魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~
第22話 リルリーン・リーリエの秘密と友情
森の中のサブリナ魔法女学園。
ある日の放課後、その校門前に一台の馬車が止まった。そして4人の人間がぞろぞろと馬車から降りてくる。1人は赤いドレスを着た貴婦人で、残る3人は婦人に付き従うメイドたちだった。
「サブリナ魔法女学園……外観は変化がありませんね」
薔薇の飾りで彩られた帽子越しに婦人が学園を見上げて言う。そうですね、とメイドの1人が応じた。
「ですがあんなことがあったと聞いてはもう娘を預けておくわけにもいきません。行きますよあなた達」
「はい」
「わかりました」
「はーい」
少し怒気をはらんだ婦人と、そのメイドたちはサブリナ魔法女学園に入っていった。
放課後、人影もまばらな教室。
シルフィとリルリーンはいつものように2人で話していた。
「あたしさ。ヘルガフ先生に実戦の授業で、もっと冷静に状況を確認するべきだって言われちゃったわけよ」
「言われてたわねえ」
「でもさ、その時にあたしの隣にはさ、シルフィの他にレイレイとセイナがいたわけ」
「んー……?」
「つまり3人合わせて……」
リルはごくごく真剣な表情で言い切った。
「レイセイナ・リル……どう?」
「リルちゃんってたまに反応に困ること言うわねえ」
「へへ」
「今のはどっちかというと貶し言葉よ」
なんだよーがんばって考えたのにー、とシルフィをつつくリル。シルフィも笑って応じていた。2人の日常はこんな感じである。
「なんか今日静かだなー」
「レイちゃんもセイナちゃんもミーちゃんもいないからじゃない?」
「あーそれか。あの子らたまーに3人でいなくなるよな」
「うーん、レイちゃんもミーちゃんも、なんだかワケありっぽいよねえ。はっきりとは言わないけど」
「なー」
レイたちが何か秘密を隠している、それはリルリーンとシルフィも察知していた。もっとも2人は過度に追及したりはしないのだが。
とその時。
「ケイオス」
「どわあっ!?」
「と、っとと……」
唐突に、2人の間にパマディーテ教頭が現れた。瞬間移動の魔法だ。いきなり目の前にパマディーテ教頭のキツい顔がでてきたのでリルリーンがひっくり返り、慌ててシルフィがそれを支える。
「な、な、なんすか教頭。びっくりしたあ」
「きちんと椅子に座らないからです。ケイオス、緊急の用事です、すぐに学園長室まで来てください」
「え? 私、ですか?」
パマディーテ教頭はシルフィ(フルネームはシルフィ・ケイオス)に用事を言いつける。心当たりがなくて、シルフィもリルリーンも首を傾げていた。
シルフィはパマディーテ教頭と共に学園長室にやってきていた。ちなみにリルリーンは気になったのか途中までつき纏っていたが、教頭に思い切り怒られてしぶしぶ去っていった。
「失礼いたします。シルフィ・ケイオスを連れて参りました」
「失礼します~……あっ」
シルフィは入室して、応接用のソファに学園長と向かって座っている人間を見て思わず息を呑んだ。
「お母様……」
「シルフィ、久しいわね。ひとまずあなたは元気そうで何よりです」
3人のメイドを付き従えた、赤い服の婦人。シルフィはその人物をよく知っていた。
「ケイオスさん、まずはこちらへどうぞ。お話があるそうです」
「あ、はい」
学園長に促され、シルフィはその隣に座り、婦人の前に座った。いつも飄々としたところのあるシルフィだったが、今はさすがに緊張していた。
婦人は出された紅茶に手もつけない。落ち着いた、しかし強い視線で、学園長を睨んでいた。
「ラルプリム学園長……改めて、突然の訪問を謝罪いたします。ですが、私の娘にあのようなことがあったのでは黙ってもいられなかったのでね」
「はて、あのようなこととは? 娘さんはこないだも楽しく調理実習をしてましたよ」
「はぐらかさないでください。あの、毒物事件のことです」
毒物事件――数日前、謎の編入生オーリィにより、学園中に毒がばらまかれた事件だ。学園長もそれ以上茶化すことはせず、穏やかに、かつ強かに微笑んだ。
「ええ……たしかにあれは大きな事件でした。幸いにもこれといった被害も後遺症もなく終わりましたが……」
「何が幸いなものですか!」
「お母様、落ち着いてください」
「シルフィ、あなたは黙っていなさい。あなたもなんです、こんな大切なことを報告せずにいるなど! なんのためにあなたを娘と共に入学させたというのですか!」
