オモテ男子とウラ彼女
第二十九話 『救出』
(――――消える。俺は消える)
ヒカルの視線の先には、白色の天井だけが見える。ソファーに仰向けになり、深く溜息をつく。崇大に何もかも話してしまった。あの失態を、黒岩に気づかれないわけがない。それわかっていたはずだが、全部話してしまっていた。
ヒカルは、自分でも何故そうしたのかよくわからない。すると、誰かの気配を感じる。ヒカルは起き上がると、そこに黒岩が立っている。
「いつかは、こうなる予感はしておりましたが、まさか本当に起きるなんて思いませんでしたよ」
「どっちなんだよ」
「おやおや、予想よりは元気そうですね。私が、何故ここに来たかわかりますか?」
「わかるけど……」
ヒカル自身、少なからず責任は感じていた。プロジェクトの被験者として、成功を収めなければいけなかった。だが、あれほど厳重に注意されていたルールを破ってしまった。しかし、これも神が定めた運命なのかもしれない。
(本当に、見放されてばっかりだな、俺……)
結局は、折角訪れたチャンスをも台無しにしてしまったのだ。それに何より、元の世界に帰ったら、この半年という貴重な時間が水泡に帰してしまう。後悔しても、もう時間は戻ってはこない。それは嫌という程知っていたはずなのに……。
ヒカルは立ち上がった。まるで、これから警察にでもつき出されるかのような、そんな覚悟だった。それには、黒岩も意外そうな顔をする。
「おや、嫌がると思いましたが、案外と潔いのですね」
「まぁな、さっさと連れていけよ」
「わかりました」
ヒカルは、黒岩についていった。どうやって帰るのかは聞いていないが、多分またあの変な薬を飲まさせるのだろう、とヒカルは推測する。
外に出ると、ヒカルは黒岩に質問した。
「なぁ、俺の破った規則って、一番目だよな?」
「はい。他人にプロジェクトの存在を口外してはならない、という項目ですね。まぁ、貴方の場合、まさに本項に直結しますけど」
「どういうことだよ?」
「自分は男だということではなく、我々の存在も一緒に話してしまいました。こちらからしてみれば、かなり悪質ですよ。残念ですが、もう貴方はこの世界では生きていけません」
その時、ヒカルは初めて事の重大さに気づく。「なんであんなことしたかな」、その言葉が何度もヒカルの脳を過った。もともとは、崇大が告白などしてこなければ、このような事態にはならなかったのかもしれない。しかし、もはや崇大を責める気にもなれなかった。
誰のせいでもない、すべては自分に責任があるのだから。そう思いながら、空を見上げる。星たちが、またしてもヒカルのことを嘲笑うように、ヒカルの瞳にその輝きを映す。
この星空も、もう見れないんだな。ヒカルの足は、いつの間にか止まっている。たとえ同じだとしても、男として見る空と女としてみる空では、やはり違うのだろう。この世界に来ても、結局は何も変わらなかった。たった半年間だけだが、女の生活を堪能できたと思えば、許せるかもしれないと思ったが、実際はそういうわけにはいかない。
突然、ヒカルは憤りを覚えた。悔しくて、涙が出そうになるのを必死で堪えた。自分でやったことだとしても、それは言い訳にしかならない。結局、自分は何年経っても幸せにはなれないのだ。ヒカルは、そのことを改めて悟った。
そして再び足を進め、黒岩と初めて会った路地まで来ると、何故かそこがとても懐かしく感じられた。更に、黒岩に続いて隠し扉から中に入ると、階段を上った。黒岩がドアを開くと、怪しい機械音が聞こえる。黒岩は、ヒカルの前に立ち、マッサージ椅子のような機械を指した。
「あれで、貴方は元の世界に強制送還されます。貴方がこの世界に来る際に飲んだ薬には、あれと同じ部品で造った極小の機械が組みこまれていたのですよ。それによって、二つの世界線を入れ替えたというわけです。でも、今回はそれだけというわけにはいきません」
黒岩が言うのは、規則を破った人間はこのプロジェクトの存在、この世界における記憶すべてを消去するということだ。ヒカルも、覚悟を決めた。記憶を消されるわけであって、死ぬわけでは決してない。その時、ヒカルはふとある疑問が浮かんだ。
「待て。俺、あいつに全部話しちゃったけど、あいつの記憶は消さなくて大丈夫なのか?」
「それなら、大丈夫です。元に戻るだけですから」
「元に戻る?」
