オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第二十二話 『贖罪』

 高校を卒業した俺は、東京の大学へ行くことになった。友情とか恋愛とか、そんなものもうどうでもよかった。
 自分でも何とかなるとか、自分も頑張れば彼女くらいできるんだって、勝手にそう思い込んでた。でも、実際はどうだ? 自分の弱さを克服できる人間なんて、ほんの一部だけしかいない。なんでこんな性格になったのか、自分でもよくわからないけど。神様がそうしたのか、知らない間にそうなったのかもわからない。明るくて、元気で、活発な奴を見ていると無性に羨ましくなる。
 ただの嫉妬だって思われるかもしれないけど、毎日が楽しそうな奴を見てると、反射的に敵対心が芽生えてくるんだ。俺もああなりたいなとか、思ったところで無理な話なのはわかってるはずなのに。

 俺は朝、荷物を纏めていた。明後日、東京で一人暮らしが始まる。ますます寂しくなるな、そう思いつつも部屋の整理とかしていた。そういや、雪也はどこの大学行ったんだろ。あれ以来、全然口も利かないまま卒業してしまっていた。まぁ、気にするだけ時間の無駄か。もう友達ですらないから、心配なんかしてないけど。せいぜい、リア充生活が長続きするように頑張るといい。

 そして、部屋がだいぶ片付いてきた頃、携帯が鳴った。画面を見ると、そこには雪也の番号があった。それを見て、俺は虫唾が走った。今更何の用だよ……。

『あ~、もしもし、ヒカル?』
「……何の用だよ」
『ヒカル、東京行くんだって?』
「あぁ。ていうか、今忙しいんだけど」

 俺はそう言って切ろうとすると、雪也は慌てた声でこう言うのだ。

『あぁ! 待ってヒカル! 明日、ちょっと会いたいんだ。高校の校門前、伝えたいことがあるんだ』
「伝えたいこと?」
『そうそう、だから、よかったら来てくれ。待ってるからさ』

 そして、電話が切れる。俺は、しばらく携帯を握りしめていた。一体全体、何を話そうというのだ。もしかしたら、あれか。勝ち組目線で、負け組の俺を思ってもいない「頑張れよ」みたいな言葉で嫌味っぽく言うんじゃないか。行ってやるもんか。絶対に、会ってやるもんか。誰も信じられない。信じたら、きっとまた……。

 実は俺、かなり迷っていたんだ。少し、あの言い方が気になったから。雪也があんなに真剣に何か言うのは、本当に真面目なことを考えている時だけだった。
 俺はその夜、荷造りを進めながら、雪也とのことを思い出した。あいつさえいなければ、俺は夏希とうまくいっていたかもしれない。でも、もしかしたら逆に夏希のことを好きにならなかったかもしれない。俺はあの日から、雪也を友達でもない、ただの最低な奴だと決め込んでたけど、あいつはどう思っているのだろうか。俺を、まだ友達だと思っているのだろうか。
 不意に、溜息がもれる。行ってみるだけ、行ってみるか。実を言えば、俺もあいつには言いたいことが山ほどある。場合によっては、殴ったりするかもしれないけど、あいつもそのくらいの覚悟は出来ているだろう。あれ程のことをしたのだから。

 窓を開けると、今にも降り出しそうな星空が目に映る。この季節には珍しい。昔から、俺にとって友達に囲まれながら過ごすのは、あの星たちのように遥か遠い夢だった。何かと口実をつけて逃げ出してたくせに、強がったりもしていた。俺は窓を閉めて、ベッドに横になる。明日、あいつに謝ろう。本当は悪かったのは俺の方なのに、全部雪也のせいにして、逃げ続けていた。すべては行動しなかった、いや、出来なかった俺の勇気のなさのせいなのだから。

 翌朝、俺は雪也との待ち合わせの場所に向かった。校門前に着くと、珍しく先に雪也が来ていた。雪也は俺を見つけると、

「おぉ! ヒカル、来てくれたんだ。てっきり、来ないんじゃないかって思ってた」

 と言いながら、俺に駆け寄ってくる。

「俺も、お前に言いたいことあったから……」
「でも、あれ以来ろくに口利いてなかったから、今回も無視されるんじゃないかと思ってたんだけど、来てくれてよかったぜ」
「で、話って何だよ」
「えっ?」
「お前の話。俺に伝えたいことがあるんだろ」
「あぁ、実はな、俺、ずっとお前に謝りたかったんだよ」

 今まで目線を逸らしていた俺は、無意識に雪也の目を見た。そして、雪也は続ける。

「お前、俺のこと最悪最低な奴だと思ってるんだろ? 俺も、そんな気がしてた。夏希とつき合いだしてから、お前態度変えたもんな。今でも、恨んでんだろ?」
「……あぁ、恨んでるよ。でも、それは俺に勇気がなかったからでもあるから」
「ヒカル……」

