オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第四十九回 『夢』

 ヒカルは朝起きると、顔を洗った。今日は、バイトの面接があるのだ。そしてヒカリもまた、今日が決闘の日だ。ヒカルは彼女のことも心配だったが、まずは自分のことに集中しようと深呼吸した。

 朝食の用意をしている時、ヒカリが起きてきた。彼女はヒカルの前を通ると、

「おはよう」

 と、小さく言った。あの一件以来、ヒカリも徐々にヒカルに懐いているのかもしれない。ヒカルも、彼女に笑顔で「おはよう」と返した。

 朝食を済ませた後、ヒカルは彼女に鍵を渡すと部屋を出た。ヒカルは、歩いて十分程のところにあるレストランに行き、そこで面接を受けた。オーナーから色々な質問をされたが、ヒカルはあの時の経験を活かし、すべての質問に答えていった。

 面接が終了すると、その場で合否が言い渡された。無事に合格し、明日からアルバイトとして働くことになった。ヒカルは一気に肩の荷が下りたように、帰りは足が軽かった。その時、頭に浮かんだのはやはりヒカリのことだった。彼女も、無事に面接を突破出来たのだろうか。ヒカルは考えた末に、彼女を迎えにいくことにした。

 ヒカリも、マンションからそれ程遠くないところにある喫茶店を受けていた。接客業ということもあり、ヒカルは自分以上に心配だった。迎えにいく途中、ヒカルは何故か良に会った。良はいつもの調子で、ヒカルに声をかけてきた。

「何してんだ?」
「お前こそ、何してんだよ」
「今日、面接があってさ。これから、あいつを迎えにいくとこ」

 ヒカルは、頭の上に疑問符を並べる良に説明した。これからしばらくの間、二人で生活していかなければならない。ヒカルの話を聞いた良は、一緒についていくと言い出した。何を考えているのか全くわからなかったが、特に断る理由もなくヒカルは承諾した。

 二人だけで歩くのは、かなり久しぶりのような気がした。横を見ると、良は相変わらずだった。口笛を吹きながら、周りをキョロキョロと見渡している。その癖は、まだ治っていないらしい。本当に、あの数ヶ月は何だったのだろう。

「なぁ……。お前、まだあのサークルいんのか?」

 時に、良が立ち上げたサークル「ゲーム語り同好会」、通称「リア充駆逐隊」は今も活動しているのだろうか。ヒカルはこの世界に帰ってきてから、一度も部室を覗いていないのだ。もう自分は、そこの部員ではないと思っているから仕方ない。
 良は、しばらく答えなかった。あの世界の記憶がなくなっても、それより一年以上も前から活動していたリア充駆逐隊の記憶はあるだろう。それなのに何故、良は答えないのだろう。ヒカルは、良を見つめながら不思議に思った。すると、良から予想外の答えが返ってきた。

「サークルは……、解散させた」

 ヒカルは、耳を疑った。解散、つまり廃部になったということだろうか。いや、それなら「させた」という表現はおかしい。

「おい……、どういうことだよ」

 気になったヒカルは、良に顔を近づけながらきいた。すると、強制的に廃部になったのではなく、良が自ら廃部申請したというのだ。先輩二人が引退し、ヒカルがいなくなってしまった今、残った部員は良と隼の二人だけだった。このままでは、サークルとしての存続も危ういと判断したのかと思ったが、それだけではないのだという。

「俺……、思ったんだ。やっぱりお前の言う通り、努力しようともせずに、ただ人のこと恨んで、嫌われるようなことやって……。そんなんじゃ、一生前に進めるわけないよな。逆恨みしたって、報われるようにはならない。最近、それに気づいたんだよ」

(おせーよ!)

「だから……、俺、リア充になろうと思う!」

 良は、目を輝かせて言った。それはまるで、遠くの夢に憧れる子供のような眼差しだった。ヒカルは、こんなに真面目なことを言う良を今まで見たことがない。これが良の本心だとしたら、天地がひっくり返るほどの大事件だ。それでも、喜ばずにはいられない。

「あぁ、頑張れよ!」
「お前だって今、リア充もどきの生活送ってるじゃん。だったら俺にも、まだチャンスはあるかと思ってさー」
「もどきで悪かったな!」

 ヒカルは実際、ヒカリのことを恋愛対象として見ていない。ヒカリは、異世界線の自分。その事象がなければ、ヒカルはヒカリのことを好きになっていたかもしれない。しかし、彼女を前にするとドキドキしてしまうのも事実だ。そして、気がつけばヒカルの頭の中は彼女のことで埋め尽くされていた。ヒカルは首を横に振って、出来るだけ考えないことにした。あってはならない、と自分に言い聞かせて。

