終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

残された力

きっと最初は苦手だった。

接する事が嫌だった。心の底で避けていた。

そんな実感がある。託された物の重みは完全には理解できないけど、確かに伝わる重みがある。


――そこに重みが存在するのなら


不思議な感触でハルトの身体は包まれている。水中に居るような感覚と共に空に登る感覚に囚われる。

不意に過去の自分への怒りが消えている事に気が付く。

情けなく、弱く、惨めだった自分自身。

これは戒めだ。

・・・・・・もう怒りを感じない。

身体を支配していたはずの憤怒は消え去り、急に体が軽くなった様な感覚に襲われる。

英雄。

その存在の凄さを知っている。

1を助け
1を救い

10を助け
10を救う

100を助け、100を救い、1000を助け、1000を救う。

英雄とは私情で動いては行けない。見返りを求めてはいけない。常に自分自信の身と精神を削りながら誰かを救うのだ。

きっと、誰もが英雄になれる可能性を秘めている。

未知数のなかに存在する奇跡に



英雄が私情で動いてはいけないのなら、


「・・・・・・俺は、英雄じゃなくていい」

誰かを救う事が出来るなら、目の前の困っている人に手を差し伸べる事が出来るのなら

愛する者を護れるのなら


それは英雄でなくともいいのだ。


だから・・・・・・ハルトは自分の夢であったはずの英雄を否定する。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





