終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

個対集

異様な光景に戦場であるはずの場に静けさが漂う。

黄緑色の髪の男、アトモストが1人の女性の腹部を蹴りその場を数十人の人間が囲い、目の前の状況に釘付けになっている。


アトモストはフランベルジュの剣先を女性に向けて「処刑する」と宣言した。しかも醜悪な笑顔で

苦痛に顔を歪め、地面に横たわる少女――アデルータは必死に願う。心の中で何度も同じ少年の名を呼ぶ。

――助けて・・・・・ハルトさん!ハルトさん!

涙が零れ落ちた瞬間、男が剣を振り上げる。

――森の頂点で太陽の光を反射して何かが光った。鋭く空を切り裂きながら1本の矢が気配に気付き、振り向こうとした男の左肩に深く突き刺さり、分厚い銀の鎧の破片と赤い液体が飛び散る。

「ぐっ・・・・・わぁぁぁぁぁぁ」

男は悲鳴を上げて左肩に手を当て、矢を引き抜く。

「この!何処のどいつだ!この僕にぃ矢を射ったのはぁ!」

男は目を見開き、怒りに任せて怒鳴り散らす。

再び森の頂上が光り、矢が射られる。男は左手を掲げ、掌に風の障壁を創って攻撃を防止した。

「・・・・・エルフのクソ共か!」

男は奥歯を噛み締め、森の方を睨んだ後アデルータに向き直り、顔を蹴り飛ばす。

悲鳴を上げて数メートル吹き飛ぶアデルータ。

顔を上げ、涙で歪んだ視界に狂気塗れの男が映る。

――助けて・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人混みの中を駆け抜け、騒ぎの中心である人の輪の中に突撃して人と人の間をくぐり抜けて少し開けた場所に出る少年。

