負け組だった俺と制限されたチートスキル
第十八話 一区切り
一晩を越した。
幸いこの部屋には食料を初め、寝床もあったからだ。
ここは職員たちの生活部屋と言える部屋だったのだろう、至る所に生活の後が見える。今現在は職員の姿は一切ないがな。
俺が一晩待った理由には二つある。
一つは言わずもがな、本来の目的である復讐のためだ。
俺がここに囚われてから何日経ったのか、正確には分からないが、少なくとも数週間といえる期間は囚われていたはず。だがその期間中、俺は一度たりともカインの姿を確認してはいなかった。
そこから、奴は諜報活動専門のようだったので、こちらにはあまり出向かないのかもしれない、という憶測が成り立つ。従ってカインを見つけるにはこちらで待つよりも、直接奴が諜報活動しているところへ言ったほうが速いと結論が出た。だがそれでも一日だけ待ったのは、その少ない可能性が起こらないわけではないと思ったからである。
とはいえここに一日残ったのはもう一つの理由が大きいのだが。
その理由は、簡単に言って外の様子を見たからだ。
実はこの部屋の奥にある扉は外に繋がる通路へと繋がっていた。昨日はそこから外の様子を確認して、その上で一日ここに留まることに決めたのだ。
その理由は簡単で、ただ単に夜だったから。
この施設は確か陸繋島だったか、そういわれるような島だった。
そう授業で習ったような気がする。
簡単に言ってしまえば、離れた陸地と砂で繋がった島。日本だと江ノ島とかが有名所かな? 海外だとモンサンミシェルだっけ? それくらいしか思い浮かばない。
とりあえずそんな感じの島だったのだ。
つまり向こう岸の陸へと渡るためには、足場が決してよくはない海に出来た砂の道を通らなければならない。
今のところ街灯なんて見当たらない世界だ、夜は本当に真っ暗である。そんな中、そのような道を歩くのは少しばかり危険だと判断したのだ。
もちろん暗いことで、俺たちの赤い瞳が他人に視認されにくいというメリットはあるが、それは村や集落に着いたときに考えればいい。
今はこの施設から離れることが最優先課題である。
「よし、行くか」
俺は立ち上がり、ミリルに聞かせるような声で言った。
するとミリルは隣の部屋から寝惚け眼で現れた。
そこから分かるようにもちろん別室で寝た。
流石に一緒の部屋で寝るほど俺は図太くはない。少し惜しい気がしたのは気のせいだと思う。きっとそうだ。
「眠れなかったのか?」
あまりにも眠たそうなミリルにそう尋ねる。
ミリルは目を擦って小さくこう言葉を発した。
「……いつもだから」
なるほど、彼女は朝に弱いらしい。
覚えておく必要はあまりないと思うが、とりあえずそれならそれで良しとしよう。俺は逆に昨晩疲れたせいなのか、横になった瞬間眠りに落ちたので、今は比較的元気である。
「行けるか?」
眠そうな彼女に問いかける。
眠すぎて行きたくないなんていわれても行くが。
「うん」
しかしミリルは頷いた。
うん、助かる。
「じゃあ行くか」
「うん」
もはやお馴染みのミリルの返事。
だが別段、嫌な気はしない。
むしろ口を聞いてくれるだけで有難く感じてしまうほど、彼女とのコミュニケーションは心地がよかった。
……気づいていた。
彼女と話すときに限って俺は正常な人間と同じような感性に戻ることを。
ただ今はもう考えないことにしていた。
考えたって答えは出ないことは分かっているし、別に悪いことではないのだから。
とりあえず今はここから出ることが大事。
ミリルも俺が行くのを待っていることだし。
俺は歩みを進めた。
そうして色々あったその施設から飛び出たのだ。
本当に色々あった。
そのほとんどが不幸といえることであったかもしれない、が今の俺があるのはその数々の出来事があったからなのだ。
復讐という道、以前の軟弱な俺ならきっと成し遂げることは間違いなく不可能だっただろう。ただでさえ才能溢れる奴らが勇者スキルなんていうスキルも授かっている。そんな化け物に勝つなんて普通に考えて俺では無理。
