負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第二十九話 鼻毛を抜く

 形の整った家、つまり最低でも屋根が残っている家を探し出すのは中々難しかった。
 どれもこれも、崩れかけや燃えた後みたいな状況になっている家が多くあったからだ。
 それを見る限り、アルトとあの男との戦闘は凄まじいものだったのだろう、と予測される。
 もう少し、ここで起きたこと全てについて考えをまとめなければいけないのだが、今は休む場所が優先だ。

「あった」

 ミリルがそう一言呟き、俺を誘導する。
 見ない間に随分とたくましくなったものだ、と冗談めいた感想を抱きつつ俺はミリルの後をついていく。

 たどり着いたその場所は、見事に外観を保った一つの一軒家だ。
 ここは里の外れにある家。そのため戦いの被害を受けなかったのだろう。

 ミリルがその家の扉を開き、中へ入ると、すぐにまた出てきた。
 そして無言で首を振るう。
 言わずとも分かる。

「そうか」

 自分で確認する元気もないし、ミリルの事だからきっと休むのに不都合な何かが家の中にあったのだろう。
 例えば人の死体とかだ。

 またしてもミリルが先行する形で、家を見つけた。
 今度も離れにあったため、傷はあまりない。

 ミリルが入る。
 出てくる。
 無言で首を振る。

 またダメか。

 今度の家は探すのに時間がかかった。
 その家の場所は、言うなれば俺たちが今朝まで泊まっていた家である。
 そうだよ、ミリルが無事にこうしているのだから、ミリルが寝ていたあの家は大丈夫に決まっているのだ。
 早く気づけばよかった。

 ミリルに手間をかけさせてしまったな。

 ミリルが俺の裾を引っ張って家の中へと誘導する。
 まあ迷惑でもないので成されるがままに進む。

 その建物、つまりアルトのいた家は、外観も内観もとくに変化は無かった。
 今回の騒動の当事者の一人がアルトだったのだから、自分の建物には配慮していたのかもしれない。
 ならばその功績をありがたく使わせてもらおう。

 俺は昨日使用した部屋へと向かおうと歩みを進めるが、そういえば二階だった事を思い出し、階段前で立ち止まった。
 これを上るのは面倒くさい。
 今は一刻も早く休みたいのだ。

 するとそんな俺を見かねたのか、ミリルが俺の裾を引っ張った。

「こっち」

 と一言だけ言って進む。

 そこは恐らくこの部屋の持ち主、つまりアルトが使っていたと思われる部屋があった。
 もちろん俺たちが昨日使っていた客室よりもかなり広い。

「有難う」

 ミリルにお礼を述べて、俺はその大きなベットに身体を落とす。
 柔らかさは客室とあまり変わらないが、疲れているためか、心地よさが昨日の比ではなかった。
 もう眠る、そんな所で、

「……ん?」

 すぐ近くのベットの一部分が沈み込んだ。
 俺はこの場所から寝返り一つ打っていないし、荷物もベットには上げていない。
 そこから考えるに、今ベットに乗ったのはミリルであることに間違いはない。

