超越クラスの異世界談義が花を咲かせたようです! 〜愚かな国の異世界召喚術にて〜

篝火@カワウソ好き

天才歌手と天才料理人

 
 学校に登校する二日前

 アメリカ・ロサンゼルスにて

「皆、次は最後の曲。名残惜しいけど、みんなと過ごしたこの時間最高に楽しかった。じゃ行こうか、『時の雫』」

 国際規模の曲ランキング 【オールソング】で一位を獲った響稀時雨ひびきしぐれの曲が、バックオーケストラによる演奏を冒頭として始まった。

 ちなみに言うとこの曲の作詞作曲は、歌い手の時雨と天才指揮者である紫蒼が協力し、作り上げたいわば神曲だ。

 曲調はバラードで、聞く人の心を一塁の穢れも残すことなく浄化していく。それこそ穢れを知らない者の見えない黒い部分もだ。

 この曲を聴いたことで、死の瀬戸際を彷徨っていた何人もの重体患者の脈を戻すといった伝説も起きているくらいだ。

 それ程までに彼女が創り出すノイズは、時間を緩やかにしていて、まるで治癒魔法にかけているのでは、と疑われているくらい異常なものだ。

 そんな彼女の異名は

『治癒声の魔術師』

 そう呼ばれる当の本人は、心底どうでもよく思っている。

 歌って皆が、喜んで聞いてくれるならそれでいい

 そう思いながら、今この時間、ツアーの最終場所のアメリカ・ロサンゼルスで歌っている。

 今ここにいる観客、またライブ中継先の人々はこの声に酔いしれている。
 この声は一種の麻薬だ。
 この声が耳に入った瞬間、歌以外何も考えられなくなる。

 歌い終え、続くバックオーケストラのフィナーレが終わると、約十秒間の余韻を終えて、ありえない喩えだが、生まれたての赤子が大声で喜ぶような感じで、拍手喝采が起こる。

 時雨はしばらく閉じていた目をゆっくりと開けると、満・足! といった顔を作った。

「じゃ、また会おうね」

 そう片手をあげ舞台裏に引き上げた時雨の背中からは

「ありがとぉぉ」
「絶対また来るよっ」
「シグレン最高〜」
「カーミーサーマ〜」

 などなど客席のあちらこちらから、男女の観客がそういう感謝の声や崇拝(?)の声が聞こえてきた。

 ——

 楽屋に戻ると、時雨はソファに腰を下ろした。

「はぁ〜楽しかった〜」

 普段はクールな彼女だが、ライブ終了直後は子供のようにニコニコ笑顔で余韻に浸っていた。

 響稀時雨ひびきしぐれは、身長160前半くらいの出るところは出ている日本でモデルをやればすぐさまトップへとかけ上がれるだろう容姿を持つ女性で、灰茶色の髪で、肌も白く常に凛とした佇まいがかっこいい美人だ。

「相変わらずだな時雨、ほらお前の好きなスフレ、今日はチョコだな」

 そう時雨はスイーツ女子でもあるのだ。

「おぉ〜ありがたい煎杜せんず! 流石は四ツ星料理人!! スイーツすらここまでとは! なんだこれッ、スフレのふわっとした食感に中からトロ〜と流れ出すチョコの滝は!!」

「ハッハッハ、凄いだろその滝は! スイーツも俺の手にかかればこんなもんよ!!」

 スイーツを時雨に渡した青年の名は柏崎煎杜かしわざきせんず。数多の重鎮の食事を担当してきた史上初の四ツ星料理人だ。明るい茶髪を短く切りそろえ、派手さを出しつつも、清潔感を損なわせない175ほどの身長を持つイケメンだ。

 彼の異名は

『卓上の支配者』

 まさに、世界の重鎮を相手にするに相応しい異名で、煎杜自身もわりと気に入っている。

「それにしても、まぁ〜また多くの人を魅了してきたな時雨」

「当たり前、今日歌った曲は紫蒼との愛の結晶。人を掌握できないわけがない」

 トーンのない口調ながらも頬を赤らめ、意味も無いはずなのにヘソの下あたりをナデナデとさする時雨に、煎杜は顔を引き攣らせた。

「あ、ああ……それは良かったな……」

 なんとも言えない気持ちに苦笑いを浮かべつつ、その言葉を肯定した。

 この会話と時雨を見てわかるとおり、時雨も紫蒼のことが好きである。少しどころではなくガチだ。煎杜の引き攣り顔を見たとおり若干引くほどに、だ。

「まぁ〜なんだ、明日には日本に発つし、久々に皆が集まるから楽しみだな!」

「うん、本当に……やっと紫蒼に会える……ウフッ」

 二人の表情は、会話を見れば、言わずもがな把握できるだろう。

「じゃ今日はもうホテルに行くぞー」

「なに、煎杜? もしかして誘ってる? ダメだよ、私には紫蒼がいるんだからっ!」

「そん、なんじゃねーよォッ!!」

 煎杜のガチな否定に笑いながら歩く時雨。その背中を見ながら深い溜息をつき、追いかける煎杜。

 明日の飛行機便まで、お互い精神的疲労が回復することはないだろう。

 時雨は、紫蒼に会える高揚感で。
 煎杜は、時雨に付き添う煩わしさで。

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