僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

きゅうじゅうにかいめ 魔女の妹だね?

 勇者と英雄だと気づかれないよう、フードを深くかぶってルネックスとシェリアは山の中から抜け出し、街の家の屋根を伝って高速で進んだ。
 存在感は限りなく鎮め、人々は彼らがそこに居ることすら気付けないくらいだった。
 最も、英雄と勇者がその気になって空気の中に溶け込めば、A級の冒険者でも見つけることはできないのだから、さもありなん。

「シェリア、此処ならもう転移を使っても気付かれないよ」

「分かりました。―――テレポート」

 目的地に転移するのは良いが、夜行性も多い冒険者が此処に居たとしたら魔力の残滓を読み取って気付いてしまうだろう。
 だからこそ普段人が寄り付かない魔物のたまり場で転移したのだ―――。
 ちなみに、魔物のたまり場であっても勇者を超えるレベルの魔物は存在しない。そのため二人は迷わずそこを選ぶことができた。

 魔物がシェリア達に襲い掛かる前に、テレポートが発動して彼らは消え去る。
 場所は曖昧な設定だったので、何処に現れるかは分からないのだが―――現れた場所は、紫の植物一色に染められた不気味な森林だった。

「魔女の森ね、想定通りの場所だよ。マークしておいてよかった」

「そうですね。少し危ないので、此処からは私のサーチ魔術をベースにして行きましょう。ルネックス様は魔力をできるだけ温存してください」

 此処から文献などでしか目を通したことのない未知の領域。基本的に最大戦力のルネックスは最大の見せ場が来るまで待機だ。
 此処に来るまでに念のため文献を漁り予習したのだが、それでも実際目にする物と本はかけ離れているだろう。
 魔女の森では出てくる魔物の属性が全て毒か闇。同じ属性を持ったとしても、相手が格上ならば格上の放つ同属性は逆に毒となる。
 つまり、シェリアととても相性がよく、基本的に光属性と風属性を主に使うルネックスとは相性最悪という事だ。

 まあ、闇と風は比較対象にならないのだが、ユニーク属性である闇の方がデメリットが少ないのは確かだ。
 だが属性のデメリットは使い手によって完全に無くなるので、ルネックスが比較対象の場合メリットも何も関係ない。
 常識で測れる範疇を彼は大きく超えてしまっていたのだから。
 彼がシェリアを戦わせてまで後方待機をする必要がある理由は他にあるのだが。

「紫以外の木を見つけたらすぐ排除……でもあんまりないですね、魔物とか」

「まあ、魔女の森の瘴気でみんなやられちゃうからね。本場の強い魔物はもう少し奥だと思うよ。奥は瘴気も無くなるらしいし」

「そうですね。竜界の秘境の瘴気は少し辛かったですが、あれを超える瘴気なんて魔女の森には存在しませんね」

 そう言いながらシェリアは魔刀を両手にずんずんと進んでいく。相変わらず禍々しい瘴気を帯びたそれは、竜界の秘境で手にいれた物。
 そしてその魔刀が纏う瘴気は、魔女の森の物より何段階も上なのだった。
 ちなみに此処、魔女の森はカリファッツェラ大帝国を跨って更にもうひとつの国を越えた場所に鎮座する非開拓地帯。
 そこに最も近いのはティアルディア帝国―――長年大帝国と友好な関係を築いてきた、南側にある大帝国とは反対側の北側を制圧する帝国。

 そんな帝国であっても治めることができないのが此処、魔女の森。英雄が挑んでも、この魔女の森にある瘴気が消えることは無い。
 英雄にとっては弱い瘴気であっても、民にとっては触れるだけでも命が尽きる物質。そして何より、スライムなどの魔物とは違う瘴気を受けて変異した魔物たち。
 ティアルディア帝国は幾度もここを開拓しようとし、莫大な資金をつぎ込んで英雄などに依頼したのだが、結局つぎ込んだ金額に見合う結果は出てこなかった。
 そして現在の帝王は完全にこの魔女の森開拓を放棄してしまっている。

 この魔女の森で最大の脅威は、色違いの木だ。いつもの色は紫なのだが、人間が近づくと色が変わる魔物。
 そして人間が半径一メートルに近づくまで変化は現れないので、注意深く進まないと背後や前方からの不意打ちを受けることがある。
 何故なら木の枝は伸ばせるし、枝も幹も強靭で壊れにくい。伸縮もするしまさに自由自在に無尽蔵な己の体を使いこなしている。
 それはシェリアやルネックスにとっても、気を付けるべき魔物であった。

