オモテ男子とウラ彼女
第七十九話 『約束』
ヒカルはしばらく夜空を眺めていた。丸い月が美しい。ヒカルの肩に、ヒカリが寄りかかっている。零が手当てしてくれたおかげで、ヒカリはあまり傷口に痛みを感じていないらしく、笑顔だった。
ふと、ヒカルは良が言っていたことを思い出した。今大切なのは、彼女を守ること――。良は追手たちを食い止めるために、一人で大通りの方へと突っ走っていったのだ。相当の覚悟がなければ、誰もそのようなことが出来るはずなどない。それも自分ではなく、友人のために行ったのだ。それほどまでに、良はヒカルたちのことを思ってくれているのだということがわかる。彼の心を無駄にしないためにも、言われた通り、ヒカリを連れて黒岩のところまで行かなくてはならない。
ところで、黒岩はまだあの部屋にいるのだろうか。紅会長に会いに行くと言ったきり、ヒカルは黒岩の消息を知らなかった。しかし、何故だか無事な気がした。解雇されたとはいえ、まさか銃殺などはされていないだろう。もしかすると、まだあの部屋にいてヒカルたちが戻ってくるのを待っているかもしれない。ヒカルには、そのような確信が芽生えた。
ヒカリもヒカルの隣で、もう歩けるのだと言わんばかりに、立ち上がったり座ったりを繰り返している。ヒカルは、彼女の名を呼んだ。そうすると、ヒカリはまたヒカルの側に腰を下ろした。
ヒカルは彼女を見つめながら、こう話した。
「ヒカリ。良が今、頑張ってくれてるといっても、期待しちゃ駄目だ。俺はこれから、あいつに言われた通り、お前を連れて黒岩のところに行く。そして……俺は消える」
それを聞いたヒカリからは、また笑顔が消えてしまった。当然、彼女はヒカルと熊本へ逃げるものだと思っていたらしい。しかし、もはや逃げ場はないとヒカルは感づいているのだ。ヒカリは、悔しそうな目でヒカルを見つめてくる。
「どうして……? なんで、そんなことばかり言うの? ヒカ君がいなくなったら、私、どうすれば……」
ヒカリは俯き、また涙を零す。しかし、ヒカルは彼女を見つめながら言う。
「いや、ヒカリ。べつに、俺は死ぬとは言ってないぞ?」
「どういうこと……?」
彼女は顔を上げて、ヒカルにそう尋ねた。
「一時期、この世界からいなくなるだけだ。黒岩は……すでに世界線を戻す方法を考えてくれてたんだ。喫茶店に来た時に、わかったんだよ。あいつは、ただ俺たちに生き延びてほしかったんじゃないって。奴らから逃げて、再び自分のところに戻ってきてほしかったんだよ。きっと……他に対策はあるはずだ。俺も、そう信じてる」
ヒカリはまだ、ヒカルの話の半分も理解出来ていないといった表情だ。ヒカリはあの時、喫茶店に黒岩が訪れたことなど知らされていないのだから。しかしヒカルには、そんなことは今はどうでも良かった。
そして、彼女を見つめながら言葉を続けた。
「だから、たとえ俺がこの世界から消えたとしても……いつか必ず、お前を迎えに行く。今ここで、約束させてくれ」
ヒカルがそう言っても、ヒカリは何も答えてくれない。時にそれは、答えに迷っているようにも見えた。すると、不意に彼女が顔を上げた。
「見て……流れ星!」
ヒカルはそれを聞いてすぐに上を向くと、いくつか星が流れていくのが確かに見えた。ヒカルにとって、都会で流れ星を目にするのはこの時が初めてであった。ヒカルがまたヒカリの方に目を戻すと、彼女も空を見上げながら笑っている。
その時、ヒカリがこんなことを言ってきた。
「ねえ、知ってる? 流れ星って、お願いすると願いを叶えてくれるだけじゃないんだよ」
「……そうなのか?」
「うん、誰かが言ってたんだ。流れ星は、夜空が流した涙だって。それを見る人が悲しくないように、夜空が代わりに涙を流してくれてるんだって。だから……流れ星を見たら、夜空がその人から悲しみを取り払ってくれるの」
