負け組だった俺と制限されたチートスキル
第三十九話 憎しみの記憶
高笑いが響いた。
発生源は奴、敦だ。
「ははははは、まさか憎い相手とも手を組めるほど成長していたなんてね!」
止まない笑い声。
だが奴の言う事はもっともだった。
まさか俺が勇者と組もうと言う発想になるだなんて天地がひっくり返ってもないと思っていたのだから。
ただその判断が正しいものだったということは直ぐに知ることになった。
「うぜえんだよ!」
勇人が怒号を飛ばしながら敦に向かった。
その速度は強化スキルを使っているのか、目で追うのもやっとなほどで、俺と戦ったときより幾分か早く感じた。
だがそんな力を持つ勇者、勇人でも――
「だから……生意気だって言うのが聞こえないのかな」
敦へたどり着く前に遥か遠くに弾き飛ばされた。
「……は?」
思わず声を上げる。
何も見えなかった。
あいつが何をしたのか、何故勇人が吹き飛んだのか、まるで分からなかった。
「はぁ、最近の若い子は血気が盛んで困るよ、全く」
敦は右腕をプラプラと揺らしていた。
それはまるでその拳で殴ったと言わんばかりに。
「……何をした」
聞かざるを得なかった。
今まで見えない程という比喩的な攻撃は見てきた。
だが実際に何も見えない攻撃を見たことはない。
いくら早い攻撃でもその前に入る予備動作は見えていたのだから、そこから何となくどんな攻撃をするのかが予想できた。
しかしこいつの攻撃は何も見えない。
どんな攻撃を、どうやって、いつ、どのように、行ったのか検討もつかないのだ。
「え? ただ手で払っただけだよ?」
首を傾げてそう言うあいつ。
あのわざとらしい行動からして、そうだろうとは思っていたが、やはり信じられない。
ここまで実力の差があるというのか。
信じられないのではなく、信じたくなかった。
「まぁ、まだこの世界に来て一ヶ月なんだから、まだまだ俺には勝てないか」
まるで戦わずとも俺に勝てるかのような発言。
それも挑発の一環なのか。
いや俺は分かっていた。
こいつはアルト異常の化け物だということを。
「今日のところは挨拶で終わらせるつもりだったからね、ここで終わりにしておこうか」
その勝手な物言いに「ふざけるな」と言いたかったが、これは堪えるべき場面だった。
いくらあいつが憎かろうと、この拳が届かなければ何も意味がない。
それどころか、俺が返り討ちにあうことであいつを喜ばせてしまうのだけは絶対にしてはいけない。
俺は憎しみを呑み込んだ。
そんな時、
「……しつこいな」
敦のそんな呟きと共に爆音が響くと同時に、敦の右側の木々が一瞬にしてなぎ倒されていった。
また見えなかった。
だけど何となく状況は分かる。
恐らく勇人が再び敦に襲い掛かり、またしても弾き飛ばされたのだろう。
しかし一番の驚くべき点は敦の見えない攻撃だけじゃなかった。
俺は勇人の姿さえも見えなかったのだ。
「タカツキ君、君の命の保障をする代わりに、あの生意気な後輩の命を貰っていいかな?」
それは俺に聞くべきことではない。
そんなこと聞くまでもないからだ。
「やめてください!」
ただ美月は違う。
「あ、君もいたんだったね」
まるで気にも留めていない言い草。
違う、実際に気にも留めていなかったのだろう。
何せ、
「聖域!」
美月の聖域は、あいつの行動を一秒たりとも止められはしないのだから。
「無駄だよ」
砕かれる光の膜。
やはり通用しない。
「そうだ、いい事を思いついた」
突然敦が美月を見てニヤリと口角を上げた。
嫌な予感がする。
「美月さん、あなたが選んでいいことにするよ」
「な、なにがですか」
戸惑う美月。
「そこの高月光助先輩か、幼馴染の轟勇人君か」
嫌な予感が的中した。
「どっちの命を助けるのかを」
「そ、そんな……」
俺にとっては最悪な展開だ。
だが美月にとってはそうでもないはずだ。
何しろ俺はあの高月光助なのだから。
「ん? 悩む要素なんてあるのかい?」
しかし美月は直ぐには答えなかった。
