オモテ男子とウラ彼女
第五十三話 『期待』
ヒカルは帰宅し、玄関の戸を開けると中は暗かった。この時、すでに十時を回っていたから、ヒカリはもう寝てしまったのだろうと思い、ヒカルは足音を出来るだけ立てないように気をつけながら、リビングへ進んだ。
中へ入ると、布団が敷いてある。しかし、そこにヒカリはいない。トイレにでも行っているのかと、ヒカルは部屋の電気をつける。その時、腰が抜けるほど驚いた。部屋の隅で、ヒカリが蹲っていたのだ。
「な……、何してんだよっ!」
思わず、ヒカルは声を荒げた。しかし、ヒカリは何も答える様子がない。こんなに遅くなるとは伝えていなかったため、それで剥れているのだろうとヒカルは解釈した。そしてヒカリに近づくと、隣に腰を下ろした。
「……ごめんな。ちょっと色々あってさ、帰りが遅くなっちゃったんだ。許してくれ」
それでも、ヒカリは黙っていた。こんな時、ヒカルにはどうしたら良いのかわからない。異性とつき合ったことがないから仕方ないのだが、何も言ってくれないと困ってしまう。ヒカルは、更に優しく声をかけてみた。
「あ、じゃあ、今朝言ってたように今度は二人で食事に行くか。ヒカリが今食べたいものってなんだ?」
「……嘘つき」
ヒカリの口が小さく動く。ヒカルは、その意味がすぐには理解出来なかった。すると、ヒカリの手にしているものが目に入る。ヒカルの手帳だ。それには、今日の予定も記されている。それを見て、ヒカルはハッとした。
「……見たのか?」
ヒカリは、黙って頷いた。確かに電車でチェックしようとした時、見つけられなかった。もしやとは思ったが、本当に忘れていたのだ。それを、ヒカリに見られてしまった。
「今日、飲み会じゃなかったんでしょ」
ヒカリは、ヒカルをじっと見つめてくる。問い詰められ、正直に答えるしかない。その手帳には、今日の日付のところに「合コン」とはっきり記されていたからだ。
「ごめん!」
ヒカルは、彼女に頭を下げた。もう言い逃れは出来ない。今日がただの飲み会だと嘘をついて、ヒカリを傷つけてしまったのは紛れもない事実だ。恐る恐る、ヒカルは顔を上げた。その時、ヒカルの目に彼女の顔がはっきりと映される。
「……楽しかった?」
突然、ヒカリが尋ねてきた。完全に予想外の質問に、ヒカルは若干困惑の色を浮かべる。てっきり、「どうして言ってくれなかった」などときいてくるものとばかり思っていた。
「色んな女の人と、お喋りしたんでしょ?」
「あ、あぁ……。お、怒ってないの?」
「だってヒカ君、ちゃんと謝ってくれたから」
彼女は、そう言って笑った。なんて優しいのだろう。いや、もしも立場が逆だったら、ヒカルもそうしていただろう。ヒカルは、彼女が尚更愛おしく思えた。
そして、先程の質問に答える。
「そうだな……。初めてだったから、楽しかったかどうかは、よくわからないや」
これも、正直な感想だった。ヒカルは学生時代、女子と話す機会すらなかった。良から誘われるまでは、合コンなど経験したこともない。なので、楽しかったかときかれても、よくわからないのだ。
「でも、色んな人と会ったんでしょ?」
ヒカリは、意外にも興味津々な様子だ。これでは、話に終止符が打てない。そこで、ヒカルはあることを思いついた。
「ちょっと、外で話さないか? 星でも見ながらさ。あ、でも寒いか?」
しかし、彼女は首を横に振る。
「大丈夫。もっと、ヒカ君とお話したい」
そんなことを言われ、ヒカルはまた顔が熱くなるのを覚えた。彼女もまた、顔を赤らめている。
そして、二人は厚着をして部屋を出ると、マンションの階段を降りた。夜中の階段は、何か出そうな雰囲気を醸し出していて面白い。ヒカルはヒカリの手を握り、足を踏み外さないようにだけ注意し、足元に目を配る。