もしそれが事実だとするなら、これまで自分に不幸なことばかり続いたのは、流れ星を見る機会がなかったからかもしれないとヒカルは思うのだった。ヒカルはバイトで帰りが夜遅くなる時があったが、わざわざ立ち止まって空を眺めることはなかった。明々と灯る夜の街を歩き、そのことをすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。
ヒカリに言われ、初めて思い知らされたような気がした。もしかすると、ヒカルの真上を星が流れていたことがあったかもしれない。彼女が言うように、もしもそれを見ていたら――辛いことが度々訪れなかったのではないか。そのようなことが本当にあるはずないと思いながらも、ヒカルはまた夜空を見上げる。そして、気がつけば再び自分の頬を無数の水滴が伝っているのがわかった。それは、悲しみとは全く無縁の涙のようにも思われた。
「……ヒカ君」
不意に、ヒカリがまたヒカルのことを呼んだ。ヒカルは我に返ると、彼女を見つめる。すると、彼女は笑顔でこう言った。
「さっきの話だけど……、ヒカ君が本気ってことはわかったよ。だから……私からも一つだけ、お願いしてもいいかな」
「……何だ?」
ヒカルは、少しずつ自分の鼓動が速くなっていくのがわかったが、ヒカリに尋ねた。すると、彼女は言うのだった。
「必ず、戻ってきてね。何があっても、どんなことがあっても……私と、お腹にいる子を守って。だから……もしもヒカ君が一時的にこの世界から消えなくちゃいけなくなったら、なるべく早く……戻ってきてほしいの。それが、今の私の一番の望みだから」
ヒカリの話を聞き、ヒカルは笑って頷いた。
「あぁ、わかった。約束する」
と言いつつ、ヒカルはヒカリに小指を差し出した。それを見たヒカリも、自らの小指をヒカルの小指に絡めた。彼女の顔に、涙はない。そしてヒカルの顔からも、いつの間にか涙は消えていた。
これが、ヒカルにとっては彼女と交わした最初の約束であった。
「……行こうか」
ヒカルは、彼女に言った。ヒカリも、すぐにヒカルの言葉を承諾した。二人は、互いに手を取り合い、そして同時に立ち上がった。ヒカルはヒカリの怪我を心配したが、彼女は大丈夫だと言ってヒカルの手は借りようとしなかった。
ヒカルが商店街の中を歩き、しばらく進んだ後、ふり返ってみると彼女はヒカルの後をしっかりとついてきている。今、スミスたちに見つかったら、とても逃げ切れないだろう。それでも、ヒカリはヒカルに頼らずについてきているのだ。それを見たヒカルは、安堵の表情を浮かべた。それは彼女にも、嬉しく映っただろう。
商店街を抜けると、ヒカルは黒岩の部屋のある路地に向けて歩き出した。ここからだと、二キロほど歩かなくてはならない。ヒカルはまたヒカリのことが気がかりになり、後ろをふり返った。しかし彼女は、至って平然と笑ってくれる。ヒカルには単なる強がりのようにも思われたが、これは彼女なりの気遣いであったろう。ヒカルがいない間でも、一人で生きていけるのだという意思を伝えているのかもしれない。
ヒカルは再び前を向き、歩き出した。後ろから、彼女の足音が聞こえる。静かな夜だ。車の通りもなく、歩道を歩いている人影すら見当たらない。夜明けが近いが、この辺りは学生アパートが沢山あり、朝の早い年寄りなどはほとんど暮らしていないのだ。そのため、ヒカルには好都合であった。人がいない方が、誰からも怪しまれずに済むのだから。
ヒカルは歩いている間、頭の中を過ぎった言葉があった。
「世界人権宣言」の序文――――人間は、生まれながらにして平等である。