感情的に叫ぶ婦人に対し、シルフィも負けじと言い返した。
「友達だからです! 私とリルちゃんは、友達なんです!」
「まあ、なんですか侍女の分際で! リルリーンがあなたを親しく思ってるのをいいことに増長したのですね」
婦人は立ち上がると、シルフィの頬を掴んで強引に引き上げた。シルフィの表情がくるしげに歪む。
「うっ……」
「リーリエさんッ!」
生徒に手を掛けられ学園長が憤りを見せる。だがシルフィはそれを手で制した。
婦人は――リーリエはますますヒステリックに感情を昂らせる。
「この学園があなたをそうさせたのですね。やはりリルリーンは自由などというぬるま湯につからせておくべきではありませんでした、すぐに連れて帰ります!」
婦人がメイドたちに目配せする。メイドたちは一瞬迷ったが、すぐに頭を下げて従った。
だがその時。
「待てええええええーっ!」
バンと学園長室のドアを開け、駆けこんできたのはリルリーン――リルリーン・リーリエだった。室内の全員の視線が彼女に集中する。メイドの1人が彼女を見て「お嬢様」と口にした。
リルリーンは肩をいからせ、母親を睨みつけていた。
「お母様……いきなり学園に来たと思えば、何をおっしゃるのですか」
平時のリルリーンとはまるで違う口調。だが家での彼女はこれが普通なのだ。
「リルリーン。あなたのためを思ってなのですよ。せっかく魔法学園に入れたというのに、こんなことになろうとは……あなたはここいてはいけません、家に連れて帰ります」
「嫌です。帰りません」
「リルリーン、あなたはいずれリーリエ家の跡継ぎとなる身なのですよ。それをよく考えなさい」
リルリーンとその母親の視線がぶつかり合う。だが、リルリーンの感情は昂るばかりだった。
「聞きましたよ、シルフィが侍女? そんなことを言うのはお母様だけです! シルフィは私の友達、いえ親友です! 私は……ええいまどろっこしい、あたしはあたしなんだよ! いい加減にお母様の過保護っぷりにはうんざり、だからこの学園に入ったの! いいから帰って!」
強くまくし立てる。婦人はそれを苦々しく見つめていたが――
「……そこまで言うのならば、仕方ありませんね」
唐突に、リルリーンの母親は矛先を引っ込めた。えっ、とリルリーンは目を見開く。
「ごめんなさい、リルリーン、シルフィ。少し感情的になってしまいました……そうですね、リルリーンももう子供ではないのですからね」
そして穏やかに微笑む。お母様、とリルリーンも安堵して笑った。ただし、シルフィだけはなおも警戒の目で婦人を見つめていたが。
「母はどうしてもあなたが心配で……つい。どうですかリルリーン、学園生活は。友達はできましたか?」
「ええ、もちろんですお母様。シルフィの他にも……」
リルリーンが嬉しそうに語ろうとしたその時。
「レイ!」
唐突に、シルフィが叫んだ。リーリエ親子は少し驚いて彼女を見る。
シルフィは普段の彼女の穏やかな笑みを浮かべていた。
「……だよね、リルちゃん。レイ・ヴィーンっていう生徒が、この学園で一番の友達。私もすっごく仲良くしてるんだよ、ね?」
「え? あ、うん、たしかに。レイレイとは仲良くしてるけど」
「なるほど……あだ名で呼ぶなど、たしかに親しいようですね……では」
婦人はまたメイドの方を向いた。そして。
「あなたたち。そのレイ・ヴィーンを捕えてきなさい! 今すぐです」
その命令に3人のメイドとリルリーンが息を呑んだ。メイドたちもためらったが、婦人の視線に耐えかねたのか首肯する。
「ご、ごめんなさい、お嬢様」
「命令ですので……」
「失礼!」
リルリーンに対しばつが悪そうに頭を下げた後、メイドたちは風のように瞬時に駆け出し、気が付いた時には音もなく学園長室から消えていた。
婦人は口元を抑え、不気味に微笑む。
「その……レイ? とかいうご友人、せっかくですので我々のお家に招待して差し上げましょう。彼女もきっとリルリーンに会いたがるでしょうねえ……うふふふ……もっとも小汚い庶民を通せるのは地下牢くらいですが」
婦人はレイを拉致し、監禁し、人質にして、リルリーンを強引に連れ戻そうという算段だったのだ。わざわざ親しい友人を聞いたのもこのためだった。メイドたちもそれを想定して連れてこられたメンバー、相応の実力を持っている。まさしく目的の為に手段を選ばない、強引で悪辣な手口だった。
