終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

決別と夜空への誓い

木のベットの上で目が覚める。包帯だらけの身体。それでも包帯の下には傷がなく、痛みもない。

昨夜のエルフの村長の話を聞いてリゼッタもハルトもそれぞれ想う事があっただろう。

エルフと人間の過去・・・・・

エルフの少女と人間の青年の勘違いから始まった・・・・・言ってしまえば悲しい物語だった。

話の後、リゼッタと別れて部屋に戻ってくる途中で1回現実に戻った。いつもの感覚に襲われ、現実の世界で深夜3時位から1時間程過ごした後、直ぐにこちらに戻ってきた。


その後、この部屋に戻り再びベットの上で横になった。

昨夜の記憶はこんな所だ。傷は治っているが包帯はそのままにしておく。


何もかもが木で作られた小さな部屋。身体を起こし扉を開ける。木の少し高い部分に作られたその部屋を出ると足場から下を覗ける。

その光景に高所恐怖症の人ならばきっと震えが止まらないだろう。

木で出来た橋を渡り、反対側の木に渡る。樹木の表面に付けられた扉を開けると樹木の中は空洞で木を削って作られた螺旋階段を手すりを伝って下りる。

まだ少し早い時間帯に外に出ているエルフは少ない。

そのままエルフの村の中を歩いて周る。一つの木の家の前を通りかかった時、子供の泣き声が聞こえた。


「何でお父さんは帰ってこないの?」

まだ幼いエルフの泣き声に胸が締め付けられる。

母親と思われる女性の声が子供エルフの事をなだめる。

ギュッと両手を握り締め、自分自身の力の無さを恨む。


ハルト達が関わらなければエルフの村の民は全滅したかもしれないし、誰も死ななかったかもしれない。

そんなもう存在しない世界の事を考えても意味がない。世界の選択肢は無限に枝分かれし数を数えればきりがないだろう。

でも、一つの行動を選択した時、その選択以外の現在は死ぬのだ。どれだけ現在を恨み、後悔しても遅いのだ。

過去の選択を変えることは出来ないのだから。


下唇を噛み、ハルトは歩き出す。耳を防ごうと思えば防げる。でもあえて防ぐことはしない。

現在の結果を受け止め、歩く。


「あ、ハルト」

少し歩いた所で声を掛けられ振り向く。そこには金髪の少女、リゼッタとマレート、ラメトリアの姿とがあり、リゼッタとラメトリアがそれぞれ馬の手綱を手に持っている姿があった。

