『ミナ』 ~吸血鬼に愛された人間~

しげぞうじいさん

34節

 それからお嬢様は毎夜、部屋を出ては夜風を体に浴びていた。私はそれに気付いていたが、何をどう声をかけていいのかわからなかったので、遠くから見守っていた。時折、お嬢様の顔に、光る何かが見えた気がするが私にはそれが涙だと思えた。
 お嬢様が回復してから皆、あまりお嬢様に近づこうとはしなかった。城内で見かけても挨拶ぐらいしかしなかった。あのミラでさえお嬢様から一歩引いていた。
 私はお嬢様の心境がわからなかったが、これではだめだと思い、またパーティーを開こうと提案した。妹様は参加したことがなかったので、どういうものか興味深々だった。私達は時期を見計らってパーティーの準備をした。妹様は自分が楽しむだけに参加している様子だった。自分の姉が心配じゃないのか?でも、お嬢様の事を一番よくわかっているのは妹様だ。彼女を信じよう。
「お嬢様、食堂へ来てください!」
「またか……今度はなんだ?」
 玉座の間で書類に目を通していたお嬢様を無理矢理引っ張って食堂へ連れて行った。そして食堂を開けると、そこには街の人も集めた大人数で、
「お嬢様!ようこそ!」
と大声で言った。
「またか……?」
 でも、今度は違う。街の人もいる。街の人はお嬢様が吸血鬼だとは知らない。教えてしまったら何を言われるかわからない。
「ささ、お嬢様。席について」
「あ、ああ……だが、これは一体なんだ?」
「お嬢様が最近ふさぎ込んでいるみたいでしたので、ここはパーッとやろうと思ったんです」
「まったく……余計な事をしてくれる」
 お嬢様はそう言った。その顔に笑みはない。喜んではいないのだろうか。
「仕方ない。乾杯の音頭を取ってやろう」
「お願いします」
 お嬢様は皆の前に立ち、演説を始めた。
「えー皆さん、私の勝手な都合により、迷惑をかけた事をお詫びします。でも、今日はそれを忘れてください。それでは、乾杯!」
「乾杯!」
 宴が始まった。街の人達は目の前の豪華な料理を我こそはと奪い合っている。ヒイさんもフウさんもミイさんもヨウさんも目の前のご馳走に手を伸ばしている。そしてお嬢様は、グラスを片手に静かな顔をしている。
「お嬢様、せっかくの宴ですよ。楽しまないと」
「ああ、わかっている」
 そう言ってもお嬢様は顔の表情一つ変えない。グラスの中の水を軽く混ぜて、少しだけ飲む。その繰り返しだ。
「お嬢様、楽しんでいますかー!?」
 酔っぱらったフウさんがお嬢様に絡んできた。
「こらフウ!零れるだろう!」
「盛り上がっていないお嬢様が悪いんですよー!ほらほら~!もっと食べて飲んで!」
「私は前に禁酒しただろう!忘れたか!?」
「忘れましたようーだ。ほらほらお嬢様~?」
 酒が入ったフウさんはしつこくお嬢様に絡んでくる。お嬢様は非情に嫌そうな顔をしてフウさんを振りほどこうとしている。
「ああ、わかったから!わかったから放せ!」
「楽しみますか~!?」
「ああ、楽しんでやるさ!言われなくても!」
「それは良かった~!」
 そう言ってフウさんはお酒を補充しに行った。フウさんから解放されたお嬢様は、全くという顔をしている。
「……ありがとうな、皆」
 お嬢様の口からそう聞こえた気がした。お嬢様は目を閉じて、しばらく固まった。そして目を開けると目の前の料理に手を伸ばし始めた。
「こら、これは私の為の宴だろう!だったら私に寄越せ!」
 街の人達と料理の奪い合いをしている。それを見て妹様はほっとした顔をしている。妹様もお嬢様の事が心配だったのだ。これを喜ばないわけにはいかない。
