TUTORIAL-世界滅亡までの七日間-

舘伝斗

第8話-分断-

 魔族の隣に並び立つ拳成けんせい君の姿に私たちは唖然とする。

拳成けんせい、何でお前がそっちなんだよ。目を覚ませよ!」

「・・・。」

 阿樟あくす君の言葉にも反応を示さず、ただ魔族の指示を待つかのように私たちを見据える。

「くはは。無駄だ。こいつは既に俺様の手にある。俺様以外の言葉は耳に入らんさ。さぁ、先ずは俺様の腕を奪ったアイツから殺せ。」

 魔族は阿樟あくす君を睨みつけ、拳成けんせい君がその言葉で動く。
 それと同時にじゅん君と剣慈けんじ君が阿樟あくす君と拳成けんせい君の間に割り込むように駆け付ける。

「すまん火野ひの。」

 ガスッ

「ぐっ、なん、で。」

 ドサッ

風見かざみ嘉多無かたなしさん!火野ひのを連れて離れろ。鞍馬くらまがあいつの傀儡である限り火野ひのは足手まといだ!裕美ゆみ、援護を頼む!」

 ガンッ

 拳成けんせい君の拳をじゅん君が受け止めている間に、阿樟あくす君の意識を奪った剣慈けんじ君の指示が飛ぶ。
 私と聡介そうすけ君はその指示に従い、意識を失って倒れる阿樟あくす君を回収に向かう。

「貴様には借りがあるからな。そう簡単に逃がさねぇよ!<人形遣いが命じる。奴等を止めろ。"人形惨劇オイディプス">」

 ボコッボコボコッ

 阿樟あくす君の元へと向かう私たちの前に人型の土人形が立ちはだかる。

「邪魔すんなや!"五月雨さみだれ"!」

「私も!<虚なる勇者が命じる。虚なる騎士よ。仮初めの魂を与えられし者に安らぎを与えよ。>"慈悲なる騎士団ブレスナイツ"」

 土人形たちは、聡介そうすけ君と私の魔力で出来た騎士たちによって次々に崩れていく。が、

 ボコボコッ、ボコッ、ボコボコッ

 崩れた土人形は少しすると何事も無かったかのように再び形を取り戻して立ちはだかる。

 いや、私の作った騎士たちが倒した土人形は立ち上がってこないから一応は減っているのだが、それを上回る速度で新たな土人形が生み出されている。

「あー、くそっ。面倒やなぁ!もーキレた!一点突破や、土くれ無視して親玉狙わせてもらうで。"暴嵐の槍ストームランス"!」

 ゴオゥッ

 キレた聡介そうすけ君から放たれた魔力を帯びた突きは辺りの空気の流れを乱して竜巻となり、土人形を巻き上げながら魔力を辺りに放っている魔族へと一直線に向かう。

「なんだとっ!?」

 ガガガガガッ

 竜巻は驚く魔族を容易く呑み込み、十メートルほど地面を削り空へと消えていく。

「やったか?」

 槍を突き出した体勢で土煙の立つ魔族の居た辺りを凝視する聡介そうすけ君。
 周りの巻き込まれた土人形が立ち上がってこないから倒せたと・・・

 ブオッ

「ぐぞっ!がはっ!ごろす、殺す殺す。コロシテヤル!」

 倒せたと思っていると土煙を吹き飛ばして満身創痍の魔族が現れる。
 その姿は竜巻によって衣服が裂け、体中が血塗れになっていて誰が見ても重症だった。

「ちっ、えらい頑丈やな!もう一丁や!"暴嵐の槍ストームランス"!」

 ゴオゥッ

 聡介そうすけ君の放った竜巻は、今度は何に邪魔されることなく魔族へ向かう。

「コロスコロス、ゴォロァァァァ!"魔装まそう"ゾォォ!!」

 バシィィッ

「嘘やろっ!?」

 先程よりも強力だった竜巻は、魔族の咆哮によって軽く打ち消される。
 その光景に目を見開く私たちの前にはボロボロの衣服から覗いていた傷口から出た血液が全身を覆い、黒い甲殻の様なものに包まれた魔族の姿だった。