ヒカルは以前、そんなものを死んでも信じる気にはなれなかった。人間という生き物は、生まれながらにして不公平だと、ヒカルは思っていた。もしも皆平等なら、誰にでも恋人がいて、妬みもなく、幸せな気分を味わっているだろう。
しかし、ヒカルは彼女に出会って考えが変わったのかもしれない。努力すれば――誰にでも幸せは訪れるものだと。そう思うだけで、心が安らぐように思われた。
段々と元の場所が近づいてくる。もうしばらく行けば、二人が一緒に暮らしていたマンションが見えてくる。その手前の交差点で角を左に曲がり、狭くて昼間でも薄暗い路地に入ると、黒岩のいる部屋に続く扉が見えてくるのだ。
ヒカルはヒカリを連れ、その路地の中に入った。やはり中は薄暗い。念のため、ヒカリ以外に誰もついてきていないことをふり返って確認する。
扉を開け、中に入る。ヒカリが入ったことを確認すると、ヒカルはゆっくりとその扉を閉めた。そして、目の前にあった階段を上っていく。黒岩の部屋はもうすぐだ。部屋の前まで来て、ドアノブをつかんだ。その瞬間、ヒカルは息を呑んだ。
……この先には、果たして自分たちが想像した未来が待っているのだろうか。それとも、想像を遥かに上回る悲劇が待ち受けているのだろうか。開けるのが怖い。
ヒカルは、ふと後ろをふり向いた。すると彼女は、
「大丈夫だよ、ヒカ君」
と言って、ドアノブをつかんでいるヒカルの手に自分の手を重ねる。そうすると何故か、ヒカルの緊張は解けた。ヒカルとヒカリは、ともにゆっくりとドアノブを回す。それを前に静かに押すと、ドアが開かれた。
ドアが完全に開き、中を見渡すと長身の男が立っていた。
「お待ちしておりました、戻ってこられる予感がしておりましたよ」
黒岩は、そう言いながら二人を交互に見る。
これから起こることは、この時のヒカルには想像もつかない。それでも何故だか、恐怖などという悲観的なものはどこにも存在しなかった。ただ、ヒカリの幸せを期待していたのかもしれない。
――彼女との、約束を果たすために……。
ふと、ヒカルは良が言っていたことを思い出した。今大切なのは、彼女を守ること――。良は追手たちを食い止めるために、一人で大通りの方へと突っ走っていったのだ。相当の覚悟がなければ、誰もそのようなことが出来るはずなどない。それも自分ではなく、友人のために行ったのだ。それほどまでに、良はヒカルたちのことを思ってくれているのだということがわかる。彼の心を無駄にしないためにも、言われた通り、ヒカリを連れて黒岩のところまで行かなくてはならない。
ところで、黒岩はまだあの部屋にいるのだろうか。紅会長に会いに行くと言ったきり、ヒカルは黒岩の消息を知らなかった。しかし、何故だか無事な気がした。解雇されたとはいえ、まさか銃殺などはされていないだろう。もしかすると、まだあの部屋にいてヒカルたちが戻ってくるのを待っているかもしれない。ヒカルには、そのような確信が芽生えた。
ヒカリもヒカルの隣で、もう歩けるのだと言わんばかりに、立ち上がったり座ったりを繰り返している。ヒカルは、彼女の名を呼んだ。そうすると、ヒカリはまたヒカルの側に腰を下ろした。
ヒカルは彼女を見つめながら、こう話した。
「ヒカリ。良が今、頑張ってくれてるといっても、期待しちゃ駄目だ。俺はこれから、あいつに言われた通り、お前を連れて黒岩のところに行く。そして……俺は消える」
それを聞いたヒカリからは、また笑顔が消えてしまった。当然、彼女はヒカルと熊本へ逃げるものだと思っていたらしい。しかし、もはや逃げ場はないとヒカルは感づいているのだ。ヒカリは、悔しそうな目でヒカルを見つめてくる。
「どうして……? なんで、そんなことばかり言うの? ヒカ君がいなくなったら、私、どうすれば……」
ヒカリは俯き、また涙を零す。しかし、ヒカルは彼女を見つめながら言う。