「ああ、おはよう」

「おはようございます」

とリゼッタは笑顔で返してくれる。

「アデルータは?」

「彼女は腹部の損傷が酷く、安静にしています」

とマレートが即座に答えてくれた。

「・・・・・そうか・・・・・みんな、すまない」

と頭を下げる。

「今頃謝っても遅いですよ」

と今度はラメトリアが口を開く。

「私は貴方の命令通りに1人も殺してませんから」

とラメトリアがハルトに向かって言う。

そう。ハルト達5人は昨日の戦いで誰も殺していない。誰も手を血に染めずに勝利した。

だが、それは甘えで綺麗事だ。

そんな事は理解していた。

そんな命令をした事も含み、今回のことを謝った。


「それで、今から行くのか?」

「はい」

即座にリゼッタが短く返事をする。

昨日の戦いでリゼッタは自ら王族であることを公開した。その結果、ハルトは死なずにすみ、戦いも終わった。

だが、その事で呼び出しを食らうであろうと予測し逆にこちら側から王城に乗り込む的な感じでリゼッタは1回王都に帰還することになったのだ。

付き添いにはラメトリアが選ばれた。マレートが付き添った場合、王族のリゼッタはともかく本来騎士であるマレートは処罰を受ける可能性が非常に高い。

そんな理由もあり、付き添いはラメトリアになった。


「マレート此処は頼みましたよ」

リゼッタはマレートと向かい合う。

「はい。リゼッタ様も気を付けて下さい」

「大丈夫よ。私が付いてるし」

などとラメトリアが馬に乗り、馬上から言う。

リゼッタも馬に跨がる。

「じゃあ、行ってきます」

「ああ」

ハルトはリゼッタを見上げてそう言うと、リゼッタとラメトリアは馬を走らせて、村の中を駆けて行った。

それを見送り、マレートがハルトの方を向き、

「・・・・・昼、武装して平原まで出てきてください」

と暗い声で伝えられた。


ハルトは意味が分からず、そのまま去るマレートをただ見送ることしか出来なかった。

何故かその背中は寂しげで、声をかければ直ぐに崩れてしまいそうなそんな背中だった。


ハルトはその後、軽めに朝食をとり、アデルータの居る部屋に向かう途中でエルミアと遭遇してお礼を言われた。

 少し話し込んだあと、別れて再びアデルータの居る部屋に向かった。

扉を叩くと中から返事がして、扉を開き、中に入る。

アデルータの表情にはしっかりと明るさがあり、安心した。

「昨日はごめん」

とまず謝罪をする。

「全然大丈夫だよ。それにハルトさんはちゃんと助けに来てくれたじゃないですか。ありがとうございます」

アデルータは笑顔でお礼を口にする。

その優しさに救われる。アデルータと少し会話をした後、あの部屋に戻り武装して村を出た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

静まり返った森の中を独りで歩き、出口を目指す。

10分足らずで森を抜けてそのまま歩き続ける。マレートに指定された場所に30分程度で着く。

彼女は鎧に身を包み、盾と剣を装備してそこに立っていた。

少し冷たい風が吹き、寒さに身体が震える。

「・・・・・マレート?」

ハルトは相手の様子を伺う感じでマレートの名を口にした。


「・・・・・剣を、抜いてください」

「剣?」

「・・・・・はい」

理由が分からず、従い剣を鞘から抜く。

マレートも剣を抜き、構えて

「オルティネシア王国第二王女近衛騎士団団長マレート」

と名乗り出した。

「・・・・・どういうことだよ。ちゃんと説明してくれ!」

ハルトはマレートに向かって叫ぶ。

「前に宿屋の庭で行った試合覚えてませんか?アレの続きですよ」

「・・・・・え?」


「分かりませんか?私は貴方を殺すと言っているんです」

耳を疑いたくなるような言葉にハルトは驚きを隠せないでいる。


「・・・・・なんで?何でなんだよ!」

焦り、少し強めに言ってしまう。

「・・・・・私はリゼッタ様の騎士だ。あの方を守る為に貴方を殺す。貴方の行動が、選択がリゼッタ様を苦しめるキッカケになる。リゼッタ様の身が危なくなる」


「・・・・・・・・・・」


「貴方は選ぶべきだ。自分の大切な者を守る為に他の者を蹴落とすか、全ての者を守り破滅するか・・・・・・・さあ、名乗って下さい!貴方もリゼッタ様の為に・・・・・私と戦え!」

