負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第十六話 魔を有する者

 逃げた先はあの檻の部屋だ。
 その訳は唯一つ、あの大扉をくぐるためである。

「ミリル! 手伝ってくれ」
「うん」

 二人してその大扉を押す。
 こうも大きい扉なので、どこかしらに開ける装置がありそうなものだが、今はそれを探している時間さえも惜しい。
 俺とミリルはその扉を押し続けた。

「ここにいましたか……」

 後ろから声が聞こえる。
 その声に冷や汗が流れるが、押す力は弱めない。それはミリルも同じで、俺の言ったとおり精一杯扉を押してくれていた。

 あともう少し、早く、早く開いてくれ。

 ゴゴゴと重い音を立てる扉。
 確かに動いている、だがその開く速度は遥かに遅い。


 魔法を使われればまず間に合わない。

 それだけは確かだった。

 今現状で扉の開き具合は俺の半身がギリ入る程度。
 簡単に言えばまだ俺が通れるほど扉は開いていない。
 しかし確かに中にあるものは見えた。

「早く殺してしまいなさい」

 そうこうしている間にも後ろから声が、足音が近づいてくる。
 なるほど、魔法じゃなくてその手で始末しようというわけらしい。。
 この扉の先に何があるか分からないが、もし大事なものが入っているとするならその行動は妥当だろうし、それ以外の理由だとしてもついていることには変わりない。

 その理由はどうあれ、今あいつらには魔法を放たない理由があることは間違いないのだ。それがただの気まぐれである可能性もある。ただ魔法の回数制限が来てしまった可能性もある。相手の作戦である可能性もある。
 しかしあいつらが魔法を使ってきていないという事実は揺らがない。
 ならまだ時間は、ある。

「ミリル! 入ってろ」

 俺は未だ扉を押し続けるミリルに叫んだ。
 まだ俺が入れるほどの幅はないが、ミリルならギリギリ通れると思ったからだ。

 しかしミリルは何も言わず俺の顔をジッと見ていた。

「早く!」

 時間がないのだ。
 今は出来るだけ最善の策を取らなければ生きられない。

 その言葉を聞いたミリルは俺を見つめたまま扉を通り抜けた。
 そんなミリルの表情は不安の色が見えていたような気がする。
 それが自分の身の安全に対しての不安か、俺に対しての不安か、分かるわけもないが、今はそれを考えている暇はない。

 もう既に足音がすぐ傍まで近づいてきていた。

 俺は扉を押す手を離した。

 間に合わなかった、か。

「……参ったよ」

 俺は振り返り、素直に降参の言葉を告げる。
 見れば、俺の目と鼻の先まで剣先が近づいていた。
 一歩でも振り向くのが遅ければ、そのまま刺されていたことだろう。

「よくここまで健闘しましたね、とりあえずその無駄な努力に賛辞を送りましょう」

 無駄、か。
 褒めているのか貶しているのか、分からねえよ、全く。

「ですがそれもここまでのようですね、生憎とその扉の先には出口なんてものはありませんでしたので、まさに無駄な努力、君の死は初めから決まっていたことなんですよ」

 そうか、この先は出口じゃないのか。
 もしかしたらって思ってたんだけどな。

 俺は扉に寄りかかり、両手をダランと垂らして、抵抗する気がない意思を表わす。

「お疲れ様でした、コウスケ君、あなたの死体は後でゆっくり研究の糧にさせてもらいます」

 気持ちがいいほどの笑みを浮かべカノスガは俺にそう告げた。
 その直後、男二人の剣が俺に向けて突き出された。

――待ってたよ。

 俺はすぐさましゃがみその突きを避けた。

 キンッと金属音が鳴り響く。
 扉と剣がぶつかった音だ。

「無駄な抵抗を……」

 忌々しげに俺を見るカノスガ。
 確かに彼にとっては無駄な抵抗であろう。
 俺はニヤリと口角を上げ、言葉を発した。

「使わせてもらうぞ、お前の研究成果を」

 俺の手には一振りのどす黒い直剣。
 言わずもがな、この扉の奥にあった代物だ。

 俺は背後、扉の隙間から顔を覗かせるミリルと目を合わせる。
 何も言わずとも彼女がこれを持ってきてくれて助かった。人を信じるなんて、俺らしくもない作戦だったが……はは、案外上手くいくもんだな。