しかしこの施設で手に入れたものによって、その可能性はゼロではなくなった。
この施設で手に入れた物。
それは辛い出来事を乗り越えたという自信だけではないのだ。
確かにその自信は俺を精神的に強くしてくれるだろう。今の俺なら生半可な苦難では折れない自信がある。
あの地獄を乗り越えたのだ、あれ以上のものなどそうない、という自信だ。
そう考えると確かに俺は強くなった。
凡人に辿り着ける限界といってもいいくらいには。
薬の投与による体内で暴れる苦痛を乗り越えた。
魔物の住まう危険な環境を丸腰で生き抜いた。
腕を失うほどの痛みを経験した。
これらは凡人である俺が体感した最高級の経験値。
この地獄によって培った精神力は並外れたものではないと大声を上げて宣言できる。
しかしまだこれだけでは足りない。
奴ら化け物に勝つためには、精神力なんていう目に見えない力だけでは足りないのだ。
次に手に入れるべきは目に見える力。
それは身体ともいえるし、武具ともいえる。
そうして俺はそれも手に入れた。
握るのは左拳。
そうだ、この義手は大きな武器になる。
握るのは右手。
そうだ、この剣は武器になる。
これでも十分とはいえないかもしれない。
だが以前に比べればマシ。
少なくとも可能性はゼロではなくなったのだ。
「ふふ」
思わず漏れる笑み。
色々考えるうちに楽しみで仕方がなくなってしまったのだ。
これこそが俺の最後にして最高の武器。
これにかんしては意図せず身についたものではあった。
不可解であることは確かだ。
だが確かに俺の最高の武器である。
それは性格。
自分でも感じるほど今の俺は狂っている。
人殺しに達成感を覚えるような趣向なんて持ち合わせていなかったはずだ。
人をいたぶって喜ぶような趣味なんて持っていなかったはずだ。
しかし俺は今それを楽しむことが出来る思考を持っている。
理由は分からない。
あの絶望がそうしたのか、はたまた俺には考え付かない存在の手によるものか。
考えても答えは出ない。
ただこれだけは言える。
これは最高の武器だと。
「楽しみだ」
一つ呟き、俺は砂の道を歩んだ。
これから何が待ち受けているかは神のみぞ知ることだ。
今まで以上の絶望が待ち受けているかもしれない。ここで身につけた武器、全てが通じない状況が訪れるかもしれない。
だけど、もしそうなったとしても、俺は諦めることはないだろう。
何も起こらない無難で平穏な人生より、何かが起こる有難く混沌とした人生の方が楽しいに決まっているからだ。
だからといって、俺はマゾヒストになったわけじゃない。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。
人間なのだから、絶望よりも希望を望むに決まっている。
俺はその希望がちょっとずれているだけのことなのだ。
考えに耽っていると、ミリルが不思議そうな顔で俺を見ていた。
――確かに突然笑い出すなんて頭がおかしいと思われるよな。
なので、
「やっとあの施設から開放されたと思うと嬉しくてな」
と、嘘ともいえないそれらしいことを口にした。
ミリルは大きく頷く。
やはり彼女も嬉しかったようだ。
それはなにより、連れ出した甲斐があるというものだ。
そうしてこう思う俺も彼女の前でしか現れない普通の人の感性。
確かにこんな感覚もこれはこれで楽しいかもしれない。
新しい楽しみに気づいた瞬間だった。
そうしているうちにとうとう砂の道が途切れ、陸地に到着した。というのに、そこにあるのは施設にあるのと変わりないような森林。何だか新鮮味がないその光景に、思わずミリルと顔を見合わして、二人して苦笑いを浮かべた。
「何だか拍子抜けだな」
「うん」
そんなことを口にしながら、慣れたように俺たちはその森へ入っていった。
