」
「ふざけんな。こんな形で終わりにしたら、それこそ一生トラウマになる。どけ!!」
「キャッ!!?」

 俺はオリガを突き飛ばした。
 ヒールのある靴を履いていた彼女は容易にバランスを崩した。
 ――それも演技か、オリガ。
 お前は自分を嘘つきだと言った、だからここまでしてくれるのだろう。
 引き立ててくれるよな、ホント。

「兄さん!!!」
「利明!!!」

 揚羽と美頭姫が俺の名前を叫ぶ。
 撃つなと警告しているんだ、俺まで人殺しになる必要はないと。
 でもこれは、俺が決着をつけなきゃいけないこと。
 だから――


 パァン――


 俺は迷うことなく、トリガーを引いた。








「痛っ!!!!?」


 そして、輝流の普通過ぎる叫び声に、誰もが驚愕するのだった。
 こんな暗い中だとよくわからないし、俺達は持ったことないから本物か怪しかったけど――

「ただのエアガンじゃねぇか、これ」

 確信が持てると、俺は安堵の息を吐くのだった。
 本当に実弾だったら輝流は重症だったし、エアガンで助かった。
 ……人に向かって試し撃ちするもんじゃねーけどな。
 って、そんなことより……。

「お前、やっぱり俺達を殺す気なんてなかったんだな」
「…………」

 黙りこくる輝流の前に、俺はゆっくりと膝をついた。
 久し振りに見る輝流は少し成長して、益々女っぽい顔つきになり、胸も少し膨らんでいた。
 両手を拘束され、動けない彼女は逃げるすべを持たず、やがては渋々と俺を見つめ返すようになる。

「……いつ気付いたの?」

 小さな声で、悲しい声で、彼女は聞いてきた。
 俺は答える。

「何言ってんだ。お前が気付かせたんだろうが」
「…………」

 輝流はそれだけ聞くと、降参したのか吹っ切れたのか、儚く笑った。

「全部聞いた?」
「ここに来る前、公衆電話で一弥に聞いたよ。結局お前も、悪魔になりきれなかったみたいだな」
「……そっか」

 彼女は目を閉じ、全てを諦めたように力なく壁に寄りかかる。
 俺の言葉が、俺の行動が、彼女の全てを壊したのだ。
 気付いたキッカケは簡単、コイツが送ってきたメッセージだ。
 あのメールにヒヤシンスの背景を使ったのは、何か意味があると思ったから。

「――紫のヒヤシンス。日本での花言葉は【悲哀】、【直向ひたむきな初恋】だって、お前は言った。でも、お前が伝えたかったメッセージは日本の花言葉じゃない。

 あの花、西洋の花言葉だと――

















 ――【ごめんなさい】って、いうんだろ?――






















 *****



 中学3年の春。

「利明くん……聞いて」
「黒針……黒針……」
「……君は、洗脳されてしまったんだね」
「黒針……好き……黒針……」
「利明くん…………」

 ボクの好きだった君は、人ではなくなっていた。
 一体黒針にどんな暗示をかけられたのかはわからない。
 でも、心が強固だった君をこんな風にさせてしまったのは、ボクに原因があるんだ。

 君はボクと黒針に挟まれてしまった。
 君は優しいから誰かを傷つけたくなくて、だから1人を選べずに悩んでいた。
 その結果がコレだ。
 君の心は弱くなり、まだ新学期が始まったばかりなのに、洗脳されてしまった。

 バカだなぁ、ボクは……。
 ボクには男として生きていくことしかできない、それなのに利明くんに恋をしてしまった。
 恋人になんてなれないし、たとえ恋人になるとしても、その道のりはけわしいものだ。

 わかっていたはずなのに、ボクは利明くんに告白して、迷わせてしまった……。
 だから、

「――黒針を殺す」

 ファミレスで向かい合って座る一弥くんに、ボクはそう告げた。
 しかし彼は難しい顔をしたまま、首を横に振る。

「ダメだ、そんな事したら、お前は――」
「嫌われちゃうだろうね。もしくは、利明くんは自分のために人を殺したボクに謝るだろう。でも、謝っても済むことじゃない。ずっと心に傷が残る」
「……それがわかってるなら、やるべきじゃない」