 その時、急に雪也がガクッと膝を落とした。そして、そのまま土下座し、俺に頭を下げたのだ。俺は焦った。このようなところ、誰かに見られでもしたら……。

「ごめん! この通り!」
「お、おい、やめろ!」

 俺は雪也を起こそうとするが、雪也は頭を上げようとしない。まさか目の前で、土下座されるなんて思いもしなかった。そして雪也は更に、こう続けるのだ。

「許してくれなんて言わない。でも、俺はお前にずっと謝りたかった。それだけは、本当なんだ! お前の気持ち知ってたのに、あんなこと言って、ものすごく後悔してる」
「じゃあなんでだよ……」
「実は俺もあの時、必死だったんだ。友達だと思ってたお前がつき合い始めたら、また俺、一人ぼっちになるんじゃないかって……」

 これは、雪也の本当の気持ちなのだろう。俺は、そっと雪也に手を差し出した。そして、雪也は俺の手を握ると立ち上がった。そして、俺も思っていたことを話した。

「俺も、お前のことよく見てなかった。お前、本当はいい奴なのに、自分のことしか考えてないどうしようも奴だって決め込んでた。でも今の聞いて、わかった気がする。俺も、ずっと言い訳してきたんだからな。ごめん、許すよ」
「お前……、ほんとにいい奴だよな!」

 雪也も、そう言って笑った。

「勘違いすんなよな。許すっていっても、まだ完全には許したわけじゃない」
「相変わらずだな、わかってるよ。あ、もう一つ言うことがあったんだった!」
「……何だ」

 俺は尋ねると、雪也がこう言うのだ。

「俺、実は夏希と別れたんだ」
「は?」

 俺は、言葉を失った。別れたって? 抜け駆けしたくせに、コイツ正真正銘のクズ野郎だな!
 ……いや待てよ、まさかこいつ俺のこと気にして……。そして、雪也は続けた。

「夏希に言われたんだ。自分だけ幸せになるわけにはいかないって。あいつ、まだお前のこと気にかけてんだよ。俺も、あいつに気づかされたから」

 そう言って、雪也はまた笑うのだ。その顔は、一ミリも嘘がない、穏やかな笑顔だった。それを見て、俺もどこか温かい気持ちになれた。

「……ありがとう」
「え、なんでお礼なんか言うんだ?」
「いや、なんとなく……」

 すると雪也は、

「じゃあ、俺もう行くから。大学でも、頑張れよ!」

 と言い、帰っていった。俺は、しばらくそこに残っていた。何だか、昨日よりもすごく気が軽くなった。一生解り合えないと思っていたのに、そんなことはなかった。いつしか、強い日差しが校舎の周りを照らし出していた。それは、まるで俺の未来を暗示しているかのような、その時はそんな気分だったかな。

 そして、俺は決心した。二十歳になるまでには、彼女を作ろう。すぐにじゃなくていい。いつか、「リア充」と呼ばれる存在に必ずなってやる。自分を変えよう、いや、変わらなければならないんだ。

 ――――よし、やるぞ。

 そう思ってから、もうすぐ一年半になるけど、あれから何が変わったっけな。怪しい男から怪しい薬をもらって、変な世界に来てしまっている。どうしてこうなったかな……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ヒカルは、考えるのをやめた。時計を見ると、すでに針は夕方の四時過ぎを指していた。着替えないまま、ただベッドに座っていた。もう、今日は何もする気が起こらない。
 久しぶりに、外出でもしてみようかと、ヒカルは立ち上がる。着替えるため、脱衣所に行くと何気に鏡を見た。そして、また自分の姿を見て溜息をつく。

 この世界に来て、確かに見える景色は変わった。女心も、少しだけだが理解できるようになった気がする。初めは、すべてが嫌だったが、徐々に以前の生活を取り戻しつつある。ヒカルは外に出、マンションの下に黒岩が立っているのが見えた。それを見るとヒカルは、

「何してんだよ」

 と、自ら声をかける。すると、黒岩がきき返してきた。

「あれから、何かわかりましたか」
「あぁ、ちょっとだけな」
「それはよかった。では、これからも健闘を祈ってますよ」
「うるせーよ」

 そしてまた、ヒカルは歩き出した。特に行く当てがあるわけでもない。それでも、行動しないことには何も始まらない。いつか、今日を輝ける日にするために……。

 ヒカルは、何となく商店街に出向いた。どこか、あの街と雰囲気が似ている気がした。ヒカルは、懐かしさを感じながら歩いていた。そこに、また懐かしい声がきこえたような気がした。

「真宮さん……?」

 ヒカルは、無意識にふり返った。自然に、足が止まっていた。ヒカルの視線は、一点に向けられている。そこに立っていたのは、あの夏希だったからだ。

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