「貴方は、この世界では女でした。だから貴方がいなくなることで、この実験もなかったことになるのです」
(あぁ、そういうことか……)
詳しく言うと、ヒカルはこの世界では元々女として生きてきたため、周りの人間も最初からヒカルのことを受け入れていた。だが、ヒカルが崇大に出会ったのは、男の世界からこの世界に来てからだ。つまり、この世界からヒカルがいなくなることによって、二人は最初から出会わなかったことになるのだという。
また、女としてのヒカルが帰ってきて、再び日常が始まる。記憶がすべてリセットされ、崇大とも関わらないようになるだろう。
ヒカルは、機械の椅子に腰かける。どうせ記憶を消されるのなら、出来る限り今までの出来事を思い出そうと、ヒカルはゆっくりと目を閉じる。
この世界に来たら、何故か良まで女になっていた。そして、何故かメイド喫茶でバイトをやることになった。真理子は優しかった。皆のために、自分だけでも最後まで店を守り抜こうとした。その努力の甲斐もあり、店を閉じずに済んだのだ。
思い返せば、意外と楽しい日々だった。学園祭の準備などの時も、初めてあのサークルにいて良かったと思えた。皆は、今頃何をしているのだろう。また、街でリア充の駆逐に勤しんでいるのだろうか。
帰ったら、また振り出しに戻る。これまでのような、楽しい日々はもう二度と送れないだろう。そう思うと、少し寂しくなってくる。その時、黒岩に声をかけられ、ヒカルは目を開けた。
「もう、よろしいですか?」
「あぁ」
「では、参りますよ」
黒岩は、機械の電源を入れる。そしてハンドルに手をかけ、それを手前に引こうとした。
――――その時。
「待ってください」
ガチャリとドアの開く音がする。ヒカルは横に目をやると、そこには崇大の姿があった。
「なんでいんだよ……」
「偶然、君を見かけたんだよ。心配になったから、つけてきたんだ」
崇大は、ヒカルの手を取った。今更、何を言おうと言うのか。黒岩は、やれやれと深い溜息をついて二人の様子を見ている。
「これはこれは、称揚すべきことではありませんね。まさか、我々の会話を盗み聞きしていたとは」
黒岩が言うと、崇大は黒岩に向き直った。真っ直ぐな目で黒岩を見つめると、ゆっくりと口を開く。
「お願いします。この子を、許してあげてください。非は、俺にもあります。どうか、お願いします!」
崇大が、黒岩に頭を下げる。それを見て、ヒカルは少し動揺した。何故、こんなに自分を庇おうとするのか。そして、崇大の目からは涙が溢れる。それを見て思った。崇大も、少なからず責任を感じているのだ。ヒカルには、それが痛いほど伝わった。まるで、処刑場のような空気を味わっていたヒカルに、救いの神が降り立ったのかもしれない。
「急に、そんなことを言われましても……」
黒岩は、困惑したような表情を見せる。それでも尚、崇大は顔を上げようとはしない。きっと、黒岩が承諾してくれるまで上げないつもりでいるのだ。
早くしなければ、上から文句が来るかもしれない。そんなことを、考えているようにも見えた。しばらくの間、その部屋は静寂に包まれ、聞こえるのは機械の僅かな音だけだ。黒岩は後頭部を掻き毟り、崇大に告げた。
「貴方も約束を守ってくれるのなら、今回の件は目を瞑りましょう」
「本当ですか?」
ようやく崇大は顔を上げ、黒岩を見た。
「はい。貴方には、被験者の方と同じく、三つの項目を守っていただきます。詳しい話は、この方から聞いてください。もし、この約束を破ったのなら、貴方も処罰の対象となりますので、ご注意ください」
言い終わると、黒岩は部屋から消えていった。残された二人は、しばらく黙り合った。そして崇大は、ヒカルに手を差し伸べる。
「帰ろう」
ヒカルは最初、躊躇っていたが、その手を握り返した。その手はどこか暖かく、崇大の人間性を表しているようにも感じ取れた。ヒカルは立ち上がると、疲れが出たのか蹌踉けてしまった。それを、すかさず崇大が抱きとめた。その瞬間、ヒカルの顔が崇大の胸に当たる。その時、ヒカルは異性として崇大のことを見てしまったのだ。
これが、「恋」というものなのだろうか。この世界に来てからも、今までは男としての目線でしか物事を考えたことがなかった。それなのに、初めて女性として、他人のことを見てしまった。もしも、自分が最初から女だったら、もっと早くにこんな気持ちになっていたのだろうか……。
