終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

第二王女

「俺は・・・」 
頭の中で誰かの声が響く。
「俺、英雄になりたい!」
幼い声だ。
おそらく男の子の声。
「そうか。じゃあまずは私より強くならないとな」
次は女性の声がする。なんだか物凄く懐かしくて、温かい声。この声を聞いていると安心出来る。声の主は分からない。でも、あの記憶の中にあった扉の奥から流れてきた映像の中に出てきた女性の声。あの声と同じ声。

そう。俺は知っている。この声の主の事を。あの女性の事を。名前も知っているはずなのに出てこない。
俺は知っている。そうだ。知っていたのだ。俺は昔からあの風景を知っている。あの巨大な樹木を見たことがある。あの国を知っていた。

俺は昔...あの世界に...行ったことがあるのかもしれない...


「・・・・・・」
「おーいそこの君」
左耳のすぐ近くで女性の声がした。意識がはっきりとしてくる。その時、急に左肩に物凄い痛みを感じた。
「痛てぇ!」
ハルトは左肩を右手で押さえながら痛みを我慢しようと試みる。体中に痛みが走る。特に左肩。右手で確認するが血は出てない。傷もない。

・・・傷がない?

どうして?あの時確かにサレージに斬られたのに?

痛みが少しずつ引いてくる。そして目の前の風景に唖然とする。陽人は校門の真ん前に立っていた。
「ねぇ聞いてるの?」
「はい!」
突然後ろから声をかけられ驚く。見ると、黒髪で背中まで髪を伸ばした清潔感のある顔の美人な女性が立っていた。
「これ、落としたでしょ?」
女性が右手を陽人に伸ばしていた。手にはサンドイッチと緑茶の入ったコンビニ袋が握られていた。
「あ、ありがとうございます」
陽人は急いでコンビニ袋を受け取った。
「大丈夫?調子が悪そうに見えたけど・・・」
「はい!大丈夫です」
「それならいいわ」
その人はそれだけ言うと校舎のある方へ歩いて行った。

陽人はもう1度自分自身を見直してみる。制服を着ている。
「あの時売ったはずなのになぜだ?」
傷も無い。制服もある。
「夢だったのか?異世界転移したことも、異世界での出来事も。全て夢だったというのか?リゼッタと出会ったのも、俺が人を殺したのも、サレージに勝ったのも・・・・・・」 
そういえば右肩から掛けている大きめのショルダーバッグは異世界転移した時には無かった。

本当に全て夢だったのだろうか?

陽人は少し残念だと思いながら校門を跨ぎ、校舎へと続く道を歩き始めた。


1時間目は国語だった。頭の中は異世界の事でいっぱいで授業の内容は全然入って来なかった。
確かに人を殺したのが夢の中での出来事だとしたらそれはいい事なのだろう。でも、リゼッタやラメトリアとの出会いは・・・・・・
あの2人と出会った事は絶対に夢の中での出来事だと思いたくなかった。

もう1度あの世界に戻りたい。

確かにいい事ばかりでは無い。向こうに行けば貧乏になるし、現実世界よりも危ない。
でも、でもリゼッタに、ラメトリアにもう1度会いたい。あの世界で剣を振りたい。あの世界の事をもっと知りたい。

あっという間に1時間目が終わってしまった。授業と授業の間には10分の休憩がある。2時間目は数学だ。数学の用意を机の上に出して思う陽人は顔を伏せる。

どうして俺は戻って来てしまったのだろうか...
たった数十時間過ごしただけなのに俺はこっちの世界に戻って来れた事を喜ぶよりあの世界に戻りたいと思ってしまっている。ほんの少しあの世界で過ごしただけなのに俺はあの世界を好きになってしまった。

戻りたい。

2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。


2、3時間目の授業が終わり、陽人はコンビニで買ったサンドイッチと緑茶を机の上に取り出す。陽人にとってこの世界は退屈すぎた。ゲーム好きでもなく、アニメ好きでも、本好きでも無い。ずば抜けて勉強が出来るわけでもない。スポーツは好きな方だけど得意なスポーツより苦手なスポーツの方が多い。陽人はどの部活にも所属していない。帰宅部というやつだ。
「ねぇ陽人くん」
サンドイッチを食べている時、不意に声をかけられた。声の方を見ると、黒髪のショートヘアの女の子が立っていた。おそらく陽人の学年で1か2を競うほどの可愛い顔をしている。名前は大峯奈津。スタイルも良く胸もそこそこあるらしい。この学校の男子の中で知らない人は居ないと言われるほどの人だ。
「なに?」 
「今朝2年生の高杉先輩を口説いてたっていう噂本当?」
驚き過ぎて口の中に入っていたサンドイッチが喉に引っかかる。急いで緑茶のペットボトルのキャップを外し、緑茶を飲み干してサンドイッチを流し込む。
「ゴホッゴホッ・・・ただの噂でしょ?校門の前でコンビニ袋を落としたら拾ってくれただけだよ」
「なーんだ。ただの噂か」
彼女はつまらなさそうにして自分の席に帰っていった。

そんな噂が流れているのか。やばいな。今朝の女性は高杉玲奈。この学校1番の美人だ。そんな人とこんな凡人に接点があっていいはずが無い。
この先高杉先輩の事を好いている男子から嫌がらせを受けるかもしれない。そんな事を考えながら残りの昼休みを過ごした。

4時間目は化学。5時間目は社会。6時間目は体育でバスケだ。6時間目のバスケの時陽人は考え事をしていた。内容は勿論「異世界の事とこれからの危険をどう回避するか」というものだ。考え込んでバスケをしていた為、途中で同じチームの人と衝突してしまった。幸い怪我はしなかったが、少し痛む。

