『ミナ』 ~吸血鬼に愛された人間~

しげぞうじいさん

33節

 それから数日後、事件が起きた。
 お嬢様が突然倒れたのだ。私達はすぐにお嬢様の元に行った。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「ハァ……ハァ…」
 返事はない。ただ苦しそうな呼吸をしている。それにすごい熱だ。熱い。
「お嬢様は一体どうしたんですか!?」
「わかりません……吸血鬼は風邪、病気をしないので……」
 妹様は冷静にお嬢様の原因を分析している。一番お嬢様と長くいたヒイさんでさえ、
「こんなことは初めてです」
と言った。
「お嬢様!しっかりしてください!」
「だい……じょうぶ……だ。気に……するな……こんなものすぐに治して……」
 お嬢様の言葉には説得力が無かった。
 少し遅れて李狼もやって来た。彼は今までかなりの病気を診てきたらしく、この手には彼の力が欠かせないのだと。
「……」
「どう?」
「おい、最近こいつに血を与えたか?」
「私が知る限り一度もそんな様子はありませんでした……」
 ヒイさんが答えた。
「やっぱりな……」
「どういうことなんです!?」
「こいつは吸血鬼特有の病にかかっている。恐らく血を飲んでいないことで、体の中の細胞が疲労しているんだろう。このままではこいつは死ぬかもしれん」
「そんな!!」
 お嬢様は何故血を飲まなかったのか、私にはわからなかった。でも、お嬢様の為ならば……
「やっぱり……そうだったんですね」
 妹様が口を開いた。
「お前は心当たりがあるのか?」
「私たちが一緒にいた時もお姉様は一度しか血を飲みませんでした。それは私たちが吸血鬼だとわかった時だけです。それから私は、私たちは化け物になってしまったから生きる為には仕方ないんですよと言ってもお姉様は聞く耳を持ちませんでした。吸血鬼になったとわかった時は飲んでいたんですが……それだけでは無理がありましたか……」
 妹様は昔の話を少しだけ話してくれた。
「そうか……ということはこいつは五百年間血を飲んでいなかったのか。すごい根性だな」
「そんなこと言ってないで、早くお嬢様を!」
「こいつを回復させる為には大量の血が必要だ。お前達、こいつの為に自分の血を差し出す覚悟はあるか?」
「もちろん!」
 お嬢様は口を開いた。
「そんな……ことはしなくていい……」
 お嬢様は苦しんでいるのにベッドから起き上がって来た。
「血など、飲まん……私は最期まで人間でいたいのだ……」
「でも、お嬢様……!そうしないと……」
「黙れ……こんなもの……放っておけばすぐに治る……それより仕事に戻れ……」
「仕方ないな……」
 李狼はそう言うと、お嬢様の首に手刀を喰らわした。お嬢様は気絶したようだ。お嬢様は李狼の手でベッドに横になった。そして李狼はどこからか小刀を取り出して自分の腕を少しだけ斬った。
「李!何を!?」
「黙って見てろ」
 その言葉にはすごい重みがあった。長年の付き合いだからだろうか。李狼も自分なりにお嬢様を心配しているのだ。
 李狼は腕から出た血をお嬢様の口に押し当てた。
「これで少しは良くなるだろう。こいつも困った奴だ……」
 李狼から流れる血をお嬢様はゴクッゴクッと飲んでいる。お嬢様には悪いがこうするしかないのだ。
 李狼は適度に血を与えると、
「後は交代で血を与えてやれ。しばらくすればこいつも回復するだろう。いつになるかわからんが」
と私たちに言った。
「お嬢様は無事治るんだよね!?」
「わからん……俺も吸血鬼を診るのは初めてだ。でも、原因が血の不足である以上、こうするしかないだろう」
 李狼は賭けに出たのだ。確実に治るかわからないが、これで精一杯だ。
 数日間、お嬢様は目を覚まさなかった。私達は交代でお嬢様に血を与え続けた。それがお嬢様の逆鱗に触れるとは知らずに。
 お嬢様が目を覚ました時、私は傍で寝ていたようだ。お嬢様だろうか、私の頭を撫でたのは。
 起きるとお嬢様はいなかった。慌てて皆で探した。するとお嬢様は外に出ていた。
「お嬢様!無理に歩かれては……!」
「私は……血を飲んだのだろう……?」
 私の耳に聞こえるか聞こえないぐらいの声でお嬢様はそう言った。
「それは……」
「いい、みなまで言うな。私は……本当に化け物になってしまったのだな……」
 お嬢様の声は悲しく、そして静かだった。
「これで私も立派な吸血鬼か……笑わせてくれるな」
 自分の手を見つめてお嬢様は悲しそうな声で言う。
「でも……それは仕方が無いことで……」
「黙れ!」
 お嬢様は強い口調で怒鳴った。お嬢様は怒っている。その姿を初めて見た……!
「私はな……いつか血を飲まなかったら人間になれるんじゃないかと思っていたんだ。でも、結局人間に戻るどころか吸血鬼になってしまった。私はそれが悲しい……」
 お嬢様はその場に座りこんだ。
「こっちへ来い。そこにいては私の声が届かないだろう」
「……わかりました」
 私はお嬢様の隣に座った。
「なあ、吸血鬼がどうやって仲間を増やすか知っているか?」
「いえ……」
「吸血鬼はな、自分の血を他者に与えることで仲間を増やすことが出来る。それが直接的であれ、間接的であれ関係ない。だが、血を吸った者は生きた屍になる。お前も見ただろう、あの村で死体を殺したのを。それらはこの世界にいてはいけないものだ。わかるか?私たち化け物はこの世界にいてはいけない存在なんだ……」
「でも!お嬢様が吸血鬼だったから私はこうしてお嬢様と出会えたんです!」
「そうだな……吸血鬼にならばければお前達に出会うことも無かった」
 しばらく間が空いた。
「ミナ……お前は私の為に命を捨てられるか?」
「もちろんです」
 私はすぐに答えを出した。
「なら、私の為に吸血鬼になってくれるか?」
「それがお望みであれば……」
 お嬢様は自分の手首に爪で切り傷を入れた。そこから少しだけ血がにじむ。私はお嬢様に爪で指に切り傷を入れてもらった。だが、いくら待ってもお嬢様は私に血を入れなかった。
「お嬢様……?」
「すまん、今のは忘れてくれ」
 お嬢様はそう言ってからその場を動くまで一言も喋らなかった。
 お嬢様が部屋に戻ると、皆部屋にいた。
「お嬢様、どこにいたんですか!?」
「ああ、皆心配かけてすまない」
「本当にですよ!どれだけ心配したか……!」
「ああ、悪かった。もう二度とそんなことはしない」
 お嬢様は笑ってごまかしているが私にはそれが作り笑いだとわかった。お嬢様は自分が吸血鬼になったことを後悔している。五年前のあの日のように。私にはそう感じた。

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