それは敦も興味深そうに反応する。
俺も驚きだった。
何を悩む必要があると言うのか。
「あ、そうか、ならこれならどうかな」
敦が何かを思いついたかのように口を開く。
「轟勇人君を助ける場合は、そこのエルフの少年と魔人の少女の身柄も保証しよう」
こいつ……端から美月に俺を選ばす気がない。
「で、でも……」
だがそれでも美月は視線を右往左往させ口ごもっていた。
ワケが分からない。
この条件で何を悩むと言うのか。
確かに彼女の日本人的思考を考えると、人の命を天秤にかけること自体、不可能の領域なのかもしれない。
ただそれでもこの選択で悩む理由など俺には到底わからない。
「意外だなぁ、まさか君がタカツキ君にそこまで思い入れがあるなんて考えもしなかったよ」
思い入れ。
そんなワケはない。
恐らく一年下の彼女とは接点も何もないはずなのだから。
それどころか、最低でも苛められっ子の情けない先輩が上にいる。そしてそいつは勇者落ちしたという事実しか知っていないはずなのだから。
「そんなんじゃ……」
美月は歯切れ悪くそう言った。
ここまで俺を庇う理由。
思いつくことなどほとんど無い。
だが一つだけあるとすれば――
――まさか、こいつは俺に同情でもしているというのか。
下らない。
俺を直接的じゃないにせよ、精神的に追い込んだあの学校の生徒のお前が抱いていい感情じゃない。
同情? ふざけるな。
お前が俺に抱いている同情心は、善意からの哀れみなんかじゃない。
その感情の裏にはきっと蔑みなのだ。
「ふざけるな……」
声が漏れた。
勇者の風上にも置けない勇人に対して言った。
自分が優位に立っていると絶対的な自信を持っている敦に対して言った。
俺に哀れみという綺麗な感情を利用して、蔑みという汚い感情を覆い隠している美月に対して言った。
「え……?」
美月の困惑の声。
「黙れ」
そんな声聞きたくもない。
「こらこら、君を心配してあげてる子に失礼じゃないか」
「お前も黙れ」
うるさい。
俺の前から消えろ。
先ほど呑み込んだ憎悪が込み上げてくる。
もう下らない打算などどうでも良い。
俺は目の前の仇を殺せばいい。
ただそれだけだ。
「そうだ、その憎悪に満ちた顔、それが見たかったんだ!」
興奮した面持ちであいつはそう言った。
「さあ、もっと見せてくれ! その憎しみを俺に、世界にぶつけてくれ!」
うるさい。
黙れ。
その時あいつの視線が少し動き、直後小さな叫び声が上がった。
「――っ!」
ミリルの声だ。
見れば彼女の足にどこから来たのか、木の枝が突き刺さっていた。
もちろん見えていない。
だけど分かる。
こいつがやったことくらい。
どうしても俺を怒らせたいらしい。
「ははっ、次はどうやって痛めつけようか」
下らないことだ。
俺が自分のこと以外の事で怒るとでも思っているのか。
しかし奴の行動は正しかった。
あいつがミリルを攻撃することで俺が怒ると思っているということに苛立ちが増したのだから。
俺が他人のために怒ると思われていることにムカついた。
その点ではあいつの行動は正解だろう。
「ほら!」
「いっ――」
次は別の足に木の枝が刺さっていた。
しかし俺から大した反応が得られなかったことが気に入らなかったのか、敦は笑みから一転、詰まらなさそうな顔に変わり俺を見る。
「効率が悪いみたいだ、なら一番の手は――」
直後目の前から敦が消え――
「――がはっ」
「これだね」
俺の太ももに木の枝が突き刺ささる。
その枝を持つ者は言うまでもない。
「ほら、次はどこを刺そうか?」
満面の笑みであいつはそう言う。
いい加減にしろよ。
「ははは、また憎しみが増えた!」
次は右腕。
今度は左肩。
痛みが体を刺激する。
痛みが憎しみを刺激する。
痛みが過去の記憶を呼び起こす。
学校でも暴力。
転移後の拷問。
魔物との戦闘。
全て痛みの記憶だ。
そして同時にそれは――
【――罪スキル――噴――発動】
――憎しみの記憶だ。
発生源は奴、敦だ。
