僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

―幼馴染でごめんね―バレンタインイベント②

 十四日の午前。バレンタインのために女子達が忙しく動く時間帯である。何故なら午後の三時には新幹線が出発し愛知県に帰る道をたどるのだから。
 ロマンスを好む乙女としてはロマンスの象徴である東京で告白と共にチョコレートを渡したいのだろう、様々な誘い文句で男子たちを様々な場所に誘う。
 勿論日之内と理亜も例外ではなかったのだが、彼女らは普通の乙女より一際上のこだわりを持っていたらしく、それは告白スポットではなくラッピングという点だった。

「何かめっちゃきれいにできた、さすがシェリアちゃん。っていうか私補佐やってただけじゃん。全然自分の力でやってない!」

「いえ、大丈夫ですよ。それに愛情は本物ではありませんか」

「んぐっ……言うじゃん、まさかこの六十六兆年生きた大賢者が言い負かされるとは」

 さらっと恐ろしい情報を口にした日之内だが、彼女自身に生きて来た年を気にしている素振りは無い。勇者及び英雄に寿命の概念は無いからだ。

 チョコレート作成時に鍋ごと爆発させそうになった日之内は、結局秒速でチョコを作り終わった理亜に手伝って貰いながらチョコを作っていた。
 まあ調子に乗ってチョコレートクッキーなどと気取っていたのが悪いのは確かである。
 そして次にチョコをラッピングに包む段階だが、これまた五枚入りのラッピングを二枚消費してもきちんと包めない不器用さである。
 結局これも理亜に手伝って貰いながら完成したという、手伝われ尽くしのバレンタインデーだった。

 さあいざ渡そうか。しかし日之内が理亜の後ろに隠れてすみ〇こぐ〇しをしたり、理亜が緊張でチョコを落としそうになったりと中々話は進まない。
 しかしそれが災いしたのだろう。もう少し早く渡していれば、あんなことにはならずに済んだのかもしれない―――、

「あ――――――――――ッ!」

 あれほど迷惑をかけるなと煩かった教師が、公共の場であろうことか大声を上げた。付近にいた学生は何事かと集まり―――。



 教師の携帯を覗き込みながらも話を聞いたのは日之内である。不器用でナイナイ尽くしだが、しっかりするときはしっかりするのだ。
 そして得た情報は、丁度東京に住んでいた二十五歳の娘の娘がいわゆる『誘拐』をされたらしい。
 そして教師にはその二十五歳の女性からの連絡が来て、自分の家にも誘拐犯が押しかけてきて動けないので身代金やらとやたら長文を送られた。
 その長文を見た日之内は何か引っかかる……と深く考え込む。世界は違っても、現実世界十七年異世界六十六兆年の生活はだてではないのだ。

「バレンタインどうしようねー」

「ねー。これじゃあ台無しだよ、でもあの子可愛かったよねー」

「それな。放っても置けないけど私達関係ないしー」

「それよりバレンタインに行かせてほしいよね。ぐちぐち煩いなあ」

「ちょっとは人の気持ち考えろよお前ら」

「でも俺達で何かできるわけでもないしなあ。可哀想だが見てるしかねえだろ」

 しかし残念ながら無情なことに、教師の味方をする学生は誰一人としていなかった。携帯をいじる者、もうこの場でチョコを渡してしまう者、ウンザリした顔で罵声を浴びせる者、関係ないと白を切るもの、反応は様々だが誰一人として教師に協力しようとする者は居ない。

 教師の方は誘拐犯からのメッセージが秒速で何十件も来る。理亜はオロオロしていて、ルネックスは呆然と立ち尽くし、零夜は眉をひそめたまま立っている。

「違う! これは釣りだよ、先生の子供の子供を誘拐して釣りにして、私達をハメる気だよ。私が間違ってなかったらこの近くにこいつらはいる! それも、多分誘拐された子も一緒に……いつまでみんなはだんまり決め込んでる気なの。あいつら君達の命も狙ってるんだ、君達にも命の危険があるんだよ!」

