終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

鉄球の男


意識が薄れていく中、ラメトリアは昔ギルドで聞いたことのある話を思い出した。

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オルティネシア王国領土内にある小さな村で両親の畑仕事を手伝う灰色の髪の少年、名をフエールと言った。


「フエール。今日も畑仕事を手伝ってくれよ」

母親にそう言われて

「うん!」

と元気よく返事をする。フエールには兄が1人いて村の警備に務めている。

そのため、両親を手伝うのがフエールの仕事だった。


今日も1日、畑仕事で汗を流す。こんな感じに一生を過ごすのだと思っていた。


村にいる同年代の子と比べても体が小さく手足も細く、弱々しい。

だから衛兵にもむいていない。村から出ることなく1日中畑を耕し続けるのだと思っていた。


そんな生活でもフエールは充分だった。衛兵になって襲ってくる魔獣と戦ったらきっとスグに命を落とす。

王国に行って仕事を探すのもはっきり言ってむいていないと思う。

村でのんびりと過ごすのがフエールに1番むいている。


家で母親の作ったご飯を食べる。畑で取れた野菜を使った料理は新鮮でどれを食べても美味しかった。

豪華な食事ではなくても満足だった。

普通の生活。いつも通りの平和な日常。


それだけあれば充分だ。


同年代の男の子達は木を剣の形に削ってそれを武器にして探検隊を作ったり、闘ったりして遊んでいる。

フエールはそれを遠目で眺めながら畑を耕す。草むしりをする。


数年が経ってもフエールの生活は変わらなかった。

1日中、畑仕事をする。やがて周りの子達から気味悪がられるようになった。

気持ち悪いと女子に陰口を叩かれることもあった。

「細男」「畑男」などと呼ばれてもフエールは気にしていない。


いつも通りの平和な日常が心地よかった。

平和が簡単に壊れるものだとは思いもしなかった。


数日後

親に言われるがままに朝食を済まし、朝から畑を耕す。流れてくる汗を腕で拭い再び畑を耕す。

少し暑かったと言えば暑かったのかもしれない。昼食と共に休息を取り、体を休める。


少ししたら再び畑を耕し始める。野菜に水をやったり、草をむしったりしていると勝手に時間が過ぎていく。


夕方になって村の出入り口の方で女性の悲鳴が聞こえた。最初は空耳かと思ったが少しして再び悲鳴が聞こえた。

段々と村の中が騒がしくなって衛兵達が悲鳴のした方へ忙しそうに走っていくのが見えた。

父親が畑から離れて外を見に行くと言って出て行く。

家の中からも外の様子を伺おうと顔を覗かせている者もいた。 

少ししても父親は戻ってこなかった。母親も見るからに動揺している。

胸がざわつく。得体の知れない恐怖がフエールを襲う。


「獣人だ!逃げろー!」

と声が聞こえたのは数分が経った後だった。

住人達は慌てふためき冷静さを欠いて我先にと逃げ出す。

「お母さん!僕達も逃げようよ」

と言って立ち止まる母親の服を引っ張る。

「・・・・・ええ、そうね。」

母親の顔は青ざめていた。母親を連れて走り出そうとした時、逃げた先から男達が数人戻って来た。


「君たち、こっちは駄目だ。獣人共が柵を壊して侵入してきた」

そう男に言われて焦げ臭いことに気がついた。


「なんだ?この臭いは」

と1人の男が叫び、辺りを見渡す。空に黒い煙が立ち上っているのが確認できた。

「まさか、焼かれているのか?」

と男が言った。


「に、逃げよう」

そう言って走り出す男達にフエールは母親の腕を引っ張って付いていった。


走って逃げる男の足に飛んできた矢が刺さって前にいた男が転んで倒れる。


「あっ・・・・・」

後ろを振り返る。苦痛に顔を歪める男が目に入った。

フエールは前に向き直り、脚を止めることなく走り続けた。

後ろから「たすけてー!」と男の悲鳴が聞こえたが無視して目を強くつぶって走り続ける。

目を閉じていたから前にあった障害に気付く事が出来ずに足を取られて転んでしまう。その反動で母親も地面に倒れる。

起き上がって足元を確認する。そこには変わり果てた父親の姿があった。

・・・・・いや、父親だけではない。周囲には住民の死体がいくつも転がっていた。

母親は父親の死体に泣きすがっていた。

その光景を見て父親と2度と話すことが出来ないと悟って胃から何かが逆流してくるのを感じ、フエールは我慢出来ずにその場で吐いてしまう。


多数の足音がフエールの周囲で止まる。見ると数匹の獣人が剣や槍を持って立っていた。武器や鎧、体の至る所に返り血を浴びた獣たちはこの世のものとは思えないくらい恐ろしく腰を抜かしてしまう。