「ははははは、まさか憎い相手とも手を組めるほど成長していたなんてね!」
止まない笑い声。
だが奴の言う事はもっともだった。
まさか俺が勇者と組もうと言う発想になるだなんて天地がひっくり返ってもないと思っていたのだから。
ただその判断が正しいものだったということは直ぐに知ることになった。
「うぜえんだよ!」
勇人が怒号を飛ばしながら敦に向かった。
その速度は強化スキルを使っているのか、目で追うのもやっとなほどで、俺と戦ったときより幾分か早く感じた。
だがそんな力を持つ勇者、勇人でも――
「だから……生意気だって言うのが聞こえないのかな」
敦へたどり着く前に遥か遠くに弾き飛ばされた。
「……は?」
思わず声を上げる。
何も見えなかった。
あいつが何をしたのか、何故勇人が吹き飛んだのか、まるで分からなかった。
「はぁ、最近の若い子は血気が盛んで困るよ、全く」
敦は右腕をプラプラと揺らしていた。
それはまるでその拳で殴ったと言わんばかりに。
「……何をした」
聞かざるを得なかった。
今まで見えない程という比喩的な攻撃は見てきた。
だが実際に何も見えない攻撃を見たことはない。
いくら早い攻撃でもその前に入る予備動作は見えていたのだから、そこから何となくどんな攻撃をするのかが予想できた。
しかしこいつの攻撃は何も見えない。
どんな攻撃を、どうやって、いつ、どのように、行ったのか検討もつかないのだ。
「え? ただ手で払っただけだよ?」
首を傾げてそう言うあいつ。
あのわざとらしい行動からして、そうだろうとは思っていたが、やはり信じられない。
ここまで実力の差があるというのか。
信じられないのではなく、信じたくなかった。
「まぁ、まだこの世界に来て一ヶ月なんだから、まだまだ俺には勝てないか」
まるで戦わずとも俺に勝てるかのような発言。
それも挑発の一環なのか。
いや俺は分かっていた。
こいつはアルト異常の化け物だということを。
「今日のところは挨拶で終わらせるつもりだったからね、ここで終わりにしておこうか」
その勝手な物言いに「ふざけるな」と言いたかったが、これは堪えるべき場面だった。
いくらあいつが憎かろうと、この拳が届かなければ何も意味がない。
それどころか、俺が返り討ちにあうことであいつを喜ばせてしまうのだけは絶対にしてはいけない。
俺は憎しみを呑み込んだ。
そんな時、
「……しつこいな」
敦のそんな呟きと共に爆音が響くと同時に、敦の右側の木々が一瞬にしてなぎ倒されていった。
また見えなかった。
だけど何となく状況は分かる。
恐らく勇人が再び敦に襲い掛かり、またしても弾き飛ばされたのだろう。
しかし一番の驚くべき点は敦の見えない攻撃だけじゃなかった。
俺は勇人の姿さえも見えなかったのだ。
「タカツキ君、君の命の保障をする代わりに、あの生意気な後輩の命を貰っていいかな?」
それは俺に聞くべきことではない。
そんなこと聞くまでもないからだ。
「やめてください!」
ただ美月は違う。
「あ、君もいたんだったね」
まるで気にも留めていない言い草。
違う、実際に気にも留めていなかったのだろう。
何せ、
「聖域!」
美月の聖域は、あいつの行動を一秒たりとも止められはしないのだから。
「無駄だよ」
砕かれる光の膜。
やはり通用しない。
「そうだ、いい事を思いついた」
突然敦が美月を見てニヤリと口角を上げた。
嫌な予感がする。
「美月さん、あなたが選んでいいことにするよ」
「な、なにがですか」
戸惑う美月。
「そこの高月光助先輩か、幼馴染の轟勇人君か」
嫌な予感が的中した。
「どっちの命を助けるのかを」
「そ、そんな……」
俺にとっては最悪な展開だ。
だが美月にとってはそうでもないはずだ。
何しろ俺はあの高月光助なのだから。
「ん? 悩む要素なんてあるのかい?」
しかし美月は直ぐには答えなかった。
それは敦も興味深そうに反応する。
俺も驚きだった。
何を悩む必要があると言うのか。
