魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~

八木山蒼

第10話 友人は生徒会長

 学園の昼休み、しんと静まり返った生物教室。
 オニキス寮の猫姉妹の妹、ミアは懐から1枚の写真を取り出した。それを見た水色の髪の生徒会長、シルリアはハッと息を呑む。

「おやおや顔色が変わったにゃ?」
「この写真、探してたんじゃあないかニャ~?」

 ひらひらと写真をかざしながらシルリアを挑発するミアとその姉メア。シルリアは悔し気に唇を噛み2人を睨みつけた。

「あなたたちが盗んだのね……」
「猫は手癖が悪くてにゃあ。おっと、それ以上こっちに来たら写真はビリビリ、だにゃ」
「猫は爪が鋭いのニャ! ニャッハハ!」

 この世界では写真は高級品で、複製などもできない一品ものだ。シルリアは大事な写真を人質にとられ、ただただオニキス寮の2人を睨むことしかできなかった。
 さらにずい、と、写真を持っていない方であるメアがシルリアに顔を近づける。

「持ち前の高い魔力で一瞬の内に写真を奪い取る……なんてことも考えない方がいい。我らもそんなことは想定済み、この私が貴様の動向には常に気を張っている。たとえ貴様が全力で襲ってきたとしてもオニキス寮の名にかけて最低1秒、貴様を止める」
「その間にミアが写真をビリビリ~なのニャ! 猫姉妹の素早さ、舐めない方がいいのニャ!」

 写真を持つミアとシルリアの間にメアが入り壁となる。シルリアも確実に写真を奪い返す手立てがないのか、魔力を昂らせる気配こそ見せるものの、動くことはできないようだ。

「ニャッニャッニャ! わかったら私たちの言うこと聞くんだニャ~!」
「くっ……姑息な手を」
「その場しのぎで結構。交渉とはまず相手より上位に立ってから始めるものだ。たとえどんな手を使ってでも……にゃあ?」

 シルリアへ脅しをかけるメア、写真を手に浮かれるミア。シルリアは手も足も出ない様子だった。

「……何がお望みですか」
「こちらの要求を聞く。それは交渉のテーブルに着くということでいいんだな?」
「質問を質問で返すのは低脳のやることです。何が望みなのかと聞いているのです」
「あっメアをバカにしたニャ!? メアへの悪口は許さないニャ!」

 ミアは写真を両手に持ち、今にもビリビリに破こうとした。シルリアが慌ててそれを止める。

「ま、待って!」
「言っただろう、お前より上の立場からの交渉だ……とな。主導権はこちらにある、それを忘れるな。いや、忘れるにゃ~」
「くっ……わ、わかりました、交渉します。そちらの要求を聞かせてください」

 恫喝と翻弄を使い分けメアがシルリアを挑発し、冷静な思考を奪っていく。ペースが完全に握られているようだった。

「私たちの希望はひとつ。あなたがオニキス寮に入ることだにゃあ」
「ずっと前から言ってることだニャ! 生徒会長さんくらいの人がオニキスに来れば学園も私たちのことを無視できなくなるし、他の生徒にもきっと影響される子が出てくるのニャ~!」
「……入れば、写真を返してもらえるのですね?」

 シルリアが条件を呑む気配を見せる。しかしメアたちは交渉の手を緩めない。

「ああ、返すにゃ返すにゃ。ただし1か月! 最低でも1か月寮に所属して、あなたがオニキス寮に入ったことが学園に定着してから写真は返してあげるにゃ。もちろんその間、ここでの交渉のことが漏れたら約束は破棄だにゃ」
「……あくまでも私が自分の意思でオニキス寮に入ったと見せかけ……私の地位が失墜した後に、写真を返そうという魂胆ですか」
「当たりニャ~! 猫は狡猾なのニャ、ニャッハハハ!」

 シルリアは悔しさをよりいっそう表情ににじませる。

 瞬間、シルリアの魔力が急激に膨れ上がった。僅かに足を引き、腰を捻り、まばたき程の間に飛び掛かる気配を見せる。
 だが同時にメアは笑みを消し、シルリアを凝視したままに体を開き受け止める体勢を作る。ミアもまた写真を体の後ろに隠してしまった。

「動くな……交渉決裂とみなすぞ」
「……わかり、ました」

 シルリアは渋々と魔力を抑え、戦闘態勢を解く。笑う猫たちに対し、もはや成す術はない、と思われたその時。

 ミアの後ろに回っていた俺は、その手から写真を奪い取った。

「あいかわらずこすずるい真似してるな、お前ら」
「ニャッ!?」
「なにッ!?」

 写真を持って飛び退き猫たちから距離を置く。振り向いて驚く2人。シルリアも目を見開き、俺の姿を探していた。
 そこで俺は『透明化』の魔法を解き、3人の前に姿を見せた。ミアが絶叫をあげる。

「ニ゛ャ゛ーッ! それミアの魔法なのニャ! パクりだニャァ!」
「私たちがシルリアに意識を集中させている隙に透明化で背後に回っていたのか……! それも、ミアのものと同等かそれ以上の透明化の魔法で!」
「ああ、昨日見たからな」