――そっと目を開く。ぼやけた視界が段々と正常さを取り戻していく中、脳も覚醒してくる。


状況判断。


ハルトは夢の世界から目覚め、立ち上がろうとするが身体に上手く力が入らず、体制を崩す。

ふと、右手の中にずっしりとした重みを感じる。

右手に視線を落とすと銀の鞘に収まった立派な剣が存在していた。


「・・・・・・これは」

レーヴがハルトに託した剣。

確か、名は『青牙の剣』。

その名の通り、ある魔獣の巨大な牙から造られた剣


剣をギュッと握り締めて視線を前に戻す。

ゆっくりと近付こうとしていたはずのオーガの進行は完璧に止まっていた。

エルフや仲間たちの攻撃により、オーガは足を止めてその場で応戦していた。


オーガの攻撃を避けながら攻撃を繰り返してはいるが、このままいけば恐らく全滅は免れない。

ハルトは再び、全身に力を込めて立ち上がろうと試みる。

すると、今度はするりと立ち上がることが出来た。

直ぐに頭の中をリセットして

鞘を左手に持ち直し、右手で柄を握り締める。

「レーヴさん。借りますね」と心の中で唱えてから

――しゃらんと美しい音を立てて剣を引き抜く。

中断の構えから両脚の裏で力強く地面を押して、1度の跳躍で数メートルの差を縮めてオーガの真横を通り過ぎる。

剣を1振り振ってから着地し、再び地面を蹴った。2、3度剣を振ってオーガに確かな剣傷を斬り付ける。

オーガは雄叫びを上げて再びハルトに狙いを定めた。

振り回される鉄棒を「ナサ流剣術」で受けようとするが、またもや吹き飛ばされる。


空中で体制を立て直して地面に上手く着地する。

横目で剣を確認する。割れるどころか刃こぼれ1つしていない剣に内心びっくりする。

跳ね上がる鼓動をなんとか抑える。

森の木々の隙間から差し込まれる日光を受けて美しい光を発する刀身に見とれつつ、オーガから意識を逸らさずレーヴの言葉を思い出す。

剣が壊れてしまうのは剣のせい。

俺が吹き飛ばされるのは俺のせい。

剣の問題が解消されたが、ハルト自身の身体の問題は今すぐ解決できるものでは無い。

――ならば、相手の攻撃を受けずに攻撃を叩き込む。

と勝つ為の算段をつけ、力強く目を開いて、地面を再び蹴る。


オーガはそれに反応して鉄棒を水平に降る。
鉄棒に剣先をスっと当てて勢いをかなり少し弱めて鉄棒の上に左脚で着した後、鉄棒を蹴り素早く剣を2回振るう。

シュシュッ!と風邪を切りオーガに剣傷を付けて、飛び上がり、地面に着地――その場をオーガの鉄棒が絡めとる。

が、ハルトはなんなくそれを避けて

「おおおおおおおぉぉ!」

と雄叫びを上げて『気斬突進術・気突』でオーガの身体に痛々しい鋭い剣傷を刻む。



オーガは叫びながらハルトを追って攻撃を繰り返す。

ハルトはそれを避けながら攻撃を繰り返す。


攻撃する事に夢中になりすぎたせいか、オーガの迫る鉄棒の重い一撃を身体の真横から貰う。
  
剣を素早く身体と鉄棒の間にねじ込んでギリギリ直撃を防ぐ。

揺れる脳と軋む身体。

吹き飛ばされながらも威力を殺して地面の上を何度かバウンドして着地する。

頭から新たに流れる赤い液体。

「・・・・・・クソ!ノーダメクリアは虫がよすぎたか」

と独り言を呟いて再びオーガとの距離を詰める。


叫び散らし、突進しながら鉄棒を振り回すオーガの攻撃を紙一重で避けながら距離を縮めて

「うぉっ――!」

オーガの直前で上に飛んでオーガの顔に力強く剣を振るう。

『気斬術・ヴァーティカル』の攻撃を顔面に受けてもオーガは倒れること無く、その場に踏み止まり身体を捻って鉄棒を振り上げた。

ガン!と力強い金属音と共にハルトの身体は後方に吹き飛ばされる。


途端、オーガは地面を蹴った。未だ着地すること無く吹き飛び続けるハルトを追ってオーガが接近する。

オーガはなんなくハルトに追い付いて鉄棒を下に勢いよくふり下げる。


「くっ!」と短く息を漏らして剣で防ぐが、ハルトの身体は地面に容赦なく叩きつけられる。


「がっぁ!」

意識が飛びそうになる。いっそここで気を許せればどんなに楽な事か

「ハルト!」

と心配そうな声が聞こえる。その声に意識をフル回転させて体中の力を振り絞る。

「ぐっ!!」

ガン!と再び迫る鉄棒を『重ね剣術』の三重技で弾き飛ばして地面の上を転がる。


オーガはハルトに息を整える時間を与える事無く、距離を詰め始める。


「鬼畜すぎる・・・・・・流石鬼ってか」


と軽い冗談を零して剣の柄を握り締める。

重ね剣術の三重Ver.でオーガの一撃とほぼ互角とみて間違いないが、重ね剣術というのは重ねれば重ねるほど剣の威力は上がるが、スピードはかなり落ちてしまう。

その為、一撃が速いオーガに対してはあまり有効な手段ではない。

だが、ナサ流剣術でもオーガの剣術は弾けない。


となれば今のハルトの最大火力の攻撃をオーガに浴びせて短期で決着をつけることが望ましい。

すると、その為にオーガの隙をつくる必要がある。


それをつくりだす為の精神的な余裕も余力もハルトには残っていない。そのチャンスが来るまでオーガの攻撃を耐え続ける必要がある。


身体の限界は恐らく近い。1度来るか来ないかのチャンス。それを逃さない為に・・・・・・「うぉぉぉ!」と雄叫びを上げて地面を蹴る。


歯を食いしばり、剣を振るい続ける。オーガの攻撃を・・・・・・鉄棒を、突進を、脚技を全て紙一重で避けて攻撃をねじ込む。

幾度か繰り返される攻撃と攻撃に周りが圧倒される。

引かない。引けないのだ

「うぉぉぉお!」再び叫んで剣をオーガの膝裏に叩き込んだ――その瞬間、チャンスが訪れる。

オーガが体制を崩し、その場で硬直する。

そのチャンスをハルトは見逃すことなく捉える。


「――ここだ!」脚を1歩踏み込んで力を込める。脚、腰共にぶれることが無いように。最高の一撃を叩き込むために。体中から『気』を振り絞る。そして、その『気』を全て剣に込める。


刀身が青白く眩い程に光り輝く。

――限界を今、ここで超えろ!