 確かに、黒針を殺してボクにメリットはないかもしれない。
 でも、壊れた機械みたいになった利明くんを見ているのは心苦しいし、それに……

「利明くんをあんな風にした黒針を、ボクが許せないだけなんだ。この件は、他言無用で頼むよ」

 そう言うと、ボクは万札を一枚置いて立ち上がる。
 学生鞄を持って店を出ようとするボクへ、一弥が何か叫んでいた。
 それでも止まるわけにはいかないし、黒針は被害しか出さない女だから生かしといても仕方ない。
 実際、友達になろうと努めた利明くんが、洗脳されてしまったじゃないか――もはや殺すしかない。

 だって、あんな女に飼い殺されて、利明くんが幸せな筈ないんだから――。



 そしてボクは、黒針に多額の借金を背負わせた。
 ネット注文の支払いルートを、いくつかの国を介して税をかけたりした。
 バカみたいに膨らむ税は面白くて笑うレベルだった。

 1週間経って、黒針は転校したと知らされる。
 一家心中なんて年間自殺者が2〜3万人のこの国では当たり前で、ニュースに取り上げられる可能性は低い。
 転校という事にしたのは、生徒達に嫌な気分になって欲しくなかったからだろう。
 だけど、利明くんはどういうわけか知ったらしく、洗脳されてた時の記憶がない彼に、ボクは嫌われた。

 悪いとは思う。

 そりゃそうだよ、好きな人だもん。

 ボクは君を騙した。

 君を助けたのはボクだけど、ボクは君にとって悪者でなくちゃいけない。

 そして、いつかはこの思い出を、君のトラウマじゃなくしてみせる。

 ボクという悪い演技者を倒す事で、君は――。

 …………。

 ……。



 *****



「――なんで気付くんだよぅ……」

 目の前の少女はポロポロと涙を流している。
 俺が彼女の嘘を暴いてしまったからだ。
 中学でコイツに話した最後の日――アレも全て演技だったんだ。
 彼女は辛いながらも俺を遠ざけようとして、今でさえ俺のために俺に嫌われようとしている。
 でも――
 ヒヤシンスの花言葉だなんて、そんなわかりようのないメッセージを調べたばっかりに、俺はまた、女の子を泣かせてしまった。

「お前がなんでごめんなさいと俺に伝えたのか、考えたんだ。お前が改心したとか、そんなんじゃねぇ。輝流……お前の嘘が俺を苦しめ、再び女2人に挟ませて、その事を謝ってたんだ。一度逃した俺を深追いして傷つけようとした事への謝罪。でも、お前が謝る必要なんてなかったんだ」

 俺は一度言葉を区切り、輝流の体を抱きしめた。
 暖かな温もりを感じる。
 コイツは、冷酷な人間なんかじゃない。

「ただ俺のトラウマを払拭させたかっただけなんだろ? 俺がお前との関係を、完全に断つためにここまでやったんだ。そうすれば俺も心が軽くなって、これからの生活を謳歌できたかもしれない。けどな、それだけじゃあダメなんだよ。お前にも、苦しんでほしくねぇんだよ……」

 抱きしめた手を、彼女の背にある両手に回した。
 細く柔らかい指を見つけると、俺は無理やり握る。
 くぅっ、と少し痛そうに鳴いた輝流に、俺は苦笑する。

「これはビジネスマナーとか、そんなんじゃねぇ。繋ぎたいから繋いだだけだ。……あの時繋げなくて悪かった」
「……バカ。大バカだよ、利明くんは……。ボクを助けたら……後悔するよ?」
「しねぇよ。絶対後悔しねぇ」

 俺はただ、あの時繋げなかった手を繋いだだけだ。

「ボク……君を諦められなくなっちゃうよ?」
「それでいいさ」

 あのとき逃したものを掴むだけ。

「君につきまとうかも、しれないよ……?」
「当たり前だ、近くにいろ」

 傷つけたものは自分で癒す。

「ボクはっ、利明くんが……好きなんだよ?」
「ずっと前から知ってるさ」

 俺のために自分を犠牲にしてくれた友人に、俺は囁きかける。
 輝流の震える肩を優しく掴み、俺は彼女の唇にキスをした。

 俺にとっちゃ口付けなんて大した事じゃない。
 でも、乙女にとっては特別なんだと思う。
 これで少しは、報われただろうか――?