「・・・・・俺はマレートとは戦いたくない」

「甘えるな!私はもう、貴方の仲間でも何でもない。私は貴方達の裏切り者だ!だから私を殺してみろ!ハルト!」

それでも

「・・・・・無理だ。俺には出来ない」

マレートはその言葉に怒りを感じ、走り出す。盾でハルトに体当たりして、ハルトの身体は数メートル後方に吹き飛ばされる。


「あの方を守るのに正しい方を決めよう。私に敗北すればリゼッタ様にはもう2度と会えないと思え」

マレートはハルトを見下しそう言った。

その言葉にハルトは立ち上がり、剣先を相手――マレートに向けた。

手の震えが止まらない。それでもリゼッタに会えなくなるのは嫌だ。これは彼女が決めた事。互いにリゼッタの為に譲れないものがある。それを貫く為の戦い。


「オルティネシア王国第二王女近衛騎士団団長マレート」


「・・・・・ハルト」

「参る!」

マレートの言葉と同時に互いに地面を蹴り距離を詰める。

剣を撃ち合い、火花が散る。それが、何度も繰り返される。

ハルトの一撃をマレートは盾で受ける。ハルトの「ナサ流剣術」は相手の剣の威力と衝撃を吸収して自分の斬撃として放ち、相手の隙をつくる剣術。

だが、それは盾には通用しない。また、昨日の戦いのように、今現在のハルトの吸収する事の出来る範囲を超えた攻撃は吸収する事が出来ず、逆に押し負けてしまう。


「・・・・・くっ」

マレートは簡単にハルトの剣を盾で押し返し、雷光を纏った剣で攻撃してくる。

マレートの攻撃を避けたり、剣で受けたりしながらハルトも攻撃に出るがマレートの守備は堅く攻めきる事が出来ない。


剣を撃ち合う中でハルトは問い掛ける。

「俺は間違っていたのか?あの時、エルフを見捨てていればこんな事にはならなかったのか?」

「・・・・・いや、貴方は間違ってはいない。貴方は自分の正義に従ったまでなのだから・・・・・でも、これが温厚な種族のエルフでなく他の種族だったら騙され、殺されていたかもしれない」

そうだ。今回はたまたま運が良かった。彼女の言う通りの結末だって絶対に無かったとは言い切れないのだから。


「・・・・・そうだ。俺の考えは間違っていない。人も他の種族も関係なく助けて何が悪い!困っている者を助けるのが英雄の役目だ!間違っているのはこの世界だ!」

「この世は歪んでいる。権力者の正義が、圧倒的な正義がこの世界の正義となってしまうのだから。人々は常に正しい答えを探し合う。そんなものこの世には無いはずなのに。思想など人の数だけあって当たり前なのに・・・・・それでも正しい思想を、正義を探し合う。そして、強い者の正義が例え間違っていたとしても、それが正しい答えになってしまうこともある」


互いに傷を負い、それでも剣を振るう。自分が・・・・・自分こそが正しいと証明するために。


金属音が鳴り響く。

「自分が正しいと世界が間違っていると証明したいなら勝ち抜け!勝った者の正義が善となり、敗者は悪となる。所詮、それがこの世界だ!」

マレートはハルトに向けて言葉を放つ。


マレートの剣を受け切り、それでも倒れず反撃する。が、盾で防がれる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ」