幸いこの部屋には食料を初め、寝床もあったからだ。
ここは職員たちの生活部屋と言える部屋だったのだろう、至る所に生活の後が見える。今現在は職員の姿は一切ないがな。
俺が一晩待った理由には二つある。
一つは言わずもがな、本来の目的である復讐のためだ。
俺がここに囚われてから何日経ったのか、正確には分からないが、少なくとも数週間といえる期間は囚われていたはず。だがその期間中、俺は一度たりともカインの姿を確認してはいなかった。
そこから、奴は諜報活動専門のようだったので、こちらにはあまり出向かないのかもしれない、という憶測が成り立つ。従ってカインを見つけるにはこちらで待つよりも、直接奴が諜報活動しているところへ言ったほうが速いと結論が出た。だがそれでも一日だけ待ったのは、その少ない可能性が起こらないわけではないと思ったからである。
とはいえここに一日残ったのはもう一つの理由が大きいのだが。
その理由は、簡単に言って外の様子を見たからだ。
実はこの部屋の奥にある扉は外に繋がる通路へと繋がっていた。昨日はそこから外の様子を確認して、その上で一日ここに留まることに決めたのだ。
その理由は簡単で、ただ単に夜だったから。
この施設は確か陸繋島だったか、そういわれるような島だった。
そう授業で習ったような気がする。
簡単に言ってしまえば、離れた陸地と砂で繋がった島。日本だと江ノ島とかが有名所かな? 海外だとモンサンミシェルだっけ? それくらいしか思い浮かばない。
とりあえずそんな感じの島だったのだ。
つまり向こう岸の陸へと渡るためには、足場が決してよくはない海に出来た砂の道を通らなければならない。
今のところ街灯なんて見当たらない世界だ、夜は本当に真っ暗である。そんな中、そのような道を歩くのは少しばかり危険だと判断したのだ。
もちろん暗いことで、俺たちの赤い瞳が他人に視認されにくいというメリットはあるが、それは村や集落に着いたときに考えればいい。
今はこの施設から離れることが最優先課題である。
「よし、行くか」
俺は立ち上がり、ミリルに聞かせるような声で言った。
するとミリルは隣の部屋から寝惚け眼で現れた。
そこから分かるようにもちろん別室で寝た。
流石に一緒の部屋で寝るほど俺は図太くはない。少し惜しい気がしたのは気のせいだと思う。きっとそうだ。
「眠れなかったのか?」
あまりにも眠たそうなミリルにそう尋ねる。
ミリルは目を擦って小さくこう言葉を発した。
「……いつもだから」
なるほど、彼女は朝に弱いらしい。
覚えておく必要はあまりないと思うが、とりあえずそれならそれで良しとしよう。俺は逆に昨晩疲れたせいなのか、横になった瞬間眠りに落ちたので、今は比較的元気である。
「行けるか?」
眠そうな彼女に問いかける。
眠すぎて行きたくないなんていわれても行くが。
「うん」
しかしミリルは頷いた。
うん、助かる。
「じゃあ行くか」
「うん」
もはやお馴染みのミリルの返事。
だが別段、嫌な気はしない。
むしろ口を聞いてくれるだけで有難く感じてしまうほど、彼女とのコミュニケーションは心地がよかった。
……気づいていた。
彼女と話すときに限って俺は正常な人間と同じような感性に戻ることを。
ただ今はもう考えないことにしていた。
考えたって答えは出ないことは分かっているし、別に悪いことではないのだから。
とりあえず今はここから出ることが大事。
ミリルも俺が行くのを待っていることだし。
俺は歩みを進めた。
そうして色々あったその施設から飛び出たのだ。
本当に色々あった。
そのほとんどが不幸といえることであったかもしれない、が今の俺があるのはその数々の出来事があったからなのだ。
復讐という道、以前の軟弱な俺ならきっと成し遂げることは間違いなく不可能だっただろう。ただでさえ才能溢れる奴らが勇者スキルなんていうスキルも授かっている。そんな化け物に勝つなんて普通に考えて俺では無理。