 喫茶店の前に着くと、彼女が立っていた。それは、どこか悲しそうにも見える。もしや、と思ったヒカルは、急に声をかけにくくなってしまった。すると、横から良に肘でつつかれる。良に促され、ヒカルはヒカリに近づいた。彼女もまた、ヒカルに気づくとこちらに歩いてくる。

「お疲れ」

 ヒカルはひとまず、労いの言葉を彼女にかける。それを聞いて彼女は、嬉しそうに頷いた。結果は、帰ってから聞けば良い。ヒカルは彼女の手を握ると、一緒に帰ろうと言った。彼女も、また頷いて歩き始める。ヒカルは良のことを思い出して前を向いたが、そこにはもう良の姿はなかった。きっと、空気を呼んで先に帰ったのだろう。そうだとするなら、似合わない気遣いだ。しかし、これも良が二人のことを思ってとった行動なのだろう。
 ヒカルは逸れないように、マンションに着くまでヒカリの手をしっかりと握っていた。しかし、帰ってからよくよく考えてみると、二人のことを全く知らない他人はきっと恋人か何かだと思ったに違いない。そう思うと、ヒカルは急に恥ずかしくなってきた。

 時計を見ると、もう夕方だ。何か冷蔵庫にあっただろうかと、ヒカルは中身を確認する。鶏肉が少しと牛乳。この材料だと、クリームスープくらいなら作れそうだ。ヒカルは早速、料理にとりかかる。ヒカルが包丁で鶏肉を切っていると、そこにヒカリが来た。もじもじとしながら、何か言いたげな目を向けている。ヒカルは一旦手を止めて、彼女に言った。

「言いたいことがあるなら、早く言えよ。べつに怒んないから」

 彼女もそれを聞いて安心したのか、ようやく口を開く。

「面接……、受かった」
「そっか……、へ?」

 ヒカルはしばらく、呆気にとられていた。そして徐々に実感が湧いてきて、包丁を置くと彼女のもとに駆け寄った。

「ほんとか?」
「……うん」

 彼女も、頬を薄いピンク色に染めながら頷いた。

「だから……、私にも手伝わせて。料理くらいなら、出来るから」

 少し主旨が違うようにも思えたが、せっかくの彼女の頼みだから一緒に作ろうとヒカルも言った。

 二人にとって初めての共同作は、見た目はとてもきれいとは言い難かったが、とても美味だった。また二人で向かい合って食べたが、一人で作ったものよりも段違いにおいしく感じられた。クリームスープを食べる彼女の笑顔は、ヒカルの心も癒した。

 食事が終わり、ヒカルは彼女と一緒に片付けをした。冷蔵庫を開けると、中はピーマン状態だった。何もない。明日の朝食用に、今から買い出しに行かなければならない。ふり向くと、彼女は好きな歌を口ずさみながら皿を洗っている。それはとても無邪気で可愛らしく、いつまでも見ていたかったが、実際そうもいかない。ヒカルは、彼女に声をかける。

「ちょっと今からコンビニ行ってくる。すぐに戻るから」
「あ……。じゃあ、私も行く」
「いいよ。すぐ戻るし」

 ヒカルは彼女に告げると、そのまま玄関へと向かった。いつもなら少し休んでから出るのだが、今日起こったことが余程嬉しかったのか、すぐに行くことにした。コンビニは、マンションから出てすぐのところにある。早く用を済ませようと、ヒカルは走っていって牛乳やらパンやらを買い込んだ。
 そして入って三分もしないうちに、店から出てきた。それを、外で待っていた者がいた。ヒカルのことを見つけると、その人物は彼に話しかけた。

「おや、こんな時間に買い物ですか」
「あぁ、明日の分買い忘れててな……。って、お前!」

 ヒカルの前に立っていたのは、黒岩だったのだ。黒岩は、いつものように不気味な笑顔で、ヒカルのことを見つめている。

「何の用だよ、何かわかったのか?」
「いえ、様子を見に来ただけです」
「は?」

 てっきり、ヒカリを元の世界線に戻す方法がわかったのかと思ったら、そうではないと言うのだ。ヒカルは、少し期待した自分が恥ずかしくなった。

(暇なやつだな……)

「ですが、心配は無用だったようですね。どうか彼女を、守ってあげてください」
「守る……?」

 黒岩は、何を言いたいのだろうか。急にそんなことを言われたら、困惑するしかない。一体、何から守れば良いのかわからない。ヒカルはもう一度、黒岩に尋ねようとしたが、黒岩の姿はもうどこにもなかった。彼は、本当にそれだけを言うために来たのだろうか。また読めない行動をする黒岩のことを、ヒカルは帰り際に考えていた。

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