「あ、そうか、ならこれならどうかな」
敦が何かを思いついたかのように口を開く。
「轟勇人君を助ける場合は、そこのエルフの少年と魔人の少女の身柄も保証しよう」
こいつ……端から美月に俺を選ばす気がない。
「で、でも……」
だがそれでも美月は視線を右往左往させ口ごもっていた。
ワケが分からない。
この条件で何を悩むと言うのか。
確かに彼女の日本人的思考を考えると、人の命を天秤にかけること自体、不可能の領域なのかもしれない。
ただそれでもこの選択で悩む理由など俺には到底わからない。
「意外だなぁ、まさか君がタカツキ君にそこまで思い入れがあるなんて考えもしなかったよ」
思い入れ。
そんなワケはない。
恐らく一年下の彼女とは接点も何もないはずなのだから。
それどころか、最低でも苛められっ子の情けない先輩が上にいる。そしてそいつは勇者落ちしたという事実しか知っていないはずなのだから。
「そんなんじゃ……」
美月は歯切れ悪くそう言った。
ここまで俺を庇う理由。
思いつくことなどほとんど無い。
だが一つだけあるとすれば――
――まさか、こいつは俺に同情でもしているというのか。
下らない。
俺を直接的じゃないにせよ、精神的に追い込んだあの学校の生徒のお前が抱いていい感情じゃない。
同情? ふざけるな。
お前が俺に抱いている同情心は、善意からの哀れみなんかじゃない。
その感情の裏にはきっと蔑みなのだ。
「ふざけるな……」
声が漏れた。
勇者の風上にも置けない勇人に対して言った。
自分が優位に立っていると絶対的な自信を持っている敦に対して言った。
俺に哀れみという綺麗な感情を利用して、蔑みという汚い感情を覆い隠している美月に対して言った。
「え……?」
美月の困惑の声。
「黙れ」
そんな声聞きたくもない。
「こらこら、君を心配してあげてる子に失礼じゃないか」
「お前も黙れ」
うるさい。
俺の前から消えろ。
先ほど呑み込んだ憎悪が込み上げてくる。
もう下らない打算などどうでも良い。
俺は目の前の仇を殺せばいい。
ただそれだけだ。
「そうだ、その憎悪に満ちた顔、それが見たかったんだ!」
興奮した面持ちであいつはそう言った。
「さあ、もっと見せてくれ! その憎しみを俺に、世界にぶつけてくれ!」
うるさい。
黙れ。
その時あいつの視線が少し動き、直後小さな叫び声が上がった。
「――っ!」
ミリルの声だ。
見れば彼女の足にどこから来たのか、木の枝が突き刺さっていた。
もちろん見えていない。
だけど分かる。
こいつがやったことくらい。
どうしても俺を怒らせたいらしい。
「ははっ、次はどうやって痛めつけようか」
下らないことだ。
俺が自分のこと以外の事で怒るとでも思っているのか。
しかし奴の行動は正しかった。
あいつがミリルを攻撃することで俺が怒ると思っているということに苛立ちが増したのだから。
俺が他人のために怒ると思われていることにムカついた。
その点ではあいつの行動は正解だろう。
「ほら!」
「いっ――」
次は別の足に木の枝が刺さっていた。
しかし俺から大した反応が得られなかったことが気に入らなかったのか、敦は笑みから一転、詰まらなさそうな顔に変わり俺を見る。
「効率が悪いみたいだ、なら一番の手は――」
直後目の前から敦が消え――
「――がはっ」
「これだね」
俺の太ももに木の枝が突き刺ささる。
その枝を持つ者は言うまでもない。
「ほら、次はどこを刺そうか?」
満面の笑みであいつはそう言う。
いい加減にしろよ。
「ははは、また憎しみが増えた!」
次は右腕。
今度は左肩。
痛みが体を刺激する。
痛みが憎しみを刺激する。
痛みが過去の記憶を呼び起こす。
学校でも暴力。
転移後の拷問。
魔物との戦闘。
全て痛みの記憶だ。
そして同時にそれは――
【――罪スキル――噴――発動】
――憎しみの記憶だ。
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