負け組だった俺と制限されたチートスキル
第三十三話 エルフの少年
木、木、木。
進んでも進んでも目の前に広がる景色は緑一色だった。
森なのだから当然と言えば当然なのだが、魔物も何も出ないその事実に俺のやる気は萎える。
今までがイベントに次ぐイベント続きだっただけに、この何もない平穏は返って不満が溜まってきていた。
本来なら喜ぶべきことなんだろう。
しかし俺にとって平穏はもう喜ばしいことではなかった。
人生に花を添えるのは平穏なんかじゃなく、度重なる困難とそれを乗り越える歓喜なのだと知ってしまったのだ。それを知ってしまったのだから、今更平穏が一番だなんて言ってられない。
だからこそ、この現状に不満を抱くという結果になる。
「暇だな」
思わず呟きを漏らす。
その言葉を聞くものはミリルただ一人だ。
それもミリルと会話をしようと思って発したものではない。ミリルと会話を楽しむなんて不可能なことくらい今までも経験で分かるからだ。
その呟きは本当の無意識。
心に思いすぎて溢れ出した感情だった。
まさか自分の一番の天敵が平穏だなんて思っても見なかった。
俺は苦々しい顔をしながらも歩みを進める。
予想通りミリルはキョトンとした表情のまま何も言わなかった。
知ってた。
それから無言のまま木々の間を歩いていく。
時々動物の足音や声が聞こえることくらい静かなものだ。何とも詰まらない。
贅沢を言うなら人を望むが、最低でも魔物でいいので、出てきて欲しいところなのだが、一向にそのどちらも…………なんだ?
気配だ。
それがただの勘違いか動物によるものか、それは定かではない。
だが俺の今まで鍛えられてきた五感がそれを告げていた。
見られている、と。
感ならぬ勘ではあることは自覚しているが、その勘が当たりならば、何かが起こることは間違いない。ならばこれを逃す手はないというわけだ。
俺はミリルに目配せをした。
言葉を発してはその何かに勘付かれたと察せられると思ったからだ。
しかし何も打ち合わせしていない中でのその行動にミリルは当然分かるわけもなく、首を傾げた。
言語は偉大だな。
改めてそう感じたところで俺は何も言わずに前を向いた。
だからと言って今告げることは出来ない。
気づかれるからだ。
やっぱり言語はコミュニケーションツールとしては完璧ではないな。
と掌返ししたところで俺は歩みを止める。
そろそろそのイベントを掴み取るとしようか。
やっぱり視線を感じる。
つまりその何かは理性のある何かであることは確定だ。
もし動物ならば俺が歩みを止めたところで、襲い掛かってくるだろうから。
まだ振り向かない。
もう少し位置を知りたいし、その何かが何のために俺を見ているのかも知りたい。
もし危害を加えるつもりならば返り討ちにしてやろう。
しかしただ単に見張っているだけならば、尋問して里を案内してもらおう。
どちらにせよ、その何かに対して俺は優しくしないということだけは確定事項だった。
再び歩みを進める。
足を止める。
進める。
止める。
進める。
止める。
ミリルから不審な顔。
それは素直に申し訳ない。
後をつけてくる何かに対しての嫌がらせなのだが、実害を受けているのはミリルもなのだ。
だからといって俺は口を開かない。今はダメなのだ。
文句は後で聞くし、可能ならその何かに文句を言ってくれ。
ただまあ、ミリルの機嫌を引き換えに目論見どおりになった。
段々と俺の不可解な歩みに対応しきれなくなったのか、今まで聞こえてなかった足音が聞こえるようになってきていたのだ。
ついでに悪態も。
そうなると必然的にその何かがいる方向も掴めて来る。
俺から見て右斜め後ろ。
ミリルを隔てた向こう側、つまり奇襲するにしてもミリルが壁となってスムーズにはいかない。
恐らくこれは偶然ではないだろう。
一番弱いと思われるミリルの近くに陣取ることは合理的。やはり俺を監視しているのは人である可能性が高い。
さあどうするか。
こちらからの奇襲は出来ない。
だからといって向こう側からの奇襲もなさそうだ。
硬直状態。
格好をつけて言えばそんな感じだ。
なら相手のその前提を覆してやる他ない。
「ミリル」
ついに言葉を出した。
仕方ない。
こればかりは言葉でなければ伝わらないのだから。
ミリルは首を傾げる。
先ほどの行為も相まって不信感が全面に出た表情だ。
今は我慢してくれと内心思いながら、俺は告げる。
