オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第三十一話 『デート』

 ついにこの日が来てしまった。あの後、起きたら崇大からメールが届いていた。どうやら、おすすめの遊園地があるらしい。ヒカルが迷っているうちに、勝手に話を進められているといった感じだ。それはいいが、何故あの男と二人きりで出かけなければならないのか。ヒカルは疑問に思いながら、二度寝した。

 断るに断れない日が続き、とうとう当日を迎えてしまったのだ。今更断ったとしても、関係がより悪化するだけだ。ヒカルは適当な服を着ると、マンションを飛び出した。

 そして、待ち合わせの駅へと向かう。その途中、ふと誰かの視線を感じ、ヒカルはふり返る。しかし、誰もいない。まるで誰かに尾行されていたような、そんな気配を感じる。少し不気味に思ったが、ヒカルは足を進めた。

 駅に着くと、崇大がすでに来ていた。時計を見ると、待ち合わせ時間より十分も早い。一体何分前に来たのだと、ヒカルは思った。崇大はヒカルを見つけると、声をかけてくる。

「やぁ、早いね」

(お前がな)

 ヒカルも心の中で、ツッコミを入れる。なんだかんだ言って、少し意識過ぎていたのか、部屋を出るタイミングが早すぎたらしい。しかし、これより遅く出ていたら、それはそれで崇大を待たせていた。どちらにしろ、ヒカルのテンションは上がらない。

 メイド喫茶の同僚たちと一緒に来た方が、より気分が良かっただろうに。そんなことを想像しながら、ヒカルは崇大の後ろを歩く。

「そう言えばさ、君は前の世界では、女の子と一緒に遊びに行ったことある?」

 崇大が、不意にヒカルに質問してくる。

「ねーよ。あったら、今こんな状況に置かれてないっての!」
「あはは、そうだよね」

 崇大の洞察力の低さには、呆れるばかりだ。いや、もしかしたら、ただの天然なのかもしれない。
 休日ということもあり、遊園地はカップルや家族連れの客で賑わっている。側から見れば、この二人もカップルに見えるだろう。だが、少々どころか、だいぶぎこちない。そして、かなり遠い。歩くごとに、二人の距離が段々と開いていく。それは、ヒカルが意図的に離れていっているからだ。

 どうにも、落ち着かない。このような気持ちでは、楽しめるはずがない。「帰りたい」という気持ちが芽生え始めてきた時、また崇大が声をかける。

「お〜い、どうしたの? 離れすぎじゃない?」

 その悪気のない笑顔は、やはり崇大だと思った。
 そして崇大は近づいてくると、ヒカルに耳打ちをする。

「ねぇ、誰かに尾行されてるみたい」

 ヒカルはふり返ると、確かに電灯の裏から、こちらを見ている者がいる。よくよく見てみると、その正体がわかる。良だ。
 何をしているのだろうと、ヒカルは携帯で、良にメールを送る。

『何してんだ?』

 良も、気づかれていることに気づいたのか、潔く出てきた。

「いやぁ〜。流石、鋭いね〜!」

 そう言いながら、良は歩いてくる。

「……何してんだよ」

「ちょっと気になってね」

 良は、笑った。ということは、今朝も誰かに付き纏われているような気がしたが、あれも良だったのだろう。良も、暇なものだ。

「で、もしかして邪魔しに来たのか?」
「まさか。だって、ヒカル男じゃん!」

 ヒカルがきくと、良もまた笑って言った。

「おい、あんま大声で言うなよ。他の人に聞かれんだろ」
「すんませ〜ん」

 それなら、一体何をしに来たのか。良の態度から察するに、ヒカルと崇大を監視しつつ、他のリア充を駆逐しようといったところだろう。ヒカルは、そう推測した。案の定、良はこう言った。