自分自身に強く言い聞かせて『重ね剣術』の二重剣術を更に二重に重ねる。


『四重気斬術・スランティング』


「はぁぁぁ!」雄叫びを上げて剣を斜めに勢いよく振るった。

間違いなく渾身の一撃をオーガに叩き込んだ。

オーガの身体にかなりデカい斜め傷が入る。その傷から大量に血を噴出させ、前屈みになり口からも血を吐き出す。





「・・・・・・クソ!」

だが、その瞬間ハルトは負けを確信した。


「オーガが倒れない?」

と遠くで誰かが呟いた。


オーガはゆっくりと体制を立て直す。

その様をハルトは静かに見上げる

オーガは勢いよく鉄棒を水平に振るった。

風圧と共に吹き飛ばされたハルトの身体は数メートル吹き飛んで力なく地面の上をバウンドしてから転がる。


「きゃぁぁぁぁ」


「ハルト!」


「ハルト様!」


などと声が聞こえる。


オーガは空に向かって雄叫びを上げる。まるで、勝者が自分である事を主張するかのように。








――

――――っ

――――――これで・・・・・・終わり・・・・・・か



「弱いね」

と耳元で囁く声が聞こえた。

最初誰の声かと戸惑ったがそんなものは次の瞬間には消えていた。



・・・・・・そうだ。俺は弱い


「そうだ。君は弱い」

・・・・・・今更だ。最初から分かりきってた事だ


「そうだ。君はあの人じゃないもんな」 


――そうだ。俺はあの人じゃ・・・・・・あの人?


「そう。あの人。君と立場を同じくして全てを捩じ伏せた」


・・・・・・ははは。そんな人物が存在していたとするなら俺は物凄く滑稽だな。


「惨めだ」


そうだ。惨めだ。自分可愛さに他人を見捨てて逃げ出す様な男だ


「・・・・・・逃げて何が悪いの?」

は?悪いに決まってるだろ。俺にしか救えないものがある。


「凄く傲慢だね」

・・・・・・は?

「傲慢だ。君は。逃げて何が悪い。力なく、技術無くしてどうやって勝つ。誰を護る?」


・・・・・・・・・・・・


「分からないだろ?君では。まだ。経験が足りないからな」


・・・・・・経験?


「そう。逃げてしまえばいいんだ。適わない敵が現れたのなら逃げればいい。その選択が出来ないからこそ経験が足りない」


・・・・・・逃げて、逃げて、逃げて何になる?


「逃げることは悪ではない。次に勝ちをもぎとるための正しき行為だ」


・・・・・・逃げは悪では無いと言うのか。ならば・・・・・・こんな所で死ぬのなら逃げれば良かったな。強引にでもリゼッタの腕を引いて一緒に逃げればよかった。


「・・・・・・逃げていいの?」


・・・・・・は?何言ってんだ?今、逃げてもいいって

「そんな事は一言も言ってない」

・・・・・・くっ!誰か知らねえが、ふざけた事言ってんじゃねえぞ!


「逃げるという選択肢は悪では無いと言っただけだ。でも、君にはそれが許されない」


・・・・・・・・・・・・


「いずれ、世界を背負う者の一人として君はあの人を超えなければならない」


・・・・・・あの人?

「そう。そうしなければこの物語は終わらない。終わりを知らない。君があの人を超えたその時、やっと物語は本当の姿を見せる」


・・・・・・は、理解出来ないな


「・・・・・・いや、違うね。理解が出来ないんじゃない。しようとしてないだけだ」

・・・・・・随分と俺に厳しいんだな

「ああ。そうでなければ意味をなさない。君に甘えは不必要だ」


・・・・・・悲しいな

「ああ。本当に悲しいよ・・・・・・でも、これは君が選んだ道だ。君が自分で考え、自分で選択し、君が歩んだ道だ。君が歩もうとした道だ。途中で投げ出す事は出来ない。神のルールで縛られたとは言わせない。君の人生だ。君の未来だ。君の・・・・・・――!」


最後、なんて聞こえたのかよく分からない。


・・・・・・その誰かの言葉をそっと胸にしまい込む。

・・・・・・お前は結局誰なんだよ


「全てを知り、全てを修め、全てを観る者・・・・・・まあ、そんな事はどうでもいい」


・・・・・・・・・・・・

「さあ、顔を上げて。前を見て。君が救いたいと願った者の為に」











――ぁ!


