僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

きゅうじゅっかいめ 鬼界だね?

 昔鬼界征服を試みたときに、シェリアが此処に足を踏み込んだ時自然に彼女の体にまとわりついてきた、王の証のローブはもうまとわりついては来ない。
 緊張していたシェリアはほっと一息つく。街灯はないが、幻想的な世界である事がアイデンティティな鬼界では七色の光が満ちている。
 特殊な紫色や黄色、赤色の木などもあり、色とりどりで魔のひとつとは思えない。

 それでも、光も照らす場所には限度がある。暗い所もあれば明るい所もあり、テーラの居た世界で言う歴史に出てくる城のような王城が遠くに建てられている。
 違うのは、鬼界で絶対な権力を持つ王であるエリスが彼らを出向いている所である。
 副長であるとしても絶対的な権力をもつ彼女が王城で待機するならまだしも、自分から出向いてくるのは稀の稀の事である。
 ルネックス一行にシェリアが居なければ、無かったかもしれない事態である。

「来たわね。あぁシェリア、久しぶりだわ。元気かしら? 魔力はまた成長してる? 覚醒したって聞いたけれど、どんな感じ?」

「ぇと……元気です。魔力もそれなりには。覚醒は何だか悟りが開くような感じです」

 いきなり抱き着いてきた薄い青の髪を腰まで伸ばし、白いワンピースを着た女性―――王エリスに戸惑いながらも返答するシェリア。
 何分いきなりだったので彼女の行動は見えたものの戸惑うルネックス一行。エリスの後ろにいた侍女や護衛達までもが目を点にする。
 エリスは周りをきょろきょろと見わたし、恥ずかしそうに手を離した。

 エリスが直接出迎えたことが広まったのか、鬼族の民が続々と集まってくる。そしていつも威厳溢れた鬼族の王エリスの奇行に騒がしさが増幅する。
 次にルネックスとシェリアは顔を見合わせ、いつもと違うところに気が付く。

「あの、ミルは……」

「あぁ、ミルか。あの戦で命を散らしたわ。天使の半分を屠ったのは彼女なのよ。さすがに神を相手にすれば魔力が尽きちゃったけど」

「エリスさんも参加したんですか? 鬼界の王……ですよね」

 おどおどと口を開くシェリアに戸惑うことなく答えたエリスの言葉に、彼女が戦場に行ったのではと察したルネックスは問う。
 王であるエリスが国から離れれば、国の経済は歪んでいくはずなのに。

「ふふ。私達鬼界政治が良くて有名なのよ。だからこそこの幻想的な世界を維持していられるの。私達が居なくなったくらいで崩れたりしないわ」

「それは素晴らしい。どの世界も貴女達の世界のように政治ができれば世界の巡回うんぬんも必要ないのですが……」

「エリスが聖神に襲撃された時、みんなが乱れていませんでしたもの」

 それも鬼界の誇りのひとつだと、鬼界の民も頷き合う。シェリアも誇らしげな顔でルネックスを見ている。
 エリスが聖神に襲撃された時、民は冷静に治癒魔術を使える者を集め、治癒した後は通常通りにパーティを開始した。
 それほどまとまった国である。多々ある世界の中で、鬼界は一、二を争うほどだろう。他の世界もまとまりたいがまとまれない者ばかりだ。
 鬼界のこのまとまり様は、他国からも血涙を流すほど羨望されている程だ。

「ささ、本殿にテレポート致しましょう。お暇でもないわよね、何か用事があって来たのだと分かるわ。【テレポート】!」

 ルネックス一行が頷くのを見て、エリスは魔術を発動させる。この一瞬で高等魔術を練り上げたのは、間違いなくエリスの才能だ。
 テレポートも移動させる人数によって難易度が変わる。いくら才能があっても、この人数を瞬時に移動させられるのは魔力操作の技術だ。
 そしてこれは王になるための血反吐を吐く努力を続けたエリスの努力の結果だ。

 瞬時に本殿についたルネックス一行、たたみによく似た室内にテーラは危うく涙を流しそうになるが懸命にこらえる。
 後ろにいたセバスチャンも眉をピクリと動かし、口角を上げて小さな微笑みを浮かべた。
 ルネックス達は見たことがないが、単純に部屋の美しさと独特な香りにひかれ、思わず室内をじろじろ見てしまっていた。
 くすくすとエリスの笑い声が響いたところで、一行は部屋を凝視していたことに気付く。

「どうしたの、そんなに私の部屋を気に入ったのかしら?」」

「いや、あのさ、この部屋のデザインってどうして生まれたの?」

「異世界人を初代帝王が召喚したからよ。このアルティディアで最初の異世界人でもあったわ。彼は、度々様々な世界に召喚されているようだけど、アルティディアの中の世界でしか召喚されない異質な体質でもあったらしいわ」

「ちょっとまーった! その人の名前って北野永夜って名乗らなかった?」

「え、えぇ、そう文献に記されてはいたけれど、それがどうかしたのかしら?」

 エリスの言葉にテーラは顔から血色がさぁ、と引いて行くのを感じた。これは、歴史改革の一片になるかもしれないと思い至ったからである。
 北野永夜―――それはテーラの想い人であり、彼女が歴史改革を行おうとしたきっかけの人物。セバスチャンも顔が青ざめていくのを感じた。
 人間界でもそのほかの世界でも、異世界人の力を借りたことを恥じてその歴史は一片も公開されたことは無かった。テーラについては様々な因縁があり、後悔せざるを得なくなったがそれは三百年前の話、現在は誰も知らない謎だ。