「いや、ヒカリ。べつに、俺は死ぬとは言ってないぞ?」
「どういうこと……?」
彼女は顔を上げて、ヒカルにそう尋ねた。
「一時期、この世界からいなくなるだけだ。黒岩は……すでに世界線を戻す方法を考えてくれてたんだ。喫茶店に来た時に、わかったんだよ。あいつは、ただ俺たちに生き延びてほしかったんじゃないって。奴らから逃げて、再び自分のところに戻ってきてほしかったんだよ。きっと……他に対策はあるはずだ。俺も、そう信じてる」
ヒカリはまだ、ヒカルの話の半分も理解出来ていないといった表情だ。ヒカリはあの時、喫茶店に黒岩が訪れたことなど知らされていないのだから。しかしヒカルには、そんなことは今はどうでも良かった。
そして、彼女を見つめながら言葉を続けた。
「だから、たとえ俺がこの世界から消えたとしても……いつか必ず、お前を迎えに行く。今ここで、約束させてくれ」
ヒカルがそう言っても、ヒカリは何も答えてくれない。時にそれは、答えに迷っているようにも見えた。すると、不意に彼女が顔を上げた。
「見て……流れ星!」
ヒカルはそれを聞いてすぐに上を向くと、いくつか星が流れていくのが確かに見えた。ヒカルにとって、都会で流れ星を目にするのはこの時が初めてであった。ヒカルがまたヒカリの方に目を戻すと、彼女も空を見上げながら笑っている。
その時、ヒカリがこんなことを言ってきた。
「ねえ、知ってる? 流れ星って、お願いすると願いを叶えてくれるだけじゃないんだよ」
「……そうなのか?」
「うん、誰かが言ってたんだ。流れ星は、夜空が流した涙だって。それを見る人が悲しくないように、夜空が代わりに涙を流してくれてるんだって。だから……流れ星を見たら、夜空がその人から悲しみを取り払ってくれるの」
もしそれが事実だとするなら、これまで自分に不幸なことばかり続いたのは、流れ星を見る機会がなかったからかもしれないとヒカルは思うのだった。ヒカルはバイトで帰りが夜遅くなる時があったが、わざわざ立ち止まって空を眺めることはなかった。明々と灯る夜の街を歩き、そのことをすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。
ヒカリに言われ、初めて思い知らされたような気がした。もしかすると、ヒカルの真上を星が流れていたことがあったかもしれない。彼女が言うように、もしもそれを見ていたら――辛いことが度々訪れなかったのではないか。そのようなことが本当にあるはずないと思いながらも、ヒカルはまた夜空を見上げる。そして、気がつけば再び自分の頬を無数の水滴が伝っているのがわかった。それは、悲しみとは全く無縁の涙のようにも思われた。
「……ヒカ君」
不意に、ヒカリがまたヒカルのことを呼んだ。ヒカルは我に返ると、彼女を見つめる。すると、彼女は笑顔でこう言った。
「さっきの話だけど……、ヒカ君が本気ってことはわかったよ。だから……私からも一つだけ、お願いしてもいいかな」
「……何だ?」
ヒカルは、少しずつ自分の鼓動が速くなっていくのがわかったが、ヒカリに尋ねた。すると、彼女は言うのだった。
「必ず、戻ってきてね。何があっても、どんなことがあっても……私と、お腹にいる子を守って。だから……もしもヒカ君が一時的にこの世界から消えなくちゃいけなくなったら、なるべく早く……戻ってきてほしいの。それが、今の私の一番の望みだから」
ヒカリの話を聞き、ヒカルは笑って頷いた。
「あぁ、わかった。約束する」
と言いつつ、ヒカルはヒカリに小指を差し出した。それを見たヒカリも、自らの小指をヒカルの小指に絡めた。彼女の顔に、涙はない。そしてヒカルの顔からも、いつの間にか涙は消えていた。
これが、ヒカルにとっては彼女と交わした最初の約束であった。