 ギロッ

 見るからに重厚そうな甲殻に覆われた魔族がその赤く染まった瞳で周囲を見渡し、私と聡介そうすけ君をその視界に捉える。

「グギャァァァァッ!」

「マジかよ。第二形態があんのは宇宙の帝王だけにしてくれよ!」

「"牡牛の咆哮ブルロア"」

 ズドンッ

 魔族の変化に言葉を失っていると、背後から極太なレーザーのような一撃が魔族を穿つ。

「ガフッ」

 ズズゥン

「呆けている場合か!強くなったところで的が大きくなったのならさらに強力な一撃を射ち込め!」

 後ろを向くと、裕美ゆみさんが弓を放った体勢でこちらに叫んでいた。

「次は鞍馬くらま、っ構えろ!」

 裕美ゆみさんはそう言って拳成けんせい君に戻しかけた視線をもう一度こちらへ向ける。

 ミキッミチッ

 裕美ゆみさんの言葉に振り返ると、そこに倒れていた魔族の体に変化が現れる。
 胸に空いたバスケットボール大の穴が周囲の肉を引きつけながら埋まっていき、倒れていた体を起こした。

「ふん、魔族というだけあって中々生命力があるみたいだな。だが、頭に大穴が開いても同じことが出来るかなっ!」

 裕美ゆみさんはそういってもう一度弓を引き絞る。

裕美ゆみ!」

 裕美ゆみさんが矢を放とうとした瞬間、横合いから拳成けんせい君の相手をしていた剣慈けんじ君の声がかかる。

 バキィッ

「きゃっ!」

 裕美ゆみさんは死角からの拳成けんせい君の一撃を受け、防御も出来ずに殴り飛ばされる。
 拳成けんせい君はそこから更に裕美ゆみさんに追撃を加えるべく、そのあとを追いかける。

「行かせません!"鈍重な堅盾ヘビーバッシュ"。」

 ガヅン

 拳成けんせい君の進路を阻むように入ってきたじゅん君。そんなじゅん君を邪魔だと言わんばかりに拳成けんせい君の拳が土に覆われた盾に触れる。

 ズゥン

 拳が触れた途端、盾に纏っていた土が拳成けんせい君の拳に移動し、重しとして拳成けんせい君の動きを止める。

「そのまま少し拘束されていてください。」

 ガンッ

 じゅん君はそういうと腕を動かせない拳成けんせい君の胸にもう一度盾をぶつけ、体にも同じように重しを課す。

「ぐっ。」

裕美ゆみ、大丈夫か?」

「うっ、大丈夫だ。少し気を抜いたみたいだ。」

 剣慈けんじ君に支えられて裕美ゆみさんは起き上がる。殴られたわき腹を少し押さえてはいるが、大事はなさそうだ。

「よし、拳成けんせいの動きはじゅんが止めた。今のうちにみんなで魔族を叩くぞ!」

「っていうてもこいつ、どうやったら止まんねん!」

「ゴガァァァ!」

 ガギッ

 聡介そうすけ君がそこへ魔族の一撃を受け止めた勢いを使って飛んでくる。
 私は既にみんなの近くに避難済みだ。

裕美ゆみが言ったろ。あいつも生き物なんだ。頭を飛ばせば動きも止まる。来るぞっ!」

 聡介そうすけ君を吹き飛ばした魔族が体勢を整えると、みんなが集まっているこちらに向けて突進してくる。

 ババッ

 剣慈けんじ君の声にみんなは反応し、前後左右に分かれて飛びのく。
 もちろん私にそんな身体能力はあるはずもなく・・・

嘉多無かたなしさん、動かないで!」

 魔族の突進を防ぐべく魔法を唱えようとする私の前にじゅん君が立ちふさがる。

「やぁぁぁ!」

 ドゴォッ

「がっ!」

 だが、これまで魔物の攻撃も難なく受け止めていたじゅん君がまぞくの突進を受け、盾ごと弾き飛ばされる。

「<虚なる勇者が命じる。虚像となりて異地に降り立つ>"短距離転移ワープ"」

 じゅん君が飛ばされたのと私の魔法が完成したのはほぼ同時だった。
 魔族がじゅん君に勢いを殺されながらも私に接触する前に、私は魔族の背後数メートルの位置にワープする。