ハルトは地面に剣を突き刺して立ち上がる。

オーガはそんなハルトを視認すると鉄棒を振り下ろした。

風圧により、軽く吹き飛ばされるハルト。

それでも、立ち上がる。


何が足りない?何があれば勝てる?力?足りない。技術?駄目だ。速さ?なんとかなるのか?魔力?初めから期待してない。気?駄目だ。足りない。


『力』が足りない

『技術』が足りない

『速さ』が足りない

『魔力』が足りない

『気』が足りない


他に使えるものは?


なんだ?何が使える?俺に残っているもの。俺にはあと何がある?

何が使える?何が残っている?

なんだ?

考え続けろ!

答えを

探しだせ。見つけ出せ。奴に大鬼に勝つ為に必要なもの。

なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?


何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?何がある?何が残っている?



残っているもの。使えるもの


なんでもいい。全部思い出せ。俺にあるもの。俺が使えるもの。


使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの
使えるもの使えるもの使えるものは使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの使えるもの?使えるもの。使えるもの!使えるものは?使えるもの使えるもの使えるもの。




オーガが迫る。脅威が迫る。


「突撃!」

と急な号令と共にエルフの一斉攻撃が始まる。

その光景に目を奪われる。


オーガが悲鳴らしきものを声に出す。


オーガを疲れている。お互いに限界・・・・・・・・・・・・――――!



そこでハルトに残されたものを見つける。

いや、気付いた。

その存在に。存在のデカさに


涙が滲みでる。


オーガは鉄棒を振り回してエルフを蹴散らして地面を蹴ってハルトの直前で停止する。

そして鉄棒を垂直に振り下げる。


――逃げなきゃ


途端、脚がすくんで動けなくなる。身体が硬直する。


「くっ!こんな時に」


振り下ろされる鉄棒から身を守る為の条件反射か

身体が勝手に動いて剣で振り下ろされる鉄棒を防ぐ。

ガン!と金属音と火花が飛び散る。脚が地面を削り、なんとか吹き飛ばされないようにと踏ん張る。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!」

声を漏らして耐え続ける。体中の細胞が悲鳴を上げる。限界だと。身体の至る所から流血する。

クソ!クソ!くそ!駄目なのか?


「ラメトリア!」

と背後から彼女の声が聞こえた。そんな気がした。

気が遠くなりかけた瞬間

――ガン!!と背後で大きな音が発生する。その音と共に背後に壁が出現する。

背中に壁が接するとひんやりと冷たい感触が――氷の壁。


最初は理解出来なかった。それでも、彼女の声が気の所為ではなかったと理解して、その後に彼女の意図を理解した。

彼女がハルトに伝えたかった事を。


「・・・・・・本当に君はいつも・・・・・・俺を助けてくれる」

と思わず微笑む。


――これが正真正銘最後の一撃。

その為の・・・・・・!


奥歯が噛み締めて『ナサ流剣術』でオーガの鉄棒を弾き飛ばす。ハルトの身体は氷の壁のお陰で吹き飛ばされることなく無事に鉄棒を弾いた。


――悪いな大鬼。これが俺に残された最後の力。


『仲間』



俺は一人じゃなかった。俺には頼れる大事な仲間たちがいた。


オーガの体制は後ろに崩れかかる。それで十分だ。

ハルトは地面を残りの余力を使って蹴る。


「――これで、終わりだ!」


正真正銘のラストアタック


『二重剣術・ヴァーティカル』



『気』など、もう残ってはいない。だから・・・・・・オーガの顔面目掛けて全体重を剣に乗せて


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


叩き込む!


その一撃と共にオーガは後ろに倒れ込む。

その後、オーガが起き上がる事はなかった。



地面によろけながら着地したハルトはそのまま地面に倒れ込む。

そのハルトを走り込んできたリゼッタが優しく抱擁した。


「お疲れ様」


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