終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

初勝利

薄暗い場所で目が覚める。
「ここは何処だ?」
水の中の様な場所だ。でも息は出来る。そんな不思議な暗い場所で俺は独りだけ取り残されている。そんな感覚だ。ハルトは頭から暗い場所に沈んでいく。深く。深く。そして更に暗い場所になにかが漂っている。水中の様な場所で何かに被われた物がある。
「これはなんだ?」
ハルトはそれを覗き込んだ。それは一つの映像だった。ハルトがまだ小さい頃。現実世界の家の近所にあった坂道を下ろうとした時に転んでしまい、泣いてしまった。その懐かしい記憶が映像として甦る。そしてここが何処なのか理解する。
「そうか。ここは俺の記憶の中なのか」
そしてゆっくり目を閉じ、更に沈んでいく。

現実世界で過ごした数々の記憶が甦る。親と喧嘩した事。友達と喧嘩した事。想いを寄せていた相手の事。近所の犬に手を噛まれて大泣きした事。遊んだこと。ハルトに兄弟はいない。だから遊び相手は近所の友達だけだ。そして、更に沈み、暗くなった場所で異世界の事を思い出す。
突然巨大な樹木の前に異世界転移した事。ヘルビ。いや、シルーベの馬車に乗った事。最初にリゼッタに会った時の事。ラメトリアに話しかけてナンパと間違われた時の事。そして今日。
俺はサレージに斬られた。そして...。

「俺は死んだのか?」
更に奥深くに沈み、地面が見えてくる。そして地面のすぐ側までたどり着く。そこには巨大な扉が存在していた。
「記憶の中にトビラ?」
そしてゆっくりと扉がほんの少しだけ開く。ほんの少しの隙間から光が漏れ出し、ハルトは手で顔を覆う。

それは遠い昔の記憶...


夕焼けのなか泣いて草道を歩いている男の子がいる。その男の子の後ろから俺はその子を見ていた。話しかけようか迷う。でも、きっと俺の知っているあの子なら。金色のショートヘアをした彼女なら声をかけることを迷わないだろう。そう思い、声をかけようとした時ある事に気が付く。男の子の前には巨大な樹木が立っていた。
「ここは異世界なのか?」
ハルトは呟く。
「・・・ト」
「ハルト」
俺を呼ぶ声がする。声のする方を向く。そこには紫色で後ろで髪をひとつに結んだ女性が立っていた。顔はよく見えない。
「ハルト」
その女性がもう一度俺の名前を呼んだ。こんな人知らない。でも懐かしい。そんな感じがする。どうして俺の名前を知っている?そんな疑問を抱えながら俺は1歩女性に近づいた。
「ハルト。なぜ泣いているの?」
「・・・?」
意味が分からなかった。
「お前が心から守りたい物はなんだい?」
そう女性に聞かれて俺は息を呑む。
「さあ、戻りなさい。あなたが守る者の為に」

そこで意識は暗くなる。


「・・・ト」
「ハルト」
名前を呼ばれて目を覚ます。目の前には目に涙を浮かべて俺の名前を呼んでいる金色の短い髪をした少女がいた。どうやら俺は横たわっているらしい。ハルトは上半身だけを起こす。すると彼女が抱きついてきた。
「よかった。生きてる」
「リゼッタ」
俺は右手を彼女の頭にそえた。そして辺りを見渡す。辺りの敵はシルーベとサレージを除いて全て倒されていた。
キン!という音と共に互いの剣から火花が飛び散る。少し奥でラメトリアがサレージと戦っていた。
「俺はどのくらい意識を失っていた?」
「えっと、10分位です」
俺の質問にリゼッタが答える。ということはラメトリアは10分間も奴と剣を打ち合っている事になる。ラメトリアの軽装の鎧には剣の傷かいたる所に付いている。対してサレージのコートにはさほど傷は見当たらない。ラメトリアもそろそろ限界のはずだ。どうする?俺はこの戦いを見守ることしか出来ないのか。

ラメトリアは10分も前からこの殺し屋と剣を打ち合っている。奴は強い。このままではいつか殺される。そんな事を考えながらラメトリアは剣を振る。自分の剣に気を纏わせるのもそろそろ限界だ。気は使う事に消費していくもので、回復には薬を飲んだり体を休めたりする必要がある。だが、私は今自分の気を回復させる薬を持っていない。
(奴を残りの気で倒す手段はひとつしかない。)
そう考え、ラメトリアは最大の攻撃を仕掛ける為にその時が来るのを待ち続けた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
サレージが叫びと共に剣を横に振る。それを後ろに飛び、避ける。
「はあっ」
そして縦斬りに移る。
キン!という音と共にそれを剣で防がれる。斬撃の攻防が続く。2、3、4...15連続の剣の攻防の中で私は更に傷を負っていく。軽い鎧に傷が何重にも付く。サレージの剣の攻撃を剣で防ぐにはもう限界だ。

