負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第三十六話 日本的感性

 ――何であいつらがここに。

 そう思う間もなく、美月と呼ばれていた女が彼らの元へとたどり着いた。

「……え?」

 小さな呟き。
 俺にはそれが聞こえていたが、きっと距離的にあの男たちの元へは届いてないだろう。
 それほど小さな呟きだ。
 そしてその女と遭遇したリーフとミリルも硬直しており、女と二人は互いに何も言わずに見つめ合っていた。
 そこへ、

「美月! 何か見つかったか?」

 あの男から声が上がった。
 このままではあの二人は無事ではすまない。

 俺は悩んだ。
 ここで飛び出してしまえば間違いなく奴らの餌食となる。
 かといってあいつらを見捨ててしまうのもそれはそれで胸糞が悪い。

 ――どうする?

 だが確実さを求めるなら後者であることに間違いはなかった。

 そんな俺を余所に女が驚きの言葉を口にした。

「う、ううん、何もないよ」

 なんとミリルとリーフを庇ったのだ。
 真意が分からなかった。
 何であいつはそんなメリットがないことをしたのか。
 これでバレてしまえばあの男の事だ。同級生だとしても何かしらの罰を与えるだろう。
 なのに初対面であるはずの二人を助けるのか。
 お前らが、お前のような奴らが。

「本当だろうな?」
「ほ、本当だよ!」

 しかし男は怪しむ。
 確かにあの女には動揺が表に現れすぎていた。
 これでは怪しまれるのも仕方がない。

「久坂、お前も見て来い」

 案の定、確認をさせられようとしている。
 久坂と呼ばれていた無口の男が近づいてくる。
 美月は慌てた様子で手をバタバタとさせ何もないというアピールをしているが、それこそが怪しい行動なのは言うまでもない。

「……どけ」

 久坂という男の声。

「だから、何もないんだってっ……」
「それはそれでいい、一応確認だ」
「……っ」

 美月という女は押し黙った。
 流石にその言い分を跳ね除けるのは無理があるのだ。

 久坂が美月の横を通り過ぎた。

 そしてそれはつまりミリルとリーフが見つかることも示している。

「……どういうつもりだ?」

 久坂が一言。
 美月、ミリル、リーフ共に硬直して何も言わない。

「何かあったのか?」

 そこであの男の質問が飛んできた。
 久坂は美月の顔を一度見て、あの男の方を向く。
 そして口を開こうとしたその時、

「待って」

 美月という女が声で妨げた。

「なんだ?」
「見逃してあげられない?」
「何故だ?」
「それは……子どもだから」

 その言葉が嘘か真か、俺には分かってしまう。
 あの女はたったそれだけの理由であいつらを助けようとしているのだ。
 まるで理由になっていない。理解に苦しむ。

 やはり久坂という男も俺と同じ考えだったようで、怪訝そうな顔をして質問を続ける。

「子どもだからなんだ?」
「だって……可哀想だから」
「可哀想?」
「あなたはそう思わないの?」
「分からないな」

 俺も理解出来ない。
 何故そこまで赤の他人を庇おうとするのかが。

 だが一つだけ心当たりがあるとするなら、あの女がまだ日本での価値観を持ち続け道徳心によってああいった行動を起こしている可能性。
 それならばいくらか納得できる。
 あの世界では無償の善意に似た何かは少なからずあったのだから。
 その心はとても美しい事だろう。
 敬意すら覚える。

 だがそれとこれとは話が別だ。
 ここは異世界、あの世界の事を持ち出すなんて愚かにも程がある。

「分からないの? 本当に?」
「お前のその考えは捨てたほうがいい」
「そんなこと言われても……」

 全てあの男と同意見だ。
 あいつが俺とこんな関係でなければ気が合う仲になれていたかもしれない。
 まあそもそもそんな友がいた場合、俺はこんな歪んだ考えを持っていなかっただろうが。