足が震えて上手く立ち上がることも出来ない。


「おい、やれ!」

と真ん中にいた左眼に傷がある隻眼の獅子の獣人が命令を出し、その命令に従って獣人達が男達を襲った。

悲鳴をあげて倒れる男達。槍を持った獣人の1匹がフエールに近付いてくる。

矛先をフエールに向ける獣人は勢いよく槍を突き出した。その槍をフエールを庇うように飛び出してきた母親が受ける。

矛先が母親の体を貫き、母親は血を吹き出し槍にもたれ掛かるように姿勢を崩す。

母親はフエールの方を向き、唇を一生懸命に動かす。

「に・げ・て」

そう受け取れたが脚に力が入らない。

「うおぉぉぉぉぉ!」

叫びながら1人の衛兵が飛び出し、隻眼の獅子の獣人に襲いかかった。

兄さんだった。

「逃げろ!フエール!」

そう言って腕を振り回す兄の剣を獅子の獣人は簡単に避けて持っていた剣で兄を斬りふせた。


兄はその場に音もなく倒れる。獅子の獣人はフエールに睨んだ。溢れ出そうになる涙を必死に堪えて脚に力を入れる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

人の声とは思えない程叫んでその場から逃げた。


死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない


頭にあるのはその事だけだった。どんなに走ったのか覚えていない。

全身が焼けて痛みを堪えて暑い中走った。

いつの間にか村から出ていた。


その後、王国まで何日間も歩いた。

空腹は草や土を食べて紛らわせた。雨が降った日には空に向かって口を開けて雨を飲んだ。


体は更にやせ細り、服はボロボロになった頃、王国に辿り着いた。


優しい老人に食べ物と飲み物と衣服を貰った。覚えているのはその程度だ。

その後、傭兵になって魔獣を殺しまくった。殺しても殺しても憎しみが消えることはなかった。むしろ逆に強まっていった。

傭兵になって1年

依頼先で一緒になった傭兵を手にかけた。

優しそうな男だった。一緒に互いの依頼を手伝うことを約束したが依頼の途中で魔獣と交戦になって気付いたら魔獣と共にその男の頭を潰していた。

傭兵の同僚から嫌われソロ傭兵を続けた。人に嫌われるのは慣れていた。


そして、傭兵になって初めて他種族を殺す機会を得るのはそれから10年後―――エルフ殲滅作戦になる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ラメトリアは意識を覚醒させて左手で孤を描くように素早く空を切る。