マンションを出ると、近くの公園を目指した。ヒカルの住んでいるマンションの近くにはいくつかコンビニがあり、変な酔っ払いもいない。それ故に、夜中に外に出てもあまり危なくないのだ。
公園に着くと、二人は公園のベンチに腰かけた。空を見上げると、そこには綺麗な星空があった。ヒカルも、このような美しい空は久々に見る。最近は、忙しくて夜に帰る時もわざわざ空を見上げるようなことはしない。だから、こうして改めて見るとやはり感動を覚える。それでも、風は冷たい。厚着しているとはいえ、もう十一月半ばだ。じっとしていると、風邪をひいてしまう。
ヒカルは立ち上がると、ヒカリを見て言った。
「なんか、寒いな。何か買ってこようか?」
公園の中には、自販機がある。そこで暖かい飲み物を買えば、少しは暖まれるだろう。
「ううん、平気」
彼女は言うが、体は震えている。心より正直なのは言うまでもない。
「強がりは良くないぞ。じゃあ少し行ってくるから、ここで待っててくれ」
ヒカルは彼女に告げると、自販機があるところまで走っていった。ポケットから財布を取り出し、コインを入れる。それにしても、出した指先が冷たい。風が針のように刺し、コインがうまく握れないほどだ。ヒカルは自販機でコーヒーを二つ買うと、それを持って急いでヒカリのところまで戻った。
ヒカリに片方のコーヒーを渡すと、彼女の横に腰かけた。ヒカルは缶を開け、飲み始める。手に持っているだけでもカイロ代わりになるため、ヒカリはなかなか飲もうとしない。それより、ずっと空を眺めている。ヒカルも缶コーヒーを飲みながら、ヒカリと同じ方向をただ見つめていた。その時、ヒカリから声がかかる。
「ヒカ君はさ、星を数えたことってある?」
「急に、そんなラブソングみたいなこと言われも……。あ~、でもとても数えきれないだろ」
「そうだよね」
ヒカリは、クスクスと笑った。彼女のそんな幸せそうな顔を、ヒカルはかつて見たことがあっただろうか。その時、何故かあのことを思い出した。ヒカルが裏の世界線にいた頃、ヒカリの部屋で一枚の紙を見つけた。そこには色々な目標が書かれ、達成されたものには○、達成できなかったものには×がつけられていた。その中に、「彼氏がほしい」と書かれていた。その横には、大きく×が記されてあった。ヒカリもまた、恋愛に悩んでいたのだ。
(こんなに可愛いのに……)
ヒカルは、深く溜息をつく。その時、白い息が空に舞い上がって消えた。それを、不思議そうにヒカリも見てくる。
「どうしたの?」
そうきかれ、ヒカルは試しにこんな質問をしてみることにした。
「ヒカリ。君の夢って、何だったの?」
「夢……?」
今まで上を見上げていたヒカリは、下を向いてしまった。必死に、考えを巡らしているようだ。ヒカルは少し罪悪感を覚え、彼女に言った。
「あ、いや。べつに、答えなくていいから。少し、気になっただけ」
すると、ヒカリは顔を上げた。
「誰かと、恋してみたかったの」
そう言った彼女の目は、嬉しそうにも寂しそうにも見え、複雑な心境が読み取れる。ヒカルは、その後どう声をかけるべきかわからなくなってしまった。彼女は、ずっと幸せになることを望んでいたのだ。それだけは明白だった。かつてヒカルが夢見たように、誰かと恋をするということ。ヒカリもまた、そんな夢を描いていたのだ。
自分だけではなかった、ヒカルはそう思うと同時に、ある決心をした。
(―――俺が、彼女を幸せにする)
ヒカルは、そっと彼女の手に触れた。缶コーヒーの熱で少し温かったが、それだけではない気がした。
「……戻ろうか」
ヒカルが言うと、彼女も頷いた。立ち上がって何気に腕時計を見ると、すでに十二時を回っていた。いつの間にか、あれから結構時間が経っていたらしい。もう日付も変わっている。ヒカルはヒカリの手をとり、立ち上がらせた。
そして、二人はマンションに向けて再び歩き出した。その時、ヒカルは思い出したのだ。