「普通の魔物は結構出てきますね。でも変色型は今まで一体も遭遇していません。恐らく一か所に集まっているか、或いはここの主でも居るのか……」

「それはないはずだよ、一番最近の文献でもどの文献でも絶対あり得ないって書かれてたし。住民は確かにちらほらといるけど、みんな強者だからね」

 魔女の森で生きていられる者は、皆揃って訳ありな強者だ。彼らは争うことを拒み、何かを治めることを拒む者ばかり。
 強いのならば冒険者として生きればいいし、魔女の森で一生生きていくくらいの実力があるならいっそ英雄や賢者の試験だって受けてもいい。
 出来るのにそれをしない理由があるから―――そんな訳ありな者たちなのだ。

 排他的な者が多いし、そもそも出てこない者達ばかり。闇の中で一生を過ごすうち、性格がひねくれない方が可笑しいのだ。
 そのため魔女の森には主がいない。治められる者がいない。明るい者がいない。あるのは深く闇のような空間だけ。
 そして己を磨くためだけに存在する、この空間特有の無限の時間だけ。

 そしてこれが前代ティアルディア帝国帝王が何が何でも魔女の森を手にいれようとした理由でもあった。
 住んでいる限り、己の時間が衰えないのだ。何処までも永久な時間が過ごせる。つまり今も、人間界の時間は止まったまま。
 自分たちの老化を止めたいという、人間性たっぷりの欲は持つなと言う方が難しい。
 しかし、過酷な現状と強力な魔物が軽々しく足を踏み込むことを許さなかった。

「あ、奥です。やっぱり色が変わりましたね……でも、これだけ集まるのも文献ではあり得ないと言ってました。じゃあ、何故……?」

「何かが変異したと考えられるね。それとも、此処を治められる野心を持ったうえで此処に居られる実力のある者が現れたかだよ」

 英雄と言うのは、その気になれば世界も手にいれられる。腕試しとしてここを訪れることはあるが、治めるために実力を行使したりはしない。
 それは、実際そう思っていたが、共に戦ったことでルネックスとシェリアはより一層そう思うようになっていたのだ。
 英雄とは己の空間を持っていて、あまり言いたくないが―――癖が強い。

 という事は、英雄ではない者が、英雄程もある力を持ってして、永遠の時間以外価値のない魔女の森を治めようとしている。
 これはある意味で由々しき事態だ。その個体が世界までもを治めようとした場合、現在休息期間に入っている英雄や勇者たちは出場できない。
 即戦力はルネックスとシェリアのみ。テーラも入ってくれるだろうが、彼女は様々な世界を飛び回るので不確定要素だ。

 ルネックスは警戒を引き締めながら、色を変えた木の集団に視線を向ける。
 ここに来てから大分歩いた。人間界での時間は止まっているが、人間界での時間に換算すると約半日ほど歩いていただろうか。
 それくらい歩いてようやく奥に来たのだから、魔女の森の大きさが垣間見える。
 魔刀を構えるシェリア。その間のルネックスの仕事は周囲に気を配る事だが、警戒の度合いを広げたルネックスは魔力を読み取るようにして目を閉じた。
 そしてそう判断したのが良かったのだろう、ルネックスはあることに気付く。

 すでに戦闘に取りかかっていたシェリアが一本の木を切り飛ばす。その背中に声をかけようとルネックスは声帯をフルに使った。

「解呪魔術を使って! 『それ』は時間稼ぎのフェイクだ!」

 無尽蔵にある木。それを切り飛ばしていって魔力がなくなり戦えなくなるのを狙っている消耗戦だ。それを読み取ったルネックスはそれも含めて声をかける。
 シェリアはその意図を読み取り、ルネックスの居るところまでジャンプひとつで飛んでくる。木が来ないようにしっかり結界も張った。
 解呪魔術はじわじわと作動している。木が枯れていく。守りが薄くなっていく。段々と、中にある物が露になる。