「あの施設で見つけた短剣を出してくれるか?」
あえて普通の声で話す。
ここで小声で話そうものなら返って怪しまれるだろうからだ。
「はい」
不可思議なものを見るかのような視線は変わらないが、ミリルは短剣を懐から取り出した。
相も変わらず綺麗なその白金の短剣は輝きを放っている。
「じゃあそれをあっちに投げてくれ」
さもおかしなことを言っていない風に告げた。
「え?」
流石のミリルも「うん、分かった」とはならず、キョトンと俺を見ている。
そりゃあそうだ。
俺だってこんな綺麗な代物を、お偉いさんから突然放り投げろと言われてもまず投げない。まずは目的を教えろと問い詰めるだろう。
だが正直この状況を説明するのは面倒だった。
なので、
「頼む」
誠意を見せるしかなかった。
ミリルは渋った。
短剣と俺の顔を順番に見つめ、迷っていた。
しかし今まで俺の頼みを断ったことのないミリルだ。やはりここでも断ることはなかった。
そのことに罪悪感を覚えないわけではない。
だが仕方がないのだと割り切るほかなかった。
ミリルが短剣を手に持ち俺の指示した場所へ放り投げる。
煌く短剣が草むらに消えた。
誰が見てもそれは異常な光景だと思うだろう。
それを自分が指示した。
理由があるとはいっても思うところはあったのだ。
だがその行為は無駄にならなかった。
「わっ!」
草むらから金髪の少年が飛び出てきたのだから。
ミリルの驚愕の視線と同様に、俺も金髪というだけで俺の心臓はドキリと跳ね上がっていた。
アルト……じゃないか。
体格、声、金髪の色。
全てをとってもアルトとは異なっていることに安堵する。
俺にとってアルトという存在はそれほどまでに存在感があり、同時に恐ろしいものなのだと改めて感じることとなった。
しかし目の前にいるのはその天敵ともいえるアルトではない。
ただの金髪の少年だ。まあ俺をつけてきたので、ただ少年とはいかないが。
「何故俺達をつけてきた?」
開口一番に俺は質問を飛ばした。
明確な敵意を向けながら。
その敵意に当てられたのか、少年はピクッと体を震わせる、しかし少年は顔を伏せたまま何も言わなかった。
「もう一度問う、何故つけた?」
恐らくはミリルと同じか一つ二つ上の少年に対して俺なりの慈悲だった。
しかしそれでも答えない。
人の善意を無下にするか……ならば対応を変えるしかない。
「答えなければ身の安全は保障しないぞ」
実力行使に訴える脅し。
少年は再び体を震わせる。
しかし何も言わない。
口を開けない理由があるのか、それとも言語が通じていないのか。
いや、後者はないか。
もしそうなら俺の言葉に反応するワケがないのだから。
「分かった」
俺はそう一言。
そしてあの黒い剣を腰から抜き出した。
先ほどの忠告を受けてもなお答えないのであれば、その言葉を果たすしかない。
「……悪魔」
「なんだと?」
ボソリと呟いた声を聞き逃すことはなかった。
「悪魔!」
敵意。
それが籠もった目で睨みつけられる。
それはこっちの気持ちなのだが、と困惑するよりも先に少年はなおも言葉を放ち続ける。
「早く姫様を出せ!」
先ほどの沈黙が嘘のように。
「僕達の森に入ってくるな!」
次々とこちらとしては支離滅裂に聞こえる暴言を投げかけられる。
そもそも害してきたのはそっちだというのに、何故こちらが暴言を浴びせられなければならないのか。
その理不尽さに若干の苛立ちが募る。
「この――」
「――黙れ」
殺意を込めた声で少年の言葉を遮り言い放った。
これ以上好き勝手に言わせるわけがない。俺は聖人君主ではないのだ。暴言を受ければ腹も立つし殺意も湧く。むしろ人よりそれは顕著かもしれない。
この少年は相手を間違えた。
もしミリルならばもう少し話を聞いただろうか? いや、ないな。そもそも会話が成り立たない。
ただまあ、今ミリルは投げた短剣を拾いに行かせているのでこの場にはいないが。
剣を構える。
もう脅しの段階は過ぎた。
「悪魔め……」
噛み締めるように同じような言葉を綴る。
人を悪魔、悪魔と失礼な奴だ。
確かに悪魔と言われても仕方のないことをしてきたかもしれないが、初対面の奴に言われる筋合いはない。
しかもこちらは何もしていないのにだ。理不尽すぎる。
「侮辱した罪、償ってもらおうか」
俺は剣を振り上げた。
狙うは肩。
当然首を切り落とすなんて不粋なことはしない。
だって俺を侮辱したのだ、即死なんて楽させるわけがないだろ?