ヒカルの視線の先には、白色の天井だけが見える。ソファーに仰向けになり、深く溜息をつく。崇大に何もかも話してしまった。あの失態を、黒岩に気づかれないわけがない。それわかっていたはずだが、全部話してしまっていた。
ヒカルは、自分でも何故そうしたのかよくわからない。すると、誰かの気配を感じる。ヒカルは起き上がると、そこに黒岩が立っている。
「いつかは、こうなる予感はしておりましたが、まさか本当に起きるなんて思いませんでしたよ」
「どっちなんだよ」
「おやおや、予想よりは元気そうですね。私が、何故ここに来たかわかりますか?」
「わかるけど……」
ヒカル自身、少なからず責任は感じていた。プロジェクトの被験者として、成功を収めなければいけなかった。だが、あれほど厳重に注意されていたルールを破ってしまった。しかし、これも神が定めた運命なのかもしれない。
(本当に、見放されてばっかりだな、俺……)
結局は、折角訪れたチャンスをも台無しにしてしまったのだ。それに何より、元の世界に帰ったら、この半年という貴重な時間が水泡に帰してしまう。後悔しても、もう時間は戻ってはこない。それは嫌という程知っていたはずなのに……。
ヒカルは立ち上がった。まるで、これから警察にでもつき出されるかのような、そんな覚悟だった。それには、黒岩も意外そうな顔をする。
「おや、嫌がると思いましたが、案外と潔いのですね」
「まぁな、さっさと連れていけよ」
「わかりました」
ヒカルは、黒岩についていった。どうやって帰るのかは聞いていないが、多分またあの変な薬を飲まさせるのだろう、とヒカルは推測する。
外に出ると、ヒカルは黒岩に質問した。
「なぁ、俺の破った規則って、一番目だよな?」
「はい。他人にプロジェクトの存在を口外してはならない、という項目ですね。まぁ、貴方の場合、まさに本項に直結しますけど」
「どういうことだよ?」
「自分は男だということではなく、我々の存在も一緒に話してしまいました。こちらからしてみれば、かなり悪質ですよ。残念ですが、もう貴方はこの世界では生きていけません」
その時、ヒカルは初めて事の重大さに気づく。「なんであんなことしたかな」、その言葉が何度もヒカルの脳を過った。もともとは、崇大が告白などしてこなければ、このような事態にはならなかったのかもしれない。しかし、もはや崇大を責める気にもなれなかった。
誰のせいでもない、すべては自分に責任があるのだから。そう思いながら、空を見上げる。星たちが、またしてもヒカルのことを嘲笑うように、ヒカルの瞳にその輝きを映す。
この星空も、もう見れないんだな。ヒカルの足は、いつの間にか止まっている。たとえ同じだとしても、男として見る空と女としてみる空では、やはり違うのだろう。この世界に来ても、結局は何も変わらなかった。たった半年間だけだが、女の生活を堪能できたと思えば、許せるかもしれないと思ったが、実際はそういうわけにはいかない。
突然、ヒカルは憤りを覚えた。悔しくて、涙が出そうになるのを必死で堪えた。自分でやったことだとしても、それは言い訳にしかならない。結局、自分は何年経っても幸せにはなれないのだ。ヒカルは、そのことを改めて悟った。
そして再び足を進め、黒岩と初めて会った路地まで来ると、何故かそこがとても懐かしく感じられた。更に、黒岩に続いて隠し扉から中に入ると、階段を上った。黒岩がドアを開くと、怪しい機械音が聞こえる。黒岩は、ヒカルの前に立ち、マッサージ椅子のような機械を指した。
「あれで、貴方は元の世界に強制送還されます。貴方がこの世界に来る際に飲んだ薬には、あれと同じ部品で造った極小の機械が組みこまれていたのですよ。それによって、二つの世界線を入れ替えたというわけです。でも、今回はそれだけというわけにはいきません」
黒岩が言うのは、規則を破った人間はこのプロジェクトの存在、この世界における記憶すべてを消去するということだ。ヒカルも、覚悟を決めた。記憶を消されるわけであって、死ぬわけでは決してない。その時、ヒカルはふとある疑問が浮かんだ。
「待て。俺、あいつに全部話しちゃったけど、あいつの記憶は消さなくて大丈夫なのか?」
「それなら、大丈夫です。元に戻るだけですから」
「元に戻る?」
「貴方は、この世界では女でした。だから貴方がいなくなることで、この実験もなかったことになるのです」
(あぁ、そういうことか……)