だが不思議と、リルリーンや学園長、そしてシルフィは落ち着いていた。
「……ケイオスさん、あなたも中々悪いことをしますね」
「そういうことかシルフィ……ま、レイにゃ悪いがたしかにレイが適役だよなあ」
2人の意味深な問いかけに、シルフィは微笑みで返した。
婦人は彼女らの態度に違和感を覚えたようだが、なんであろうとメイドたちが拉致することは確定と思っているのか、再びソファに腰を落とした。
「さ、少し待ちましょうか。その間にリルリーンの気も変わるかもしれませんしね……」
「どーだろーね」
「うふふ……」
勝ち誇って笑う婦人を前に、シルフィは心中でほくそ笑んでいた。
アクアマリン寮の俺の部屋にて。
俺はセイナ、ミーシャと集まり、今後について話していた。
「ミーシャ、確認するけど、兄貴の居場所は覚えてないんだな?」
「はい。マスターによって都合の悪い情報は全て削除されて……います」
「レイのお兄さんとまた話が出来ればいいんだけど、そうもいかないみたいね……」
俺の体についての真実を知る2人と話し合うも、あまりいい結果は得られない。まずはイルオを見つけなければ話にならないのだが、その居場所は検討もつかなかった。
「地下の封印もなんか関係してそうだし……あっちから動きがあるのを待つしかないか?」
「でも、それでいいのかな。ちょっと受け身すぎない?」
「だよなあ……ん、どうした? ミーシャ」
ふと、ミーシャがドアの方をじっと見つめていた。秘密の話のため、彼女には外の気配に注意してもらっていたのだ。
「誰か来ます。1……2……3人。生徒ではないようです」
「え? 先生かな……」
俺らは一旦話を中断し、ドアの方に集中する。やがてドアが開くと、現れたのはなぜかメイドだった。赤、青、黄の髪をした、大人の、おそらくは本職のメイドだ。
「あのお、すみません。ここ、レイ・ヴィーンさんのお部屋ですか?」
一番前にいた赤い髪のメイドがおずおずと尋ねる。
「ええ、そうですが……」
「ああよかった!」
俺が頷くとメイドの表情はパッと明るくなった。
「だいたい奥様も無茶言うわよね、名前だけで連れてこいなんて」
「この格好で学園を歩き回るのがどれだけ目立ったか……」
「なんとか優しい生徒たちに聞いてここまで辿り着けてよかった! 早く仕事をしないと」
何やら意味深に話し合う3人。なんなんですかあなた達、俺らがそう尋ねようとした時。
「それじゃ、レイさん」
「あなたに恨みはありませんが……」
「拉致させていただきますッ!」
3人のメイドは、一斉に襲い掛かってきた。弾丸のようなスピードで一瞬にして三方向に散り、壁、天井を蹴り、俺へと飛び掛かる。ヒュンと風を切る音が俺の耳を突いた。
俺は両手と片方の足を使い、3人の攻撃を受け止めた。メイドたちは手刀に魔力を込めていた。
「え? えっ?」
「見えませんでした……すさまじい攻撃速度です」
セイナ、ミーシャが困惑する横で、俺らはギリギリとせめぎ合う。メイドたちは強いが、僅かに俺の方が押していた。
「へえ……これはこれは」
「さすがは魔法女学園の生徒にしてリルリーン様の友達」
「これは、シルフィ様に謀られましたか?」
押し合いをしながらメイドたちが語る。聞き慣れた友人の名前に俺は反応した。
「リルリーン? あんたら、リルとどんな関係だ」
「ふふ、それは……」
「帰りの馬車の中で聞かせてあげます」
「もっともあなたに意識があればですが!」
メイドたちは一斉に力を込めて俺を突き放すと、またバラバラに散る。今度は壁と天井を蹴り続け、目にも留まらないスピードで俺の部屋を往復し始めた。物が飛ぼうと壊れようとお構いなしだ。
「セイナ、ミーシャ。俺の近くに寄れ」
「う、うん」
「わかりました」
俺はセイナたちを安全なそばに寄せる。その間にもメイドたちはますます速度を上げて駆けまわる。俺ですらギリギリ視認できるレベルのスピードだ、かなり高度な魔法とそれを巧みに操る技術を持っている。
「さあ、我らの全力の攻撃を受けれるでしょうか?」
「今度は同じ方向からなどとなまぬるいことはしませんよ」
「三方向三段階の攻撃……ご友人をかばいながらはたして捌ききれるでしょうか。我らを止めない限り続く連撃を!」
メイドたちの声が風切り音に交じり響く。向けられる殺意はかつてないほどだった。
そして次の瞬間。
「「「ハアアッ!」」」
メイドたちが三方向、同時に俺へと殴りかかった。