そして狂気を感じさせる程表情が歪んだの男と仲間である少女の間で停止する。


それは少女が待ち焦がれた・・・・・


「アデルータ大丈夫か?」

少年――ハルトはアデルータに駆け寄り、少女の体を起こす。

「・・・・・はい」

泥と涙で汚れた笑顔は何故か美しく見える程に輝いている。

ハルトは向き直り剣を抜く。

「へぇー・・・・・隊長であるこのアトモスト様に剣を向けるのかい?僕が殺してあげるよ」 

ニタニタと笑う男が気に入らない。怒りが湧いてくる。

アデルータへの暴行

剣を向けたこと 

この男に対する殺意と怒りで狂いそうになる。


「・・・・・別に俺達はお前ら側じゃないからな」


「はぁ?何言ってんの?」

アトモストは意味が分からないとばかりに首を傾げる。

「俺はエルフ側の傭兵だって言ってんだよ」


「・・・・・エルフ側の傭兵?・・・・・まさか人間を裏切ったのか?」

「別に人を裏切ったという訳ではない。今回はエルフ族を守る為にこっち側にいるだけだ」


ハルトの言葉を聞き、アトモストは甲高い声で笑い出した。

「馬鹿なのか?それを裏切ったって言うんだよ!エルフは人間の敵だろ!その味方って事はお前らも敵って訳だ!」

アトモストは剣を振り上げて迫って来る。アトモストの攻撃を避けたが体をひねり追撃してくる。追ってくるフランベルジュの刃を「ナサ流剣術」で弾く。

「現状、人の敵は魔獣やこの世界を侵食する存在だろ!どうし人とエルフが争わないといけないんだ!」


「何を言ってやがるっ!」

アトモストは崩れた体制を直し再び斬りかかってくる。

顔面目掛けて迫って来る攻撃を避け、すれ違う瞬間にアトモストの横腹に剣を打ち込んだ。

鎧を砕き、赤い液体が宙に舞う。

「ぐ・・・・・ぁぁぁぁぁぁ」

アトモストはその場に倒れ込む。

「痛てぇぇぇぇぇ、血がぁぁ」

ハルトはアトモストに向き直り一歩ずつ歩いて近寄った。

アトモストは奥歯を噛み締め、下から鋭い狂気に塗れた視線を向けてくる。


「テメェら!なにぼんやり突っ立て見てやがる!僕を助けろ!奴の首をとった者にはこの戦一番の功績を与えよう!」

目の前の男の言葉に周りがざわつき始める。

――汚い。あまりにも汚いその考え方。戦いというものが綺麗事ではないことは知っていたつもりだった。

でも、ここまでとは・・・・・どうやら目の前の男にはプライドというものがないらしい。

一騎討ちならともかく、集団で襲われたら勝てるか怪しい。

更にアデルータも守りながら戦わないといけない・・・・・


「ハルトさん!」

後ろからのアデルータの声で殺気に気付く。

1人の男性が剣を振り上げて走ってくる。振り下ろされる剣を咄嗟に避け、男の腹に蹴りを1発入れる。

男がその場に倒れた瞬間、周りの傭兵が一斉に動き出す。

各々武器を握り締め、襲い掛かろうと迫って来る。

――まずい・・・・・

ハルトは走ってアデルータの元に戻り

「気斬術・エアスラッシュ」を前方に垂直と水平の十字型に飛ばす。数人の傭兵が倒れ脱出路が出来上がる。

アデルータと共に囲いを抜ける。

「行け!アデルータ」

数メートル走った所でハルトだけ方向転換する。

負傷したアデルータを先に逃がす為にハルトはその場に残り、傭兵団の足止めをする。

前方から飛んできた矢を剣で撃ち落とす。

段々と傭兵の集団が迫って来る。

ハルトは地面を蹴って集団に突っ込む。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

攻撃を剣で防ぎ、反撃に転じる。「ナサ流剣術」で攻撃を弾いて体術での攻撃・・・・・

前に大きく飛んで相手の攻撃を避け、左手で着地してその反動で更に反転して起き上がりの瞬間に敵を斬る。

神経を最大限に研ぎ澄ませて瞬時に反応する。

集団で襲ってくる傭兵を次々と斬り捨てる。だが、流石に一対集団の戦い、自分自身の鎧が砕け身体が傷付いていくのが分かる。

相手が放った魔法弾を避けて魔術師の男を斬る。もう既に息は切れ、体力も落ちている。


それでもハルトは戦い続けた。数に屈すること無く・・・・・

腹の底から叫び、相手を威嚇して更に奮闘する。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


傷付いた少女、アデルータは戦場を走り抜け、〈プーロ森林〉に向かっていた。

銃を使う少女ではハルトの役に立てることは無い。無力で何も出来ない自分が腹立たしい。

それでも走る。想い人の無事を祈り、彼の思いを、行動を無駄にしない為に。

もう彼も逃げている頃だろうか?

きっと無事に逃げ出してくる。

そんなことを望みながらひたすらに走る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アデルータの望みを否定するかのように少年はそこに立つ。

