オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第五十九話 『幸福』

「ところでヒカル、最近はどうなってんの?」

 酒を飲みながら、良が尋ねてきた。

「普通だよ。逆にお前の方はどうなんだよ。まだ合コン行ってるのか?」
「まあな」

 良が得意気に言った。その反応は、相変わらずといったところだ。それを見て、ヒカルは安心した。「恋人を作る努力をしている」という点以外は、あの時のままだったからだ。

「それで、彼女との関係は?」

 また良が、ヒカルに質問してきた。ヒカルはあまり言いたくなかったが、今の良ならば言っても良いかもしれないと思った。そして、自分とヒカリがつき合い始めたということを話し始める。

「俺とヒカリ、今……。つき、合って、る……」

 ヒカルは、自分でも予想外なくらいに小声になってしまった。その話を聞いた良は、一瞬固まった。驚きの目を、ヒカリに向けてくる。

「は? マジ? つき合ってんの!?」

 良は大きな声を出して言った。中原と山田も別のところで違う話をしていたが、それを聞いて興味を持ったのか、二人の話に割り込んできたのだ。

「え、何だよ真宮。誰とつき合ってんだ?」

 やはり、言わなければ良かったとヒカルは内心後悔した。目を逸らすと、隼や真理子もこちらを見つめている。ますます気まずい。

「あ……その……、何でもないです」

 ヒカルは、笑って誤魔化した。しかし中原と山田は互いに顔を見合わせ、不思議がっている。その時、テーブルの上にメインディッシュが運ばれてきた。

「うわ、美味そ〜」
「早く食べようぜ!」

 そう言いながら、二人は自分たちの席に戻る。それを見て、ヒカルは助かったと胸を撫で下ろした。皆が食べ始めると、その隙きを突いてヒカルは良を無理やり手洗いに連れていった。
 ドアを閉めると、

「おい、どうしたんだよ」

 と、良は怪訝そうに尋ねる。「せっかく食べようと思ったのに」という、不満そうな顔だ。それを見ても、ヒカルは気に留めなかった。それどころか、深い溜息をつく。

「お前、気になってるんだろ」

 ヒカルがききたかったのは、「自分とヒカリがつき合っているのをどう思うか」である。良も首を傾げ、ヒカルを見ている。察しが悪い、と思ったが、良はこう話すのだった。

「まあ、最初はびっくりしたけどな。けど、そうなるんじゃないかって予感はしてたんだ。だから、べつにいいんじゃねえの?」

 良のこの反応は、完全にヒカルの予想を上回っている。昔のように蔑んだ目では見られないかもしれないが、もっと冷たいことを言われるような気がしたのだ。

「お前、ほんとにそう思ってんのか?」
「ほんとだよ。彼女ってあれだろ、別の世界のお前なんだろ? でも性別が違うわけだし、つき合ってもいいんじゃないか?」
「優しいんだな、お前……」
「えっ?」

 呟いたヒカルに、良は疑問の声を上げる。するとヒカルも我に返り、

「あ、いや……。何でもない」

 と、答えた。その時、良が唐突に言い出した。

「あ、そうだ。じゃあ、これからお前のとこ寄ってもいい?」
「え、なんでだよ」
「様子見てみたいからさ。今、彼女お前の部屋にいる?」
「今、バイト行ってるけど、晩には帰ってくると思う」

 それなら、彼女に会えるかもしれないと良は乗り気だった。ヒカルも、そんな良を呆れながら見ていた。特に来てまずいこともないだろうから、ヒカルはその話を承諾した。

 席に戻った時、中原や山田は自分たちの話で盛り上がっていた。ヒカルも、食事をしながら良と話をした。ヒカリのことはひとまず置いておき、全く別の話をした。中原と山田もそれ以来、ヒカルにあの話について追求してこなかった。