しかし剣は止められた。
腕によって。
「何のつもりだ?」
俺は非難するような眼差しをミリルへ向けた。
そう、この腕は彼女のものだ。
そしてミリルのそんな行動派あまりにも突然で予想外だったため、俺の剣は止まりきることなくミリルの皮膚に切り傷をつけた。
「情報」
そう一言。
確かに情報は必要だ。
しかしそれだけのためにミリルが俺の行為を邪魔立てし、しかも自分の体に傷をつけてまでしたことには不可解さを感じてしまう。
そもそもミリルは知っているはずだ。
この剣が一撃必殺の力を秘めていることを。
それはつまり……
「汚染して……ない?」
前言撤回だ。
この剣で斬り付けた者は何であろうとその黒い呪いが侵食していくものだという前提は、今覆された。
ミリルの腕にはただの切り傷だけ。そのどこにも黒いあれは確認出来ない。
また一つ分からないことが出来てしまった。
しかも今はそれに時間を割くワケにもいかない状況で保留にしなければいけない案件になる。
「……まあいい、ミリル、ならお前が情報を吐かせろ」
「うん」
まるでその言葉を待っていたかのようにミリルは即答した。
とはいえミリルの肯定の返事はいつも即答なので、いつも通りといえばそうなのだが……
無言で見つめあう二人。
先ほどの殺伐とした空気から一転し、その見ようによっては甘い空間が生まれたこの状況に可笑しな気分になる。
しかもそれが案外あの少年に効いているのが一番変だ。
気まずそうに目線を逸らし、しまいにはこちらにまで助けを求めるように視線を飛ばしてくる。
――なんだこれは。
そう思わないワケがない事態だった。
俺はため息を吐く。
俺の方法は間違っていたと認めざるを得ない。
ただ脅すだけでは情報は出せないということを身を持って知った。
これからはミリルにこういうことは任せればいいのかもしれない。
そう思い始めもした。
それからしばらく不可思議な空気が流れ続け、分かったことは三つ。
少年の名前がリーフというのと、彼がエルフという種族だということ。
そしてそのエルフ族のお姫様とやらが、魔人族によって攫われたということだった。
進んでも進んでも目の前に広がる景色は緑一色だった。
森なのだから当然と言えば当然なのだが、魔物も何も出ないその事実に俺のやる気は萎える。
今までがイベントに次ぐイベント続きだっただけに、この何もない平穏は返って不満が溜まってきていた。
本来なら喜ぶべきことなんだろう。
しかし俺にとって平穏はもう喜ばしいことではなかった。
人生に花を添えるのは平穏なんかじゃなく、度重なる困難とそれを乗り越える歓喜なのだと知ってしまったのだ。それを知ってしまったのだから、今更平穏が一番だなんて言ってられない。
だからこそ、この現状に不満を抱くという結果になる。
「暇だな」
思わず呟きを漏らす。
その言葉を聞くものはミリルただ一人だ。
それもミリルと会話をしようと思って発したものではない。ミリルと会話を楽しむなんて不可能なことくらい今までも経験で分かるからだ。
その呟きは本当の無意識。
心に思いすぎて溢れ出した感情だった。
まさか自分の一番の天敵が平穏だなんて思っても見なかった。
俺は苦々しい顔をしながらも歩みを進める。
予想通りミリルはキョトンとした表情のまま何も言わなかった。
知ってた。
それから無言のまま木々の間を歩いていく。
時々動物の足音や声が聞こえることくらい静かなものだ。何とも詰まらない。
贅沢を言うなら人を望むが、最低でも魔物でいいので、出てきて欲しいところなのだが、一向にそのどちらも…………なんだ?