「明日は……、俺たちの誕生日だな」
中へ入ると、布団が敷いてある。しかし、そこにヒカリはいない。トイレにでも行っているのかと、ヒカルは部屋の電気をつける。その時、腰が抜けるほど驚いた。部屋の隅で、ヒカリが蹲っていたのだ。
「な……、何してんだよっ!」
思わず、ヒカルは声を荒げた。しかし、ヒカリは何も答える様子がない。こんなに遅くなるとは伝えていなかったため、それで剥れているのだろうとヒカルは解釈した。そしてヒカリに近づくと、隣に腰を下ろした。
「……ごめんな。ちょっと色々あってさ、帰りが遅くなっちゃったんだ。許してくれ」
それでも、ヒカリは黙っていた。こんな時、ヒカルにはどうしたら良いのかわからない。異性とつき合ったことがないから仕方ないのだが、何も言ってくれないと困ってしまう。ヒカルは、更に優しく声をかけてみた。
「あ、じゃあ、今朝言ってたように今度は二人で食事に行くか。ヒカリが今食べたいものってなんだ?」
「……嘘つき」
ヒカリの口が小さく動く。ヒカルは、その意味がすぐには理解出来なかった。すると、ヒカリの手にしているものが目に入る。ヒカルの手帳だ。それには、今日の予定も記されている。それを見て、ヒカルはハッとした。
「……見たのか?」
ヒカリは、黙って頷いた。確かに電車でチェックしようとした時、見つけられなかった。もしやとは思ったが、本当に忘れていたのだ。それを、ヒカリに見られてしまった。
「今日、飲み会じゃなかったんでしょ」
ヒカリは、ヒカルをじっと見つめてくる。問い詰められ、正直に答えるしかない。その手帳には、今日の日付のところに「合コン」とはっきり記されていたからだ。
「ごめん!」
ヒカルは、彼女に頭を下げた。もう言い逃れは出来ない。今日がただの飲み会だと嘘をついて、ヒカリを傷つけてしまったのは紛れもない事実だ。恐る恐る、ヒカルは顔を上げた。その時、ヒカルの目に彼女の顔がはっきりと映される。
「……楽しかった?」
突然、ヒカリが尋ねてきた。完全に予想外の質問に、ヒカルは若干困惑の色を浮かべる。てっきり、「どうして言ってくれなかった」などときいてくるものとばかり思っていた。
「色んな女の人と、お喋りしたんでしょ?」
「あ、あぁ……。お、怒ってないの?」
「だってヒカ君、ちゃんと謝ってくれたから」
彼女は、そう言って笑った。なんて優しいのだろう。いや、もしも立場が逆だったら、ヒカルもそうしていただろう。ヒカルは、彼女が尚更愛おしく思えた。
そして、先程の質問に答える。
「そうだな……。初めてだったから、楽しかったかどうかは、よくわからないや」
これも、正直な感想だった。ヒカルは学生時代、女子と話す機会すらなかった。良から誘われるまでは、合コンなど経験したこともない。なので、楽しかったかときかれても、よくわからないのだ。
「でも、色んな人と会ったんでしょ?」
ヒカリは、意外にも興味津々な様子だ。これでは、話に終止符が打てない。そこで、ヒカルはあることを思いついた。
「ちょっと、外で話さないか? 星でも見ながらさ。あ、でも寒いか?」
しかし、彼女は首を横に振る。
「大丈夫。もっと、ヒカ君とお話したい」
そんなことを言われ、ヒカルはまた顔が熱くなるのを覚えた。彼女もまた、顔を赤らめている。
そして、二人は厚着をして部屋を出ると、マンションの階段を降りた。夜中の階段は、何か出そうな雰囲気を醸し出していて面白い。ヒカルはヒカリの手を握り、足を踏み外さないようにだけ注意し、足元に目を配る。
マンションを出ると、近くの公園を目指した。ヒカルの住んでいるマンションの近くにはいくつかコンビニがあり、変な酔っ払いもいない。それ故に、夜中に外に出てもあまり危なくないのだ。
