オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第三十四話 『人探し』

 数日後。ヒカルは今まで通り、非日常という名の日常を過ごしていた。あれから、特に変わったことはない。変わったといえば、ハナとラインの交換をした。
 それまでは、まるで悪令嬢のような性格だと思っていた。しかし最近は、本当は良い人なのかもしれないと思うようになった。そしてヒカルは、初めてのハナの本名を知った。

 ハナの本名は、「田原華」というらしい。メイド喫茶では皆、「ネーム」と呼ばれる偽名を使って働いている。本名で働いているのは、ヒカルと真理子だけだ。真理子からも詳しくは聞いていないが、恐らく本名なのだろう。

 ヒカルは休日、特にすることもなくソファーに横になっていた。いや、するべきことは山ほどあるはずだ。しかし、一体何から手をつけて良いかわからない。いくら恋愛ドラマや映画を見たところで、何かわかるわけでもない。ただ、つまらない。それだけだった。

 それにしても、最近は黒岩の姿も見ていない。もしかしたら、ヒカルに見切りをつけ、新たな被験者を探しにいったのかもしれない。そうなれば、もう救いようがない。ヒカルはそのようなことを勝手に想像しては、無意識に笑っていた。そのようなことしか、最早出来なくなっていたのかもしれない。

 久々に、録り溜めていたアニメでも見ようか。ヒカルは、テレビの電源を入れる。この癖から、ヒカルは女としての世界に来てしまった。何となくコーヒーに黒岩から渡された薬を混ぜてしまい、捨てようと思ってテーブルに置いていたが、アニメに夢中で自分でも気づかないうちに飲んでしまっていたのだ。

 あれから、もう半年以上。一体、この世界に来て何が変わったというのか。何も変わっていない。ヒカルは、自分の行動力のなさに何度も憤りを感じた。しかし感じたところで、行動できるようにはならない。それは、嫌というほど理解させられたのだ。

 好きなアニメを見ていても、ヒカルは知らないうちに、これからのことを考えてしまう。来月は、ヒカルの二十歳の誕生日がある。それまでに向こうの世界に戻って、異性とつき合うというのは、もう絶望に等しい。

 内容が頭に入って来ずに、ヒカルは電源を消した。そして、再び天井を見上げる。どうしてこんなことになってしまったのか、自分でもわからない。自然に、また溜息がもれた。

(明日、誰かに相談すっかな……)


 次の日、ヒカルはいつも通り、大学の授業に出席した。すると、目の前に良が座った。良がふり向きながら、

「ヒカル、おはよう」

 と、いつものように陽気に話しかけてくる。前から疑問に思っていることだが、良は何のためにこの世界に来たのだろう。ヒカルにとっては、意味がわからない。

「そう言えばさ、中原先輩と山田先輩、もうすぐ引退だろ? そろそろ、部長と副部長を決めないとな……。鳴嶋はまだ一年だし……」

 不意に、良が呟いた。良の言うように、中原と山田は四年であり、間もなくサークルを引退する。元々人数が少なく、次から最高学年となるのは良とヒカルだけだ。そう考えると、次の部長は必然的に良かヒカルということになる。
 そして、もっと面倒なことは部長が良になったとしても、ヒカルも副部長を務めなければいけなくなる。これでは、ますますサークルを抜けにくくなってしまう。

「ヒカルはさ、どっちやりたい?」

 良が身体を乗り出し、ヒカルにきいてきた。それには、ヒカルもなかなか答えられない。安易に答えられるような問題ではないのだ。もしも自分からやると言ってしまうと、抜けるに抜けられなくなってしまう。

 「リア充駆逐隊」という肩書きは、何度ヒカルを苦しめただろう。これさえなかったら、ヒカルも前に進めていたのかもしれない。周りから白い目で見られ、今までは自分を気にしていた男子たちも、ヒカルがリア充駆逐隊の部員だと知って以来、全く話しかけてこなくなってしまった。

 しかし、なかなか辞めるタイミングを掴めずにいた。気がつけば、先輩たちは卒論発表などで忙しいため、実質今は三人で活動している。
 結局、最後まで抜けることは出来なかった。良に本当のことを言うには、今しかない。ヒカルは勇気を持って、良に話しかけてみる。