その瞬間を俺は待っていた。
「空間魔法『キューブ』!」
俺らの周囲を空間魔法の箱が覆った。メイドたちの攻撃は箱に防がれ、激しい衝突音が響き渡る。
「なっ」
「しまった」
「空間魔法、そんな……」
速度の反動を抑えようとして動きが止まる3人。すかさず俺は叫んだ。
「『スクエア』!」
「きゃっ!?」
メイドたち3人それぞれの周囲に魔力の長方形が出現し、その四肢を縛り付けた。これでもう、あのスピードは出せない。
「すごいレイ、いつの間に空間魔法が使えるようになったの?」
「さあな、なんかやってみたらできたんだ」
「……すごい、ですね」
俺はその時、ミーシャの微妙な態度に気が付かなかった。メイドたちの方に集中していたからだ。
俺は貼り付けの状態で宙に浮かぶメイドたちを睨みつける。
「さあ、話してもらおうか。なんで俺を襲ったのか、リルリーンとお前らの関係は」
――そうしてメイドたちから語られたことに、俺らは仰天したのだった。
俺がメイドたちと共に学園長室に入ると、リルリーンの母親らしく金持ちの婦人は目を丸くして俺を見た。俺が特待生だと伝えるとシルフィに騙されたことに気付き彼女を睨んだが、シルフィは涼し気な顔をしていた。
「わかっただろ、お母様。あたしにはシルフィもいるし、レイみたいな頼もしい奴もいる。お母様は心配しすぎだよ、強引すぎだし」
リルリーンは呆れ顔で母親に詰め寄った。キツそうな母親だったがさすがに返す言葉もなく、諦め気味にはあと息をついた。
「わかりました。まったく、あなたはなんでそう昔から、人の話を聞かないのでしょうね」
「それがあたしだからだよ。お嬢様なんてガラじゃないし」
「あら、あなたも昔はそうだったでしょう?」
ふいにパマディーテ教頭が口を開いた。俺らが驚いて2人を見ると、パマディーテ教頭とリルリーンの母親は互いに視線を合わせて笑っていた。
「あなたに言われたくないですよ、パマディーテ先生。何度あなたに殺されかけた事か」
「人聞きの悪い、あなたこそ私に何度もシャレにならない悪戯を仕掛けたでしょうリーリエ。お互い様です」
「えっ……お母様、ここの卒業生だったの?」
「そうですよ。だから不安だったんです、ここは何が起こるかわかりませんから。ですがもういいです」
リルリーンの母親は立ち上がった。そしてメイドたちを連れ、部屋を出て行く。
「あなた達の好きなようになさい、ですがシルフィ、今度は何かあったらすぐに連絡するのですよ」
「あ、はい。それはたしかに」
婦人は去っていった。メイドたちは俺とリルリーンに対し深く頭を下げて謝罪した後、婦人のあとを追って去っていった。
「……で、リルリーン、シルフィ。俺らに説明しなきゃならないことがあるだろ」
俺はじとっとリルを睨む。ははは、とリルは苦笑いを浮かべていた。
そう、メイドから聞いたのだが、実はこのリルリーン、とんでもない金持ちの娘らしいのだ。それこそダイヤモンド寮のユニコに匹敵するかそれ以上の大富豪で、本来ならばダイヤモンド寮のトップに立っておかしくない人間だという。シルフィは幼い頃からその家に仕える侍女であり、同い年のリルリーンとは親友として育ってきたらしい。
「言ったでしょ、お嬢様なんてあたしのガラじゃないって。ルビー寮でみんなとわいわいやってた方があたしの性にあってんのよ。隠してたのは悪かった」
「あと、レイちゃんを利用してごめんなさいね。でもレイちゃんなら絶対に返り討ちにするだろうって思ってたからなのよ? 実際その通りになったし」
「お前らなあ……」
俺らは呆れて笑う。学園長も微笑ましく俺らを見つめていた。
とその時、ふいにリルリーンは俺に近づき、その肩をポンと叩く。
「隠し事はお互い様。お互い何者だろうと、友情は関係ないのだ!」
俺はハッとなってリルリーンを見返した。俺らが秘密を抱えているのを、リルリーンたちは見破っていたのだ。
だがリルリーンもシルフィもそんなことは気にしないという風に、爽やかに笑っていた。
「さっ、済んだ済んだ! 食堂に行こうよ、お詫びにプリンおごってあげるからさ!」
「ん、じゃあゴチになろうかな」
「ありがとうリルちゃん」
「私も……よろしいのでしょうか」
「もちろんよ、じゃあこれで失礼しますね学園長、お騒がせしました」
「ええ、今回は力になれなくてごめんなさいね。いってらっしゃい」
俺らは揃って学園を歩く。友達はとはいいものだ、と改めて思った。それはきっと、ミーシャも。