しかしこの施設で手に入れたものによって、その可能性はゼロではなくなった。
この施設で手に入れた物。
それは辛い出来事を乗り越えたという自信だけではないのだ。
確かにその自信は俺を精神的に強くしてくれるだろう。今の俺なら生半可な苦難では折れない自信がある。
あの地獄を乗り越えたのだ、あれ以上のものなどそうない、という自信だ。
そう考えると確かに俺は強くなった。
凡人に辿り着ける限界といってもいいくらいには。
薬の投与による体内で暴れる苦痛を乗り越えた。
魔物の住まう危険な環境を丸腰で生き抜いた。
腕を失うほどの痛みを経験した。
これらは凡人である俺が体感した最高級の経験値。
この地獄によって培った精神力は並外れたものではないと大声を上げて宣言できる。
しかしまだこれだけでは足りない。
奴ら化け物に勝つためには、精神力なんていう目に見えない力だけでは足りないのだ。
次に手に入れるべきは目に見える力。
それは身体ともいえるし、武具ともいえる。
そうして俺はそれも手に入れた。
握るのは左拳。
そうだ、この義手は大きな武器になる。
握るのは右手。
そうだ、この剣は武器になる。
これでも十分とはいえないかもしれない。
だが以前に比べればマシ。
少なくとも可能性はゼロではなくなったのだ。
「ふふ」
思わず漏れる笑み。
色々考えるうちに楽しみで仕方がなくなってしまったのだ。
これこそが俺の最後にして最高の武器。
これにかんしては意図せず身についたものではあった。
不可解であることは確かだ。
だが確かに俺の最高の武器である。
それは性格。
自分でも感じるほど今の俺は狂っている。
人殺しに達成感を覚えるような趣向なんて持ち合わせていなかったはずだ。
人をいたぶって喜ぶような趣味なんて持っていなかったはずだ。
しかし俺は今それを楽しむことが出来る思考を持っている。
理由は分からない。
あの絶望がそうしたのか、はたまた俺には考え付かない存在の手によるものか。
考えても答えは出ない。
ただこれだけは言える。
これは最高の武器だと。
「楽しみだ」
一つ呟き、俺は砂の道を歩んだ。
これから何が待ち受けているかは神のみぞ知ることだ。
今まで以上の絶望が待ち受けているかもしれない。ここで身につけた武器、全てが通じない状況が訪れるかもしれない。
だけど、もしそうなったとしても、俺は諦めることはないだろう。
何も起こらない無難で平穏な人生より、何かが起こる有難く混沌とした人生の方が楽しいに決まっているからだ。
だからといって、俺はマゾヒストになったわけじゃない。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。
人間なのだから、絶望よりも希望を望むに決まっている。
俺はその希望がちょっとずれているだけのことなのだ。
考えに耽っていると、ミリルが不思議そうな顔で俺を見ていた。
――確かに突然笑い出すなんて頭がおかしいと思われるよな。
なので、
「やっとあの施設から開放されたと思うと嬉しくてな」
と、嘘ともいえないそれらしいことを口にした。
ミリルは大きく頷く。
やはり彼女も嬉しかったようだ。
それはなにより、連れ出した甲斐があるというものだ。
そうしてこう思う俺も彼女の前でしか現れない普通の人の感性。
確かにこんな感覚もこれはこれで楽しいかもしれない。
新しい楽しみに気づいた瞬間だった。
そうしているうちにとうとう砂の道が途切れ、陸地に到着した。というのに、そこにあるのは施設にあるのと変わりないような森林。何だか新鮮味がないその光景に、思わずミリルと顔を見合わして、二人して苦笑いを浮かべた。
「何だか拍子抜けだな」
「うん」
そんなことを口にしながら、慣れたように俺たちはその森へ入っていった。
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