ハルトは叫び、猛攻撃を仕掛ける。

「・・・・・リゼッタ様の為に貴様の強さを此処で証明してみろ!」

「二重気斬術・ヴァーティカル」

「二重気斬術・ホリゾンタル」

「気斬術・スランティング」

「5連続気斬術・ストライクル」

全ての攻撃を盾で受けたマレートの体制が少しだけ崩れる。

それを見逃さず

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

雄叫びを上げて更に攻撃を仕掛ける。もっと速く・・・・・もっと強く


マレートに攻撃出来るだけの余裕を与えず、更に剣を撃ち込む。


攻撃を放った瞬間、地面を蹴って反対側に回り込む。

盾を急いで後ろに持っていこうとするが間に合わずマレートは剣でハルトの攻撃を受ける。

「はぁ!」

「ナサ流剣術」でマレートの剣を弾き、体制を崩す。

「くっ・・・・・」

マレートは息を漏らし、身体全体を雷で包み、地面を蹴ってハルトとの距離を置く。

だが、ハルトは地面を蹴って離れた距離を詰める。

マレートは着地した瞬間ハルトの方に飛び、盾を雷光で纏い――雷の盾を前に突き出し、盾での攻撃。ハルトは両手で防ごうと試みるが数メートル後方に吹き飛ばされる。

両腕が痺れて・・・・・

「雷突!」

雷光を纏った剣での突き技に防ぐすべもなく、胸当てにヒビが入り砕ける。

そのまま更に後方に吹き飛ぶ。後転して隙をつくることなく起き上がる。

切れた息を整えて、マレートの様子を伺う。

強い・・・・・圧倒的に

それでも


ハルトは走り出して剣を握り締める。

ハルトの剣を盾で受け剣で反撃に転じる。

身体に切り傷が増える。

何連続にも及ぶハルトの斬撃を盾で防ぎきり圧倒的な防御力を見せつける。

それでも、諦めずに立ち向かう。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

盾で攻撃を弾かれ

「雷電斬!」

怒槌の刃がハルトを襲う。

それでも、倒れる訳にはいかない。

ボロボロの身体を操り、すれ違い際に斜めに身体が斬られる。

身体中に痛みが走り、立つことが出来ない。焼かれるような痛みに意識か狭まる。

脚で踏ん張り、身体が悲鳴をあげる中でハルトは腕を振るう。

「三重気斬術・アーク」

「轟け!雷鳴斬」

水平突進斬りの技に対し雷の垂直斬り。
剣が交わる瞬間、ハルトはマレートの頬から落ちる涙を確かにその目で確認した。

凄まじい衝撃と共にハルトの刃は砕かれ、数メートル後方に吹き飛ぶ。背中から地面に落ち、マレートはハルトの傍まで歩いて近づくと剣先を下に向けて真っ直ぐ下に振り下ろした。

剣はハルトの顔のすぐ横に突き刺さる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


これでいい。

気を失った少年に対して騎士の少女は身体を起こして剣を地面から抜き、鞘に収めた。

「貴方は正しい。きっとこれから更に強くなり・・・・・いつかは私を超えていくだろう・・・・・貴方はまるで嵐のような・・・・・そんな人だった。そう、リゼッタ様のように。貴方達は似ている。貴方の思想――人も他種族も関係なく想う心・・・・・甘い所・・・・・私は嫌いではないてますよ。・・・・・・・リゼッタ様の夢と同じ事を本心から言える人に私は初めて出会いました」

マレートは少年の顔を真っ直ぐ見て、目から1滴の涙を流し

「・・・・・貴方に出会えて良かった。リゼッタ様の事、よろしくお願いします」

騎士の少女はゆっくりとその場を去った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

目を覚ますと3度目になる同じ天井が目に入った。

そこでマレートの事を思い出し

「マレート!」

と言って勢いよく身体を起こす。

「・・・・・ハルト」

という声に振り向く。リゼッタの姿がそこにはあったが・・・・・

「リゼッタ・・・・・マレートは?」

ハルトが顔を歪ませてリゼッタを問いただした。

「・・・・・彼女は・・・・・私達の元から去ってしまいました」

作り笑いでそう言ったリゼッタ。彼女も相当ショックを受けたはずだ。小さい頃からずっと一緒に育ってきたはずの彼女が何も言わず、目の前から姿を消したのだから。

「・・・・・ごめん・・・・・本当に・・・・・ごめん」

「なんでハルトが謝るんですか?ハルトは何も悪くないです」

ハルトのことを気遣い・・・・・いや、違っている。ハルトは下を向いて下唇を噛み

「・・・・・違うんだ。俺のせいでマレートは」

暖かい両手がハルトの頬を包み込む。ハルトは顔を上げる。

「ハルト・・・・・貴方が独りで何もかも背負う必要はないんです」

その言葉はハルトを優しく包み込む。今回の戦いで死んだエルフ達。そして残されたエルフ達。ずっと積もっていた罪悪感。

もしかしたら、自分は選択を間違えたのかもしれない。

無意識に心の何処かでそう思っていたのかもしれない。

誰かに優しくされたい。

決してそう願った訳ではない。でも――優しくされたかった。誰かに肯定されたかった。自分の行いを誰かに認めて欲しかった。


プツンと今まで張っていた糸が切れるような感覚に襲われてハルトの目から1滴の涙が流れる。

「・・・・・・・・・・うん」

ハルトの涙につられてリゼッタも涙を流し

「今はもう夜なんですよ・・・・・だから、星を観に行きましょう」

と手を引っ張られてハルトはベットから下りて2人は歩き出す。

部屋を出て、村の中を少し歩いた。小さな、暖かい手に引っ張られて


村の中にある少し小さな丘に2人で座り夜空に散りばめられた星を観た。

「・・・・・私、ずっと前から2人で星空が観たかったんです」

綺麗な星空を見上げて涙声でリゼッタは言った。

「・・・・・俺もだよ」


――ありがとう

心の中でそう言った。この少女を守りたい。いや、絶対に守ってみせる


星輝く夜空が2人を優しく包み込む

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