気配だ。
それがただの勘違いか動物によるものか、それは定かではない。
だが俺の今まで鍛えられてきた五感がそれを告げていた。
見られている、と。
感ならぬ勘ではあることは自覚しているが、その勘が当たりならば、何かが起こることは間違いない。ならばこれを逃す手はないというわけだ。
俺はミリルに目配せをした。
言葉を発してはその何かに勘付かれたと察せられると思ったからだ。
しかし何も打ち合わせしていない中でのその行動にミリルは当然分かるわけもなく、首を傾げた。
言語は偉大だな。
改めてそう感じたところで俺は何も言わずに前を向いた。
だからと言って今告げることは出来ない。
気づかれるからだ。
やっぱり言語はコミュニケーションツールとしては完璧ではないな。
と掌返ししたところで俺は歩みを止める。
そろそろそのイベントを掴み取るとしようか。
やっぱり視線を感じる。
つまりその何かは理性のある何かであることは確定だ。
もし動物ならば俺が歩みを止めたところで、襲い掛かってくるだろうから。
まだ振り向かない。
もう少し位置を知りたいし、その何かが何のために俺を見ているのかも知りたい。
もし危害を加えるつもりならば返り討ちにしてやろう。
しかしただ単に見張っているだけならば、尋問して里を案内してもらおう。
どちらにせよ、その何かに対して俺は優しくしないということだけは確定事項だった。
再び歩みを進める。
足を止める。
進める。
止める。
進める。
止める。
ミリルから不審な顔。
それは素直に申し訳ない。
後をつけてくる何かに対しての嫌がらせなのだが、実害を受けているのはミリルもなのだ。
だからといって俺は口を開かない。今はダメなのだ。
文句は後で聞くし、可能ならその何かに文句を言ってくれ。
ただまあ、ミリルの機嫌を引き換えに目論見どおりになった。
段々と俺の不可解な歩みに対応しきれなくなったのか、今まで聞こえてなかった足音が聞こえるようになってきていたのだ。
ついでに悪態も。
そうなると必然的にその何かがいる方向も掴めて来る。
俺から見て右斜め後ろ。
ミリルを隔てた向こう側、つまり奇襲するにしてもミリルが壁となってスムーズにはいかない。
恐らくこれは偶然ではないだろう。
一番弱いと思われるミリルの近くに陣取ることは合理的。やはり俺を監視しているのは人である可能性が高い。
さあどうするか。
こちらからの奇襲は出来ない。
だからといって向こう側からの奇襲もなさそうだ。
硬直状態。
格好をつけて言えばそんな感じだ。
なら相手のその前提を覆してやる他ない。
「ミリル」
ついに言葉を出した。
仕方ない。
こればかりは言葉でなければ伝わらないのだから。
ミリルは首を傾げる。
先ほどの行為も相まって不信感が全面に出た表情だ。
今は我慢してくれと内心思いながら、俺は告げる。
「あの施設で見つけた短剣を出してくれるか?」
あえて普通の声で話す。
ここで小声で話そうものなら返って怪しまれるだろうからだ。
「はい」
不可思議なものを見るかのような視線は変わらないが、ミリルは短剣を懐から取り出した。
相も変わらず綺麗なその白金の短剣は輝きを放っている。
「じゃあそれをあっちに投げてくれ」
さもおかしなことを言っていない風に告げた。
「え?」
流石のミリルも「うん、分かった」とはならず、キョトンと俺を見ている。
そりゃあそうだ。
俺だってこんな綺麗な代物を、お偉いさんから突然放り投げろと言われてもまず投げない。まずは目的を教えろと問い詰めるだろう。
だが正直この状況を説明するのは面倒だった。
なので、
「頼む」
誠意を見せるしかなかった。
ミリルは渋った。
短剣と俺の顔を順番に見つめ、迷っていた。
しかし今まで俺の頼みを断ったことのないミリルだ。やはりここでも断ることはなかった。
そのことに罪悪感を覚えないわけではない。
だが仕方がないのだと割り切るほかなかった。
ミリルが短剣を手に持ち俺の指示した場所へ放り投げる。
煌く短剣が草むらに消えた。
誰が見てもそれは異常な光景だと思うだろう。
それを自分が指示した。
理由があるとはいっても思うところはあったのだ。
だがその行為は無駄にならなかった。
「わっ!」
草むらから金髪の少年が飛び出てきたのだから。
ミリルの驚愕の視線と同様に、俺も金髪というだけで俺の心臓はドキリと跳ね上がっていた。
アルト……じゃないか。
体格、声、金髪の色。
全てをとってもアルトとは異なっていることに安堵する。
俺にとってアルトという存在はそれほどまでに存在感があり、同時に恐ろしいものなのだと改めて感じることとなった。
しかし目の前にいるのはその天敵ともいえるアルトではない。
ただの金髪の少年だ。まあ俺をつけてきたので、ただ少年とはいかないが。