「……行こうか」
ヒカルは、彼女に言った。ヒカリも、すぐにヒカルの言葉を承諾した。二人は、互いに手を取り合い、そして同時に立ち上がった。ヒカルはヒカリの怪我を心配したが、彼女は大丈夫だと言ってヒカルの手は借りようとしなかった。
ヒカルが商店街の中を歩き、しばらく進んだ後、ふり返ってみると彼女はヒカルの後をしっかりとついてきている。今、スミスたちに見つかったら、とても逃げ切れないだろう。それでも、ヒカリはヒカルに頼らずについてきているのだ。それを見たヒカルは、安堵の表情を浮かべた。それは彼女にも、嬉しく映っただろう。
商店街を抜けると、ヒカルは黒岩の部屋のある路地に向けて歩き出した。ここからだと、二キロほど歩かなくてはならない。ヒカルはまたヒカリのことが気がかりになり、後ろをふり返った。しかし彼女は、至って平然と笑ってくれる。ヒカルには単なる強がりのようにも思われたが、これは彼女なりの気遣いであったろう。ヒカルがいない間でも、一人で生きていけるのだという意思を伝えているのかもしれない。
ヒカルは再び前を向き、歩き出した。後ろから、彼女の足音が聞こえる。静かな夜だ。車の通りもなく、歩道を歩いている人影すら見当たらない。夜明けが近いが、この辺りは学生アパートが沢山あり、朝の早い年寄りなどはほとんど暮らしていないのだ。そのため、ヒカルには好都合であった。人がいない方が、誰からも怪しまれずに済むのだから。
ヒカルは歩いている間、頭の中を過ぎった言葉があった。
「世界人権宣言」の序文――――人間は、生まれながらにして平等である。
ヒカルは以前、そんなものを死んでも信じる気にはなれなかった。人間という生き物は、生まれながらにして不公平だと、ヒカルは思っていた。もしも皆平等なら、誰にでも恋人がいて、妬みもなく、幸せな気分を味わっているだろう。
しかし、ヒカルは彼女に出会って考えが変わったのかもしれない。努力すれば――誰にでも幸せは訪れるものだと。そう思うだけで、心が安らぐように思われた。
段々と元の場所が近づいてくる。もうしばらく行けば、二人が一緒に暮らしていたマンションが見えてくる。その手前の交差点で角を左に曲がり、狭くて昼間でも薄暗い路地に入ると、黒岩のいる部屋に続く扉が見えてくるのだ。
ヒカルはヒカリを連れ、その路地の中に入った。やはり中は薄暗い。念のため、ヒカリ以外に誰もついてきていないことをふり返って確認する。
扉を開け、中に入る。ヒカリが入ったことを確認すると、ヒカルはゆっくりとその扉を閉めた。そして、目の前にあった階段を上っていく。黒岩の部屋はもうすぐだ。部屋の前まで来て、ドアノブをつかんだ。その瞬間、ヒカルは息を呑んだ。
……この先には、果たして自分たちが想像した未来が待っているのだろうか。それとも、想像を遥かに上回る悲劇が待ち受けているのだろうか。開けるのが怖い。
ヒカルは、ふと後ろをふり向いた。すると彼女は、
「大丈夫だよ、ヒカ君」
と言って、ドアノブをつかんでいるヒカルの手に自分の手を重ねる。そうすると何故か、ヒカルの緊張は解けた。ヒカルとヒカリは、ともにゆっくりとドアノブを回す。それを前に静かに押すと、ドアが開かれた。
ドアが完全に開き、中を見渡すと長身の男が立っていた。
「お待ちしておりました、戻ってこられる予感がしておりましたよ」
黒岩は、そう言いながら二人を交互に見る。
これから起こることは、この時のヒカルには想像もつかない。それでも何故だか、恐怖などという悲観的なものはどこにも存在しなかった。ただ、ヒカリの幸せを期待していたのかもしれない。
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