学校での授業が全て終わって陽人は家に帰宅する。そして校門の前で立ち止まる。
(校門を通ればまた異世界転移出来るかもしれない)
そう思って校門を通る。でもなにも起こらなかった。

陽人が家に着くと時間は4時を過ぎていた。いつもこの時間帯には家に着く。陽人は鞄から家の鍵を取り出し、家の鍵を開けた。そして玄関に入り、靴を脱ごうとした時急に体中に痛みが走った。息が苦しい。右手で自分の左胸を握る。

来る...あの時と同じだ。

そして視界が狭くなり、意識が暗くなる。


目が覚める。どうやら横になっているらしい。布団を被っているようだ。ハルトは体を起こす。そこは知らない部屋だった。
「体は大丈夫ですか?」
横を見るとリゼッタがいた。
「ああ。大丈夫だ。傷の痛みが無い」
左肩を触って確かめる。
あれ?
左肩には傷が無かった。そして6時間目のバスケの時に衝突して痛めた場所に急に痛みが走った。
「痛てぇ」
だが痛みは直ぐに治まった。
「もう傷が無くなってますね。凄い回復力です」
「ああ。俺も驚いてる」
確かに現実世界に居た時は傷は無かったけど...
(てか俺が現実世界に戻った事が夢なのか?)
何が本当にあった事で、何が夢の中での出来事なのか判断出来なくなっていた。

でもハルトはこの世界に戻って来ることが出来たのだ。それだけで良いじゃないか。

「ここがどこなのか聞いてもいい?」
「はい。ラメトリアが借りている宿です」
「そうか」
ハルトの体は異常に軽くなっていた。布団から出る。
「もう動いても大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫みたいだ」
なんでかは知らないけど...。
「これからどうするのですか?」
「そうだなー」
そういえばこれから先の事を考えていなかった。
「傭兵になろうかな」
不意に口からそんな言葉が出てきた。だがそれもいい。
「ラメトリアの傭兵団に入れて貰おうかな。リゼッタはどうする?」
「私は・・・・・・」
リゼッタの顔を見る。顔だけでリゼッタが何を考えているのかが分かった様な気がした。
「一緒に来るか?」
「・・・はい!」
少し驚いた様な顔をした後、目に少しの涙を浮かべながら、元気のいい返事が返ってきた。

部屋を出ると廊下があり沢山の扉が並んでいた。右奥に降りる階段を見つける。階段を降りた先には広い空間が1つ。そこに机と椅子が何個か並べられていた。椅子の1つにラメトリアと白の鎧を着て、クリーム色の髪を三つ編みでふたつに結んでいる女性が座っていた。
「起きたのですね。怪我の方は大丈夫ですか?」
ラメトリアがそう聞いてきた。
「ああ。大丈夫だ」
ハルトの服は白の半袖に黒の半ズボン。所々に切り傷があり、血で赤に染まっている。
ラメトリアも鎧を外していた。鎧の上からは分からなかったが結構巨乳である。
リゼッタはちょっとした膨らみが服の上から目立つ程度。

そんな事を考えていると白の鎧を着た女性が席を立つ。
「リゼッタ様。これで用は済みましたね。王宮に帰りましょう」
と白の鎧の女性が口にした。
リゼッタ様?王宮?
少し訳の分からない単語が出てきた。それらの単語が頭の中をぐるぐると回る。
「私は帰りません。ハルトと一緒に傭兵をやります」
リゼッタが反論する。
「傭兵!?駄目です。王族がそのような職に付ける訳が無い」
王族?
「ちょっと待って」
ハルトが会話を区切る。
「王族ってどういう事?」
「ここに居られる方はオルティネシア王国第二王女、リゼッタ・オルメシア様でございます」 
と白の鎧の女性が答える。
「第二王女!?」
ハルトがそう叫ぶ。
「黙っててごめんなさい」
リゼッタから謝られる。

「この国に第二王女が居るとは知っていたけど今まで表に出てきたことは無い。名前すらも国民には知らされてなかった。」
ラメトリアが答える。
「国王がリゼッタ様が外に出る事を禁じていたのだ。だからリゼッタ様は産まれてから16年間1度も王宮の外に出た事が無かった。」
と白の鎧の女性が答える。
リゼッタと同い歳だという事が分かった。

「なんでそんな事を?」
ハルトは白の鎧の女性に聞く。
「理由は知らん」
という答えが返ってきた。
「とにかくリゼッタ様を王宮に連れ帰ります。リゼッタ様が王宮から脱走した事について国王は怒っています」
白の鎧の女性がリゼッタの手首を掴み、歩き出した。リゼッタがすがるような視線で俺を見てきた。

ハルトは女性の腕を掴む。
「悪いな。リゼッタはもう仲間だ。王女様だとかそんな事は関係ない」
「何を言っているのですか?王族ですよ?もしリゼッタ様の身に何かあったら責任が取れると言うのですか?」
女性は半分怒っているように感じた。
「俺がリゼッタを守ってみせる」
「あなたの様な素人にリゼッタ様の護衛は務まりません」

このままではリゼッタが連れて行かれる。
どうしてこんなにも焦っているのか、闘争心を向けているのかが自分でも理解出来なかった。

「なら、試してみるか?剣で」
「・・・・・・いいでしょう。その試合受けて立ちます!」

俺は女性に剣での試合を申し込んだ。おそらく彼女は騎士だ。剣の実力も彼女の方が上だろう。でも、絶対に負けるわけにはいかない。

なぜそう強く思うのか自分でも分からなかった。

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