 時間が過ぎ、気がつけば外が真っ暗になっていることに気づいた。

「もうそろそろ、帰らないとな……」

 良が呟くと、

「え〜、いいじゃんか。もっといさせろよ」
「俺らの卒パだろ〜?」

 そう言って、酔った中原と山田は子どものようにごねている。良は企画者であるため、最後までいなければいけない。時計を見ると、午後八時を回っている。ヒカリにはあまり遅くならないと言って出てきたため、ヒカルはそろそろ帰らないといけなかった。

 良が二人を宥め、結局これで解散となった。店を出ると、久しぶりに星が多く見えた。ヒカルは歩きながらそれらを眺めていると、また良が尋ねてきた。

「で、行ったのか?」
「行ったって、何がだよ」
「デートに決まってるじゃん。つき合ってるなら、普通行くだろ?」

 それを聞いて、ヒカルは思い出した。つき合い出してから、まだ彼女と二人だけでどこかに出かけるということはしていない。

「あ、ごめん。まだ行ってない……」
「そんなことだろうと思ったぜ」

 良が、溜息混じりに言う。良も、このことを予感してヒカルのマンションに寄りたいと言い出したのだろう。

「よし、久々にアドバイスしてやるか〜」

 良が伸びをしながら言う。それを聞いて、ヒカルは「初めてだろ」と笑った。その時、ふとヒカルはあることを思い出した。良に、もう一つききたいことがあったのだ。

「そういや、良。なんで、あの席にあの人がいたんだよ」
「あの人って……? あぁ、品川さん?」
「あ……、うん」

 真理子の本名は、「品川零」という。真理子とは、裏の世界線でも会って話したことがある。ヒカルのバイト先の上司でもあった。その真理子が何故、あの席にいたのか謎のままだった。本人にきこうと思っていたが、すっかり忘れてしまっていた。しかし今になって、急激に知りたくなってきたのだ。すると、良は説明してくれた。

「俺が呼んだんだよ」
「なんでだよ?」
「お前、言ってたじゃん。俺たちって、別の世界に行ってたんだろ? 俺は、その時のことをまだ完全には思い出せてないけど、あの人にきいたらあの人は覚えてた。あの人、性同一障害なんだってな。でも、もう片方の世界にいる自分は性同一障害じゃなかったって知って、こっちの世界に戻ってきたんだって。それ、まだ気にしてるみたいだったから、誘った」

 ヒカルには、その意味がわからなかった。真理子の抱えている問題は、裏の世界線で黒岩から聞いたために知っているが、そのこととパーティに呼んだことが何の関係にあるというのだろう。ヒカルは考えていると、良は話し続ける。

「俺、ちょっと可愛そうでさ……。だから、ちょっとでも心の傷を癒やしてあげたかったんだよ。そのくらいしか、出来ないと思ったから」

 良らしからぬ理由だと思った。それでも、ヒカルはそれと同時に微笑ましくもあった。本当に、人はこんなにも変われるものなのかと、心の中で感心していたのだ。

「俺、最近までお前のこと誤解してた」

 ヒカルが呟くので、良は不思議そうにきいてくる。

「ん? 何の話だ?」
「いや、やっぱ何でもない」
「何だよ、気になるじゃんか。どんな風に誤解してたのかくらい言えよ」

 そう言われ、ヒカルはまた夜空を見上げる。満天の星空とまではいかないが、星々が街を明るく照らしていた。ヒカルは大きく息を吸い、そして吐いた。白い息が、空に舞い上がって消えた。

「お前、本当は優しいんだなって思って。考えてみれば俺、いつもお前に助けられてた。リア充駆逐隊の時のお前が印象的強すぎて、全然その優しさに気づけなかった。だから今、そう思ったってだけの話だ」

 ヒカルの言葉をきいて、良は恥ずかしそうに顔を赤く染める。

「ま、まあな……」
「お前、照れ顔似合わねーな」
「何だと!」

 そうしている間にも、ヒカルのマンションが見えてくる。ヒカリは、もうすでに帰ってきているだろうか。

 マンションの前まで来た頃、ヒカルは良に言った。

「そういや、来週俺の母さんが来るんだよ。鉢合わせにならないように、その日はヒカリを俺の知り合いの家にやろうと思ってる」

 その言葉を聞いた良も、

「うん。まあ、そうだよな。どう説明していいかわかんねーもんな……」

 と、腑に落ちたように言うのだった。

 ヒカルは鍵を開け、ドアを開けた。部屋の灯りがついている。ヒカリが帰ってきているのだろう。ヒカルは良とともに、リビングに行った。中に入ると、ヒカリが夕食をとっているところだった。

