魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~

八木山蒼

第4話 入学試験、ドラゴン討伐!?

 サブリナ魔法女学園の上階にある絢爛に飾られた大きな戸。そこが学園長の部屋だった。
 セイナが2回ノックをすると、入りなさいと若い女性の声がした。

「失礼します」

 セイナは思いの外あっさりと戸を開き中に入っていった。俺も小声で失礼しますと言って続く。

 学園長室はこざっぱりとした広い部屋で、何百冊という本が並んだ本棚や、よくわからない魔法的な調度品、鮮やかな風景画などが飾ってあった。
 そしてその部屋の中心、高級そうな木製の机を前に座っている女性が学園長らしかった。

 学園長は思ったよりも若い女性だった。どう見ても30歳は越えていない。薄く化粧された顔は堀の深い美人で、短く切り揃えられたブラウンの髪も艶やかだ。落ち着いた様子で椅子に座り、服装は簡素な布服にマントを羽織った姿だった。

「おかえりなさいセントールさん、早かったんですね。理由はそこにいるメイドさんでしょうか?」

 女性は穏やかな口調で尋ねる。セイナも緊張することはなく、笑顔で「いえ、友人です」と答えた。魔法女学園の学園長というからおっかない魔女を想像していた俺は密かに安堵していた。
 だが学園長のすぐそばに立っていたもう1人の女性。二等辺三角形のメガネをかけ、髪を団子にした、枯れ木のように背の高い青いローブの中年女性。そちらは俺の想像していた通りのうさん臭い視線を俺に対して向け、また甲高い声をしゃがれた喉から発した。

「セントール、学外の者をみだりに連れ込むのはワタクシは感心しませんね。しかもなんですその格好、破廉恥だこと」
「まあまあいいじゃあないですかパマディーテ教頭、サブリナは自由が校風なんですから」
「学園長がおっしゃるなら仕方ないです。ですが、ワタクシは見てますよ!」

 キツイ声のパマディーテという女性、対し学園長の女性は穏やかな笑みと物腰。実に対照的な2人だった。

「さて……まずは私から自己紹介しましょうね。私はラルプリム・マ・シャークランド。サブリナ魔法女学園の学園長です。あなたのお名前は?」
「お、俺はレイ・ヴィーンです。セイナの、幼馴染です」
「俺?」

 パマディーテ教頭が俺の口調に対し目を光らせる。俺はしまったと口を抑えたが、ここもまあまあとラルプリム学園長が教頭を制した。

「それでセントールさん、ヴィーンさんをどうしてここへ? あ、私としては幼馴染のご紹介だけでも大歓迎ですよ」
「いえ学園長。実は今日は、このレイを、サブリナ女学園に入れてもらえるよう頼みに来たんです。それも特待生として」
「まあ!」
「それはそれは」

 セイナの言葉に学園長も教頭も驚きを見せた。やはりそうそうあることではないのだろう、特待生というのは。

「つまりそれは、特待生試験を受ける……ということでよろしいのですよね? セントールさん」
「はい。だよね、レイ」
「ああ、そのつもりで俺も来ています」
「ふむ」

 学園長は頷き、まじまじと俺を見た。美人に見つめられ俺はどきまぎとしたが、学園長の眼差しは真剣だった。
 だがしばらく俺を見つめた後、学園長は微笑んだ。

「わかりました、いいでしょう、特待生試験を認めます」
「が、学園長! よろしいのですか、特待生試験は……」
「大丈夫ですよ教頭、この子は大丈夫な感じです、うん」
「そんな適当な! だいたいあなたはいつも……」

 騒ぎ立てる教頭をやんわりといなし、学園長はまた俺に問いかける。

「ヴィーンさん、試験はいつにしますか? 望むならばすぐにでも可能ですが」
「はい、すぐでお願いします。俺の方はいつでも大丈夫なんで」
「頼もしい限りです。ではパマディーテ教頭、ヘルガフ先生に特待生試験の準備をするように伝えておいてください」

 学園長がヘルガフという名前を出したその時、えっと驚く声が、教頭とセイナで重なった。

「が、学園長、ヘルガフ先生の試験というのはあまりにも……」
「だって私、ヴィーンさんの実力が見たいんです。きっとヴィーンさんにはそれに見合う力があると思うんです、きっと大丈夫ですよ。さ、お願いします」
「は、はあ。学園長がおっしゃるなら……」

 パマディーテ教頭は渋々といった感じで纏っていた青いローブを持ち上げるとそれで全身を包み、次の瞬間にはその場から消えていた。俺は大いに驚いて教頭がいた場所を見た。おそらくは魔法なのだろうが、こうも鮮やかな魔法を見るのは初めてだったからだ。
 そんな俺を見て学園長はきょとんとする。