ある日の放課後、その校門前に一台の馬車が止まった。そして4人の人間がぞろぞろと馬車から降りてくる。1人は赤いドレスを着た貴婦人で、残る3人は婦人に付き従うメイドたちだった。
「サブリナ魔法女学園……外観は変化がありませんね」
薔薇の飾りで彩られた帽子越しに婦人が学園を見上げて言う。そうですね、とメイドの1人が応じた。
「ですがあんなことがあったと聞いてはもう娘を預けておくわけにもいきません。行きますよあなた達」
「はい」
「わかりました」
「はーい」
少し怒気をはらんだ婦人と、そのメイドたちはサブリナ魔法女学園に入っていった。
放課後、人影もまばらな教室。
シルフィとリルリーンはいつものように2人で話していた。
「あたしさ。ヘルガフ先生に実戦の授業で、もっと冷静に状況を確認するべきだって言われちゃったわけよ」
「言われてたわねえ」
「でもさ、その時にあたしの隣にはさ、シルフィの他にレイレイとセイナがいたわけ」
「んー……?」
「つまり3人合わせて……」
リルはごくごく真剣な表情で言い切った。
「レイセイナ・リル……どう?」
「リルちゃんってたまに反応に困ること言うわねえ」
「へへ」
「今のはどっちかというと貶し言葉よ」
なんだよーがんばって考えたのにー、とシルフィをつつくリル。シルフィも笑って応じていた。2人の日常はこんな感じである。
「なんか今日静かだなー」
「レイちゃんもセイナちゃんもミーちゃんもいないからじゃない?」
「あーそれか。あの子らたまーに3人でいなくなるよな」
「うーん、レイちゃんもミーちゃんも、なんだかワケありっぽいよねえ。はっきりとは言わないけど」
「なー」
レイたちが何か秘密を隠している、それはリルリーンとシルフィも察知していた。もっとも2人は過度に追及したりはしないのだが。
とその時。
「ケイオス」
「どわあっ!?」
「と、っとと……」
唐突に、2人の間にパマディーテ教頭が現れた。瞬間移動の魔法だ。いきなり目の前にパマディーテ教頭のキツい顔がでてきたのでリルリーンがひっくり返り、慌ててシルフィがそれを支える。
「な、な、なんすか教頭。びっくりしたあ」
「きちんと椅子に座らないからです。ケイオス、緊急の用事です、すぐに学園長室まで来てください」
「え? 私、ですか?」
パマディーテ教頭はシルフィ(フルネームはシルフィ・ケイオス)に用事を言いつける。心当たりがなくて、シルフィもリルリーンも首を傾げていた。
シルフィはパマディーテ教頭と共に学園長室にやってきていた。ちなみにリルリーンは気になったのか途中までつき纏っていたが、教頭に思い切り怒られてしぶしぶ去っていった。
「失礼いたします。シルフィ・ケイオスを連れて参りました」
「失礼します~……あっ」
シルフィは入室して、応接用のソファに学園長と向かって座っている人間を見て思わず息を呑んだ。
「お母様……」
「シルフィ、久しいわね。ひとまずあなたは元気そうで何よりです」
3人のメイドを付き従えた、赤い服の婦人。シルフィはその人物をよく知っていた。
「ケイオスさん、まずはこちらへどうぞ。お話があるそうです」
「あ、はい」
学園長に促され、シルフィはその隣に座り、婦人の前に座った。いつも飄々としたところのあるシルフィだったが、今はさすがに緊張していた。
婦人は出された紅茶に手もつけない。落ち着いた、しかし強い視線で、学園長を睨んでいた。
「ラルプリム学園長……改めて、突然の訪問を謝罪いたします。ですが、私の娘にあのようなことがあったのでは黙ってもいられなかったのでね」
「はて、あのようなこととは? 娘さんはこないだも楽しく調理実習をしてましたよ」
「はぐらかさないでください。あの、毒物事件のことです」
毒物事件――数日前、謎の編入生オーリィにより、学園中に毒がばらまかれた事件だ。学園長もそれ以上茶化すことはせず、穏やかに、かつ強かに微笑んだ。
「ええ……たしかにあれは大きな事件でした。幸いにもこれといった被害も後遺症もなく終わりましたが……」
「何が幸いなものですか!」
「お母様、落ち着いてください」
「シルフィ、あなたは黙っていなさい。あなたもなんです、こんな大切なことを報告せずにいるなど! なんのためにあなたを娘と共に入学させたというのですか!」
感情的に叫ぶ婦人に対し、シルフィも負けじと言い返した。
