僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

きゅうじゅういっかいめ 帰還と勝負だね?

 ゲートは静かに王城の謁見の間で開いた。最初から此処で待っていたコレムと大臣、貴族たちはそろって拍手歓声を送る。
 いきなりの事で驚くと思われたが、まあこうなっているだろうと予想していた事なので特に驚くことは無かった。
 約二週間後に戻ってくると伝えてあったので、一週間半になった時点で用意していたのだろう。

 いつものレッドカーペットに跪くと、ゲートが消える。コレムは最初に会った時と同じように顔を引き締め威圧感溢れる佇まいをしていた。
 そして勇者一行の帰還と謁見の間はまた民が見れるよう解放されていた。
 こちらは少し遅れたようだが、連日で待っていた民もいたようで所々シートが敷いてあるのが見られる。

「勇者殿とその一行、よくぞ帰還して下された。多々ある世界より貿易の知らせが来ておる。貴殿らには感謝してもしきれない恩があるな」

「いえ、僕たちはしなければいけないことをしたまでです。陛下に感謝されるまでもございません」

「はっはっは。謙虚は良い。テーラ殿、研究所が完成した。ルネックス殿、テノン山での住居が完成した。双方、満足してもらえる出来だと思っている」

「「はっ。お心遣い誠に感謝致します」」

 相変わらずその場の全員は引き締めた顔ではあるが、気持ち空気が緩んでいるように感じる。その原因のひとつは民が元気に騒いでいるからだろう。
 貴族たちも最初は眉をひそめていた者達が居たが、今は無意識に頬を緩めている者が多い。
 帝王よりひとつ低い場所に立っていた宰相がコレムに視線を向け、その視線を受けたコレムは話を止めて頷いた。

 宰相が手に持った羊皮紙を目の前に掲げ、こほんとわざとらしく咳を鳴らす。

「こほん……っ。では他国の状況をお伝えすると共に、他界まで足を運んでくださったお礼として表彰をしよう」

「はっ。感謝いたします」

 いつもは冗談も言わない真面目な者なのだろう、宰相はわざとらしく咳をしたのが恥ずかしかったのかほんのり頬を赤らめながら話を進めた。
 気付いたのは目が鋭い市民とテーラのみであった。ルネックスは全員のリーダーとして頭を垂れて話していたので、気付くこともない。

「まず九つの帝国、十二の大国、五十六の合併国、百十二の小国、六十三の島に連絡をしたところ、全ての国が貿易することに異議はなかった」

「はっ。お忙しいところ足を運んでご連絡いただき感謝させていただきます」

 帝王や宰相に送る敬語の言葉としてはまだまだ適切な言葉を選ぶのはうまくないが、コレムと宰相は満足そうに顔を見合わせていた。
 神界へ上がった時は十八歳、神界から降りたときは二十一歳。そしてルネックスは明後日が誕生日である。
 そのためこの顔を見合わせた動作は、別の意味も込められていた。

「勇者、ルネックス殿。明後日が誕生日との事だが、国が貴殿を宴会に招待しよう」

「ま、真でございますかっ……! お心遣い、感謝いたします……!」

 帝王直々の言葉に思わず頭を上げてしまったルネックスだったが、しまったと思い慌てて頭を下げなおした。
 その様子にシェリアが思わず微笑みそうになるが、根性で力づくで抑える。
 国の宴会とは、貴族たちしか参加が許せていない。多くても騎士団の精鋭が守りに徹する。つまり、兵士団すらも足を踏み込めぬ神聖な場所だ。

 民にとっての聖界、騎士にとっての神界、貴族にとっての神殿。それほど特別な場所であり、貴族の中でも小貴族は触れる機会が少ない。
 思わず顔を上げてしまったのも、責められない行動だ。
 しかし勇者ともあろう者なのだから、一度は宴会に参加した方が良いというコレムの判断でもある。そしてそれは、貴族諸侯を納得させる晴れの舞台でもあった。

 それから神界攻略時とは比べ物にならない程度の微々たる表彰―――民を納得させるためだけの表彰を終えた後、ルネックス一行は部屋へ返された。
 これからも彼らが余程の功績を成さなければ、皇子の誰かがコレムの帝王位を引き継ぎ、平和な人間界を作りだせることができるだろう。

「……これからギルドに行こうか。ずっと行ってなかったし、理由はあるといえど処罰があるかもしれないね」

「何を言っているんですか、処罰なんてあるわけがありませんよ!」

 見慣れた広い部屋で、シェリアとルネックスはギルドカードを取り出して苦笑いをしていた。
 ちなみにテーラ一行は謁見が終わったあと、鬼界や聖界の夫妻に用事があると言って急ぎ足で転移し、今どこにいるのかは分からない。
 二人はギルドのマニュアルを取り出し深読みしながら、頭を悩ませていた。

