『ミナ』 ~吸血鬼に愛された人間~

しげぞうじいさん

44節

 ある日の晩。吸血鬼の二人は城の外へ出ていた。
「エリザ……その情報は確かなんだろうな?」
「大丈夫です。この情報に間違いはありません。あの男は……私たちの父親は……」
「そうか……ヨウとの約束も果たせそうにないな。残念だ。ミラの大きくなった姿も見てみたかったが、こうなっては仕方がないな……」
 姉は金色に輝く髪をといた。長髪が顔にかかると静かに髪を整えた。妹は銀色に輝く髪をそっと触れた。
「最後の心残りはミナか……あいつは恐らく私たちと一緒に来るだろう」
「でも、彼女は関係ないです。来ても足手まといにしか……」
「わかっている。どうにかしてあいつを街に避難させてやらなければな……ミラと一緒にヒイの元へ避難させておこう」
「もう日はないです。お覚悟を」
「ああ……」
 吸血鬼の姉妹は夜風に体を浴びせ、静かに語った。

 もうこの城に残った人は私とミラ、お嬢様と妹様だけだ。人は去るときはたやすいが、来る時は中々来ないものだとお嬢様は言った。
「お前はこの城を出て行く気はないのか?」
 急にお嬢様に呼び出されたと思ったらこんなことを聞かれた。
 私はもちろん、
「私は死ぬまでお嬢様のお側にいます。私は人間のまま生き、人間のまま死にます。お嬢様には悪いですが、これが私の生き方です」
と言った。
 お嬢様はそうか、と言うとミラと遊びだした。でもその返事はとても柔らかかった。
 人間を辞めたお嬢様にとって、人間の私が人間らしく生きることには賛成なのだろう。何も言ってこなかった。
 広くなった城を掃除していると、紅葉が落ちてきた。もう季節も秋になったころか。裏庭の掃除もしないと。李狼がいなくなったことで、裏庭の剪定も私の掃除担当になった。もう随分長くやってきたので、慣れたが未だに失敗することが多い。でも、お嬢様はそれを怒ることはしなかった。
「人間出来ることと出来ないことがある。お前にはそれが出来ないことなのだろう」
と言って、お嬢様自身もたまに剪定をするが、それは私よりもひどい。
 ある日、お嬢様に呼ばれて玉座の間に行った。そこにはミラも妹様もいた。
「何の御用でしょうか、お嬢様?」
「ああ、お前に話してなかった私たち姉妹の話をしてやろうと思ってな。ほら、前に約束しただろう。それを今思い出して、お前を呼んだんだ」
「はぁ……」
 私にその話をする為に妹様も呼んだのか。でも、お嬢様の過去の話を聞けると言うので私は興味津々だった。
「そうだな。あれは――」

