長いものには巻かれない

通行人C「左目が疼く…!」

突然のこと





 うそだろ。なんのマンガだよこの展開。



 今現在この瞬間、俺の頭はそんなことでいっぱいだった。
 もし誰かに、今見ているのはただの俺の見てる頭の悪い夢だって言われたら、迷わず信じるだろう。そのぐらいありえない出来事だから。



 いつもの真っ暗な帰り道。人通りの少ないそこはまだ、肌寒い春先の空気に包まれていた。
 暗い夜道を飾るのは質素な電灯やそれにたかる羽虫だ。



 明かりのともる住宅は道なりに並んでいて。
 囲う生垣からみ出す草木が葉擦れの音を鳴らせて、枝の先にある蕾を自慢げに見せつけた。



 とぼとぼ家へ向かう仕事帰りのスーツ姿のまま立ち尽くす俺。
 なに一つ変わらない、日常の一ページ。
 そのはずだ。そのはずだったんだ。



 だから、…信じられる訳ないだろ? 
 俺、この子のこと知りもしないだぜ?



 俺は目の前にいる女の子をもう一度確認する。
 大学生くらいかな? いや、高校生ですって言われてもうなづけるぐらいだ。
 そんな俺より年下っぽいの女の子が、帰り道の途中に立っている。



 サラサラの長い髪の毛が風にたなびいて、まるでその一瞬が一枚の絵のように美しく見えた。お愛想ばかりにその子を照らす街灯が、夜闇に溶けそうな青みがかったその色を主張している。



 それに覆われた陶器のような艶やかな輪郭と上に乗った大きめの濡れた瞳。
 僅かに上気するその顔は僅かに朱がさして、綺麗な顔立ちを更に危うい方向に引き立てた。



 下へと視線を下げればきゅっと引き締まった、しかし惜しみなく女性を感じさせるバランスの良い体。
 彼女をうっすらと地面にうつす影でさえ、芸術品のようですらある。



 そう、美少女だ。そんな言葉がぴったりはまる。
 いや、むしろ逆にそれ以外にこの子を表現できる言葉を俺はしらない。



 そんな子が…、今俺の目の前にいる。



 なにやら真剣な目で、俺を見て。
 形の良い唇を震わせて、立っている。


 少女が口を開く。



「あ、あのッ、えっと…私ッ…。」



 あからさまに上擦った声、暗闇でもわかるほど真っ赤になった頰。
 その子はそれだけで俺に、続く言葉を連想させた。



 いやいやありえないそんな、こんなことはない。
 このあと言われるのはきっと俺が考えるような甘いセリフじゃなくて。なんか道に迷ったとかそんな話で。
 三十路過ぎのおっさんの馬鹿げた幻想は打ち砕いてくれるはずだ。勘違いだって勘違い。



 そんな風に俺の夢見がちな脳みそを叱るけれど…。そんな努力もむなしく、必死に現実逃避する俺を打ち砕く言葉が少女から紡がれる。



「好きです! 私と付き合ってください!」



 その子は頰を真っ赤にして半端叫ぶようにそう言った。



 正直、まず詐欺を疑った。
 美人局とか、そうゆうやつ。初対面だしそうに違いない。
 でも…、



 ぎゅうっと固く瞑った瞳。胸の前で強く握った手。
 彼女のその震える肩に、嘘や偽りは感じられないのだ。…少なくとも俺にはそう見えた。
 だから、思わず頰をつねってみる。



 結論から言えば普通に痛かった。
 となると、いよいよ詐欺とか夢とかじゃないんだと認めざるを得ない。
 帰り道、見知らぬ美少女に、告白された、今を。



 不安げに少女が薄眼を開けてこちらを伺った。
 彼女の瞳が。冷たい風に奪われる体温が。俺を急かしている…。




 俺は喉を震わせた。



「あの、俺……。」








































「ごめん、俺ゲイなんだ。」




          

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