鉄球男とラメトリアの間に氷の壁を創った。

「アイスウォール」


男は腕を振り下げて鎖の音と共に鉄球が氷の壁に衝突する。

鉄球は氷の壁を破壊して砕く。ラメトリアは咄嗟に起き上がり、男の左足首に一太刀浴びせて立ち上がって鉄球の間合いの外に出る。


男は驚いた様子で自分の足とラメトリアの顔を交互に見る。


「フエール。それが貴方の名前ね・・・・・復讐に取り憑かれた悲しき傭兵よ私、ラメトリアが貴方の怨念を断ち切るわ」

剣の先をフエールに向けた。


「ぅぅぅぅ・・・・・し、し、死ねぇぇぇぇぇぇ!」

フエールは目を見開き、勢いよく鉄の柄を振るい鎖を伝って鉄球が飛んでくる。

「アイスブレイド」

ラメトリアは呟いて剣の刃を凍らせる。刃を凍らせることで氷の斬撃を扱える様になる。

だが、ラメトリアはフエールとの距離を詰める為に走り出す。飛んでくる鉄球を氷の刃で滑らせて受け流す。


距離を詰めて斬りあげる。フエールは横に飛んでラメトリアとの距離を空けて左手で鎖を引き寄せる。

鎖につられて鉄球が動き出す。ラメトリアは距離を詰めつつ体を捻ってまた鉄球を受け流す。


「グラウンドピラー」

地面から柱が数本突き出してきてラメトリアが勢いを落とす。

地面を蹴って柱を旋回して避けて距離を詰めようとするが次々に柱が出てきて邪魔をする。


柱を避けるのに疲れたラメトリアは苛立ちを抑えきれずに剣で柱を破壊した。

瞬間、魔法が解けて刃が通常に戻る。フエールはそれを見逃さず柄と共に鎖を振るって鉄球を飛ばす。

鉄球の軌道からずれようとした瞬間、3本の柱がラメトリアを囲い込む。

「くっ!」

鉄球から逃げることが出来ずに息を漏らして剣の腹で鉄球を受け止めようと試みるが簡単に吹き飛ばされてしまう。

柱を壊して吹っ飛び、地面を転がる。再び脳が揺れて意識が飛びそうになる。

それを堪えて転がる勢いが止まるのと同時に起き上がる。

「アイスブレイド」で刃を凍らせて走り寄る。

「はああああああああ!」

フエールは鉄球を手元に引き寄せてラメトリアの斜め斬りを正面から受け止める。

フエールは鉄球を押し出してラメトリアの体制を崩す。フエールは後ろに飛んで距離を取りつつ鎖を振るって鉄球でラメトリアを殴りつける。

鉄球を再び氷の刃で受け流して体制を立て直す。ラメトリアは詠唱を始める。


「死ねぇぇぇぇぇぇ!」

再び振り下ろされる鉄球を右に飛んで避けて鉄球が地面に落ちる。

その気を逃さずに鉄球に左手をあてがう。

「アイス・ロック!」

地面と鉄球を凍らせて固定して地面を蹴って距離を詰める。

「ここで決める!」

そう強く決意して剣を握る右腕に力を入れる。


「グラウンド・チャタ」

鉄球周辺の地面が振動して「アイス・ロック」を破壊する。フエールは左脚を大きく後ろに下げて大きく体を回転させて鉄球を旋回させる。

「うおぉぉぉぉぉ!」

鉄球は丁度ラメトリアの正面に来る。前から迫る鉄球を氷の刃で受け流す。

そのまま距離を詰めて水平に剣を振るう。

「アイス・カッター」

「グラウンドピラー」

地面から突き出す柱の影にフエールは隠れて姿勢を低くする。ラメトリアの剣は見事に柱を破壊するがフエールには掠りもしない。


柱の切り口に氷が付着する。辺りの温度が下がり、ラメトリアの口から白い吐息がでる。剣の刃は魔法が解けて通常の状態に戻る。

フエールは鎖を引き戻し鉄球がラメトリアの背中に直撃し、ラメトリアの体を打ち上げる。

フエールは「勝ち」を確信した。それを疑わなかった。ラメトリアの軽装は完全に砕け散り、口からは血を吐き、背中には棘による傷が数箇所確認できた。

「あとは頭を潰すだけ」

そう呟いて鉄の柄を握りしめたその時、ラメトリアの口が微妙に動いているのを目が捉えた。

最初は理解することが出来なかった。フエールの思考が完全に停止しかけてひとつの答えに辿り着き、脳をフル活動させる。

「ま、さか・・・・・え、い、しょう?」

フエールは目を見開き、ラメトリアの動きを観察する。宙に浮いたラメトリアは右腕を挙げて手の平をフエールに向ける。

「・・・・・アイス・・・・・スペース」

ラメトリアがそう言い放った瞬間、鉄球が凍りつく。氷は鎖を伝って侵攻してきてフエールの右腕を包み込む。

右肩から両脚にかけて凍りつき、フエールは身動きが取れなくなる。

「アイスロード」

と次に唱えたラメトリアは落下する体を氷のオブジェクトの上を滑らせて地面に着地させ、地面を蹴り腕を振り下ろして剣の刃がフエールの首に触れる寸前で止めた。


「・・・・・ど、う・・・・・して」


「・・・・・それが団長の命令だからよ」

ラメトリアは剣を収めて笑顔をつくった。

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