 わざわざ今日。誰も協力しないだろうと予測できる日。みんなの警戒が一番緩まる日。そして、今日が修学旅行だとまるで知っているかのような犯人の行動。
 それはつまり―――、今日が修学旅行である事、バレンタインでみんなが興奮している事、そもそも学校全体がこういったイベントを好むこと。
 その全てを知った上で行われた犯行であるのだ、と日之内は叫ぶ。

 しかし生徒は三組合わせて九十人ほどいるのだ。いざというときは誰かを盾にして逃げればいい――、皆の考えはそんなものばかり。
 日之内の叫びが心に響く者など、わずかの正義感を持つ者かこういった状況にワクワクしているだけの者……つまり、ほんのわずかだ。
 その情景を見た日之内は絶望した。失望した。何故助けてあげられない。自分の命までかかっているというのに。

 強く、強くこぶしを握り締める。銀髪がさらりと風になびく。その風は気持ちのいいものではない。まるでどこかからこちらを窺っているだろう犯人の嫌味が乗っているようだった。
 さあ次は何と言おう。何と言えば、彼らは動いてくれるのか―――、

「―――お前らさあ。本当に笑えるよな」

 批判だらけの言葉の嵐を抑えたのは、そんな冷たい言葉だった。感情のこもっていない絶対零度の見えない言葉の刃が、学生たちの心臓に刺さっていく。

「誰かが困っているとき、助けてあげられないのか。そりゃあ自分の命がかかってたら怖いよな、嫌だよな。そこまでして助けられるなんて正義感持ってる奴、世界的に見ても多くはねえよな。でもさ、お前らはもう十八歳に足をかけて、大学に足を運ぼうとしてんだよ。じゃあ誘拐された子は何歳だ? 六歳にも満たないだろうが。
 お前たちは自分の人生が満たされたらそれでいいんだよな。これからどれだけ未来が広がっているかもわからない六歳の子供の人生なんて、どうでもいいんだな!? ほーそうか。お前たちは自分のためならどんな残酷なこともしてのけるのか。自分に利益があるなら何でもするのか。お前らがそんな利己的な考えをしてるとは思わなかったよ……辛いってわかる。怖いってわかる。犯人に立ち向かうなんてこと、常人じゃできねえよな。
 でも考えてみろ。お前たちが盾にしようとしてたこの八十人の力は、どれだけのものだ? 警察だって呼べる、何だってできる。……お前たち八十人が力を合わせて行動を起こすだけで、これから先何十年も未来が残ってる小さい子供を助けられるんだよッ!!」

 力強く言ってのけた零夜の表情は、辛そうだった。八十人だ、八十人。こんな沢山の人数がいるのに、六歳の子供を助けようと思う者は十パーセントにも満たなかった。
 失望も、絶望も、全て言葉に込めた。歩行人も、教師も、学生も、聞き入る。教師は滂沱の涙を流し、歩行人も協力しようと意気込み、そして学生も心を動かされる者が増えて行く。
 そして人とは流れるものだ。まわりの者が助ける選択肢を選ぶ中、流れるようにして自分達も手を上げて称賛の声を零夜と日之内に浴びせる。

 日之内は口角を上げた。その瞳には涙が溜まっている。零夜は、こんな時に、自分の欲しい言葉を、自分の欲しい時に語ってくれる。
 いつもは不器用だし、暴言を吐くし、何かに付け入っては弄って来るし――、でも彼も日之内と同じように、しっかりする時はしっかりするのだ。

 歩行人も合わせた力で、犯人を探し出すのはそう難しい事でもなかった。



 犯人の八割は警察に捕まった。しかし二人が人質をとっている。六歳の小さな女の子だ。彼女を人質にして二人は急速に東京駅を走っていく。

「さとえ―――っ! やめろ、やめるんだ、さとえを放せ―――ッ!」

 教師が犯人の二人を追いかけて走っていく。―――今の理亜と日之内には、対抗の術がある。魔術は使えなくとも、異世界での勇者と英雄として備わった身体能力は常人の比ではない。
 日之内と理亜は顔を見合わせる。経験から犯人の走る方向は分かる。二人は右と左に別れ、左は教師と警察が追いかけている。
 確かに左には人質がいて危険だが、右も暴れられるととても困る。

