TUTORIAL-世界滅亡までの七日間-

舘伝斗

第17話-加速-

 ガラガラガラガラ

 森の中、道の無い少し開けた木々の隙間を縫うように進む馬車があった。
 護衛の冒険者も引き連れず一台だけで進むその馬車は、森の魔物からすれば正にご馳走だった。

 ガサッ

 グギャァッ

 馬車の前に雄叫びを上げながら躍り出る、薄汚いぼろ切れを申し訳程度に羽織った人間の子供程度の背丈の魔物、ゴブリンの群れ。
 対して馬車をひくのはその3倍はあろうかという二頭の巨馬。
 本来であれば熊であろうと巨馬であろうと、魔物の中でも最弱であるゴブリンすら驚異となり得る。それほどまでに動物と魔物の力には差があった。
 そう、本来であれば。

 ブルルルッ

 だが、ゴブリンが目を付けたこの馬車をひく馬は、動物でありながら唯一、守りという一点だけなら魔物をも凌駕した。
 馬が低く嘶くと"引馬の務め"が発動する。
 それは馬車を無事に目的地まで送り届けるというこの馬の先祖の強い気持ちが産み出し、血統として受け継がれた、動物でありながら魔物を越える固有魔法。
 "引馬の務め"の発動と共に、動物では操ることができないはずの魔力が馬車と馬自身を包む。

 グギャギャ

 その魔力に気づくこと無く、ゴブリンは近付いてくる馬車に突撃する。
 ご馳走を前に勢いよく飛び出したゴブリンたちの振り下ろすこん棒とも呼べない粗末な武器は、何の抵抗も示さない馬の足に直撃する。

 バキャッ

 グギャッ!?

 しかしその攻撃は馬に何の傷も痛みも与えること無く、むしろ武器の方が折れる始末。
 その光景に困惑で動きを止めたゴブリンたちがさも居ないかのように、馬は動きを全く緩めず進み続ける。
 結果、ゴブリンたちは馬の足に蹴飛ばされ、踏み潰され、それを運良く回避したゴブリンたちも馬の後ろに迫る馬車に牽き殺される。

 ヒヒィーン

 こうして森に入ってから何度目かの魔物の襲撃も、馬車の中に居る"お客様"の手を煩わせること無く退け、馬は満足げに嘶くのだった。

 その何度目かになる光景を目の当たりにした"お客様"こと私たちは、繰り返される蹂躙にただ呆れるばかりだった。

「うわっ、また蹂躙ストライクやで。」

「この馬が居れば魔王とか怖くないんじゃね?」

「一回突撃させようか。」

 聡介そうすけ君、拳成けんせい君、阿樟あくす君が続けざまに呟く。

「いやいや、仮にも借り物なんだしそんな危険なことはさせられないよ。」

 その三人の言葉を剣慈けんじ君が止める。

「それにしても凄まじいな。」

「そうだね。まずこの馬車、こんな森の中でも殆んど揺れを感じないしね。」

 裕美ゆみさんとじゅん君も何回目かの感嘆の声を上げる。

「それで、真帆まほちゃん。そろそろいけたん?」

「・・・もう少し。」

 私は答えながらも意識を集中させ続ける。
 別に魔物の蹂躙に心を痛めたり、ましてや馬車の揺れに酔ったのではない。
 魔王との戦闘に向けて新たな魔法の創造を行っているところだ。
 封印に関しては"封魔の環珠"だけでも十分なのだが、私にはサポート系の魔法しかなく、魔王と皆が戦っている間だけでも自分の身を守れるようにしておきたかった。
 何より私が死ぬと魔王の封印が叶わなくなり、みんなは自力で徐々に強化される魔王を3体も倒さなくてはならなくなる。
 そうすれば流石に一周目の再現をしかねないので、私は幾つかの攻撃用の魔法と、魔王の攻撃を通さない防御用の魔法を創造していた。

「そろそろ一周目に風と土の魔王と戦った広場だな。」

 馬車が森を進むにつれ、襲ってくる魔物は強力になり魔王の根城が近付いていることを示す。

「なぁ、やっぱり前と同じ場所から最高威力のどデカいの魔王城にカマそうや。」

「だから、そんなことしたら折角嘉多無かたなしさんが創造してくれた封印の意味がなくなるだろ?それに魔王が全員集まってる訳無いじゃないか。」

 聡介そうすけ君は物騒なことを提案するが、確かに魔王城に遠距離から私たちが攻撃したら、流石に魔王といえども耐えられないだろう。
 でも一周目で水の魔王が居なかったことから、多分魔王城への攻撃は成功してもかなり強力な水の魔王を作り出すことになるだろう。
 っていうか他の3体を倒したとき、封印した魔王は本当に魔神になるんだろうか?