 楽しい宴はあっという間に過ぎた。街の人が酔いつぶれてテーブルにうつぶせになっている。ヒイさんはもうお酒が抜けたのか、ケロッとしている。フウさんとミイさん、ヨウさんも皆、後片付けをしている。あんなに飲んだのにこの人達の体はどうなっているのだろう。でも、妹様もケロッとしている。化け物かこの人達は……!一人人間じゃない人がいるけど……
 私は少しだけ飲んだお酒がまだ抜けていなく、椅子に座って伸びている。
「楽しんだか、ミナ」
「あ、お嬢様……」
「ほら、水だ」
「ありがとうございます……」
 お嬢様から受け取った水を飲んだ。だがそれは違った。
「うっ……お嬢様、これって……?」
「残念だ、それは酒だよ。私が飲めない分お前に飲ませてやろうと思ってな。ちょっとした遊び心だ。許せ」
 そう言われても、お酒を水と偽って飲ませて、それを許してくれだと……?私の怒りが暴走し始めようとしていた。
「この宴はお前達が案を出したのだろう?」
 私の怒りは簡単におさまった。
「はい……お嬢様に元気になってほしくて」
「そうか……」
 お嬢様は私の隣に座った。
「部下に迷惑をかけてしまったな。これでは主失格だ」
「いえ、お嬢様が気にすることではありません。私達が勝手にやったことですし……」
「その気持ちは有難い。感謝する。私もいつまでも凹んではいられないな」
 お嬢様は椅子から立ち上がって、寝ている街の人の一人の指に爪で少しだけ傷をつけた。そこからにじんできた血をお嬢様は指ですくって舐めた。
「お嬢様……!?」
「私はもう人間ではない。これから吸血鬼として生きよう。多少、人間じみたこともするが私は『吸血鬼』だ。お前達に迷惑を掛けぬようにする。それが、私のけじめだ」
 お嬢様はそう言うと部屋に戻って行った。私はお嬢様が元通りになってよかったと思った。
 後片付けが終わり、私はお嬢様の寝室に行った。
「ん?なんだ、ミナか。どうした?」
「お嬢様、もう血を飲むことに抵抗はないんですね?」
「ああ、もう大丈夫だが、何の用だ?」
「これから飲む血は私が提供します」
「何……?」
「私は……お嬢様のお役に立ちたいのです。皆と違い、私は何も出来ませんが、せめてこれぐらいのことは……」
「そうか……それは有難い。話はそれだけか?」
「はい」
「なら部屋に戻れ。今回の宴が原因で弱ってしまっては困る。さっさと寝ろ。私はこの書類に目を通してから寝る」
「わかりました。それではお休みなさいませ」
「あ、そうそう。宴の時に李を見かけなかったが、あいつはどうしたんだ?」
「それが……探してもいないのです。どこに行ったのか……」
「まあ、そのうち帰ってくるだろう。では部屋に戻れ」
「はい」
 寝室から出て、自分の部屋に戻った。その道中に妹様に会い、お嬢様の事を伝えると、
「そう……お姉様がやっと……わかりました。貴女は早く眠りなさい。これからの時間は化け物の時間です。あなた達人間が起きてていい時間ではありません」
と言ってお嬢様の寝室に向かって行った。
 自分の部屋に入り、そのまま倒れこむように寝てしまった。明日の仕事に差し支えなあければいいんだけど……

 城の中の全ての人が眠りについた時間。吸血鬼の姉妹はカーミラの寝室で話をしていた。
「お姉様、少し話が……」
「エリザか、なんだ言ってみろ」
「あの男が……またやって来たようです」
「そうか……五年前に半殺しにしたのに、それでもかかってくるのか。相変わらずの不死身さだ純粋な吸血鬼と言うのは怖いな」
「風の噂では近隣の村が一晩で滅びたと……どうしますか?」
「奴がここを襲ってきたら私たちが皆を守る。それだけのことだ」
「そうですね。私たちの事は私たちで片付けないと……」
 姉妹は夜の空を見上げ、そして決意した。これから起きることに対して、どうするべきか……を。

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