じゅん君!」

 魔族の背中を見送り、自分の安全を確認した後、私は少し離れた場所に転がるじゅん君に近づく。

「おい、じゅん、大丈夫か!」

「ダメ、返事がない。完全に気絶してるみたい。」

嘉多無かたなしさん、今の瞬間移動は他人も一緒にいける?じゅんを連れ出してほしいんだけど。」

 じゅん君の無事を確認しているところに一連の流れを見ていた剣慈けんじ君が寄ってくる。

「大丈夫だけど、少し時間が掛かるよ?」

裕美ゆみ風見かざみ、俺の3人で何とか気を逸らしてみる。問題は逃げた先で魔物に襲われたとき嘉多無かたなしさんが身を守れるか、だけど・・・」

 剣慈けんじ君の意見も尤もで、確かに私だけで気を失ったじゅん君を守りきる自信がない。
 だからといって剣慈けんじ君、聡介そうすけ君、裕美ゆみさんの誰が抜けても魔族との戦いが厳しくなる。

「俺が行く。」

 そんな私たちの心配に手を挙げたのは、意識を取り戻した阿樟あくす君だった。

火野ひの。」

「すまない、光園寺こうえんじ、迷惑かけた。もう、大丈夫だ。自分を見失わねぇ。」

 起き上がった阿樟あくす君と剣慈けんじ君が少しの間視線を合わせる。
 先に折れたのは剣慈けんじ君だった。

「分かった。嘉多無かたなしさん、4人・・運べる?」

「いけるけど、4人?3人じゃなくて?」

 私は剣慈けんじ君の言い間違いかと聞き返す。

「いや、4人だ。嘉多無かたなしさん、じゅん火野ひの、それと鞍馬くらまの。・・・火野ひの、もし離れた後鞍馬くらまじゅんの拘束をほどいて暴れだしたら、お前が止めるんだ。」

 剣慈けんじ君の瞳が真っ直ぐ阿樟あくす君を射抜く。
 次は自分を見失うな、と。

「・・・あぁ。拳成けんせいの親友として、何がなんでも止めてみせる。」

「よしっ、じゃあすぐに行動に移ってくれ。何がなんでも魔族の攻撃はそちらに流さないから!」

 剣慈けんじ君はそう言い残して魔族の元へと駆け出す。

「私たちも。阿樟あくす君、じゅん君を運んでくれる?拳成けんせい君の近くまで移動するから。魔法が発動するとき、私から3メートル以上離れないでね。」

「お、おう。」

 私はじゅん君を担ぐ阿樟あくす君より一足先に拳成けんせい君の元へ走り、魔力を高める。

「ゴルァァァァ!!」

 ボコボコッ

 魔力の高まりを感じたのか、魔族が吠えるとそこら中から土人形が生まれ、私たちに向けて迫ってくる。

「行かせないっ!<光の勇者が命じる。光の剣よ、我軌跡を以て敵を払え>"光翔ける剣ひかりかけるつるぎ"」

 ズババッ

 剣慈けんじ君は有言実行とばかりに私たちから離れているにも関わらず土人形を光の剣で切り裂く。
 それを見て構ていた阿樟あくす君も再びじゅん君を運んで近づいてくる。

「よしっ、準備できたぞ。」

 阿樟あくす君が私の魔法の効果範囲内に皆の体が入ったことを告げ、私は高めた魔力を解放する。

「<虚なる勇者が命じる。、戦地から離れ、安寧の地へ赴かん>"戦線離脱エスケープ"」

 私の魔法が完成すると共に、私から半径3メートル以内の対象に魔法が作用し、私たち4人は魔族の目の届かない範囲へと離脱した。













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