「おい! いつまで二人でしゃべってやがる!」

 ついにあの男が怒鳴り声をあげた。
 確かに二人で話しすぎだ。
 怒るのも仕方がない。

「すまん、ここに子ども二人を見つけた件で揉めてた」
「あっ……」

 久坂という男はさっきの会話がまるでなかったかのように報告した。
 美月は絶望に顔を染めている。

 ついであの二人は未だ状況が分かっていないようで、ただただ呆然としているだけだ。

「何だと……?」

 男が美月に苛立った表情を向けた。
 顔を背ける美月。

「まあいい、久坂、そいつら二人を連れて来い!」
「ああ」

 久坂が歩みを進め、二人のもとへ。
 もう美月という女には反抗する気さえ残っていないらしい。ただただ唇を噛み締めそれを見ていた。

 そうしてあの男の前へミリルとリーフが出される。

「エルフの子どもと……何だ?」

 男が興味深々にミリルを見る。
 そんな男に久坂という男が告げた。

「恐らく魔人というものだろう」
「魔人……? あぁ、魔王とかそういうんだっけ?」
「大まかに言えばそうだ」
「なるほどなるほど」

 聞いた後もあの男はミリルを眺める。
 そして、

「こいつでいいか」

 と口にした。

 何が? とは言えず待つ。
 どうせ俺と同じ思考回路のあの男が聞くだろうから。

「何がだ?」

 案の定聞いた。

「今日の目的だよ」
「確か……女だったか」
「そういうこと、だってこいつ村の場所を教える前に死んじまったんだよ」

 男はそう言って何かを蹴り飛ばした。
 見ればそれは先ほどのエルフで、拷問を受けていた人だ。
 情報も引き出せず殺すとは……

「あ……」

 そんな中、小さな呟きを漏らしたのはリーフだった。
 もしかするとあの死んだエルフと顔見知りだったのかもしれない。

「ん? そうだ、お前エルフだよな、村の場所分かるか?」

 ニヤリと笑った男がリーフに詰め寄るが、リーフはその死体しか目に入っていないようで、そんな男を無視して呟く。

「叔父さん……」

 と。
 やはり知り合いだったらしい。

「おーい、無視か?」

 それでもリーフは聞かない。
 まるで俺の話を無視していた時に良く似ている。
 あいつは何かに集中すると周りが見えなくなるらしい。

「おい!」
「がはっ!」

 鳩尾に男が蹴りを放った。
 乱暴な事だ。

「勇者様のお言葉はちゃんと聞かないとダメだろ?」
「ごほっ……勇者?」
「ああ、俺たちはお前達を魔王の手から守っている勇者様なんだぜ?」
「……嘘だ」

 まあ普通はそう思うだろうな。
 こんな惨状見せられて、目の前の男を勇者と思うわけがない。

「またかぁ、こんなに勇者を否定されたの初めてなんだけど」

 大げさに顔に手を当て男は言った。

「ま、いっか、で? 俺に村の場所を教えてくれるか?」
「その女で良いのではなかったか?」

 そんな中質問したのは久坂という男だ。

「あぁ? 多いに越したことはねえだろ?」
「そういうものか」
「そういうものだ」

 そう言った後、再びリーフの方を向く男。
 久坂はさして興味なさげにそれを眺めているだけ。
 美月は先ほどいた場所から一歩も動かずに顔を背けている。

 ――時間が勝負だ。
 リーフがどれだけ持つかによる。

 俺は気づかれないように動いた。
 そろそろこの演劇を見ているのも飽きた。
 それにあいつらを失うのは俺としても痛い。

 そうしてたどり着いたのは、

「おい」
「えっ!?」

 美月と言う女の元だ。
 美月という女はさっきのミリルとリーフがいた場所から動いていなかった。ということは、一人だけ離れており、かつ俺からも距離が近い場所にいたのだ。
 それに俺が一番警戒しているのが、この女の能力。
 そしてあの状況を良しと思っていない。
 これを使わない手はないだろう。

「静かにしろ」

 俺は美月にそう言った。
 美月は振り返りあの二人がこちらを向いていないことを確認すると、小声でこういってくる。

「あ、あなたは?」
「あいつらの知り合いだ」
「あ、そうだったんだ……」

 明らかに落ち込んだ様子の美月。
 これはあの二人が助かるという事を一ミリでも思っておらず、そしてそれに対して罪悪感を抱いていると言う顔。

「お前の協力次第では助けられる」
「えっ!?」

 釣れた。

「ほ、本当に?」
「お前だって勇者なんだろう?」
「い、一応はそうだけど……でも、あの二人に比べたら」

 随分と自己評価が低い事で。

「それは戦闘能力に限ったことだろ? 男女の差はそういうもんだ」
「そうかもしれないけど……」

 うじうじと面倒な奴だ。
 俺がなれなかった勇者になっておきながら、そんな考えを抱くなど贅沢というもの。
 無性に腹が立ってきた。

「で? 助けたくはないのか?」
「そ、そりゃあ助けたいよ!」
「なら協力しろ」
「で、でも……」

 そりゃあ裏切りに近いことを勧めているのだ。
 この女の日本的な思考回路では、裏切りに対して気が引けるのは当たり前だ。
 だが裏切りよりももっと思い罪がある。

「あのまま殺人を許すのか?」
「……っ」

 顔が歪んだ。
 後一押しか。

「それに何もあいつらを殺すだなんて言ってない、ちょっと痛い思いをしてもらうだけだ」
「ほ、本当?」
「ああ」

 もちろん嘘だ。

「それにお前が裏切ったってことも分からないようにしてやる」
「ど、どうやって?」

 これがこの女のもう一つの懸念だろう。
 日本人は集団を好む。
 その輪から外されることを極端に嫌うのだ。
 だから裏切ることに拒む。

「俺には記憶を改竄スキルがあるんだ」
「記憶を改竄……」

 もちろん嘘だ。
 作れもしない。

「そのためには気絶してもらう必要があるが、まあお前が協力してくれるなら何とかなるはずだ」

 美月という女はしばらく考え込んだ。
 だがその時、ある声が響いた。

「おら! 早くは吐かねえと殺しちまうぞ?」
「がはっ、ごほっ!」

 あの男がリーフを痛めつけている声だ。

 相変わらず不快だが、この際にだけはこう言っておこう。
 ありがとう、と。

「わ、分かった、だから早く!」

 口角が上がるのを押さえられない。

「ああ、今直ぐ助ける」

 笑いを堪えてそう言った。

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