「友達だからです! 私とリルちゃんは、友達なんです!」
「まあ、なんですか侍女の分際で! リルリーンがあなたを親しく思ってるのをいいことに増長したのですね」
婦人は立ち上がると、シルフィの頬を掴んで強引に引き上げた。シルフィの表情がくるしげに歪む。
「うっ……」
「リーリエさんッ!」
生徒に手を掛けられ学園長が憤りを見せる。だがシルフィはそれを手で制した。
婦人は――リーリエはますますヒステリックに感情を昂らせる。
「この学園があなたをそうさせたのですね。やはりリルリーンは自由などというぬるま湯につからせておくべきではありませんでした、すぐに連れて帰ります!」
婦人がメイドたちに目配せする。メイドたちは一瞬迷ったが、すぐに頭を下げて従った。
だがその時。
「待てええええええーっ!」
バンと学園長室のドアを開け、駆けこんできたのはリルリーン――リルリーン・リーリエだった。室内の全員の視線が彼女に集中する。メイドの1人が彼女を見て「お嬢様」と口にした。
リルリーンは肩をいからせ、母親を睨みつけていた。
「お母様……いきなり学園に来たと思えば、何をおっしゃるのですか」
平時のリルリーンとはまるで違う口調。だが家での彼女はこれが普通なのだ。
「リルリーン。あなたのためを思ってなのですよ。せっかく魔法学園に入れたというのに、こんなことになろうとは……あなたはここいてはいけません、家に連れて帰ります」
「嫌です。帰りません」
「リルリーン、あなたはいずれリーリエ家の跡継ぎとなる身なのですよ。それをよく考えなさい」
リルリーンとその母親の視線がぶつかり合う。だが、リルリーンの感情は昂るばかりだった。
「聞きましたよ、シルフィが侍女? そんなことを言うのはお母様だけです! シルフィは私の友達、いえ親友です! 私は……ええいまどろっこしい、あたしはあたしなんだよ! いい加減にお母様の過保護っぷりにはうんざり、だからこの学園に入ったの! いいから帰って!」
強くまくし立てる。婦人はそれを苦々しく見つめていたが――
「……そこまで言うのならば、仕方ありませんね」
唐突に、リルリーンの母親は矛先を引っ込めた。えっ、とリルリーンは目を見開く。
「ごめんなさい、リルリーン、シルフィ。少し感情的になってしまいました……そうですね、リルリーンももう子供ではないのですからね」
そして穏やかに微笑む。お母様、とリルリーンも安堵して笑った。ただし、シルフィだけはなおも警戒の目で婦人を見つめていたが。
「母はどうしてもあなたが心配で……つい。どうですかリルリーン、学園生活は。友達はできましたか?」
「ええ、もちろんですお母様。シルフィの他にも……」
リルリーンが嬉しそうに語ろうとしたその時。
「レイ!」
唐突に、シルフィが叫んだ。リーリエ親子は少し驚いて彼女を見る。
シルフィは普段の彼女の穏やかな笑みを浮かべていた。
「……だよね、リルちゃん。レイ・ヴィーンっていう生徒が、この学園で一番の友達。私もすっごく仲良くしてるんだよ、ね?」
「え? あ、うん、たしかに。レイレイとは仲良くしてるけど」
「なるほど……あだ名で呼ぶなど、たしかに親しいようですね……では」
婦人はまたメイドの方を向いた。そして。
「あなたたち。そのレイ・ヴィーンを捕えてきなさい! 今すぐです」
その命令に3人のメイドとリルリーンが息を呑んだ。メイドたちもためらったが、婦人の視線に耐えかねたのか首肯する。
「ご、ごめんなさい、お嬢様」
「命令ですので……」
「失礼!」
リルリーンに対しばつが悪そうに頭を下げた後、メイドたちは風のように瞬時に駆け出し、気が付いた時には音もなく学園長室から消えていた。
婦人は口元を抑え、不気味に微笑む。
「その……レイ? とかいうご友人、せっかくですので我々のお家に招待して差し上げましょう。彼女もきっとリルリーンに会いたがるでしょうねえ……うふふふ……もっとも小汚い庶民を通せるのは地下牢くらいですが」
婦人はレイを拉致し、監禁し、人質にして、リルリーンを強引に連れ戻そうという算段だったのだ。わざわざ親しい友人を聞いたのもこのためだった。メイドたちもそれを想定して連れてこられたメンバー、相応の実力を持っている。まさしく目的の為に手段を選ばない、強引で悪辣な手口だった。
だが不思議と、リルリーンや学園長、そしてシルフィは落ち着いていた。
「……ケイオスさん、あなたも中々悪いことをしますね」