「ミリル?」

 確認するために尋ねる。
 眠たいので顔はベットに埋めたまま。

「なに?」

 やはりミリルだった。
 そうだ、この部屋は客室に比べて広いのだが、ベットが一つしかないのだ。
 つまりミリルが休む場所はこのベットしかない。

「もしかして、一緒に寝る気か?」

 恐る恐るそう尋ねる。

「ダメ?」

 それは何だか甘えた声に聞こえた。
 そういわれて断る男など……

「いや、好きにしてくれ」

 俺はそのまま顔を埋めたまま思考を停止した。
 すると耳元に小さな声が届いた。
 いやこれは、耳元付近に口を近づけ、囁いている。

「ありがとう」

 やたらその言葉がくすぐったく感じた。
 耳が弱いという自覚は無かったのだが。

 しかし気持ちの良いことには変わりない。
 俺はそのまどろみに意識を落としていく、そんな時、

【――と――ろ――が情けない】

 ノイズ交じりの声が脳内に響いた。

 ハッと顔を上げ、辺りを見渡した。
 しかし何もない。
 いるのは驚いた顔のミリルだけだ。

「……この状況は?」

 今思えばおかしな状況だ。
 何で俺はミリルと同じベットに入って眠ろうとしていたんだ?
 あり得ないだろ。 

 それに、この建物に気が付かなかったとき、俺は何て思った?
 ミリルに申し訳ない。
 そう思ったのだ、そもそもミリルが初めからここに連れて来なかったのが悪いのにだ。

 よくよく考えると、起きたときからおかしかったのだ。
 復讐を一歩手前で遮られたというのに、復讐心の欠片も感じなかったのだから。

「ミリル……」

 疑いたくはない。
 だがこの状況は明らかにおかしい。
 それに一つ心当たりがあるのだ。

「ふふ」

 ミリルが笑った。
 あのミリルがだ。

「どうして起きちゃったの?」

 その口調からはいつもの暗い印象は感じられない。
 むしろ楽しんでいるようだ。

「起きたら都合でも悪いのか?」

 もう目の前にいる少女が今までのミリルだとは思わない。

「うーん」

 可愛らしく小首を傾げて、上目遣いをしてくる。
 やはりこいつは俺を、

「魅了か」

 誘惑している。

「せいかーい」

 やっぱりこいつはいつものミリルではないことが今のテンションで分かった。

「お前は誰だ」
「え? ミリルだよ?」
「どこがだ」

 どこからどう見てもミリルではない。
 すると、少女は自分の身体を見渡し、首を傾げながらこういった。

「全部?」

 正確には性格以外である。

「二重人格とかか?」
「にじゅう、じんかく?」

 そりゃあ地球の名称じゃ通じないよな。
 だがこの世界で二重人格が知られているのかも、そもそも認知されているのかも分からない。
 でもそれ以外に原因が見当たらないのだ。

 しかしそれなら、何で今までそれが出なかった?
 結構一緒にいた期間はあったはずだ。だがその間一度たりともこんなミリルは見た事がない。

 それにだ。
 魅了スキルのせいか分からないが、あんなに挑発的な態度の少女に腹が立たないのだ。
 いつもならイライラくらいは感じるはずなのに、それすらない。

「どうしたの、急に黙り込んで」
「考え事だ」
「私にも教えて!」
「ならお前がなんでそうなったのかを教えろ」

 ミリルの姿をした別の人格が話してくることに加えて、俺自身もどこか変で調子がかなり狂ってしまう。

 落ち着け。
 このままでいいんじゃないか、何て思うな。
 こんな面倒な奴より、大人しい方がマシだろ。
 それもこれも魅了スキルのせいだ。

「さあ?」
「知ってるんだろ?」
「分からないよぉ」

 もう何度目か分からない首を傾げる行為。
 絶対首、痛めるだろ。

「……はぁ、分かった」

 なら取る手段は一つ。
 気が引けるのだが、これしかない。

「え? 何をしているの?」

 俺が手を挙げたのが気になったのか、怯えた様子でそう尋ねてきた。
 そんな顔で見られたら余計にやりにくい。

「目を瞑れ」
「い、いや、何をする気?」

 涙目で俺を見つめる少女。

 あぁそうだ、俺が目を瞑れば良いんだ。

 このまま彼女を見ていると、俺がどうにかなりそうだ。
 そう思い俺が目を瞑った瞬間、声が耳元で聞こえた。

「隙あり」

 楽しげなその声が聞こえた直後、俺はベットに倒され、関節技を極められた。

「おいっ! 何してんだ」

 逃れようともがくが、見事に右腕が少女によって固められ動けない。
 そして彼女はどこからか持ってきた縄で俺の腕をベットに縛りつけた。

 お腹に乗り、妖艶の笑みを浮かべる少女。
 その顔は同じ顔をしているのに、ミリルとは到底思えない。

 彼女はニコリと笑う。

 ゾクリとした。
 それは恐怖なのか、はたまた別の感情なのか。
 どちらにせよ、危険を感じたのは確かだ。

 このまま成されるがままにされるのは危険だと。

「おい!」

 急いで拘束から逃れようと、暴れる。
 しかし動けない。
 いや、これは俺が力を出し切れていないだけだ。
 何しろ縄で腕を使えなくとも、ミリルを突き飛ばすことぐらい出来るのだから。