「何故俺達をつけてきた?」
開口一番に俺は質問を飛ばした。
明確な敵意を向けながら。
その敵意に当てられたのか、少年はピクッと体を震わせる、しかし少年は顔を伏せたまま何も言わなかった。
「もう一度問う、何故つけた?」
恐らくはミリルと同じか一つ二つ上の少年に対して俺なりの慈悲だった。
しかしそれでも答えない。
人の善意を無下にするか……ならば対応を変えるしかない。
「答えなければ身の安全は保障しないぞ」
実力行使に訴える脅し。
少年は再び体を震わせる。
しかし何も言わない。
口を開けない理由があるのか、それとも言語が通じていないのか。
いや、後者はないか。
もしそうなら俺の言葉に反応するワケがないのだから。
「分かった」
俺はそう一言。
そしてあの黒い剣を腰から抜き出した。
先ほどの忠告を受けてもなお答えないのであれば、その言葉を果たすしかない。
「……悪魔」
「なんだと?」
ボソリと呟いた声を聞き逃すことはなかった。
「悪魔!」
敵意。
それが籠もった目で睨みつけられる。
それはこっちの気持ちなのだが、と困惑するよりも先に少年はなおも言葉を放ち続ける。
「早く姫様を出せ!」
先ほどの沈黙が嘘のように。
「僕達の森に入ってくるな!」
次々とこちらとしては支離滅裂に聞こえる暴言を投げかけられる。
そもそも害してきたのはそっちだというのに、何故こちらが暴言を浴びせられなければならないのか。
その理不尽さに若干の苛立ちが募る。
「この――」
「――黙れ」
殺意を込めた声で少年の言葉を遮り言い放った。
これ以上好き勝手に言わせるわけがない。俺は聖人君主ではないのだ。暴言を受ければ腹も立つし殺意も湧く。むしろ人よりそれは顕著かもしれない。
この少年は相手を間違えた。
もしミリルならばもう少し話を聞いただろうか? いや、ないな。そもそも会話が成り立たない。
ただまあ、今ミリルは投げた短剣を拾いに行かせているのでこの場にはいないが。
剣を構える。
もう脅しの段階は過ぎた。
「悪魔め……」
噛み締めるように同じような言葉を綴る。
人を悪魔、悪魔と失礼な奴だ。
確かに悪魔と言われても仕方のないことをしてきたかもしれないが、初対面の奴に言われる筋合いはない。
しかもこちらは何もしていないのにだ。理不尽すぎる。
「侮辱した罪、償ってもらおうか」
俺は剣を振り上げた。
狙うは肩。
当然首を切り落とすなんて不粋なことはしない。
だって俺を侮辱したのだ、即死なんて楽させるわけがないだろ?
しかし剣は止められた。
腕によって。
「何のつもりだ?」
俺は非難するような眼差しをミリルへ向けた。
そう、この腕は彼女のものだ。
そしてミリルのそんな行動派あまりにも突然で予想外だったため、俺の剣は止まりきることなくミリルの皮膚に切り傷をつけた。
「情報」
そう一言。
確かに情報は必要だ。
しかしそれだけのためにミリルが俺の行為を邪魔立てし、しかも自分の体に傷をつけてまでしたことには不可解さを感じてしまう。
そもそもミリルは知っているはずだ。
この剣が一撃必殺の力を秘めていることを。
それはつまり……
「汚染して……ない?」
前言撤回だ。
この剣で斬り付けた者は何であろうとその黒い呪いが侵食していくものだという前提は、今覆された。
ミリルの腕にはただの切り傷だけ。そのどこにも黒いあれは確認出来ない。
また一つ分からないことが出来てしまった。
しかも今はそれに時間を割くワケにもいかない状況で保留にしなければいけない案件になる。
「……まあいい、ミリル、ならお前が情報を吐かせろ」
「うん」
まるでその言葉を待っていたかのようにミリルは即答した。
とはいえミリルの肯定の返事はいつも即答なので、いつも通りといえばそうなのだが……
無言で見つめあう二人。
先ほどの殺伐とした空気から一転し、その見ようによっては甘い空間が生まれたこの状況に可笑しな気分になる。
しかもそれが案外あの少年に効いているのが一番変だ。
気まずそうに目線を逸らし、しまいにはこちらにまで助けを求めるように視線を飛ばしてくる。
――なんだこれは。
そう思わないワケがない事態だった。
俺はため息を吐く。
俺の方法は間違っていたと認めざるを得ない。
ただ脅すだけでは情報は出せないということを身を持って知った。
これからはミリルにこういうことは任せればいいのかもしれない。
そう思い始めもした。
それからしばらく不可思議な空気が流れ続け、分かったことは三つ。
少年の名前がリーフというのと、彼がエルフという種族だということ。
そしてそのエルフ族のお姫様とやらが、魔人族によって攫われたということだった。
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