僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

きゅうじゅうろっかいめ 大帝国帰還だね?

 それからも様々なことがあり、ユーリシアらと別れスティセリアに感謝を述べられ見送られ、結局大帝国に帰って来たシェリアとルネックス。
 そして大帝国に帰って来た理由はもうひとつある。魔女の森の異変の原因だった自称魔王の幼女、ルカが実力の向上を望んだからだ。
 ルネックスとしても、理由はどうであれ実力の高い者が増えるのは嬉しい。人間のレベルが高まれば、世界のレベルも高まるのだから。
 実力の向上を望んだ結果、大賢者の元に預けることを決意した勇者と英雄。
 なので現在、高くそびえたつ存在感満点な研究所の前に立っていた。

「こ、これは微妙に入りにくいんじゃないかな……」

「ルネックスさんなら大丈夫です! 入っちゃいましょう……って、私もなんか怖くて入れないんですけどね、あはは……」

「―――二人でも何してるのさ、幼女ちゃん連れて。用事でもあるの?」

 冷汗を流しながら入れないまま戸惑う彼らに、魔導書を大量に抱えた大賢者テーラ・ヒュプスが訝し気に尋ねてきた。
 ルネックスが事情を話せば話すほど、テーラの顔は困惑に満ちていく。

「あの、ボク幼女好きの趣味は無いよ?」

「あ、そう言う意味じゃないんです。僕たちは危険な事ばかりしますし、それに追いつくまでテーラさんの元で修行して欲しいって、テーラさんの名前を出したら彼女が言い始めたんです」

「あたしを弟子にしてくださいなの、お願いするのよ……」

 テーラの言葉に慌ててルネックスは手を振り、細かく説明する。更にルカがその髪が空気を叩く程の勢いの良さでお辞儀をし、強い想いの滲む言葉で頼み込んだ。
 テーラとしても魔術をひとに教えたことは勿論ある。何千年も生きていれば、一度はそう言う弟子もできるのだ。
 しかしどうだろうか。自分の研究に彼女は役立つだろうか。ただの研究ではなく、歴史改革なのだ。彼女が付いて行けるだろうか。

「足は引っ張らないの、魔導書を読ませてくれるだけでもうれしいのよ。適当に閉じ込めてくれて構わないのよ、そこにあたしの実力を高められるものがあれば、何でもいいの」

「うーん。いいよ。ボク、悠久の時間があるし。見たところ君にもあるでしょ? ゆっくりでもいいなら、弟子にする」

「ありがとうなの! 精一杯学ばせてもらうの……!」

 という事で、ルカのテーラの元への入門は決定した。いきなりの事で迷惑だろうなと思っていたルネックスらだが、意外にもまんざらでもなさそうなテーラを見て苦笑いだった。
 それから彼女らは手を繋いで広大な研究所の中に入り、その背中はやがて見えなくなる。
 そのタイミングを見ていたのか、はたまた偶然なのかは分からないが、ハーライトが走ってきてルネックスらを呼び止める。

「はあ、はあ……お前ら走るの早すぎだろ……コレム様がお呼びだぜ。確か、宴会の日時が決まったとか言ってたぞ」

「宴会ですか! もう決まったんですね……分かりました、すぐ行きます。あ、ハーライトさん、お疲れ様です……」

 慌ただしく走ってきてまた走り去ろうとするハーライトの背中に、ルネックスが少々苦笑いで声をかけた。
 ハーライトは「うぐっ」と情けない声を出しながらも、体力向上だと振り返らずに来た道を走り抜けたのだった。
 相変わらず変わらない宮廷魔術師の性格に、シェリアとルネックスが苦笑い。そういえば出会った時からこのような性格だった。

 ルネックス達が今ここに居られるのも、ドラゴン討伐時に彼が見つけてくれたからだ。彼でなければ、政治に利用されていたりなんなりしていただろう。
 その点を含め彼には感謝している。そんなことを思いながらシェリアとルネックスは、宮殿に向かってやや速足で歩くのだった。

 それから王城に着くと、兵士達が二列、真ん中に道を開けられながら並べられ、明らかにルネックスらを迎えるために設置されていた。
 相変わらずのコレムの用心さに、二人は苦笑い。そして顔を見合わせ、兵士一人ずつにお疲れ、と声をかけていく。
 勇者と英雄に声をかけられた兵士達は、涙を流さないようにするのが精いっぱいだった。
 もちろんそんなことは知らずに二人は道を進んでいき、やがて廊下を潜り、国王の待つ部屋の扉をノックし彼の声が聞こえればそれを開ける。