「そういうことかシルフィ……ま、レイにゃ悪いがたしかにレイが適役だよなあ」
2人の意味深な問いかけに、シルフィは微笑みで返した。
婦人は彼女らの態度に違和感を覚えたようだが、なんであろうとメイドたちが拉致することは確定と思っているのか、再びソファに腰を落とした。
「さ、少し待ちましょうか。その間にリルリーンの気も変わるかもしれませんしね……」
「どーだろーね」
「うふふ……」
勝ち誇って笑う婦人を前に、シルフィは心中でほくそ笑んでいた。
アクアマリン寮の俺の部屋にて。
俺はセイナ、ミーシャと集まり、今後について話していた。
「ミーシャ、確認するけど、兄貴の居場所は覚えてないんだな?」
「はい。マスターによって都合の悪い情報は全て削除されて……います」
「レイのお兄さんとまた話が出来ればいいんだけど、そうもいかないみたいね……」
俺の体についての真実を知る2人と話し合うも、あまりいい結果は得られない。まずはイルオを見つけなければ話にならないのだが、その居場所は検討もつかなかった。
「地下の封印もなんか関係してそうだし……あっちから動きがあるのを待つしかないか?」
「でも、それでいいのかな。ちょっと受け身すぎない?」
「だよなあ……ん、どうした? ミーシャ」
ふと、ミーシャがドアの方をじっと見つめていた。秘密の話のため、彼女には外の気配に注意してもらっていたのだ。
「誰か来ます。1……2……3人。生徒ではないようです」
「え? 先生かな……」
俺らは一旦話を中断し、ドアの方に集中する。やがてドアが開くと、現れたのはなぜかメイドだった。赤、青、黄の髪をした、大人の、おそらくは本職のメイドだ。
「あのお、すみません。ここ、レイ・ヴィーンさんのお部屋ですか?」
一番前にいた赤い髪のメイドがおずおずと尋ねる。
「ええ、そうですが……」
「ああよかった!」
俺が頷くとメイドの表情はパッと明るくなった。
「だいたい奥様も無茶言うわよね、名前だけで連れてこいなんて」
「この格好で学園を歩き回るのがどれだけ目立ったか……」
「なんとか優しい生徒たちに聞いてここまで辿り着けてよかった! 早く仕事をしないと」
何やら意味深に話し合う3人。なんなんですかあなた達、俺らがそう尋ねようとした時。
「それじゃ、レイさん」
「あなたに恨みはありませんが……」
「拉致させていただきますッ!」
3人のメイドは、一斉に襲い掛かってきた。弾丸のようなスピードで一瞬にして三方向に散り、壁、天井を蹴り、俺へと飛び掛かる。ヒュンと風を切る音が俺の耳を突いた。
俺は両手と片方の足を使い、3人の攻撃を受け止めた。メイドたちは手刀に魔力を込めていた。
「え? えっ?」
「見えませんでした……すさまじい攻撃速度です」
セイナ、ミーシャが困惑する横で、俺らはギリギリとせめぎ合う。メイドたちは強いが、僅かに俺の方が押していた。
「へえ……これはこれは」
「さすがは魔法女学園の生徒にしてリルリーン様の友達」
「これは、シルフィ様に謀られましたか?」
押し合いをしながらメイドたちが語る。聞き慣れた友人の名前に俺は反応した。
「リルリーン? あんたら、リルとどんな関係だ」
「ふふ、それは……」
「帰りの馬車の中で聞かせてあげます」
「もっともあなたに意識があればですが!」
メイドたちは一斉に力を込めて俺を突き放すと、またバラバラに散る。今度は壁と天井を蹴り続け、目にも留まらないスピードで俺の部屋を往復し始めた。物が飛ぼうと壊れようとお構いなしだ。
「セイナ、ミーシャ。俺の近くに寄れ」
「う、うん」
「わかりました」
俺はセイナたちを安全なそばに寄せる。その間にもメイドたちはますます速度を上げて駆けまわる。俺ですらギリギリ視認できるレベルのスピードだ、かなり高度な魔法とそれを巧みに操る技術を持っている。
「さあ、我らの全力の攻撃を受けれるでしょうか?」
「今度は同じ方向からなどとなまぬるいことはしませんよ」
「三方向三段階の攻撃……ご友人をかばいながらはたして捌ききれるでしょうか。我らを止めない限り続く連撃を!」
メイドたちの声が風切り音に交じり響く。向けられる殺意はかつてないほどだった。
そして次の瞬間。
「「「ハアアッ!」」」
メイドたちが三方向、同時に俺へと殴りかかった。
その瞬間を俺は待っていた。
「空間魔法『キューブ』!」
俺らの周囲を空間魔法の箱が覆った。メイドたちの攻撃は箱に防がれ、激しい衝突音が響き渡る。