「ねぇテーラさん。バレンタイン、どうしますかね?」

「シェリアちゃんまたまた冗談がうまくなって。バレンタイン優先して誰かが助からなくなるのなら、私は元の世界に帰る資格なんかない」


『ひーのうちっ! ひーのうちっ! ひーのうちっ! がんばれー!』

『りーあっ! りーあっ! りーあっ! まけるな、理亜―――!』


 冗談の理亜の言葉に日之内も薄っすら不敵な笑みを浮かべて返す。そんな二人の背後には学生や通行人からの声援がかかる。
 この声があれば自分たちは絶対に負けない。小さな女の子を助けて、他の通行人を無視することなど二人にはできない。

 にっ。
 二人は同時に口角を上げて、同時に右に向かって走り去る。その驚異的なスピードは、見る者の目をくぎ付けにするには十分だった。



「待ちなさい! みなさん犯人の逮捕にご協力お願いしま―――す!」

「私が行きます! てー……日之内さんは呼びかけをお願いします!」


 ―――そして犯人を捕まえたのは出発時刻の間近、普通ならば新幹線に乗るために人数チェックを行う時間、二時四十五分。
 犯人を警察に引き渡し、新幹線の前に全員が集まったのが五十分。日之内はいつも通り澄ました顔をしているが、理亜は焦った顔をしている。

「テーラさんっ、バレンタインどうするんですか……! 全然大丈夫じゃないですよ、私達あれだけ頑張ったのに……」

「まあ、仕方ないんじゃない? 私達がああしなかったらどうなってたことか」

「テーラさんは悔しくないんですか! テーラさんが一番頑張ったじゃないですか……終わっちゃうなんて、嫌です……」

「私は別に、別に……悔しくなんか、ないんだからさ」

「テーラさん、それこっちの世界の言葉じゃツンデレって言うんですよ……!」

 理亜は涙目で日之内にしがみついた。そしてしれっとした顔をする日之内も、悔しくないわけではなかった。というか、悔しかった。
 誰かを救ったのは良いことだ。でも、自分達の頑張りを無視するわけにはいかない。チョコを作る過程でできた火傷の傷が今になって痛む。
 しかし過ぎた時間は取り戻せない。だてに六十六兆と十七年生きていないのだ、諦める時だって彼女は潔い。固く目を閉じる。

 涙は流れない。抑え込むからこそ、心の痛みがずきずきと増えて行く。

「……お礼だ。行けよ」

「「へっ?」」

「五分だ。五分で終えろ。お礼だよ。だてに俺は正中高校代表の恋愛好きって言われてねえんだ、恋する乙女のピンチにはヒーロー!」

 二人の肩を叩いたのは教師だった。彼の孫にあたる『さとえ』を助けた日之内と理亜へのささやかなお礼である。
 理亜は深くうなずき、教師に頭を下げると日之内の腕を引いて、既に学生たちが乗り込み始めた新幹線の中を駆ける。
 教師の言葉が聞こえていた学生たちから噂が広がり、当事者以外のほとんど全員が事情を知っている。そのため応援する者、ひゅーと口笛を吹く者、歓声を上げる者達が増えるが――批判的な声を上げたりする者は誰一人としていなかった。



「好きですっ。これは私が作ったチョコです。受け取ってください!」



「そのー、うん。一応私が作ったチョコなんだけど、うん、バレンタインで……えっとその、本命だからね!? ていうか受け取れよっ!」



 勿論下を向いていた二人は、その対面にいる二人の男子が顔を見合わせて顔を真っ赤にした上に俯いてしまったことを知らない……。



―――お見事です―――

―――私は恋愛神ルーズホワイト―――

―――恋する乙女達よ―――

―――あなたの実力を見せてもらいました―――

―――あなた達は恋することにふさわしい、真の恋する乙女です―――

―――さあ、この夢の時間も終わりです―――


―――しっかりと記憶にとどめ、残りの人生をお過ごしくださいね―――



 異世界、アルティディアの宿のベッドの上。二人の少女は眠っていた。

「むにゃ……ルーズホワイトめ……」

「もうちょっとルネックスさんと一緒にいたかったです……すやぁ」

 こうして恋する乙女たちのバレンタインは終わりを告げたのだった―――。

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