「……ごめんね、利明」

 その言葉はなんの謝罪なのかわからない。
 輝流は微笑を零して続けた。

「……ボクはだから、君の恋人になれないし、諦めたかったんだ。でも……そんな事言われたら、ボクはどうすればいいの?」
「お前が困ってるならなんとかする。だから、もうそんな困った顔をするな。演技なんてもういらない。素直になれ」
「それじゃダメなんだよ! 素直になったとしても、また君に辛い道を歩かせることになる。それなら、ボクは自分の人生を否定して、女として生きるのをやめて……利明くん、君に他の女の子と、幸せに生きて欲しい……」

 寂しげに言い放ち、輝流は立ち上がる。
 手が縛られてるのに自然に立ち上がる彼女を見て、俺は手首を注視した。
 手錠はある。
 しかし、鍵はかけられていなかった――。

 ジャラリと手錠が投げ捨てられ、輝流は笑う。

「ボクの気持ちに気付いてくれて、ありがとう――」

 眩しいぐらいの笑顔でそう言うと、彼女は走り出す。
 それは後者の方ではなく、フェンスの方だった。
 輝流がこれからしようとする事は、容易に想像がつく。
 人生を否定って、そういうことかよ!!

「輝流!!」

 俺は立ち上がり、追い掛ける。
 でももう間に合わない。
 彼女は既に、フェンスをよじ登っていた。

 誰か助けてくれ、アイツを死なせるわけにはいかないんだ。
 ずっと自分を殺して生きてきた、俺たちよりずっと辛い人生だったんだ。
 まだ幸せにもなってねぇのに、逝かせたくなんかねぇんだよ――!

「"止まれ"」
「――!」

 いやに耳につくその声に、全てのものが止まった。
 誰一人として動けない。
 だってその声は、その音程は、人を支配するのだから。

「"動け"」

 再び同じ音程の声が聴こえると、俺は前のめりに倒れ、輝流はフェンスから落ち、背中を強打していた。
 輝流は起き上がれず、苦悶の表情で津月を睨んでいる。
 これで自殺する心配はなくなった。

「何勝手に死のうとしてんの?」

 津月の怒りに震える声が響く。
 俺は起き上がり、輝流のもとへ駆け寄った。
 それでも津月は心のままに叫んだ。

「利明は――アンタを選んだんだよ! 私もみーちゃんも全然知らないアンタを!! なのに死ぬの!? そんなの許さない……本当に利明が好きなんでしょ!!? 大切なんでしょう!!? ――だったら、離れようとしないでよ……。側に居なよ!!!」
「……津月」

 俺が弱く名前を呼ぶと、彼女は膝から崩れ落ち、泣き始めた。
 結局はこうだ、俺が一人を選べばみんな傷つけてしまう。
 津月は失恋したんだ。
 だって、俺はコイツを選んだんだから――。

「輝流さん」

 ふと気付けば、目の前には美頭姫が立って居た。
 俺と輝流で黒髪の少女を見上げると、美頭姫は安心させるように優しく笑う。

「今まで男の人として生きてきたのを、急に女性として振る舞うのは難しいかもしれない。でもね、貴女はそのままでも素敵な人、だから利明は貴女と一緒にいようとしてる。戸籍を変えるとか、親の反対を押し切るとか、大変かもしれないけど……大丈夫。利明は必ず、最後まで付いてきてくれる。だから、人生を諦めないで……」

 それは一度人生を否定された彼女からのアドバイスだった。
 美頭姫の問題は、俺が解決させた。
 なら、さぁ……

「絶対に俺が解決してみせる。だから一緒に生きよう、輝流……」

 俺が再度彼女を抱きしめると、彼女は力を緩めて、フフッと笑った。

「まったく……こんなにみんなから手を伸ばされたんじゃ、死ぬに死ねないよ……」

 ため息を吐いて両手をあげ、やっと輝流は降参する。
 こうしてようやく、全てが終わったんだ――。








 ◎◎◎◎◎



 ギィ、コォー、ギィ――

 隣でブランコを漕いでる奴がいる。
 俺の座るブランコは振り子運動をする気はないようで、ずっと地に足がついていた。

「そんで、お前は輝流の話に乗って、揚羽は輝流の作戦を知らなかったわけだな?」

 俺はブランコを漕ぐ金髪頭に尋ねた。
 オリガはブランコを立ち漕ぎしながら答える。

「そうなんだよぉ……。ワタシ、テルルにハックしたら、即バレた」
「微妙にカタコト混ぜんな。ややこしい」
「ワォ!」
「それ英語じゃね?」
「ロシア語は難しい……」
「おい、純ロシア人」