 俺は写真をひらひらと揺らし、猫たちがシルリアにやっていたことの仕返しのようにして笑った。魔科学兵器の体は一度見ただけの透明化魔法をも簡単に模倣してしまったのだ。
 ぐぬぬぬ、と、先程までの笑い顔から一変、妹の方のミアが歯ぎしりをし地団駄を踏んで悔しがっていた。ただし写真を奪われたのとは別の理由で。

「と、透明化の魔法は、私の数少ない本当に猫っぽい要素なのに……! キャラ泥棒ニャ! キャラ崩壊ニャア~っ! おねえちゃあ~ん!」
「貴様! ミアを泣かせたな! 許さんぞ」

 理由はどうあれ俺へと敵意を向けてくる双子。だが直後、2人は背後から離れた殺気に思わず振り返った。
 シルリアは全身から冷たい魔力を放ちつつ、2人を睨みつけていた。

「私がいること、忘れてませんか? 覚悟はできているのでしょうね」

 ぐっ、とメアは言葉に詰まる。ミアはただただ震えてメアに泣きついていた。後ろにシルリア、前に俺。挟まれたメアはそれこそ成す術のない状態のようだった。

「この作戦まで特待生、貴様に止められるとはな……忘れんぞ、この恨み。ここは退かせてもらうッ!」

 メアはミアを抱きかかえると、その場で跳躍した。その跳躍力はすさまじく、そのまま天井を突き破っていった。シルリアも追い打ちの暇はなかったようで、悔し気に天井に空いた穴を見つめていた。
 メアとミアは取り逃がしたが、なにはともあれ一件落着だ。俺はシルリアへと歩み寄る。

「ほら、会長さん。大事なものなんだろ?」

 そしてミアから奪った写真を差し出す。シルリアはそれを見てハッとなり、すぐに受け取った。

「オニキス寮の連中、思ったよりもあくどい手を使ってくるな。また盗まれるかもしれないし気をつけないとな」

 俺はそう語り掛けたが、シルリアは写真を見つめ、取り戻したことの安堵感に浸っている様子だ。その後ようやく俺の声に気付いた様子で、慌てて写真を懐に収める。よほど大事なものなのだろう、つくづく取り返せてよかった。

「その……写真を取り返してくれて、ありがとう。このお礼は必ずするわ」
「礼なんていいよ、たまたまここに来て見逃せなかっただけだす。それに俺もあいつらにちょっかいをかけられててな、いっぺん鼻を明かしてみたかったってのもあるし」

 俺は話しつつ、前の時間に自分が座っていた席に移ってその下を探る。思った通り、ノートが一冊落ちていた。

「んじゃ俺はこれを取りに来ただけだから。次の授業もがんばろうな」

 シルリアに手を振り、俺は教室を出て行こうとした。

「ま、待って!」

 そんな俺をシルリアが呼び止める。ん? と俺が振り返ると、なぜか彼女はもじもじとしながら言った。

「その……あなたの名前、ちゃんと聞いてなかったの。できれば教えてくれないかしら」
「なんだそんなことか。俺はレイ・ヴィーンだ」
「そう。私はシルリア・シルヴェスター、よろしくね」
「よろしく?」
「あ、その、よろしくっていうのは……そう、オニキス寮に狙われてる者同士、これからも何かあるかもしれないから!」

 シルリアは照れ隠しなのか強い口調で言う。オニキス寮云々が単なる理由付けだということは俺にもわかった。どうも成績は優秀だが、人付き合いにはかなり奥手な人らしい。クールな美人とのギャップに、かわいいなと俺は思った。
 できれば男だった頃に知り合いたかったものだが、田舎の牧場男がこんな優等生と知り合えるはずもないというジレンマだ。

「ああ、よろしくな、シルリアさん」
「シルリアでいいわ。その、改めて……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ」

 俺はもう一度手を振り、シルリアも控えめながら手を振り返して、教室を出て行った。新しい友人ができたことに満足していた。



 次の時間中。

「……以上が火炎魔法における魔力と周囲の温度及び温度上昇の関係式」

 魔法物理学のターナー先生が黒板に書いた内容は無数の記号が乱舞するばかりで俺にはちんぷんかんぷんだった。だのにこの先生もまた特待生の俺に興味を持って指名してくる。

「ではそれぞれをラージエム、ティー、デルタティーで示し、火炎魔法関数をエフと置く時、火球魔法の式はどうなるか。ヴィーンさん」
「え、あ、はい」

 俺は返事をしたものの、そもそも言われた内容すら理解できていないのだ。答えられようもない。また恥をかいてしまうのかと思ったその時、頭の中に声が響いた。

『⊿t=Mt/F、よ』

 シルリアの声だった。驚いてシルリアの方を見ると、彼女は密かに振り向き、口に指を当ててしーっとやりながら微笑んだ。どうやら魔法を使ったテレパシーのようなもので答えを教えてくれたらしい。

「えと……デルタティーイコール、エフ分のラージエムティー、です」
「ご名答。さすがだな特待生」

 先生やクラスの皆がおおっといった感じに俺を見る。実際に答えたわけではない俺は照れくさくて半端に笑ってごまかした。
 シルリアはその時はもう俺に背を向けていた。シルリア・シルヴェスター、いい友人ができたようだった。

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