「あれ、ヒカ君。お帰りなさい。早かったね」
「言っただろ、今日は遅くならないからって」

 ヒカルが言うのを聞いて、ヒカリは嬉しそうにした。その様子を見ていた良が、ヒカルの腕を肘でからかうように突いてくるのだった。

「何だよ……」
「なんか、お前がリア充生活送ってるの、新鮮な感じがしてな」

 良から言われ、ヒカルはまた溜息をつく。しかし実際、これはリア充と呼べるのだろうか。ヒカリは、異性といっても異世界線のヒカルなのだ。よくわからないでいると、良が厚かましくソファーに腰を下ろした。ヒカリも、それを不思議そうに見つめている。何故ここにいるのか、というような視線を良に対して送っている。

「じゃあ、二人のデート作戦について、この俺がアドバイスしてやろう!」

 単刀直入にいう良の襟を、ヒカルはつかんで言った。

「いきなり言ってもわかんねえだろ」

 ヒカルは良を立ち上がらせると、ヒカリの前に座らせ、自分もその横に腰を下ろした。

「急にごめん。なんか、俺たちつき合い始めてから、まだ一度も一緒に出かけてないなって思ってさ。前々から行こうって言ってたのに、なかなか時間とれなくてごめん」

 ヒカルが謝ると、ヒカリは首を振るのだった。

「ううん、私がバイトいっぱい入れてるのがいけないだけ。ヒカ君のせいじゃないよ」

 彼女の優しさが、ヒカルには嬉しかった。

「お前は、どこか行きたい場所あるか? 今金ないから、泊りがけとかは無理だけどな」
「じゃあ、映画に行きたい」
「……わかった。確か、三十日は予定何も入ってないよな?」
「うん」
「じゃあ、三十日に一緒に映画観に行こう。お前の観たいのでいいぞ」
「……ありがとう」

 彼女は笑顔を見せ、小さく頷いた。

「何だよ〜、べつに俺いらなかったじゃん」

 良は、文句があるといったように不満げな顔をしている。それでいて、内心とても嬉しそうにも見える。二人の仲の良さに、感服しているのかもしれない。一見すると、ヒカルとヒカリは普通のカップルのように見える。全く関係のなかった二人が偶然出会い、恋に落ちたようだ。しかし、実際はそうではない。それぞれの世界線で、男として生まれたのか、女として生まれたのかという違いである。しかし、見ていただけではその事実は誰にも理解されないだろう。
 ヒカルは、ヒカリの手を強く握った。彼女もまた、上からヒカルの手を握り返してくる。ふと目が合うと、また彼女は微笑んだ。これを、人は幸せと呼ぶのだろうか。ヒカルは、ただ彼女の手を握っていたのだった。

 良が帰ることになり、ヒカルは玄関まで見送りに出た。

「いやあ、今日はいいもん見せてもらったぜ」

 良は、皮肉混じりに言った。しかし、ヒカルは嫌な気持ちにならなかった。

「気をつけて帰れよ」

 とだけ言い、良を見送った。

 扉が閉まると、ヒカルはヒカリのいるリビングへと戻った。ドアを開けると疲れたのか、彼女はソファーにもたれてまた眠っていた。それを見ると、ヒカルもヒカリの隣に座り、彼女に寄り添って目を閉じた。そしてヒカルもまた、夢の中へと誘われていったのである。
 「幸せ」というものは、人によって違う。それぞれの価値観で決まることであり、決して他人が決めることではない。この二人も、そんな柵の中から開放され、自分だけの幸せを見つけ出したのかもしれない。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品