公園に着くと、二人は公園のベンチに腰かけた。空を見上げると、そこには綺麗な星空があった。ヒカルも、このような美しい空は久々に見る。最近は、忙しくて夜に帰る時もわざわざ空を見上げるようなことはしない。だから、こうして改めて見るとやはり感動を覚える。それでも、風は冷たい。厚着しているとはいえ、もう十一月半ばだ。じっとしていると、風邪をひいてしまう。
ヒカルは立ち上がると、ヒカリを見て言った。
「なんか、寒いな。何か買ってこようか?」
公園の中には、自販機がある。そこで暖かい飲み物を買えば、少しは暖まれるだろう。
「ううん、平気」
彼女は言うが、体は震えている。心より正直なのは言うまでもない。
「強がりは良くないぞ。じゃあ少し行ってくるから、ここで待っててくれ」
ヒカルは彼女に告げると、自販機があるところまで走っていった。ポケットから財布を取り出し、コインを入れる。それにしても、出した指先が冷たい。風が針のように刺し、コインがうまく握れないほどだ。ヒカルは自販機でコーヒーを二つ買うと、それを持って急いでヒカリのところまで戻った。
ヒカリに片方のコーヒーを渡すと、彼女の横に腰かけた。ヒカルは缶を開け、飲み始める。手に持っているだけでもカイロ代わりになるため、ヒカリはなかなか飲もうとしない。それより、ずっと空を眺めている。ヒカルも缶コーヒーを飲みながら、ヒカリと同じ方向をただ見つめていた。その時、ヒカリから声がかかる。
「ヒカ君はさ、星を数えたことってある?」
「急に、そんなラブソングみたいなこと言われも……。あ~、でもとても数えきれないだろ」
「そうだよね」
ヒカリは、クスクスと笑った。彼女のそんな幸せそうな顔を、ヒカルはかつて見たことがあっただろうか。その時、何故かあのことを思い出した。ヒカルが裏の世界線にいた頃、ヒカリの部屋で一枚の紙を見つけた。そこには色々な目標が書かれ、達成されたものには○、達成できなかったものには×がつけられていた。その中に、「彼氏がほしい」と書かれていた。その横には、大きく×が記されてあった。ヒカリもまた、恋愛に悩んでいたのだ。
(こんなに可愛いのに……)
ヒカルは、深く溜息をつく。その時、白い息が空に舞い上がって消えた。それを、不思議そうにヒカリも見てくる。
「どうしたの?」
そうきかれ、ヒカルは試しにこんな質問をしてみることにした。
「ヒカリ。君の夢って、何だったの?」
「夢……?」
今まで上を見上げていたヒカリは、下を向いてしまった。必死に、考えを巡らしているようだ。ヒカルは少し罪悪感を覚え、彼女に言った。
「あ、いや。べつに、答えなくていいから。少し、気になっただけ」
すると、ヒカリは顔を上げた。
「誰かと、恋してみたかったの」
そう言った彼女の目は、嬉しそうにも寂しそうにも見え、複雑な心境が読み取れる。ヒカルは、その後どう声をかけるべきかわからなくなってしまった。彼女は、ずっと幸せになることを望んでいたのだ。それだけは明白だった。かつてヒカルが夢見たように、誰かと恋をするということ。ヒカリもまた、そんな夢を描いていたのだ。
自分だけではなかった、ヒカルはそう思うと同時に、ある決心をした。
(―――俺が、彼女を幸せにする)
ヒカルは、そっと彼女の手に触れた。缶コーヒーの熱で少し温かったが、それだけではない気がした。
「……戻ろうか」
ヒカルが言うと、彼女も頷いた。立ち上がって何気に腕時計を見ると、すでに十二時を回っていた。いつの間にか、あれから結構時間が経っていたらしい。もう日付も変わっている。ヒカルはヒカリの手をとり、立ち上がらせた。
そして、二人はマンションに向けて再び歩き出した。その時、ヒカルは思い出したのだ。
「明日は……、俺たちの誕生日だな」
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