 原因は何だ。
 薬の効果が続いていたのか?
 それとも……

 嫌な予想だ。

 俺が彼女を押しのけたくないと、どこかで思っている、ということ。

 そんなことあってはならない。

 恋人なんていた事のない俺が言うのもなんだが、あの顔は恋する乙女の顔ではない。あれは捕食者の顔だ。
 恋人ではなく、カノスガやカイン、そしてあいつら勇者たちが俺に向けてきていたような……

――そうだ。

 それを思い出すと、消えかけていた復讐心が燻り始めた。
 そうだ、俺はこんな所で、こんな意味の分からない奴に邪魔をされるわけにはいかないんだ。

「どけ」
「きゃっ」

 俺は思い切り少女を突き飛ばした。
 もう手加減はしない。
 邪魔するものは消えろ。
 いくらそれがミリルだとしてもだ。

 少女はベットから落ち、忌々しげに俺の顔を見て一言。

「……憤怒」

 おかしなことを口走った。

「何だと?」
「何でもない」

 そう言うと、フッと少女の身体から力が抜け、その場に倒れこんだ。

「……おい」

 警戒は解かない。

 しかし彼女の方から返事は無く、それどころかピクリとも動かず、床に突っ伏したままだ。

「ミリル」

 名を呼ぶ。
 だが反応はない。

 仕方がないか。

 俺は彼女に近寄り、肩を揺する。
 身体に力が入っていない。
 本当に気絶したのか?
 演技にしては上手すぎる。

「ミリル!」

 次は大きめの声で名を呼んだ。
 ビクッと反応する彼女。
 そして彼女はゆっくりと顔を上げた。

 眠そうな眼。
 それだけだといつものミリルに見える。

「お前はミリルか?」
「……?」

 コテンと首を傾げて俺を見る。
 こいつはいつものミリルだ。

「いや、なんでもない」

 元に戻ったのなら何も言うまい。
 そう思って、今度こそ休むために俺はベットに戻ろうとすると、

「……ぁ」

 ミリルが小さく息を呑んだ。

「どうした?」

 ミリルは両手で顔を覆っている。

「うぅ……」

 加えて泣きそうな声まで出す。

 おい、情緒不安定過ぎないか。

「ミリル」

 名を呼ぶと、ピクリと反応し、指と指の合間から赤い瞳を覗かせる。

「どうしたんだ?」
「……なんでもない」

 なんでもないわけがないのだが、これ以上問いかけても答えそうにない。
 今はソッポを向いてしまっているからだ。

「そうか、じゃあ俺はもう休むぞ」

 少し試してみる。

「……うん」

 小さな声でそう聞こえた。

 しばらく待つ。
 何も起こらない。

 やっぱりいつものミリルに戻ったみたいだ。

 俺はゆっくりと起き上がり、先ほどまでミリルがいた場所を見る。
 ミリルは寝ていた。
 床の上で。

 男の俺がベットで寝て少女のミリルが床の上。流石にそれは、気が引ける。

 俺は頭を掻きながらミリルの方へ寄り、ゆっくりと担ぎ上げ、ベットの上に寝かせる。
 もちろん同じベットで寝る気はさらさらない。

 俺はため息を吐きながらその部屋を後にし、面倒ながらも二階の客室へと向かい、そこで寝た。

「負け組だった俺と制限されたチートスキル」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く