詳しく言うと、ヒカルはこの世界では元々女として生きてきたため、周りの人間も最初からヒカルのことを受け入れていた。だが、ヒカルが崇大に出会ったのは、男の世界からこの世界に来てからだ。つまり、この世界からヒカルがいなくなることによって、二人は最初から出会わなかったことになるのだという。
また、女としてのヒカルが帰ってきて、再び日常が始まる。記憶がすべてリセットされ、崇大とも関わらないようになるだろう。
ヒカルは、機械の椅子に腰かける。どうせ記憶を消されるのなら、出来る限り今までの出来事を思い出そうと、ヒカルはゆっくりと目を閉じる。
この世界に来たら、何故か良まで女になっていた。そして、何故かメイド喫茶でバイトをやることになった。真理子は優しかった。皆のために、自分だけでも最後まで店を守り抜こうとした。その努力の甲斐もあり、店を閉じずに済んだのだ。
思い返せば、意外と楽しい日々だった。学園祭の準備などの時も、初めてあのサークルにいて良かったと思えた。皆は、今頃何をしているのだろう。また、街でリア充の駆逐に勤しんでいるのだろうか。
帰ったら、また振り出しに戻る。これまでのような、楽しい日々はもう二度と送れないだろう。そう思うと、少し寂しくなってくる。その時、黒岩に声をかけられ、ヒカルは目を開けた。
「もう、よろしいですか?」
「あぁ」
「では、参りますよ」
黒岩は、機械の電源を入れる。そしてハンドルに手をかけ、それを手前に引こうとした。
――――その時。
「待ってください」
ガチャリとドアの開く音がする。ヒカルは横に目をやると、そこには崇大の姿があった。
「なんでいんだよ……」
「偶然、君を見かけたんだよ。心配になったから、つけてきたんだ」
崇大は、ヒカルの手を取った。今更、何を言おうと言うのか。黒岩は、やれやれと深い溜息をついて二人の様子を見ている。
「これはこれは、称揚すべきことではありませんね。まさか、我々の会話を盗み聞きしていたとは」
黒岩が言うと、崇大は黒岩に向き直った。真っ直ぐな目で黒岩を見つめると、ゆっくりと口を開く。
「お願いします。この子を、許してあげてください。非は、俺にもあります。どうか、お願いします!」
崇大が、黒岩に頭を下げる。それを見て、ヒカルは少し動揺した。何故、こんなに自分を庇おうとするのか。そして、崇大の目からは涙が溢れる。それを見て思った。崇大も、少なからず責任を感じているのだ。ヒカルには、それが痛いほど伝わった。まるで、処刑場のような空気を味わっていたヒカルに、救いの神が降り立ったのかもしれない。
「急に、そんなことを言われましても……」
黒岩は、困惑したような表情を見せる。それでも尚、崇大は顔を上げようとはしない。きっと、黒岩が承諾してくれるまで上げないつもりでいるのだ。
早くしなければ、上から文句が来るかもしれない。そんなことを、考えているようにも見えた。しばらくの間、その部屋は静寂に包まれ、聞こえるのは機械の僅かな音だけだ。黒岩は後頭部を掻き毟り、崇大に告げた。
「貴方も約束を守ってくれるのなら、今回の件は目を瞑りましょう」
「本当ですか?」
ようやく崇大は顔を上げ、黒岩を見た。
「はい。貴方には、被験者の方と同じく、三つの項目を守っていただきます。詳しい話は、この方から聞いてください。もし、この約束を破ったのなら、貴方も処罰の対象となりますので、ご注意ください」
言い終わると、黒岩は部屋から消えていった。残された二人は、しばらく黙り合った。そして崇大は、ヒカルに手を差し伸べる。
「帰ろう」
ヒカルは最初、躊躇っていたが、その手を握り返した。その手はどこか暖かく、崇大の人間性を表しているようにも感じ取れた。ヒカルは立ち上がると、疲れが出たのか蹌踉けてしまった。それを、すかさず崇大が抱きとめた。その瞬間、ヒカルの顔が崇大の胸に当たる。その時、ヒカルは異性として崇大のことを見てしまったのだ。
これが、「恋」というものなのだろうか。この世界に来てからも、今までは男としての目線でしか物事を考えたことがなかった。それなのに、初めて女性として、他人のことを見てしまった。もしも、自分が最初から女だったら、もっと早くにこんな気持ちになっていたのだろうか……。
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