「それよりもいきなりギルドを訪れて、驚かせたりしないかな……」

「だからしませんって。この国にはギルドは何か所もあるでしょう? その中のひとつに勇者が足を運んだというのは、向こうのギルドとしてもいい事ですって」

「そうだよね。よし、行こう。そろそろ依頼を受けたりしたいし、僕らも色々やりたいことが残ってるからね……忙しくなるよ」

 英雄たちから頼まれたこともあるし、急ぐしかない。色んな世界を回っているのに、少々ゆっくりし過ぎていたようだ。
 それに、世界のシステムから声がかかるのも、そろそろだと目論んでいる。

 ルネックスとシェリアはそれぞれ身だしなみを整え、持ち物をチェックすると、王城から出て新鮮な空気を一口吸った。
 兵士たちが頭を下げてくるので、慌てて楽にしてほしいと伝える。

「僕たちはこれからギルドに行くから、もし僕を探しに来た人がいたらギルドまで探しに来てほしいって伝えてくれるかな」

「はっ。勇者様御一行のお言葉、必ず伝えさせていただきます」

「そ、そんなに固くしなくてもいいですから……それでは、よろしくお願いします」

 自分より才能も実力も優れ、簡単に国王と面会できて神界に上がれ貴族を黙らせられる権力を持つ者と会えば、市民と権力はそう変わらないただの兵士が固くなるなと言う方が難しい。
 そのため二人は強くも言わず「いつもお疲れ」と声をかけて、ギルドへ足を進めた。
 足を進める道の中でも、ちらほらと目を輝かせる男女や自分の事でもないのにルネックス達を自慢している老人が見える。
 勇者だ勇者だ騒ぐ子供もいれば、頭を下げたり跪く若者もいた。



「私と、勝負してください!」

 ―――これは、どういう事なのだろうか。

 少し時間をさかのぼらせて説明しよう。ギルドに足を踏み込んだ二人は受付嬢に、ギルマスに、冒険者に大歓迎されて迎えられた。
 罰されるどころか、大賢者以外誰も獲得することのなかったランク―――シークレットランクに二人が進級した。
 今日はそれで帰ろうと思ったのだが、一人の青緑の髪をした少女がそれを阻んだ。

 そして事態は今に至るのだ。

 ルネックスの隣で見送ろうとしていた受付嬢が顔面を蒼白にしながら口を開く。

「か、彼女は『暴風のアテナ』と呼ばれています。現在我がギルドで二人しかいないSSランクに上がる実力の天才少女です。彼女自身がSSランクになる事を拒んでいるのですが、そうでなかったらとっくに我がギルド最強のSSランクになっています……」

「つまり、その二人しかいないSSランクと戦っても勝つってことなのかな?」

「……そのお二人が束になって掛かっても瞬殺です。かつてない強者ですよっ!」

 だから冒険者達は騒ぐことはあっても声をかけたり止めたりする者は居ない。つまり彼女はフリーでパーティはないという事だ。
 一人で二人のSSランクに勝つという事は、大変な名誉である。
 SSランクというのは爵位がある者ばかりだ。戦争にも出場したりと、国直々に招待されることもしばしばある。
 神聖な宴会にも、礼儀正しい者達は招待されることもしばしばあるのだ。

 そんなSSランクに一人で勝って、それでもSランクのままでいようとするのは過去にもなかったことではない。
 冒険者としての意地がまだまだ成長していないと訴えるなど理由は様々だが。

「かつてない強者なんて、そんな訳がありません」

 少女―――もといアテナは金の瞳に強い意志をにじませ、頭を下げたまま強くスカートを握る。ちなみに彼女の服は頑丈さに特化した特注品である。

「私は英雄様方に勝負を挑んだことがあります。未だ一度も勝てたことがありません。それに、ギルドに所属しているルネックス様もいるではありませんか。英雄様に勝つまで、私はSランクを超えるつもりはありませんッ!」

「……そうか。それなら地下の訓練場に行こうよ。ギルドで戦うのは御法度ってマニュアルに書いてあったから」

「私は此処で待っております。アテナさん、ルネックスさん、頑張ってください!」

 アテナの叫びには、かつて弱かったルネックスも頷ける。一歩ずつ強くなっても、結局目的など手が届かない弱さのままだった。
 超えねばならない物がたくさんあって、それでも超えられない物もたくさんあった。その超えられない物を超えるまで、ルネックスも謙遜をし続けた。
 自分から目立つことはできるだけ少なくした。王城からの様々な誘いもできる限り断った。そしてできる限り、色んな人に協力してもらったのだ。