「そ、それは……!」

 明らかなカノスガの同様。
 やはりそうだ。
 この扉の奥の部屋は、奴の実験部屋。
 こちらが生物を用いた実験を行う部屋だとすると、向こうは無機物を扱う部屋だったのだ。
 そしてその部屋は俺や他人にしてみれば宝物庫。
 人の目には触れることのない、怪しげな物がたくさんあることは間違いない。
 現にこの剣もあの扉の隙間からチラリと見えたときから、ただの剣ではないことを本能というべきか、感覚で分かったのだ。

「なぜだ!」

 カノスガの怒号。
 だが少し発言がおかしい。
 奴のことだ、いくら憤っていようとも、この場にいないミリルが扉を通って俺にこれを渡したことぐらい分かりそうなものなのだが。

「なぜそれを平気で持っていられる!」
「は?」

 俺は眉を顰めた。
 一体何を言っているんだこいつは。

「も、持っていて何ともないのか?」

 更には驚愕の表情で俺を見る。
 流石に俺でも気が付いた。
 奴が驚いているのは、俺が剣を手にしたことじゃなく、現在進行形でこの不気味な剣を持てていることだということを。

 俺は感覚を確かめるついでとばかりに、前にいる男二人に対して、その剣を払った。
 もちろんそんな見え見えの攻撃を防げないような奴らではない。
 奴らは持っていた剣で俺の剣を止めた、がその漆黒の剣が奴らの剣に触れると、まるでその黒色が染み出すかのように、その漆黒の剣が当たった箇所から奴らの鉄色の剣身が黒く染まり出した。

 異様、まさにその言葉が適する。

 そしてその黒は剣を真っ黒に染めただけでなく、それを握っていた奴らの腕さえも黒く変色し始める。

「う、うわああああああ」

 叫び声を上げながら俺から離れ、剣を投げ捨ててのた打ち回る男二人。
 しかしそれでも黒の侵食は止まらない。
 腕から肩、胸、首、そして顔へとそれは到達した。

 眼球の白い部分までもが黒く染まっていく光景は不気味にも思えたが、ただそれと同時に高揚感を覚えるものでもあった。あの連中がこんなに苦しんでいるのだ、嬉しくないわけがない。


 そうして彼らの身体が黒一色に染まりきった時、もうそこにあったのは人ではなく、ただの黒い物だった。 

「あ、ぁぁ」

 腰を抜かしたように倒れこんだのはカノスガだ。
 奴のことだからこうなることは知っていたと思っていたのだが。

 俺は無言のまま、カノスガに近づき、その漆黒の剣を奴の目の前に突きつけた。

「ひ、ひぃ!」

 情けない声。
 それだけでニヤケてしまうが、まあいい。とりあえず情報だ。

「これは何だ?」
「そ、それは……」

 カノスガが目を泳がせ、口ごもった。
 なのでカノスガの洋服の端をその剣でつつく。

「う、うああああ!」

 見る見る広がっていくその黒にカノスガは叫び声を上げながらも、上着を脱ぐという落ち着いた対応を見せた。
 やはり知っているようだ、この不可思議な現象を。

「答えなければ次は皮膚につけようか?」

 脅しをかける。ただ実際にやってしまってもいいので、忠告の方が意味合い的には近いが。

「わ、分かった答える」

 何度と見たカノスガのその顔。
 やはり憎い相手のそう言った顔は飽きないものだ。

「そ、それはとある遺跡で採掘されたものだ」
「遺跡?」
「場所は大陸中央部のセントマ遺跡、かつて魔王の城が建っていたとされる場所だ」

 ふむ、俺はこの世界の地理はまるで分からない。なので正直場所はどうでもよかった。ただ魔王、この単語だけは興味をそそられる。
 なぜなら、あいつら勇者はその魔王を倒すために召喚された存在、つまり勇者と魔王は相容れない者同士、まるで俺のようじゃないか。