「はぁー、魔王相手に無双は無しかぁー。ま、しゃーないわな。」

「いや、それは案外良い提案なんじゃないか?」

裕美ゆみ?」

「別に魔王を倒すための一撃でなくとも、封印か弱体化を目的に魔法を放ってみたらどうだろうか。まだ一体も魔王を倒してないからそこまで強くはないのだろう?」

「お、いいじゃねぇか。土居どいの結界であいつら閉じ込めておけばいけんじゃね?どうだ?」

 裕美ゆみさんの言葉に拳成けんせい君まで賛同し、じゅん君に視線を向ける。

「で、でも僕の結界だと僕たちがこの世界を離れたら消えちゃいますよ?一時凌ぎにすらなりません。やっぱり嘉多無かたなしさんの封印じゃないと。」

「あー、私の封印も相手が見えてないと使えないから遠くからは厳しいかな。散歩とかに出てくれてれば不意打ちは出来るけど。」

「・・・それなら良い考えがある。」

 そこで閃いた阿樟あくす君の作戦を聞き、誰も異議を唱えるものは居なかった。





 そこから馬車で一時間ほど進んだところに馬車を止め、私の魔法で馬車と馬を相手から見えないように結界を張る。
 "感知不能インポッシブル"。阿樟あくす君の作戦中、馬車を魔王や魔物の目から隠すために創造した、臭いも気配も魔力ですら隠してくれる結界だ。

「じゃあいくぞ?魔王城までは歩いて十分も掛からない。相手に気づかれてるかもしれないから辺りの警戒を忘れるな。見つかったと判断したらすぐに広範囲技で辺りの森を切り開いて視界を確保しろ。見付からずに魔王城まで辿り着きそうな場合は、少し離れて土居どいの魔法で魔王の逃走、援軍を防ぐようの結界を張ってから進む。」

 今回の作戦の立案者ということで、阿樟あくす君が慣れないながらもみんなに指示を出す。
 その指示に皆が頷いたことを確認し、私の魔法で造った"感魔石"に、近くの魔力反応が勇者の分だけなのを確認後、馬車が見えないか再確認して阿樟あくす君は口を開く。

「いくぞ。上手くいけば今日、この世界は救われる。力を振り絞れよ!」








「静かなだな。」

 馬車から離れて森を進むこと数分。
 嘉多無かたなしに渡された"感魔石"をちょくちょく確認しつつ、静かな森を進み続ける。

「仕方ないんちゃう?魔王もまさか魔王城の正確な位置を俺たちが知ってるとは思とらんやろうからな。」

「そうなんだが、魔物すらチラホラとしか反応がないんだ。」

「魔王城の近くだからなんじゃないか?」

 俺は光園寺こうえんじの言葉にそれもそうかと納得する。
 そこから更に歩くこと数分、"感魔石"に大きな反応が映る。

「みんな、止まれ。あと百メートルも行けば魔王城だ。今どデカい反応が出た。数は2つ。前回と同じと考えれば水の魔王はここに居ないらしい。」

 俺の言葉にみんなは足を止め、周囲を警戒しつつ道の先を睨む。

「よし、じゃあ作戦通り、土居どい、お前はここから魔王城一帯に出来るだけ広範囲に渡る結界を張ってくれ。光園寺こうえんじ氷村ひむらの二人は土居どいの護衛だ。残りはこのまま進んで適当な場所で待機。結界が張られたら俺と風見かざみが魔王を、拳成けんせいは魔王城にデカい一発を打ってから魔物の相手を。」

「「了解。」」

「もし魔王がこっちに来たら、結界の維持を考える必要はない。足止めに専念してくれ。過去の記録は書き換えられた疑いがあるが、魔王に傷を付けられるのは相反する属性だけだっていうのが嘘か本当かはまだ分からないからな。」

「わかった。」

「魔王が来たら直ぐにでも魔王だけを結界に閉じ込めるよ。」

「よし。絶対に誰も欠けずに地球に戻るぞ。」

「「「「「おう!」」」」」

 俺は"感魔石"の魔力の反応に動きがないことを確認し、移動を開始する。
 魔王城が視界に入った辺りで俺たちは足を止め、土居どいの結界が完成するのを待つ。
 "感魔石"の魔力反応は今だ動く気配はなく、魔王城に留まったままだ。