 少女の気持ちはよくわかる。シェリアも例外ではなかった。ルネックスが頷き、彼女は一人ソファーで以来の掲示板を見ていた。
 ―――戦う類の目標の無いルネックスさんの元に、私は未だ必要なのでしょうか。



 多くのギャラリーが見守る中、二人の激戦は終了を迎えようとしていた。Aランクの冒険者程度は瞬殺してしまうルネックスだが、既に二分以上が経過している。
 ルネックスが足を引いて剣を受けようとすれば、彼女はルネックスの背後に回り込み、彼が剣を叩きつけ受けに回る。
 威力では勝てないと知っているアテナは、わざと受けに回るようにしているのだ。

「はっ。ふっ!」

 アテナ剣に暴風を宿らせたのは、ルネックスの背後に再度回り込んだところだった。同じ展開が何度も続き、ギャラリーも飽き始めたところ。
 ルネックスが受けようとしたギルドの剣は、容易く折れてしまう。アテナは潔く追撃をせずに飛びのく。魔術がなしという設定をされているわけではないからだ。
 ちなみに何故ギルドの剣を使っているのかと言うと、ベアトリアの剣を使えばアテナの剣は紙でも着るかのように折れてしまうからだ。

 そしてここからが彼女の価値が示す所。ルネックスは剣がかすれてやや出血した指に治癒魔術をかけると、息を整えて魔術剣を創り出す。
 魔術剣は頑丈さは劣るが、威力は問題がない。風を相殺する火の魔術剣。魔術剣の周りを渦巻くのは気高く吠え上がる竜の姿だった。

「……貴方も使えるんですね」

「うん。万が一のために準備しておいた魔術だけど、神界じゃ使う機会が少なかったから君よりは劣ると思うよ」

 アテナが力づくで振るった剣は空振り、ルネックスの剣にまとわりついていた火が手に触れ、軽いやけどを負う。
 舌打ちする間もなく、アテナの背後に回り込まれ首元に火が揺らぐのを感じる。

「降参……だよね?」

「―――ふぅ。私の負けです。まだまだ精進が足りませんね」

 アテナは愛剣を地面に投げ捨てる。たとえ魔術剣士だとしても、自らの剣と魔術は命。その内ひとつの剣を投げ捨てることは、敗北と相手に対する尊敬を意味する。
 勝負が決まった二人はギャラリーの歓声に笑顔を浮かべた後、訓練場から去った。彼らが戦ったえぐれた地面を、受付嬢は苦い顔で見下ろしていた。
 ギルドに向かう途中、アテナは自分の過去をルネックスに教えた。

 彼女は剣を振る以外才能がなかった。自分の剣を誇っていた。周りに自分より強い者は居なかった。その結果は、才能だけではない。
 眠るのは二時間のみ。二十二時間ずっと剣と魔術を振るっていた。王国騎士である父に剣を習い、時には剣聖に弟子入りもした。
 剣のために、魔術のために、自分の命すらも投げ打って努力を積み上げた。

「ですけど、私ではやっぱり天才には届かないんですよねー……」

「……ちょっと聞いて、アテナ。剣を磨くより、気持ちを磨いて。何処までも気高い心、泥水を啜っても、どんな屈辱にまみれようとも、目的を達する強靭な気持ち―――あとね、自分の魂を磨く。魂は生きてるんだよ」

 自嘲気味に笑ったアテナの事を笑い返さず、真剣な顔でルネックスは微笑んだ。その言葉を、深い重みのある感情を、咀嚼するためにアテナは足を止めた。
 ルネックスは彼女を待たずに、彼女が自分の言葉を咀嚼しようとしていることが分かったからこそ、シェリアに向かって足を緩めず歩いた。

 ―――未来の英雄になるべき者に、世界のシステムの祝福を。

「シェリア、帰ろう。まだやるべきことは沢山、残ってるからね」

「分かりました。ファウラさん、ありがとうございましたー!」

 ギルドの門の前で、シェリアは話を聞かせてもらったのだろう受付嬢の女性―――ファウラに向かって手を振った。
 ファウラは手を振り返し、二人の背中は小さくなってやがて見えなくなる。

 その瞬間、ギルドに戦場の時と変わりない大きな歓声が響き渡るのだった。

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