「コレムさん。宴会の日時が決まったんですか?」

「早かったではないか……噂だと、ティアルディア帝国と協力し魔女の森の厄災を解いてきたばかりではないだろうか?」

「ああ。噂通りではあるのですが、そう凄い事でもありませんよ。ちゃちゃっと終わらせられる事ですから」

「ハッハッハ、やはり貴殿と過ごすと感覚がマヒしてくる、普通の人間では無理な出来事を飲み込めるとは、前の私ではありえないな」

 来るなりべた褒めをするコレムにやや照れたルネックスは頬をぽりぽりとかいて照れ隠しをする。
 もちろんシェリアはルネックスの事を誇りに思っていて、コレムのべた褒めは彼にとって当然だと思っているのだが。
 テンションにも切り替えが必要だ。コレムは手をとん、と軽く机に置き、いつもの威厳吹き荒れる雰囲気を作り上げた。

 これも先程のべた褒めを経験した者ならば、さほど威圧に思わなくなってしまうのが現実の恐ろしさである。

「宴会の日時は三日後だ。帰って来たばかりで疲れているだろうが、貴族も様々な都合があるのだ、できるだけ日時を遅らせるようにはしたが、すまんな」

「いえいえ、疲れくらい一日で取れますし、大人数で戦いましたからそんなに疲れてませんよ。魔力も瞬時に回復しましたし」

「私も大丈夫です。ちょっと魔力は使いましたが、ルネックスさんほどではないんですけど回復は早いので」

 コレムが不安そうに視線をシェリアに向けてきたので、シェリアは掌を胸に当てるという、女性の礼をしながら答える。
 しかし未だ不安そうな顔をするコレム。いつもは威厳たっぷりなのだが、何せ二人はこの国―――いや、この世界を救った英雄なのだ。
 しかし話が進まないと悟った彼は、長くため息をついて椅子に背中を預けた。

「……これから、貴殿らはどうするつもりだ?」

「僕らですか。大人しく山で過ごすつもりですよ、何かなければですが。そうして何千年も時間が過ぎるのを待てば、新たな勇者が現れる。そしてその頃には僕の更新した世界も、また憎悪にまみれて汚れていきますから」

「貴殿らはよく頑張った……この世界がもう一度憎悪にまみれるのは、あまり見たくはないな。まあその頃には、私もいない」

 更新された世界も、完璧ではない。更新して、更新した者が表舞台から去り、新たに表舞台に上がる者が現れ、その者がまた世界を巡回させる。
 その繰り返しこそが、この世界の真意なのだ。しかしコレムとしては、ルネックス達が命を賭けて巡回したこの世界を汚されたくなどはなかった。
 しかし残念ながら、その何千年後にはルネックス達はいてもコレムはいない。世界が汚れる瞬間すら、彼は見られない。

 勇者たちは、英雄たちは、見るのだろう。テーラも、経験したのだろう。自分達が命を賭けた世界が、また汚れていく過程を。
 その痛みをコレムは分からない。その痛みをコレムは知らない。でも、気持ちなら彼にだってある。勇者たちに仲間意識を深く植え付けた、彼ならば。
 彼も頑張った。地揺れで崩壊寸前の人間界を守った。コレムらも命がけだった。だから、同じくこの巡回された世界を愛した。

「コレムさん。僕らは逃げません。僕らは大人しく、次の勇者が僕らを探し当てるのを待つだけです。他に用件は、ございますか?」

「そうか。それならば私もこれ以上言う事は無い。他に用件もない、疲れているだろうから部屋に戻るといい。三日後の宴会の準備もしなくてはならないだろうからな」

「そうですね。では先に戻らせていただきます。……コレムさん、ありがとう」

 ルネックスは深い礼をして扉に手をかけた。先にシェリアを外に出し、自分が扉を閉める寸前、彼は一度振り返る。
 初めてのため口。初めての同等な立場の友人としての笑み。少年らしさを含んだ彼の微笑みに少々の悲しさを見出したコレムは、深々とため息を吐いた。