 ―――瘴気に囲まれて良く見えないが、それは確かに、大きな監獄だった。

「私の解呪魔術が効いてません……いくら軽く放ったといえど、これは……」

「そうだね。今度こそ僕が行くよ。シェリアだけに任せるわけにはいかないし」

 大きくそびえたつ監獄は、一片たりとも崩れていなかった。瘴気は今も崩れようとしているが、監獄には欠片の損傷もない。
 ルネックスよりは弱くとも仮にも英雄のシェリアの攻撃。いつもの十分の一も出していなかったといえど、上級冒険者以下は瞬殺の一撃。
 壊れないだけならまだしも、傷ひとつ付かないのはおかしすぎるのだ。

 ルネックスが前に出る。瘴気に触れる。ダメージはそこまでない。ステータスも全く削れた様子を見せない。
 一歩踏み込む。瘴気が体全体にまとわりついたため、強化魔術を使用する。
 まとわりついた瞬間に少し削れたステータスは回復スキルにより元通りになる。

「……さて。僕の腕が鈍ってないか、試させてもらおうかな」

 抜いたのは、ベアトリアの剣だ。この剣の余波にシェリアが影響されても彼女は自分の身を保護できる、十分な力を持っている。
 周囲に他の人間もいない。ベアトリアの剣を抜くには差し障りがなかった。
 ルネックスは剣を構えながら右足を引く。体勢を落とし、腰を低くする。静かに燃える闘志、ばちりと弾けそうな思いが全てを轟かせていく。

 一度、たった一度剣を振るった。
 解呪の魔術を組み込んで放たれた銀の糸。ルネックスの半径五メートルの内にある瘴気を完全に消滅させ、監獄を破壊した。
 言葉にすれば、たったそれだけ。しかし、B級の冒険者が10人束になって掛かろうとも傷ひとつ付かず、A級の冒険者グループが五つあればようやく壊せるような監獄。
 それをたった一撃。瘴気を霧散させた上に、彼は全く本気ですらない。

 壊れた監獄の中には、一人の少女が居た。黒髪を緩く結んでいる少女。衰弱しているのか髪は地面に散らばり、少女自身は苦しそうに喘いでいる。
 黒一式で揃えた服。長いスカートにテーラが見ればスーツだと断言できるような服。そして手には禍々しく見える杖が握られていた。
 何があってもこれだけは手放さない―――そんな必死さが垣間見えている。

「シェリア。―――見つけたよ」

「本当ですか! って、弱ってるじゃないですか、治療をしなくては……」

「待って、シェリア。これは呪いだよ。下手に治癒魔術をかけたら逆に悪化する。【この者の呪いを解き放て『ヒール』】」

 十人中七人は美形と評するだろうこの少女こそ、ルネックスとシェリアが探し求めていた者だと彼は直感的に判断した。
 解呪魔術にも何百種類もあり、使い方を間違えると毒になるものもある。そのため、幼少期から文献を読み続けてきたルネックスならある程度は分かる。
 解呪専用の治癒魔術をかけると、少女は呻き、次にゆっくりと瞼を開けた。

「……っ、!」

「あ、驚かなくてもいいんだ。僕らは君の姉から頼まれて、用事があるんだ」

「……姉って言うと、グロッセリアですね。お助けいただいてありがとうございます」

 ルネックスらを彼女を捕えた者達だとでも勘違いしたのか、回復して間もない体を引きずってまで後ずさろうとする。
 しかし姉という言葉を出すと、少女―――スティセリアはぺこりと一礼した。
 神界にて戦闘をしていた時。自爆をしたグロッセリアに頼まれたのだ。黒魔導士の頂点の証であるブレスレットを、妹に渡してくれと。

 スティセリアは未だ弱っているだろう体を引きずってまで、ルネックス達を自分の住む家に案内した。
 相変わらず瘴気に囲まれているが、衰弱していても彼女に気にした様子はない。元からの実力も、毒に対しての耐性も高いのだろう。
 部屋に迎え入れられると、女の子らしい清潔な部屋だった。趣味の悪い黒魔女のような部屋ではなかった。
 ほんのり光るライト、手入れされているのがよくわかり埃ひとつない地面と壁、窓際。家具も華やかではなく、シンプルに一式が揃えられている。
 生活道具も外に出せば瘴気に触れて塵と化す。家具はいつだって最低限だ。

「魔女の森の中でも、貴方達が巡回を成し遂げたことは聞きました。そして、姉がそれに参加したことも。……ここまで来たのは、何故でしょう?」

 全てを分かっていながらも、ルネックス達を机に座らせてその質問をしたスティセリアは、強い気持ちをにじませていた。
 あるのは愛じゃない。黒魔導士として大成しなければならない、使命だった。

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