意識も薄れ、血だらけの身体。自分の血なのか、誰かの血なのかすら分からない程戦い続けた少年。

ハルトの周りには傷付き倒れた傭兵達が転がっていた。

周囲がザワつく。ハルトを囲むようにして円陣が組まれているが躊躇い誰も向かって来る気配が無い。



数で押しても決して倒れることのなかった少年に誰もが恐れる。


「ウィンド・ケージ」

途端にハルトを囲い込むようにして風が走る。

ニタニタと三日月型に口を曲げ、笑顔で近付いてくる狂人の姿。

「・・・・・一斉魔法用意」

アトモストは低く左手を上げる。

魔法詠唱が一斉に始まる。ハルトは逃げようと風の檻に突撃するが逃げることは叶わず、鋭い風によって身体が切り裂かれて檻の中へと戻される。


何度も繰り返すが結果は同じで・・・・・

周りの魔法詠唱が終わる。

「くくく、発射!」

ニタニタと笑みを浮かべ左手を前方へ下げる。

全方向からの魔法弾から逃れる事は許されず・・・・・

身体が爆発するかのような衝撃に襲われ、ハルトはボロボロに傷付き、その場に倒れる。


「クッ、ハハハハ!こりゃぁイイね!英雄気取りのバカな少年が倒れるところは絶景だ!・・・・・そうだ、首を斬って掲げあのクソ女が絶望する瞬間も見たいなぁ」


アトモストは腹を抱えて笑った後、1歩ずつ近付いて来てハルトの顔を踏みつけた。

「まずはその体が原型を留めないほどいたぶってやるよ」

アトモストは少しハルトから距離を置いて勢いをつけてハルトの顔面に蹴りを1発入れる。

「・・・・・っ!!」

「この!この!この!この!」

アトモストは何度も繰り返した後、少し落ち着き

「あーあ、僕の靴こんなに汚れてしまったよ。もっと面白い反応は無いのか?」

そう言ってフランベルジュを取り出し、ハルトの腹を斬り・・・・・

醜い荒れた傷がハルトの腹に付く。

「っ!!!ぁぁぁぁぁぁ!」

痛みで声を荒らげ、顔を歪ませる。


「クッ、クッ、フハハハハ!イイね!その顔!・・・・・もっと叫べ、もっと顔を歪ませろ!」

アトモストはその作業を永遠と繰り返す。

幾度もアトモストの笑い声とハルトの叫び声が響く。

周りの傭兵達はその醜い光景に動く事が出来ずに目を背け、顔を歪ませる。


「もっとだ!もっと!もっと!もっとぉぉぉぉぉ!」

再び剣を振り上げたアトモストの右腕を1本の矢が貫いた。

「痛い、痛い、痛ぁいぃ」

アトモストは涙目で後退り、ハルトから離れていく。


彼方、〈プーロ森林〉からの矢の一斉射撃。空高く打ち上げられた矢がアトモスト達、傭兵団を襲う。

「ひぃぃぃぃぃ」

アトモストはへっぴり腰で逃げていく。

「クソエルフ共!!!」


怒りで顔を歪ませているが、精密なエルフの射撃を恐れて逃げて行く。



――体に力が入らない。やっぱり自分は弱い。

この結果は当然の報いだ。異世界と現実で過ごす身。きっと酔っていたのだ。きっと、この世界では自分は特別な力を持っていて特別な存在で・・・・・全て思い通りに事が運ぶのだと思っていた。

異世界での耐え難い苦痛にもいつかは慣れるのだと・・・・・

この世界で失敗しても自分には現実があるからと・・・・・


悔恨しか残ることはない結果。

意識が薄れていく。何かが遠くなっていく感覚が残る。

辛いなら、苦しいならこのまま倒れていればいい。

痛い。

痛い

痛い

痛みがハルトの思考を奪っていく。暖かいものに包まれて、体温が下がっていく。

俺が居なくても・・・・・きっとどうにかなるだろう。

俺が立ち上がる必要なんてない。

きっと、次に目を覚ます時は全てが終わっているのだから

・・・・・いや、もしかしたら死んでしまっているかもしれない。

そうしたら皆は悲しんでくれるのかな?

もしここで死んだら俺の身体はどうなるのだろうか?この世界に縛られるのか・・・・・

それとも、この世界から消え、現実に戻るのだろうか?

分からない


暗い浮遊感がある場所でハルトはそっと目を開ける。感覚が失われ、何も聞こえない。何も感じない。

「・・・・・なさい!」

誰かの声が聞こえる。

「・・・・・なさい!」

・・・・・聞こえないよ

「・・・・・ち・・・・・なさい!」

・・・・・だから、聞こえないって

「立ちなさい!」

すぐ耳元で女性の声が発せられた。

・・・・・か、あさん?

母親かと思ったが違う。でも似ている。そんな声だった。

明るい光に包まれてハルトの意識は覚醒し始める。

金髪の少女の晴れた笑顔が脳裏に浮かび・・・・・

彼女を悲しませない為に生きて帰らなければ!

そして

ハルトは剣を支えにして立ち上がる。


それを確認したアトモストは驚きの表情に変わる。

「・・・・・なぜ、立ち上がる」

「残念だったな!アトモスト!お前は喧嘩を売る相手を間違えた!選択を間違えた!恨む相手を間違えた!・・・・・恨むなら他人じゃなく、自分自身を恨むべきだった!」

ハルトは矛先をアトモストに向けて足に力を入れる。

 
「・・・・・くそ、ガキがぁ!」

アトモストは怒りで再び顔を歪ませてフランベルジュを握り、地面を蹴った。


ハルトも地面を蹴って互いに剣を構える。

「ウィンド・ヴァーティカル」

アトモストはそう叫び、風を剣に纏わせ剣を振り上げる。


「気斬術・ホリゾンタル」

刀身が光り輝く

互いの距離が狭まり、間合いの外から内側へ

アトモストは剣を垂直に振り下げ、ハルトは剣を自分の左側から右側へ水平に振る。


「はぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

互いに叫びながら剣を打ち付け

キン!と高い金属音がなり、火花が散る。

瞬間、ハルトがアトモストのフランベルジュを弾く。

アトモストは体重を後ろに持っていかれ、完全に無防備になる。


ハルトは一歩踏み込み、剣を振り上げる。

敗北を悟った男は顔を歪ませ、涙目になる。

「ナサ流剣術」から再び刀身が光る。「気斬術・スランティング」


渾身の一撃を右上から左下へ斜めに一気に振り下ろした。


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