「じゃ、俺これから用事あるから! お前ら、上手くやれよ!」

 良が手を振りながら、向こうに走っていく。やれやれと、ヒカルはそれを、呆れた目で見送った。良も、この世界ではかなり可愛い。それなのに、何故あのようなことを続けるのか、ヒカルにとって永遠の疑問だった。リア充駆逐隊の第一線として、その役割を全うしているのだと言われれば、そこまでなのだが。

「あの子も、中身は男なんだよね」

 崇大が言った。今までの行動から考えても、そう思うのは妥当だろう。しかし、ヒカルから見ても、良のしていることは雪也と同じだ。卑劣で、そして人を不快にしかしない。そのようなことに生き甲斐を感じるなど、人間的に終わっていると言っても良い。
 しかし、それを口にしてしまうと喧嘩になりそうなので、ヒカルは今日の今まで、一度も口に出したことはない。理由は言うまでもなく、また友達を失いたくはなかったのだ。

「じゃ、行こっか」

 良を見送った後、崇大がそう言って、また微笑んでくる。いつの間にか、二人の距離が狭くなっていた。それに気づき、ヒカルはまた距離をとろうとした。すると崇大が、ヒカルの腕を掴んだ。

「待って。それじゃ、余計変に思われちゃうよ」

 そしてまた、崇大はにっこりと笑う。何故、こんなに平然としていられるのか、ヒカルには全く理解できなかった。

「何乗りたい?」
「あ、別に何でも……」

 周りでは、若い男女のカップルが何組も歩いている。互いに手をつなぎ、列に並んだりしている。ヒカルはそれを見ていると、自分たちもそのようにしなければならないという使命感に駆られた。周りの空気に呑まれ、何故かそう思ってしまったのだ。
 それに気づいたのか、崇大が手を出してきた。

「つなぐ?」
「あ、いや……」

 別に、カップルのふりをしなければいけないわけでもない。しかし、そうしていないと周りから変な目で見られそうだ。ヒカルも、ゆっくりと手を差し出す。緊張と羞恥で全身が熱くなった。そして、ヒカルはやっと我に返る。

「……って、つなぐわけないだろ、バカ!」

 そして、そのまま歩き出す。

(なんで、男となんか……)

 崇大も、仕方ないといった表情しながら、ついてくる。

「あれ? もしかして、怒っちゃってる?」
「うるっさい」

 その時、周りを歩いていた数人から、眼差しを向けられていることに気づいた。喧嘩をしていると、誤解されたのかもしれない。そういうわけではないが、理由を説明するわけにもいかない。ヒカルは、早くその気まずい空気をどうにか振り切らねばと、早足で歩いた。

 やがて人混みを抜け、人気の少ないところに来た。そこにあるのは、お化け屋敷だけで、人は並んでいなかった。そこで、一組のカップルを発見する。ヒカルは、そのカップルの女の方に注目した。

 どこかで見たことのある、茶髪のロングヘアー。そして、白いカンカン帽を被っている。

(あれって……)

 二人は一緒に、お化け屋敷に入っていった。その時に、女の顔が見えた。間違いない。それは、ハナだったのだ。ハナも、彼氏とデートに来たのだろうか。

 そこでようやく、崇大がヒカルに追いついてきた。走ってきたのか、息切れしている。

「あれ、あのお化け屋敷、空いてるみたいだね。どうする? 君が大丈夫なら、入ってもいいよ」

 ヒカルは、ハナのことが気になって何も答えなかった。真理子からは、彼氏と喧嘩したと聞いていたが、結局仲直りしたのだろうか。駅で会った時も、冴えない様子だったが。

「お〜い、聞いてる? ねぇ、どうするの?」

 崇大が、再び声をかけると、ヒカルはようやく気がついた。

「あ、え? 何?」
「あそこ、空いてるっぽいから、どうかなって思ってさ」
「あぁ……。別にいいけど……」

 ヒカルも崇大とともに、そのお化け屋敷に入ることにした。それにしても、ハナのことがどうも気になる。特に変わった様子はないが、何故か心配になるのだった。勘なのかはわからないが、もしそうだとすると、尚更気がかりだった。

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