サレージは一気に剣に気を溜める。
「気猛斬!」
サレージの声と共に斬撃が放たれる。ラメトリアはその斬撃を剣で受ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
サレージが叫ぶ。それに呼応して斬撃が重くなる。
(まだだ。)
私は必死に斬撃を受け止める。剣から大量の火花が飛び散る。そしてその時は来た。サレージの斬撃の重さが最大に達したその瞬間ラメトリアは自分の剣をゆっくり回転させて、サレージの斬撃を受け流した。サレージの斬撃はそのまま地面に直撃する。ラメトリアは後ろに勢いよく飛び、サレージとの距離を取る。そして剣を持っていない左手を上に突き出した。今の体に残っている全ての気を左手に集中させた。
「アイスヒル」
ラメトリアが叫ぶと左手の真上に大きな氷の柱が3本出来上がる。
「気で魔法も使えるのか」
とハルトはリゼッタに聞く。
「はい。気で剣を覆うのも魔法の1種です」
「そうなのか」
ラメトリアは手を前に振り下ろす。3本の氷の柱はサレージに向かって飛んでいく。
ギィィン!という音と共に蒸気が氷の柱周辺を被う。
(直撃したのか?)
そう思い、目を凝らす。蒸気が薄くなり、消える。そこにサレージは立っていた。3本の氷の柱の内1本の氷の柱はサレージの右脇腹に直撃していた。サレージは口から血を吐き出す。
「クッ!残念だったな。俺はまだ動けるぞ」
サレージはそう言って、私との距離を縮めてきた。もう手立てはない。
(私はこんな所で死ぬわけにはいかない。)
だがもう足に力が入らなかった。ラメトリアは剣を地面に落とし、その場に足から崩れた。

ハルトは地面に落ちていた誰の物かも分からない剣を右手で握る。 
「リゼッタそろそろ離してくれ」
「あ、すいません」
リゼッタは顔を赤くして、慌てて離れる。ハルトは立ち上がろうとする。だが、足に力が入らず倒れてしまう。
「まだ駄目です」
「でもラメトリアが危ない」
「なら、私が行きます」
「リゼッタは気を使えるのか?」
「まだ完璧に使えるわけでは無いですけど・・・」
「なら、俺が行く」
俺は力を振り絞り、両脚で立つ事に成功した。
「ハルトは私より気が使えてません。それに大怪我も負っています。だから私が行きます」
「・・・俺なら大丈夫だ」
「今のハルトのどこが大丈夫何ですか?」
「・・・リゼッタ俺の事を信じろ!」
「っ・・・」
リゼッタとの言い合いが続き、何とかリゼッタを納得させようと考える。
「私はハルトに死んで欲しくありません」
リゼッタは前よりも目に多くの涙を浮かべて、俺の胸に頭を押し付けてきた。
「ああ」
ハルトは答える。
「昨日はあんなこと言ってしまったけど、本当は誰にも死んで欲しくありません」
「ちゃんと分かってるよ。だからこそラメトリアを助けに行かなきゃ。アイツを倒して皆で帰ろう」
「本当に無事に帰って来てくれますか?」
「約束するよ」
ハルトはそう言うと、リゼッタから離れる。
「行ってくる」
そう言って、剣を右手に走り出した。


ついに目の前までサレージが歩いて来た。
「終わりだな。まずはお前。その次に男。そして最後に女だ。やっと殺せるぜ」
奴はそう言って気を纏った剣を振り上げる。そして振り下ろされる瞬間ラメトリアは全てを諦め、目を閉じ、下を向いた。
キン!その音がしてラメトリアは顔を上げ、ゆっくり目を開ける。そして目の前の現状に声を呑む。私の前に黒髪で短髪の少年がいた。そして彼の剣がサレージの剣を弾いた瞬間だった。


「なぜだ?」
サレージはそう言い、起こった現象を理解出来なかった。
(なぜ奴の剣が俺の剣を弾ける?)
その時、サレージの視界にハルトの剣が映る。
(微弱だが気を纏っている。まさかこの戦いで成長したというのか。)
その時、奴が左肩から斜めに剣を振り下ろそうとしている事に気が付く。サレージはとっさに勢いよく地面を蹴った。サレージは後ろに飛び剣を回避した。


剣が空気を斬る。
(避けられた。)
そう理解して地面を蹴る。サレージとの距離を一気に減らす。そして剣を振る。連続して剣の打ち合いが始まる。
キン!キン!キン!
サレージの一撃は重い。だが俺の剣術なら奴の剣の威力を吸収し、更には自分の剣の威力に上乗せすることが出来る。そして、本当に微弱だが気を少し剣に纏っている。これなら勝機はある。
キン!キン!20を普通に超えて剣を連続して交錯させる。ここで俺はある事に気が付く。俺の剣を振るスピードはサレージの剣を振るスピードより速くなっていた。俺は手を止めることなく連続して剣を振る。10連撃の内サレージの剣と交錯したのは6回。残りの4回は確かにサレージのコートに剣の傷を付けていた。