「魔王の城だと?」
「そ、そうだ! 確か狂龍王と呼ばれてた魔王の城だったはずだ」
「狂龍王ねぇ」

 名前は物々しいが、やはり心が躍る。
 魔王か……そうだな、その手があったか。

「現代の魔王はどこにいるんだ?」
「げ、現代の魔王は、大陸北部を制圧したと聞いている」

 大陸の北部、つまりもう四分の一も制圧されたということか。
 やるじゃないか、魔王とやらは。

「そいつの名前は?」
「だ、誰の?」
「魔王だよ、狂龍王って感じにそいつもあるんだろ?」
神獅かんし王、確かそんな感じの……」
「神獅王……」

 何だかこいつは、あまり現代の魔王に対して無関心という気がしてならない。さっきの言い草もそうだったが、名前さえも曖昧だとは、本当に自分の研究にしか興味がないんだろう。その点だけは研究者として評価してもいいか。

「なるほどな、情報助かった」

 もうこいつから聞きだすことはないはず。
 俺はその剣を上へ持ち上げた。

 カノスガはそれを見て何を勘違いしたのか、安心したような顔を浮かべている。
 もしかしなくても、俺が見逃すと思っている。
 いくら俺が一度見逃したからとはいえ、それは愚かだよ。

 仕方ない、分からせてやるか。

「最後に言い残すことはあるか?」
「は、え?」
「何だ? 聞こえなかったぞ?」
「た、助けてくれるのでは……」
「いつ誰がそんなことを言った?」

 本当、いつ言ったよ。

「待て、待ってくれ、魔法の話もしてやるから!」
「ほう、聞かせてもらおうか」

 少々上からの物言いではあったが、せっかく言ってくれるというのだ。有難く聞こう。

「魔法は、体内の魔力で――」
「そんなことはどうでもいい、ステータス関連の話をしろ」
「わ、わかった」

 確かこいつはステータスで魔法が使えるかどうかが分かるって言っていたはずだ。

「鑑定スキルでは、初めに映し出される項目だけではなく、もう一つ裏にも項目があって、そこに魔法についてかかれてあるんだ」
「裏?」

 あの映し出された板、表裏の概念があったとはな。

「う、裏返すようにイメージしたら出来るはずだ」

 早速俺は試してみた。
 まず表の項目。


名前  コウスケ・タカツキ
スキル 真偽 鑑定 隠蔽 同化 技能創造 


 いつもどおりだ。
 そしてそこから裏返すようなイメージをしてみると、


魔法 
種族  異世界魔人
状態  正常


 という項目を含めていくつか出てきた。
 でも今分かるのはこれだけ。
 確かに魔法の欄には何も記されていない。
 というか、異世界魔人ってなんだよ。俺、自分の知らない間に人間辞めてるんだけど……

「なるほどな」
「じゃ、じゃあ!」

 顔を上げて声を出すカノスガ。
 俺は満面の笑みを浮かべ、それに対応するかのようにカノスガの表情も明るくなった。
 そして俺は剣を振り下ろした。

「え……う、うぎゃああああああ!」

 どこを斬ったかはどうでもいい。だって既に切断部分から黒色が侵食してどこが切り口か分からなくなってるからな。

「じゃあな、最後まで世話になったな」
「ま、待ってくれええええええ!」

 次こそは助からないだろうが、俺は一応奴の苦しむさまを見るついでとして、奴が命尽きるまで見物することにした。
 途中ガサリという音がしたので、振り返ってみると、そこにいたのは先ほどと同じように扉から顔を覗かせているミリルがいた。

「見るか?」

 同じ実験体として、そんな事を問いかけてみるが、彼女は首をフルフルと振って奥へ引っ込んでしまった。
 刺激が強かったか。

 そんな事を考えながら、最初の復讐相手が絶命していく様を俺は最後まで見ていた。

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