「なっ」
「しまった」
「空間魔法、そんな……」
速度の反動を抑えようとして動きが止まる3人。すかさず俺は叫んだ。
「『スクエア』!」
「きゃっ!?」
メイドたち3人それぞれの周囲に魔力の長方形が出現し、その四肢を縛り付けた。これでもう、あのスピードは出せない。
「すごいレイ、いつの間に空間魔法が使えるようになったの?」
「さあな、なんかやってみたらできたんだ」
「……すごい、ですね」
俺はその時、ミーシャの微妙な態度に気が付かなかった。メイドたちの方に集中していたからだ。
俺は貼り付けの状態で宙に浮かぶメイドたちを睨みつける。
「さあ、話してもらおうか。なんで俺を襲ったのか、リルリーンとお前らの関係は」
――そうしてメイドたちから語られたことに、俺らは仰天したのだった。
俺がメイドたちと共に学園長室に入ると、リルリーンの母親らしく金持ちの婦人は目を丸くして俺を見た。俺が特待生だと伝えるとシルフィに騙されたことに気付き彼女を睨んだが、シルフィは涼し気な顔をしていた。
「わかっただろ、お母様。あたしにはシルフィもいるし、レイみたいな頼もしい奴もいる。お母様は心配しすぎだよ、強引すぎだし」
リルリーンは呆れ顔で母親に詰め寄った。キツそうな母親だったがさすがに返す言葉もなく、諦め気味にはあと息をついた。
「わかりました。まったく、あなたはなんでそう昔から、人の話を聞かないのでしょうね」
「それがあたしだからだよ。お嬢様なんてガラじゃないし」
「あら、あなたも昔はそうだったでしょう?」
ふいにパマディーテ教頭が口を開いた。俺らが驚いて2人を見ると、パマディーテ教頭とリルリーンの母親は互いに視線を合わせて笑っていた。
「あなたに言われたくないですよ、パマディーテ先生。何度あなたに殺されかけた事か」
「人聞きの悪い、あなたこそ私に何度もシャレにならない悪戯を仕掛けたでしょうリーリエ。お互い様です」
「えっ……お母様、ここの卒業生だったの?」
「そうですよ。だから不安だったんです、ここは何が起こるかわかりませんから。ですがもういいです」
リルリーンの母親は立ち上がった。そしてメイドたちを連れ、部屋を出て行く。
「あなた達の好きなようになさい、ですがシルフィ、今度は何かあったらすぐに連絡するのですよ」
「あ、はい。それはたしかに」
婦人は去っていった。メイドたちは俺とリルリーンに対し深く頭を下げて謝罪した後、婦人のあとを追って去っていった。
「……で、リルリーン、シルフィ。俺らに説明しなきゃならないことがあるだろ」
俺はじとっとリルを睨む。ははは、とリルは苦笑いを浮かべていた。
そう、メイドから聞いたのだが、実はこのリルリーン、とんでもない金持ちの娘らしいのだ。それこそダイヤモンド寮のユニコに匹敵するかそれ以上の大富豪で、本来ならばダイヤモンド寮のトップに立っておかしくない人間だという。シルフィは幼い頃からその家に仕える侍女であり、同い年のリルリーンとは親友として育ってきたらしい。
「言ったでしょ、お嬢様なんてあたしのガラじゃないって。ルビー寮でみんなとわいわいやってた方があたしの性にあってんのよ。隠してたのは悪かった」
「あと、レイちゃんを利用してごめんなさいね。でもレイちゃんなら絶対に返り討ちにするだろうって思ってたからなのよ? 実際その通りになったし」
「お前らなあ……」
俺らは呆れて笑う。学園長も微笑ましく俺らを見つめていた。
とその時、ふいにリルリーンは俺に近づき、その肩をポンと叩く。
「隠し事はお互い様。お互い何者だろうと、友情は関係ないのだ!」
俺はハッとなってリルリーンを見返した。俺らが秘密を抱えているのを、リルリーンたちは見破っていたのだ。
だがリルリーンもシルフィもそんなことは気にしないという風に、爽やかに笑っていた。
「さっ、済んだ済んだ! 食堂に行こうよ、お詫びにプリンおごってあげるからさ!」
「ん、じゃあゴチになろうかな」
「ありがとうリルちゃん」
「私も……よろしいのでしょうか」
「もちろんよ、じゃあこれで失礼しますね学園長、お騒がせしました」
「ええ、今回は力になれなくてごめんなさいね。いってらっしゃい」
俺らは揃って学園を歩く。友達はとはいいものだ、と改めて思った。それはきっと、ミーシャも。
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