「あ、良、あのな……」
「え、何?」

 良がきいてきた直後、運悪くチャイムが鳴った。

「あ、いけね。もうこんな時間か。じゃあ俺、授業行ってくるわ」

 良はこの時間、違う授業をとっていたのだ。ヒカルが戸惑っている間に、良は次の教室に行ってしまった。結局、言うことは叶わなかった。

 授業が終了し、ヒカルは良を探しにいったが、広いキャンパスで一人を見つけるためには、かなりの労力を要する。電話もしてみたが、電源を切っているらしく、繋がらない。ヒカルは、諦めて帰ることにした。


 駅に着くと、改札前に誰かが立っている。それは女子で、高校生なのか制服を着ている。そして不安そうな表情をして、改札の向こうを見ている。ヒカルは、その女子高生を少しばかり気にしながら、素通りして改札を通った。

 ホームに着き、ヒカルは電車が来るのを待っていた。すると、誰かから声をかけられる。

「あの……、すみません」

 近くに人がいないため、ヒカルはすぐに自分のことだと把握した。ふり向くと、そこには先程の女子が立っている。その女子は、じっとヒカルを見つめてくる。

「あの……。私、人を探していて……、一緒に探してほしいんです」

 急にそのようなことを言われ、戸惑ってしまった。全く知らない人に、道をきかれるならまだしも、人を探してほしいと言われるなど、思いもしなかった。

「あの、なんで?」

 ヒカルは、その理由を尋ねてみた。

「私、この間押し入れで手紙を見つけたんです。それは、私の従兄の人からで……。多分、届いたことに気づかずに仕舞っていたんだと思います。その手紙には、気が向いたら遊びに来いと書かれていました。だから私、そこに書かれてある住所の家まで、行ったんです。でも知らない人が出てきて、この話をしたら、その人は引越したって言われました。でも、私どうしてもその従兄に会いたくて……」

 事情は理解した。しかし何故、ヒカルに手伝いを依頼したのかよくわからない。それをきくと、その女子は言うのだ。

「私一人じゃ心配なので、他の人に手伝ってもらおうと思ったんです。でも女の人の方が、色々な意味で話し易いかなって」

 それで、ヒカルに話しかけたのだという。ヒカルにとっては、断る理由がない。幸い、今日はバイトが入っていない。その女子は、佳子と名乗った。佳子は続け、

「迷惑だとは思いますけど、良かったら手伝ってほしいんです」

 と言ってきた。その話を聞いて、ヒカルも放っておけないと判断した。そして、探しているという従兄の名前を尋ねた。

「それで、その人の名前を教えてくれるかな」

 佳子は低慎重なため、ヒカルが前屈みになり、目線を同じ高さにして質問した。すると、すぐに佳子は答えた。

「はい。ヒロ君っていうんです」

 しかし、それだけでは何のヒントにもならない。「ヒロ君」ということは、ヒロシとか、ヒロキとか、そんな感じの名前なのだろう。しかし、本名がわからないことには探しようがない。

「あ……、うん。でも、出来れば綽名じゃなくて本名が聞きたいんだけど。フルネームを教えてくれる?」

 ヒカルは正体がバレないように、女性らしく優しく尋ねてみた。

「あ、すみません。私、ずっとその名前で呼んでたから……」

 佳子も気づいたのか、申し訳なさそうに言う。そして次に佳子から出た言葉で、ヒカルは愕然とすることになる。

「えっと……、えっと……。あ、確か、タカヒロ君。そう、結城崇大君!」
「……はぁ!?」

 ヒカルは思わず、声を上げてしまった。名前が同じだ。ヒカルも、結城崇大という人物を知っている。

(いやいや、そんな偶然あるわけがない……!)

 ヒカルは、どうにか心を落ち着かせる。

「あの……、どうかしたんですか?」

 佳子が、不思議そうにヒカルを見ている。ヒカルは平然を装い、

「あ、ううん。大丈夫。じゃ、その人を探しにいこっか。もしかしたら、何か手がかりが掴めるかもしれないし」

 と、佳子に言った。佳子も、それを聞いて顔を輝かせた。そして、ヒカルはまた崇大のことを思い出す。デートの日以来会っていないが、本当に同一人物なのだろうか。ヒカルは佳子と一緒に電車に乗り、そこで詳しい話を聞くことにした。

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