オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第二十六話 『告白』

 翌日、ヒカルたちは調理室に行った。実質、焼きそばを作ったことがあるのは良だけであり、少しでも、料理の腕を上げる必要がある。調理室は、普段ならクッキングサークルなどが使っているのだが、中原が予め話を通し、その日だけ使えるようにしてもらったのだ。話を受けたのは、中原の親友であり、あっさり話を承諾してくれたのだという。
 昨日の深夜、中原からメールが回ってきて、焼きそばの材料を持ってくるように指示があった。麺がなかったため、ヒカルは玉葱ともやしのみ持参した。

 そして、早速調理が開始された。比較的、作りやすいといっても、味が悪ければ売れるはずがない。部員たちは、ワクワクしながら調理を始める。ヒカルも、持ってきた玉葱を刻んだ。大体切り終わると、やれやれと腕で額の汗を拭う。すると、横から話しかけてくる者がいた。

「あ、これちょっと雑じゃない?」

 それは、やはり崇大だった。

(なんでお前がいるんだよ!)

 ヒカルはそう思っていると、崇大は残りの玉葱をまな板の上に置き、

「いい? 見てて」

 と言うと、それを切り始めた。ヒカルは、まじまじとその様子を眺める。手つきが慣れており、まるでプロが切ったかのように、綺麗だった。崇大は毎朝、両親が忙しいため、昼食を自分で作っていると言っていた。あれは本当だったのかと、ヒカルはまた感心した。崇大は途中まで切ると、ヒカルに包丁を持たせ、言った。

「じゃあ、僕が今やったみたいにやってみてよ」

 そして、ヒカルは再び切り始める。その横では、崇大がまた指導を入れてくる。それを聞きながら、ヒカルも真剣に切っていく。ヒカルにとって、崇大に教えてもらうのはなかなか屈辱的だったが、それでも少しずつ楽しくなってくるのは確かだった。
 ヒカルは正直に言うと、メールを見た時、あまり気が進まなかった。多少不格好でも、学生や来訪者は買ってくれるだろうと思っていた。しかし、どうせならば見ただけで食欲を唆るような、そんな焼きそばを作りたい。その時、ヒカルはそう思った。

 周りを見ると、他の部員たちも笑顔で良の指導を受けている。今までに、このサークルの中にいてこのように楽しい気分になったことはあっただろうか。ヒカルはいつも、疑問しか抱いていなかった。何故、自分はこのようなところにいるのだろう。そればかりが、いつもヒカルの中にあった。それなのに、今日はとても楽しい気分だった。彼女さえいれば、文句なしのリア充と呼べるだろう。

 すると、崇大もヒカルの方を向いて笑いかけた。

「楽しいね」
「あ……、はい」

 本人も、悪意なくヒカルに接してきているのだろう。ヒカル自身も、そろそろ慣れなければならない。その後、麺の茹で方なども崇大から教わった。やはり、崇大は上手だった。このまま誰かと結婚しても、うまくやっていけるのではないだろうかと思うほどだった。女子以上に、女子力があるのではないだろうか。
 ヒカルは、これまでほとんど料理したことがなかった。しかし、崇大のおかげでヒカルの腕は瞬く間に上達していった。他の皆も、徐々に上手くなっていた。


 一週間後、それぞれがオリジナルの焼きそばを作ったが、どれもそのまま売り物にしても売れそうな出来栄えだった。それを全員で食し、審査し合った。結局、ヒカルの作った焼きそばが採用されることとなり、厨房も任されることになった。ヒカルは、これでリア充退治に駆り出されなくて済む、と内心ガッツポーズをした。


 そして学園祭の前日となり、屋台に必要な骨組みを全員で組み立てた。前日ということもあり、授業時間を過ぎても学内は賑やかだった。運営委員などによって飾り付けも行われ、他の部活動も屋台を並べたりしている。ヒカルはその様子を眺めていると、また崇大が隣に来て、

「いよいよ、明日だね」

 と言うので、

「先輩は、部活とかやられてないんですか?」

 そうヒカルはきいた。

「うん。まぁ、やってたんだけどね。辞めたんだよ、向かなくて」

 崇大がそう言うと、遠くを見つめた。それで、ヒカルたちのサークルを手伝ってくれていたのだ。崇大から料理のコツなどを教えてもらっている時、てっきりクッキングサークルにでも入っているのかと思っていたが、そういうわけでもなかった。