 ツッコミが絶えず、話にならなかった。
 どうしたもんかと思っていると、後ろから誰かに優しく抱きすくめられる。
 そしてその女は、オリガの代わりに教えてくれた。

「あのねぇ……ボクはかなり高位なんだよ? ただ教え込まれただけの、しかも後輩になんか負けないから」

 と、ご本人様がおっしゃる。
 もともと輝流の方がオリガよりも優れていたようだ。

「さすがは俺の嫁、頭が派手なだけの女よりよっぽど良い女だ」
「いつから君の嫁になったのさ……」
「なるんじゃねぇの?」
「……。3年後ぐらいには、ね」

 どうやら結婚にはまだまだ掛かるらしい。
 俺も輝流の父親とは話したが、融通性のない男で、説得にはそれなりに時間が掛かるだろう。
 しかし、今では輝流も女として振る舞うようになった。
 着ている服もスカートだったり、ワンピースだったり、靴下も長いやつが多い。
 髪も伸ばし始めて、すっかり可愛くなってしまった。

「はぁー……こんな姿を見るために君達に協力したんじゃないけどなー」

 オリガはボヤいてブランコから飛び降りた。
 ふわりと無事に着地し、俺たちに何も言わず、手だけ振って去って行った。
 俺達がこうも一緒に居るのが気にくわないらしい。

 輝流がウチに転がり込んできて、美頭姫も実家に帰ってしまった。
 揚羽もウチに泊まろうとしていたが、「愛の巣に居るのはちょっと……」と、何故か家に帰った。
 ヤることはヤッてるけど、防音完備だからよくね……?

 津月は俺が輝流を選んだのを見て凄く落ち込んだらしいが、今では友達にまで戻った。
 でも基本的に話しかけられる事がなくなり、俺は高校でぼっちに返り咲いたのだ。

「高校なんて行くだけ無駄なのに、よく行くよね……」
「馬鹿野郎。俺が美頭姫や津月と関係を断つと、結婚式に誰もこねーんだぞ? 身内と一弥だけ、寂し過ぎるだろ」
「それでも大して変わんないじゃん。いいよ結婚式なんてしなくて」
「俺は花嫁姿見てえんだけど」
「ボク、どっちかっていうとタキシード着たいかも。利明くんはウェディングドレスでいいよね?」
「そろそろ本当に拳で語り合おうな」
「ベッドの上でなら語り合うよー?」

 ニコニコしながら言ってくるし、今夜も熱く語り合ってやろうと思う。
 それはさておき、アイツおせーな……。

「なぁ輝流。一弥は?」
「帰らせました〜」
「あんだとテメェ。そしたら俺たち、なんのために1時間も公園にいたわけ? しかもあのロシア女なにしに来たの?」
「そんなの知らないよ。ボクは利明くんのマヌケな顔が見れて大満足だし、いいじゃん?」
「よくねーよ……」

 背もたれがあれば寄りかかってたところだが、ブランコにはそんなもの無い。
 よって輝流にもたれ掛かると、優しく受け止めてくれた。

 背中をそらすと、晴れ渡る空が視界いっぱいに目に付いた。
 ここまでくるのに、随分長かった。
 でも輝流も演技をやめて、女として――俺の彼女として生きている。
 それで満足、だな……。

「……よし。暇ならデートしようぜ。工場見学」
「予約もしてないのに行けるわけないでしょ? しかも、この歳だと工場見学なんて楽しくないし」
「じゃあどこ行くよ? また電気屋物色して、家でデスクトップPC作り出されたらかなわん」
「……ホテル、行く?」
「はいはい、帰ろうなー」

 輝流を引き剥がして立ち上がる。
 でも輝流はまたひっついて来て、俺の腕を抱きしめた。

「歩きにくい」
「それが恋人ってやつなんだよ」
「……ま、歩かないよりはマシか」

 亀より遅くてもいい、2人で歩けるならそれで。
 ずっと演技者アクター達はやっと素直になって、こうして結ばれたんだから――。

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