ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.16/男2人

 憂鬱な気持ちで授業を聞き流し、帰りの時間になる。今思えば、俺は美頭姫みたいなアホに絡まれたくないからぼっちだったんだよな……とか、猿も木から落ちるってこの事か……とか、考えていても仕方ないことを考えていた。
 でも俺が助けなきゃ美頭姫は苦しんでただろうし、そこは後悔しちゃいけないのであって、俺は今どうするべきかと、音楽以外はまるで使えない頭で考えていた。

 放課後になってもPCを付け、SNSで"居候がめんどくせー"なんて呟きをすると、早々といくつかのコメントがやってくる。
 中には居候代わってほしいとか、作業現場見たいとか、嬉しいものもいくつかあった。
 その中で、ドストレートな質問に目が止まる。

 〈居候って女性?〉

 これ、女性って書いたら色々問題になるんじゃなかろうか。
 いや、ただの居候だし構わんだろう。
 手も出してないしな。

 〈居候は同級生の女の子です(笑)
 結構可愛いけど、手は出してませんよ(紳士なので〉

 そう返信すると、ワァッと返信が返ってくる。
 ……あ、ヤベェと思ったが、ニヤニヤ、とだけ書かれた返信が一番多かった。
 お前らなぁ……。

 はぁっとため息を吐き、パタンとノートPCを閉じる。
 揚羽に落とされたが、傷が付いただけで動作は問題なかった。

 帰り支度を済ませて改めて教室を見渡すと、既に美頭姫と津月の姿はなかった。
 俺に何も言わずに帰るとは、また何か企んでるのだろう。
 でも、ありがたかった。
 1人になりたい、そんな気分だったから。

 それから学校を出て家に着く。
 道すがら知り合いに会うことはなく、久し振りに孤独な家路だった。
 エレベーターを3階で降り、家の前に行くと――そこに漸く、見知った人物を見つける。

「……一弥?」
「よう、利明」

 俺の家の扉の前に立っていたのは、長身の男、一弥だった。
 半袖のポロシャツに俺の学校とは違う鼠色のスラックスを履いていた。
 学校帰りか、玄関扉には彼の学生鞄がもたれ掛かっている。

「何してんの?」
「お前を待ってた」
「そりゃそうだろうけどさ……電話かメールぐらいしろよ」
「なんだよ、ダメなのか? 俺がお前んち来ちゃ」
「いや、いい。寧ろ丁度いいよ。入れ」
「おう」

 彼がどくと俺は鍵を開け、家の中に入った。
 後から一弥も続き、扉が閉まる。

 リビングに抜けると、中は無人だった。
 まだ美頭姫は帰ってない、そこに違和感を感じる。

「なんだ、居候ちゃんは居ないのか」

 一弥は何を期待してたのか、ショックを受けたようだった。

「なんだよ、週末じゃなく今日来たのって、美頭姫目当てかよ」
「いや、お前無理してそうだったから、元気つけに来た」
「はぁ?」

 本気で訳がわからなかった。
 確かに無理をしてるとは思うが、なんでコイツがそれを知ってるんだ?

「お前さ、言葉では伝わらないメッセージを俺に残してるんだよ。利明は居候をウザがってる割にはお菓子をたくさん買い与えてやったり、矛盾してる。それを態々俺に見えるようにして来たんだ。ヘルプ出してるようにしか思えねぇだろ」
「そんな心配されるほどのことじゃねぇよ。一昨日来やがれ、週末来やがれ」
「この時間、洗濯物干してんだっけ? 居候ちゃんの部屋ここ?」
「殺すぞテメェ」

 暴言を吐いて俺は自分の部屋の扉を開ける。
 中に入って荷物を置き、俺はまたリビングに戻る。
 一弥は立ったまま、眠そうにあくびをして居た。

「どうする? 美頭姫待つか?」
「いや、ファミレス行こうぜ。2人で話した方が良いだろ。お前の今の気持ちとか聞いて、少しはアドバイスしてやるよ」
「お前は俺の彼女かよ……。言い方がキモいぞ」
「俺だって、キモいと思ってんだよ。でも、キモくないと人助けは出来ないからな」
「俺はカッコよく人助けしたぜ?」
「金の力じゃん」
「だまらっしゃい」

 お金は汚くないぞ、うん。
 俺はポンポンと一弥の肩を叩き、そのまま今来た道を折り返す。
 ファミレスに行くというなら、それに従おう。

 俺たちは家を出て、ここから一番近い、駅前のファミレスに足を運んだ。
 平日の夕飯時、学生の客も多く、店内はガヤガヤと賑わいを見せていた。
 そんな所に男2人の寂しい高校生が来ればアレなのだが、高身長イケメンの一弥が通れば俺もこの空間に居て良い気もする。
 2人で対面する形の席に案内されると、一弥はおもむろにメニューを手に取った。