 周りを見ていると、また他の学生たちが楽しそうに準備をしている姿が眼に映る。こんな他愛もない日常を、人は幸せと呼ぶのだろう。それよりも上にある幸せに手が届く人など、極一部しかいない。ヒカルは、何とかしてその中に入ろうと、これまで必死に踠いてきたのだ。しかし今のところ、凡人のままだ。いつの間にか、ヒカルの顔から笑みが消えていた。そして、自然に溜息が漏れる。

 しばらくして、良がヒカルを前夜祭に誘った。また、いつもの居酒屋に行くのだ。しかし、ヒカルはあまり気が乗らなかった。焦りを隠して、それを断った。学内も徐々に学生の数が減り、外はもう真っ暗に近かった。ヒカルも、その日は帰ろうと大学を出ることにした。

 大学を後にし、駅に向かう途中、後ろから誰かがヒカルを呼んだ。ヒカルはふり向くと、崇大が走ってきた。

「どうしたの。みんな、どっか飲みに行くみたいだけど君は行かないの?」
「あ、はい。ちょっと、明日に備えて早めに寝ないと……。朝、早いので」
「そっか……。じゃあ、良かったらさ、一緒に帰らない?」

 急に崇大から誘われたので、少し戸惑ってしまった。それでも、一緒に帰るくらい問題ないだろうと、ヒカルはそのことを承諾した。

 そして結局、二人は並んで歩いたが、どうも気まずい。崇大は、ヒカルに何も話しかけてはこないのだ。こうなるなら、断った方が良かったのではないかと、ヒカルは後悔した。

「あ、あの〜……」

 居た堪れず、ついにヒカルから声を発してしまった。

「え、どうしたの?」
「あの、どうして誘ってきたんですか? 話が、あるんじゃないんですか?」
「あ、うん……」

 崇大は言うと、少し恥ずかしそうな仕草を見せる。何を考えているのか、皆目見当がつかない。いや、もしかしたらとヒカルは思ったが、認めたくなかった。すると二人は、公園の前を通りかかった。崇大は、

「ちょうどいいや。ねぇ、ここで話さない?」

 と言って、ヒカルを公園の中に誘導した。ヒカルは、ただ黙って崇大の後についていった。授業前のことといい、調理室のことといい、崇大が何故自分ばかりに構うのか、その答えはもうすでにヒカルの中で出ていたのだ。しかし、あまり気持ちの良いものではないため、出来るだけ考えないようにしてきたのだ。

 この世界では、あくまでヒカルは女として見られている。しかし、心は男のままだ。誰かにそれを知られてしまうと、元の世界に強制送還されてしまう。だから、自分が男だということを極力表面には出さないようにしてきたつもりだ。しかし、この男との出会いにより、もう自分を偽れなくなりつつあったのだ。

 公園の中央あたりまで来ると、崇大はヒカルの方を向いた。ヒカルも、崇大と目を合わせないように、視線を下に落とした。しかし、ずっと視線は感じる。彼は、何を言おうというのか。

「こんなこと言っていいのかわからないけど、好きなんだ。俺、君のこと」

 ……やっぱりだ。今までの様子から、それはわかりきっていた。しかも、それをこんなにストレートに言われるという、最悪の展開だ。ヒカルは、頭の中で整理が追いつかなかった。自分の正体をばらすわけにもいかない。だから、ここは……。

 ヒカルは背を向け、一目散に走り出した。遠くから、崇大が読んでいる気がした。それでもふり向かずに、駅まで走り続けた。最初に告白された相手が女子でなかったことと、相手が崇大だったことが嫌すぎて、そのまま歩道橋から飛び降りてしまいそうな勢いで、走っていた。やがて駅が見えてくると、そのまま電車に飛び乗って帰った。

 明日、また大学で自分の目の前に現れるかもしれない。そう考えると、段々と行きたくなくなってくる。しかし学園祭のため、絶対に朝早くに行って準備をしなければならない。迷いに迷っている間に、電車はヒカルの最寄りに着いていた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品