「あれ、魔法慣れしてない感じですね? おかしいな、潜在能力はあるのに……」
「あ、お、俺、田舎育ちで学がなくて……あはは」
「ま、それも含めて試験で見ましょうか。セイナさん、中庭に案内してあげてください。私もすぐに参ります」
「あ、はい、わかりました」

 セイナに連れられ、俺は学園長室を出ていった。いよいよ試験、その興奮と緊張をたしかに感じながら。



 少しして、サブリナ魔法学園の中庭に俺は立っていた。
 そこは煉瓦の床にサブリナ魔法学園の花に似た校章が描かれた場所で、広さも人が駆け回るには十分なものがある。四方を校舎に囲まれているのだが、今、校舎には窓一杯に生徒が集まって、これから始まる試験を見物しに来ていた。四方の校舎いずれも生徒がいっぱい、人数にして2、300人はいる。それだけの群衆、それも全員女子が俺の方を見て騒ぐなり観察するなりしているので俺としてはたまったものではなかった。

「学園長。ちょっとギャラリーが多くないですか……?」

 俺は中庭の隅に立っている学園長に尋ねた。というのもこの群衆、直前に学園長が『これから中庭で特待生試験を行います、よかったら見てくださいね』と校内放送をかけた結果集まった、いわば学園長が作った群衆なのだ。
 だが学園長は涼しい顔でうふふと笑った。

「だってそっちの方が楽しいじゃないですか。私もすっごく楽しみなんですよ、ヴィーンさんの実力を見るの! ああ、若い才能を見るのはいつでもわくわくします! うふふっ」

 学園長はそう言って無邪気に笑っていた。どうやらかなり子供っぽいところもあるらしい。美人とのギャップもありかわいらしくもあったが、今は迷惑である。

「まあまあレイ、こうして生徒たちにもレイの実力を見せておけば、入学前の自己紹介も兼ねれていいじゃない」

 俺の後ろでセコンドについているセイナは気楽そうに言う。他人事だと思って、と俺は文句のひとつも言いたいところだったが、ちょうどその時。

「あっ、レイ、来たよ!」

 セイナは唐突に空を指差した。
 そちらを見てみたが校舎の間から青空が広がるだけ――いや何かが動いている。よく見るとそれはどんどんこちらに近づいて来ている。それもかなりのスピードだ。
 その姿がはっきりとわかるまで近づいた時、俺は仰天した。
 赤黒い鱗。巨大な翼、トカゲに似た顔。俺が飼育していた牛の数倍は大きいその生物は、校舎のそばまで来ると急降下をやめ、翼をはばたかせながらゆっくりと中庭に降り立った。
 それはドラゴン。背にした校舎の半分ほどもある、巨大なドラゴンは中庭に立つと、その金色の目でしかと俺を睨みつけていた。生徒たちからきゃあきゃあと声が上がるが、それは歓声に近いものだった。

 そしてドラゴンの背からいきなり1人の人間が飛び降りた。

「待たせたな! 私がイル・ヘルガフ魔生物担当教諭だ!」

 その長身の女性は長い黒髪をなびかせ、手には鞭を持ち、自信と強さに満ちた笑みを浮かべて俺と対峙した。ドラゴンにも負けない存在感を放つ女性だった。

「貴様が特待生候補か! 格好はふざけているが覚悟はあるとみた! 我が手塩にかけて育てたレッドドラゴン、ファブリスが貴様を試してやるッ!」
『ガアアアアアアアッ!』

 ヘルガフの声に応じるようにドラゴンが咆哮し、その音圧がビリビリと俺の魔兵器の肌を揺らした。彼女の名前が出た時にセイナが驚いた理由がわかる、並大抵の生徒ならばこれだけで戦意を喪失してしまうだろう。

「さあ学園長、早く開始の合図を告げろ! 我らはいつでもいけるぞ! ハァーッハッハッハッ!」
「わかりました。ヴィーンさん、準備はよろしいですか?」

 学園長は念を押すように俺に聞いたが、その表情は明らかにわくわくを隠しきれていない。俺の実力が見たいからって平然とこんな強敵をぶつけてくるあたり、思った以上に子供みたいな人のようだ。妙にテンションの高いヘルガフ教諭とドラゴンを前に盛り上がっている観客の女生徒も含め、俺はこの学園が少し心配になった。
 だがもちろん俺も退く気はない。