「利明、仕事あるか?」
「あったらこねーよ」
「じゃあ晩飯食ってこうぜ。俺もバイト無いからさ」
「……そうだな」

 美頭姫の事が頭に浮かんだが、また出前を取らせればいいだろう。
 俺もメニューを取って料理に目をやった。

「利明、知ってるか? ドリンクバーって10杯飲んでも元取れないらしいぜ?」
「何故それを今言うのか」
「そもそも元取れたら商売にならねぇよな、はははは」

 無駄な雑学を俺にねじ込み、高笑いをする一弥。
 もう注文を決めたのか、店員を呼ぶボタンを押した。
 俺はまだ決めてないが、テキトーに美味そうなものを食べよう。

 程なくして現れた店員に注文を付けて待つ。
 俺たちは2人ともドリンクバーを頼んだので、飲み物だけは取って来た。

「さて……ここ最近、お前の周りであった話を聞かせてもらおうか」

 両肘ついて手を組み、その手で口を隠してずいっと身を乗り出す一弥。
 刑事気取りなんだろうが、俺はノリが悪いのぼっちなので合わせない。

 それから俺は、美頭姫の事を話した。
 教室で唐突に居候を申し出て、数日暮らして、アイツが家の事情を話して、俺が解決して……。
 そこまで話すと、注文した料理が届けられた。
 俺の元には唐揚げ定食、一弥の所にはハンバーグ定食の一番高いものだった。
 バイトして資格の申し込み費用と教材費を買うコイツがこんな所で無駄遣いするとは思えない。
 つまり、

「ぜってー俺におごらせる気だろ」
「奢ってくれるんだろ?」
「ちゃんと話聞いて、アドバイスくれたらな」

 価値ある意見をいただければ、1500円ちょいぐらい安いもんだ。
 一弥が先にナイフやフォークを手に取ると、俺も箸を探す。
 しかしその時、不意にズボンのポケットが震えた。

「悪りぃ、ちょっと電話行ってくる」
「おう」

 二つ返事で許可をもらうと、俺は店の出口へと向かって行った。
 道すがらスマフォの画面を確認すると、着信相手は美頭姫だった。
 結構良いタイミングでかけて来たな、何の用だ?

 外に出ると外はもう暗闇に包まれて居て、通り過ぎる車がうるさい。
 外には1人、髪の長い先客が居たが、暗くて顔までは見えなかった。
 別にそんなことはどうでも良いかと、俺は通話に応じた。

「もしもし?」
「あ、もしもし利明? 今日ね、ツッキーとお喋りして遅くなるから、ご飯作らなくて良いよ」
「おう……俺もちょっと、用、が……?」

 なんか、声がずいぶん生々しいというか、随分近くから聞こえた。
 耳だけじゃなく、体全体に。

 俺は訝しみながら隣に立つ人物を見る。
 うちの学校の制服だ、長い黒髪をしている。
 見たことのあるローファーを履いていて、その横顔は見覚えがあった。

「……シンクロニシティっつぅのかな。世界って怖いわ」
「え? どうしたの利明?」
「え、ってお前……なんで気付かないの?」
「さっきからなんのはな――しっっ!!?」

 ポンッと美頭姫の肩に手を置くと、面白いぐらい飛び跳ねた。
 通話を切って携帯をポケットに突っ込み、美頭姫に向かって手をあげる。

「よっ。まさかお前もここのファミレスに居たとはな。しかも外で通話するなんて、案外礼儀のある奴なんだな」
「なんだな、じゃないわよ! もうっ……ビックリしたなぁ……」

 胸をなで下ろし、安堵の息を吐いていた。
 そんなに怯えるような事をしたつもりはないが、どうしたんだ?

「で、津月も居るんだろ? 何話してんだ?」
「利明には関係ない。それより、ぼっちで友達の居ない利明こそ、なんでファミレスなんかに……。1人でご飯?」
「あんまり過度な発言すると、俺もキレるからな……?」

 ニコニコ笑ってそう告げると、いつも調子の良い美頭姫も苦笑いになる。
 引き際を弁えてるようでよろしい。

「それで、利明は何してるの?」
「仕事の打ち合わせ」
「うわぁ〜。高校生がする事じゃないですなぁ」

 口から出まかせだったが、信じてくれたようで助かった。
 ふぅ……。

「じゃあ俺、戻るから」
「私も戻るよ。電話終わったし」

 2人でまたガヤガヤとした店内に足を踏み入れる。
 別れ際、彼女はこんな事を言った。

「利明、元気になってて良かった」

 その言葉の意味を理解するのに数秒掛かったが、どうやら俺は、美頭姫に冷たい態度を取り続けることは、難しいらしい。


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