 私たち姉妹は貧乏な家庭に産まれた。その日生きるのにもやっとでな。私たちは街で畑仕事をしたり、店の食堂で料理の手伝いをしたりして、金を稼いでいた。母は水商売で自分の体を売っていた。その頃の私たちは母が嫌いだった。水商売など汚らわしいと思ってな。でも、家族だから飯を食べる時はいつも一緒に食べていた。私はその時の飯が一番不味く感じたよ。ん?エリザ、お前もだったのか?
 ある日、一つの家族を見たんだ。父と母に手を繋がれて歩く子供の姿をな。それを見た私は父親はどうしたのと母に聞いた。母は、
「お父さんは戦に出かけて戻らなかったの。でも、立派な戦果を残してくれたわ。私にはそれが誇らしいの」
と言った。当時はその話を信じていて、父はすごい人だと皆に自慢していた。
 そんな私たちも十六歳になった頃、私にある貴族から結婚の誘いが来たんだ。何故貧乏な家庭に産まれた私を嫁に選んだのか。理由は最後までわからなかった。だから、私は結婚を拒んだ。でも、母だけは違った。
「貴族様に結婚を申し込まれたのならキチンと準備しないとね。もちろん、了承したから」
 母は私の思いとは別に勝手に結婚を受けた。私はそれが嫌だった。貴族など当時は傲慢で贅沢、そして上から目線で物を言う、そんなイメージしかなかった。だから、私ははっきり嫌と言った。でも母は聞き受けてくれなかった。自分の娘が貴族と結婚したら自分も貧乏から抜け出せると思ったんだろう。私は無理矢理嫁に出された。だが、母と妹は何の褒美もなく、貧乏のままだった。
 貴族の仲間入りを果たした私は妹も一緒に暮らしたいと言った。夫になったそいつはそれを了承してくれた。私はこいつは優しい人だと思った。けど、実際には違った。夫は弱い者をいじめるのが大好きな変態だった。妹はまんまと騙され、そいつのおもちゃになってしまった。私はそんなことを知らされていなかったからわからなかった。妹に再開した時、妹は心も体もボロボロだった。私はそれを知ると、夫に言った。何故妹をおもちゃにした!?と。するとそいつはなんて言ったと思う?
「弱い者をいじめて何が悪い?」
だと。私は頭にきた。ある日の晩飯の時、私は酒瓶でそいつの後頭部を思いっきり殴った。もちろんそいつは頭から血を流して死んだ。そして気づいたんだ。私が血を求めていることを。私は流れる血を見て綺麗だと思ったんだ。飲みたい、全身に浴びたいと。私は血を吸った。美味そうに飲んだよ。それを見た妹が止めに来るまで。
 妹に止められて、私は自分が化け物になったと気づいた。私はその場に有ったナイフで自分の体を刺した。死にたいと思ったんだ。だが、私の体は完全に吸血鬼と化していた。だから死ねなかった。
 妹は自分が吸血鬼になっていないかと不安だった。でも、その考えは当たりだった。妹も夫の流れる血を見て血を吸ったのだ。我に帰った私に止められるまで。
 何故私たちが吸血鬼に、化け物になったか自分の家に帰って母に聞いた。何故自分たちは化け物として産まれたのかと。
 母は、水商売をしている時にある男から体を求められた。そして、私たちが出来たと。その男は自分の事を吸血鬼と言ったらしい。
「人間は人間らしく我ら吸血鬼の餌になっていればいい」
そう言ったそうだ。
 絶句したよ。そんな簡単に体を求められて自分の体を売った母を知って。だが、生きる為にはそうしなければいけなかったんだろう。今なら母の気持ちがわかる気がする。でも私は今でも母が嫌いだ。もちろんエリザも。
 貴族を殺した私たちは隠れるようにしてその街から逃げた。でも、貴族の一人を殺したとわかればすぐに捜索隊を出された。その頃には私たちはもう街の外に出ていたから捕まることもなかった。だが、街に出た後の生活が大変だった。
 街の外に出ると、今とは違い、魔物も多くてな。夜に襲われたりしないかビクビクしながら寝たよ。そんな生活が二週間ほど続いたある日の晩、一人の男に会った。そいつは貴族のような恰好をしていた。私は夫だった奴の親族かと思った。だが、そいつは私たちを見て、
「お前たちが私の子か。良い目をしている。私に付いてこい。吸血鬼の何たるかを教えてやろう」
と言ったのだ。私たちは何が何だかよくわからず、その男の言う通りに付いて行った。そして吸血鬼の事を嫌と言うほど思い知らされたよ。蛇の血は飲んではいけないとか、日光に当たると体が焼けるなどな。私が持っている吸血鬼の知識は全部そいつから教わった。だが、私たちは決して人の血を飲まなかった。飲んだのは、あの日だけだ。今はもう抵抗が無いが、当時はひどく抵抗した。昼間は私たちが活動して、夜はそいつが活動する。その繰り返しだった。そいつが血を飲んだか?と聞くと私たちは嘘をついて飲んだと答えた。少しの間だけだったが騙すことは出来た。
 私たちがそいつを父親だと思ったのはしばらく経ってからだ。そいつに呼び出されたと思ったら、そいつの血を無理矢理体内に入れられたんだ。指の先を爪で切って手のひらを合わせるようにしてな。そして気づいたんだ。血が、肉が、骨がそいつを父親と呼んでいることに。私たちはしばらく動けなかった。血を無理矢理入れられた反動でだ。そいつは満足したのか笑った。どこまでも響くような声で。
「これでお前達も晴れて吸血鬼の仲間入りだ!私の血がお前達の体内にあるお蔭で、反動はそこまで大きくはないだろう!あと数日経ったら体が馴染むはずさ!」
と大声で言ったよ。
 ある日、回復した私たちに向かってそいつは急に襲ってきた。何故襲って来たのかわからなかったが、私たちは出来るだけ抵抗した。その時にあの剣、不死殺しの剣を奪ったんだ。それを奪って私たちは出来るだけ遠くに逃げた。幸いにも太陽が顔を出していた時間だったからそいつは追ってこなかった。でも、吸血鬼には他の吸血鬼の居場所がわかると言う。襲いに来なかったのは単なる気まぐれか、それとも興味が無かったのか。
 私たちは逃げるとお互いに迷惑がかからないように別々の道で旅をしようと提案した。妹は西に、私は東に。そうして旅をして私はこの城にたどり着いた。この城にいた吸血鬼をあの不死殺しの剣で殺し、この城を乗っ取ったのだ。それから今まで五百年間、私はここにいる。

「――と言う訳だ。わかったか?」
「はぁ……」
「なんだその不完全燃焼したような声は?質問があるならどんどん言ってくれても構わないぞ」
「じゃあ、一ついいですか?」
「おう、言ってみろ」
「何故その話を今私に……?」
「さっき言っただろう。思い出したからだよ。それ以外理由なんてない」
「嘘をつかないでください」
 私にはお嬢様が嘘を言っているように聞こえた。何故、今話したのか。それはきっと重大な秘密があるのかもしれない。
「……そうか。お前は嘘と見破るか……」
「本当の事を教えてください。何故今なのか?」
「……」
 お嬢様は頭を抱えた。言いにくいことなのだろうか。

「『ミナ』 ~吸血鬼に愛された人間~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く