「はい、いつでもいいです。お願いします!」

 魔科学兵器になった肉体、その真価が問われる時だ。
 学園長は頷くと手を上げ、宣言した。

「では特待生試験を開始します! 時間は無制限、試験方法は模擬戦による査定! 私がいずれかの敗北を判断した瞬間、それによって合否を決定していたします! では……はじめッ!」

 いよいよ特待生試験が始まった。
 開始直後、ヘルガフ教諭が高らかに叫ぶ。

「まずは様子見だ! ファブリス、『テール』!」
『ガアッ!』

 ドラゴンが体をわずかに捻じる。その瞬間、その巨大な尾が猛烈な遠心力を伴って俺に吹っ飛んできた。まともに喰らえば常人ならば軽く吹っ飛ばされ、全身の骨を粉砕される威力だろう。
 だが俺は片手でそれを受け止めた。猛スピードで迫ってきたはずの竜の尾はぴたりと停止し、ドラゴンもヘルガフも動揺の表情を見せた。
 だがすぐにヘルガフの顔は笑みに戻った。

「面白い! ならば私も行くぞッ!」

 ヘルガフは後ろ向きに跳躍し、直後に校舎を蹴って一直線に俺へと襲い掛かった。蹴った校舎にヒビが入るほどの脚力による弾丸のような超高速だったが、集中した俺には対応できるスピードだ。

「『攻性魔法陣』、展開!」

 開いた片方の手を前に出し赤色の魔法陣を展開する。ヘルガフはスピードを乗せて魔法陣に拳を打ち付けた。

「ぐっ!?」
『ガッ!?』

 ヘルガフはそのパワーを反射されてそのスピードのまま吹き飛び、尾を抑えられ無防備だったドラゴンの腹部に思い切りめり込んでしまった。
 すぐに俺は跳躍した。一瞬の内に距離を詰め、ダメージに硬直したドラゴンの顔面直前に迫る。ドラゴンは何が起こったのかわからないのか、とぼけた目で俺を見ていた。

「『マージブースター』!」

 俺は右腕を引いて構えた。そこに拳速を高める魔法陣が何重にも展開されていく。そして魔科学兵器の腕力を乗せ、ドラゴンの眉間目掛けて――

「……シュートッ!」

 ――思い切り、拳を打ち付けた。

 ガン、と竜の鱗が砕かれる固い音が鳴り響き、ドラゴンは声もなく白目を向く。

『……ガ……』

 僅かに呻き声を上げ、激しい地響きを立てながら、ドラゴンは仰向けに倒れ込んだ。その間に俺は難なく着地し、これでどうだ、といった感じに学園長の方を見た。
 学園長は倒れたドラゴンの方を見て目を丸くしていたが、俺の視線に気づきハッとなると、黙って頷き右手を掲げた。

「試験、終了ですっ!」

 わあっ、とギャラリーの女生徒たちが沸き立った。
 俺は勝ったのだ。ふうと息をつき、俺は服の埃をぱんぱんと払った。

「レイ、すごいじゃん! まさかこんなにあっさりヘルガフ先生たちを倒しちゃうなんて!」

 駆け寄ってきたセイナに俺は笑顔で応じた。勝利の達成感と開放感、それに満ちていた。

「俺もうまくやれてよかったよ、能力はあっても実戦経験は足りないからな。油断してたのもあって、相手の攻めがわかりやすくてよかった」
「いえいえ、それでも見事でしたよヴィーンさん。あのヘルガフ先生とその愛ドラゴンをまとめて倒すなんて、並大抵のことではありません」

 学園長も拍手をしながら歩み寄ってきた。その顔は驚きと賞賛の入り混じったものだった。

「学園長、それじゃあ……」
「はい。生徒たちの歓声からもわかるでしょう。文句なしです、あなたを我がサブリナ魔法女学園の特待生として、入学を認めます」
「やったあ!」

 俺とセイナはハイタッチをして喜んだ。これでついに、俺にも――居場所ができたのだ。離れ離れだったセイナともいっしょに暮らせるし、まさに希望の未来が開けた気分だった。
 とその時、ドラゴンの腹の上で転がっていたヘルガフ先生が起き上がった。

「つつ……見事だったぞレイ・ヴィーン! 私もこの学校の生徒を預かる教諭の1人としてお前の力を認めよう! だが慢心するな、次闘る時は私も本気だ! 勉学に励み、腕を磨くことだな」
「はい、ありがとうございます!」

 ヘルガフの激励により、響いていた生徒たちからの拍手と歓声はより一層大きくなった。俺は軽く手を振るなどしてその祝福に応える。
 これから始まるこの魔法学園での生活。期待に胸を躍らせながら、俺は祝福に身を任せていた。

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