「それはこっちのセリフだ、勇者殿……私は真に貴殿に会えたことを嬉しく思っている……」



<お久しぶりでございます>
<私は世界の概念システム009番でございます>
<概念システムの集合体様よりご連絡がありますので、伝えに来ました>

 王城の一室に戻ってからしばらく、ルネックスとシェリアの二人で魔導書や文献を熟読していたところ、突如部屋全体に声が響いた。
 どうやら<無音サイレンス>の魔術が部屋全体にかけられているらしく、例えこの部屋でどれだけ叫んでも外に音が伝わらないことが分かった。
 また、世界の概念にルネックス達を害する気持ちがあったとしても、恐らく今の二人の力を集合したとて勝てる確率はもちろんゼロだ。

「はあ……分かりました」

<以下伝言でございます>

<運命メモリーの動向が大きく動きました>
<次の英雄は、恐らく世界の巡回そのものを止めてしまうでしょう>
<貴方のような存在不可イレギュラーではなく、まこと才能です>
<彼のためにも、貴方のためにも、お知らせがございます>
<貴方に敵対する商人が、これから現れるでしょう>
<彼を味方につけてください。これが、世界システムの大きな第一歩です>

<また、貴方には静かな生活が待っているでしょう>
<五千年後に、新たな勇者からの呼び出しがある事をお伝えしておきます>
<新たな勇者に私達の援助はございません>
<ですから、私からの伝言をしっかりお聞きください>
<貴方はまこと伝説となれますでしょう>
<伝説になったあとは、我が四天世界……世界の四天王のすべての世界を訪れてください>
<そのすべての世界の統治王となれば、私達概念システムは貴方への呪縛を解きましょう>

<世界システムの勇者様、ご武運をお祈りしておりますよ……?>

<以上でございます。良い人生をお送りくださいね。勇者様ルネックス英雄様シェリア>

 疑問符のついた、背筋に冷たい何かが走る気味の悪い一言を残し、世界の概念システムは二度と呼びかけに応える事は無かった。
 正直に言うと、怪しい点は何個だって見つかる。しかし、概念システムの未来視が的確である事は勿論知っているのだ。
 知っているがために、今の彼らは大人しく話を聞く以外選択肢がないのである。

「今の僕らが唯一微塵も勝てる確率のない相手だね。伝説を目指すなんて言ってたけど、伝説を越えてみたい気にもなるよ」

「はい。ルネックスさんならできます。ルネックスさんなら、どれだけ遠くまでもいけます。私は、そう信じております」

「ルネックス様、シェリア様、リエイスもそう信じております。ですから、宴会のためのドレス選びを開始してくださいませんか?」

 未来を夢見ることも大事だが、今を生きることも大切である。それが顔に書いてあったリエイスの言葉が地味に心に突き刺さる。
 様々な世界を旅していた時からずっと留守番をしていたリエイスだが、主の帰還に気分が高揚しているらしい。
 ルネックス達をドレス選びなどをするために呼びに来たメイドを制し、自分が超高速で駆けてきてしまうくらいなのだから。

「うん、そうだね。そうしよう。ドレスというか……僕は精々正装をするくらいなんだけどね。その分シェリアに手を込めてくれないかな」

「承知しました。でもルネックス様も手を込めて正装を選びますよ!」

「本当ですかっ! 私に気づかいなんて……! でも有難うございます……!」

 明らかにテンションが上がっている二人にルネックスは苦笑いをひとつ。そして女子二人に手を引かれ、金の装飾で明るい廊下を早歩きで歩いて行く。やがてドレスの置かれている部屋にたどり着くと、リエイスの気分が最高潮になった。

「さあ、先にどちらの衣装を選びますか?」

「えっとね、先にシェリアので頼むよ。僕にはそんなに時間もかからないだろうし、シェリアもそれで構わないかな?」

「はいっ。綺麗な服を着て、絶対にルネックスさんを喜ばせますからね!」

 そう言って試着室に入っていくシェリアを見送るルネックス。扉が閉まると、ルネックスは袖で自分の頬を隠して廊下の曲がり角の死角に隠れて寄りかかった。
 その頬はわずかに赤くなっている。まあ、意中の女子が自分のために頑張ってくれるというのだ、そんな気分にもなるだろう。
 ルネックスはそう思いながら、どう告白しようかと頭を悩ませていた。

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