(なぜだ?なぜ奴の剣の方が速い?)
サレージはまた疑問に思う。俺が劣っているといいのか。こんなガキに?笑える。おそらく俺より半分も生きていないこんなガキに......
「俺は負けるのか!?」
サレージは叫ぶ。そして脚に斬撃をくらう。
「くっ!」
あまりの痛みに声が漏れる。
剣を握っていない左手に気を送り、掌で小さい爆弾を作り爆発させた。土煙が辺りを覆う。そして剣に大量の気を送る。

土煙が舞う中でハルトはこれまでに無い程の殺気を感じた。きっとでかい攻撃が来る。そう感じて剣に気を送る。そして少しずつ土煙が晴れてくる。少し離れた所にサレージは立っていた。
「気を使うことにより、斬撃を飛ばせると知っているか?」
サレージは大声で言う。
そして縦に剣を振り下ろす。
「飛行斬!」
サレージはそう言い放ち、斬撃を飛ばした。
3メートル
2メートル
徐々に斬撃が近づいて来る。
決して予測していた訳では無い。でも自然に体が動いた。飛んできた斬撃にタイミングを合わせて剣を右から左に横に振るう。そして斬撃と剣が交錯した瞬間、剣から火花が飛び散る。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
ハルトは雄叫びを上げ、斬撃の威力を吸収して自分の剣の威力に上乗せする。増えた剣の威力で斬撃を弾いた。斬撃は意味の無い方向に飛んで行き、建物の壁に衝突した。ハルトの前方でなにかが光る。サレージが距離を詰めていた。右手には気を最大限に纏った剣が握られている。それを両手に持ち替え、おそらく今日最大の斬撃を放とうとしていた。
ハルトは剣を横に振り終わった状態から「突き」の姿勢をとり、目を閉じる。
(イメージしろ。気が体に流れているのを。そしてそれらを全て剣先に集中。)
剣が青白く輝く。目を開き、地面を蹴る。
「気猛斬!!」
サレージは叫び剣を振り下ろす。
(あれほど強大な気を纏った斬撃の威力はおそらく今の俺では吸収出来ない。ならば・・・)
ハルトは高速で2連続で剣を突いた。そして斬撃を重ねる。何故か頭の中で技の名前が浮かんだ。
「二重剣術・気突」
相手の剣の威力を吸収して自分の剣の威力に上乗せするのが足し算だとすれば「重ね剣術」はかけ算だろうか。
ハルトの剣先とサレージの斬撃が激突する。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ハルト叫び、大量の火花が散る。
ピキ!その音と共にサレージの剣に亀裂が入った。亀裂は広がっていき、剣は砕ける。ハルトは勢いを殺すことなく腕を最大まで伸ばす。「気突」はサレージの「気猛斬」を打ち砕き、サレージの体に直撃する。剣先が肉を裂く感触がした。剣はサレージの体を貫通する。ハルトは返り血を浴び、剣から手を離し、数メートル後ろまで後退して座り込んでしまった。
「クソッ!こんなガキに殺されるとはな」
サレージはそう言うと地面に倒れた。

「俺が・・・勝ったのか」
ハルトはそう呟いた。
「ハルトー」
リゼッタが胸に飛び込んでくる。
「リゼッタ痛い。」
左肩の傷が痛む。
「ハルトさんありがとうございます」
ラメトリアが近づいてくる。
「お互い様さ」
ハルトはそう答えた。
「貴様ら!殺してやる!」
シルーべが短剣を取り出し、襲いかかってくる。ラメトリアが剣で短剣を弾き、吹き飛ばした。
「クソ!」
シルーベば走って出口を目指す。
「待て!」
シルーベを追ってラメトリアも走る。

シルーベは外に出た所で何者かに手首を切断された。
「うぎゃぁぁぁぁぁ。手がぁぁぁ」
シルーベが声にならない声で叫ぶ。
シルーベに続いてラメトリアも外に出る。ラメトリアの顔に斬撃が飛んでくる。それを右手の剣で防ぐ。
「すいません。傭兵の方でしたか」
そんな声が聞こえ、ラメトリアは前を見る。そこには白の鎧を着て、クリーム色の髪を三つ編みでふたつに結んだ女性騎士が、立っていた。


「リゼッタいい加減に離してくれないか?」
と聞くと
「嫌です」
という答えと共に更に力強く抱き締められる。
「ハルトが死んじゃうかと思った。そう思うと物凄く怖かった」
目に大粒の涙を浮かべた少女の言葉が何よりも嬉しかった。
「さて、帰るか」
「はい」
立ち上がろうとした時、不意に意識が遠くなる。
(あれ?なんかやばくない?)
体勢を崩し地面に倒れる。
「ハルト?」
リゼッタの声が聞こえる。その声を最後にまた意識が遠くなる。

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