 キィン

 少し待つと、背後から魔力の波が押し寄せて青空が薄暗くなる。

「結界が完成した。拳成けんせい、頼む!」

「任せろ。いくぜ、阿修羅!"闇討崩拳カオスインパクト"」

 拳成けんせいの拳に纏った阿修羅から、人の頭ほどの闇の魔力が打ち出される。
 その魔力は、目に見えるギリギリの速度で飛び、魔王城の壁をすり抜ける。

 ギュパッ

 次の瞬間、闇の魔力が急激に膨張し魔王城の一階部分が抉り取られたかのように消える。

 ズズズッ

 一瞬の出来事に世界の法則が付いて来ず、少しの静寂の後、重力に引かれた魔王城の二階より上の部分が落ちてくる。

「<風の勇者が命じる。舞い上がる砂塵の尽くを退けろ。>"風守かざもり"」

 魔王城の崩壊による砂煙は、風見かざみの魔法ですべて空に向かって拡散する。

「魔物の反応はない。ここに残ってるのは魔王の反応だけ・・・待てっ!」

 俺は"感魔石"に残る二つの魔力が消えていく・・・・・のを見ながら、突撃しようとした二人を止める。

「どうした?」

「魔力が消えた。」

「え、そんなわけ無いやろ。魔王城の崩壊で死んでもうたんか?それとも旦那の技で?」

「何が原因かはわからん。けど、魔力の反応が無くなったのは確かだ。」

 俺たちは"感魔石"を見つめて見落としがないか再度確認する。

「確かに反応はないみたいやな。」

「本当にあれで死んだのか?」

「わからない。一応あいつらの死体を探してみるか。風見かざみ、悪いけど瓦礫を少しずつ飛ばしてくれないか?」

「ええけど、あいつらって死んだら砂になるんちゃうん?」

「私の時はそうやったけど、今起こってることは何が原因かわからんし、残ってるかも知らんで。」

 俺たちの会話に、拳成けんせいの神器に宿る黒羽四葉くろばよつばが入ってくる。

四葉よつばちゃんが言うんやったら確かめてみる価値はあるんかな?」

「でもこいつ、バカだぞ?多分。」

「なんやてぇ?聞こえたで、誰がバカやねん!」

「カップルは放っといて、風見かざみ任せた。」

「「誰がカップルだ(やねん)!」」

「まっかせときぃー!<風の勇者が命じる。岩のみ砕き空に向かえ。>"破岩旋風"」

 風見かざみの放つ魔法は、魔王城に瓦礫のみを砂に変え、木製や金属製の物だけをその場に残していく。

「おい、あそこ!痛てて。四葉よつば、ストップ!あそこに何か倒れてる。」

 拳成けんせいの言葉に、示す方向を辿っていくと人型の何かが倒れている。

「おっ、こっちも居ったで。この顔は土やな。衝撃で半身地面に埋まっとるわ。」

 その言葉を聞きながら俺はもう一人の方へ足を進める。

「なら、こっちは風・・・ん?違う。こっちも土だ!」

 そこに倒れていたのは死に際に何かを見たのか、目を見開く筋骨粒々の魔王の半身・・だった。

「いやいや、そんなわけ無いやん。土なら半身埋まってるけどこっちに・・・」

「違う。半身埋まってるんじゃない。半身ずつに分かれてるんだ!」

「ということはあれか?二人居ると思っていた"感魔石"の反応は実は二つに別れた土魔王の反応やったってことか?」

「いや、流石の魔王も二つになって生きていられるとは思わない。現にこうして死んでいるしな。何より魔王城が崩壊すると同時に魔力が消えたんだ。でも拳成けんせいが使った技は切断系じゃないだろ?なら二つになるのはおかしいと思わないか?」

 俺たちは土魔王の死体の前で考え込む。

「なら魔王城の崩壊で壁に埋まったケーブルか何かで切断された、とか?」

「阿呆か!魔王と死闘を演じた私が言うけど、魔王がその程度で死ぬかいな。そんな脆弱な魔王に世界は負けませぇーん!」

 風見かざみの言葉は四葉よつばに否定される。
 確かに一周目に対峙した土魔王の様子からは、その程度で死ぬような脆弱さを感じない。
 何より、今回の崩壊より規模が大きいであろう光園寺こうえんじの大技で無傷だったしな。

「なら、何が原因や?いや、そもそもここに到着する前に見た二つの魔力はこいつだけのやったんか?もし風魔王のもホンマにあったんやったら、風魔王が危険を察して、そんでどさくさに紛れて土魔王を殺したっちゅう線は無いやろか。あいつ、土魔王のこと死ぬほど嫌っとったし瞬間移動レベルの高速移動出来たやろ?」

「ならもう逃げた・・・いや、土居どいの結界は健在だな。ならまだ何処かに居るはずだ。」

「なら、じゅんじゅんが危ないんちゃうか?結界張られてたら、解除に向かうはずや!」

「確かに。俺が風の魔王ならこの会話も多分聞いて・・・土居どいたちが危ない!」

 俺たちは風見かざみの言葉で来た道を全速力で引き返そうとして・・・

 ズドッ

 一陣の風が少し先に落ちていくところを目撃する。






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