 それはさておき、どの世界でも公開されることは無かった北野永夜という存在が、此処鬼界では素晴らしい歴史として残されている。
 これは、貿易の内容に非常に合っている。もしかしたら鬼界と言う強力なバックが得られるかもしれないのだ。
 だがテーラは空気を読み、これは此処で話してはならないと感じて口をつぐむ。

「……分かった。ボクに時間が空いたら個人的に話に来るよ。もしかしたら鬼界は、また緊迫した雰囲気になるかもしれないけど」

「あら、そうなの。でも鬼界のまとまりを見てほしいわぁ……少し緊迫した雰囲気が流れたくらいで、生活は一片たりとも変わらないのよ」

 それは凄すぎ―――とテーラは笑う。彼女が何かしでかさないか心配だったセバスチャンは安堵のため息をつく。ただの杞憂だったか、と。
 エリスは空気を読むのが得意だ。まるで先程の話がなかったことだったかのようにルネックス一行を座らせ、侍女メイドにお茶を持ってこさせた。
 部屋の雰囲気は変わり、ルネックスは懐からファイルを取り出し机に置く。

「この書類は後で読んでください。実は、エリスさんの貿易許可が欲しいんです。僕らの今までの研究材料と引き換えに人間界と友好関係を結んで欲しい、という内容です」

「あらあらぁ、それはまた勇者らしいことをするのね。勿論構わないわ」

「えぇっ、そんな簡単に許可していいんですか」

「シェリアちゃんの見込んだ男だもの。悪用しないって信じてるわ。それに、その程度の貿易を悪用されたくらいで鬼界は揺らがないの」

 不敵な笑みで雰囲気を煌めかせた彼女は、紛れもなく鬼界の王である『エリス』の顔であった。鬼界を揺るがぬ世界に治め、強固な絆を離さない明君。
 ルネックスも不敵に笑い返し、シェリアがくすくすと笑い、テーラが高笑い、セバスチャンが含み笑い。部屋にはしばらく笑い声が響いていた。
 その笑い声が途絶えた頃、窓の外から太鼓やら楽器やらの音が賑やかに奏でられた。

「シェリアちゃん、覚えてるかしら。貴女が一度鬼界に戻って来た時のお祭り。あれから何度か改良して、進化させてたのよ」

「そうなんですかッ!? すごく綺麗です……さすが鬼界ですね!」

「……どうせなら見にいこうかな?」

 シェリアの言葉を聞いたテーラがルネックスの腕を軽く叩き、ハッとした彼は微笑みながら提案した。テーラはニヤニヤしながら一息つく。
 エリスは一行の話を聞くと侍女に声をかけて祭りへ行く準備をさせるように言った。
 この祭りの観光を終えれば、他に行く世界もないので人間界に戻る。それからまた忙しくなるので、世界を観光する機会もしばらくはない。
 なので幻想世界とも呼ばれる鬼界で、いい思い出を作っておくのも悪くない。

 もう一度テレポートをすると、王城の門の前に出る。前を見ると、真っ赤な光が広がり、屋台が並び、吟遊詩人や演奏が響いていた。
 シェリアは目を輝かせており、ルネックスも口を開けたまま声も出ない。
 テーラ達が地球の祭りとよく似た状況に瞠目した直後、目を輝かせてはしゃぐ。
 テーラもシェリアも勇者と英雄だが乙女だ。綺麗な物を見れば目を輝かせるのは道理だ。そしてルネックスとセバスチャンも男だが、感動が心を動かす。音が心を震わせる。
 それぞれ違った反応に、誇りある伝統を褒められたエリスはくすくすと笑う。

「気に入ってもらえてうれしいわ。私達も、改良を長く続けてきた甲斐があったもの。あぁそうだったわ、敬語はよしてくれないかしら?」

「わかりま……分かった。やはり努力は凄いね。時間があったらまた来たいよ」

「人間界で言う五年後に私が死ななかったらもっと盛大な祭りがあるのよ。良かったらその時に来てくれないかしら?」

「うん。その時に時間があったら、よろこんで行かせてもらうよ」

 エリスはくすくすと笑いながら、シェリアの手を引いて屋台や音楽の中をゆっくりと観光しながら突き抜けていく。
 それから屋台の食べ物を食べて一味違った鬼界の味に舌鼓を打ったり、鬼界の者達が花束を捧げて来たりと賑やかな時間を過ごした。
 人間界ではもう二週間過ぎていて、今は深夜だとテーラの勘が告げる。人間界に今戻るとしても着くのは朝になるだろうと予想して。

「あら、もう帰っちゃうのね。みんな、勇者様一行を送ってあげなさい」

「ゲートオーン! エリスの姉さん、ありがとね。んじゃ行くよー!」

 音楽を鳴らしていたり、観光していた鬼界貴族の者達が敷かれたレッドカーペットの上の両脇に跪き、一行が通れる道を作った。
 相変わらず大げさな送り方に、ルネックスが苦笑い。残念ながらレッドカーペットの上を通るわけではないので、テーラがゲートの扉を開ける。
 エリスは柔和な笑みを浮かべて、ゲートに入る一行の前で深く一礼をした。

「すべての世界を救った勇者様方に……私達は感謝しきれないわ」

「よしてよ、エリスさん。僕は……利己的な人間だから、感謝されるなんて資格はないよ……それじゃあ、また次の機会に会おう!」

 ちなみに竜界で手にいれた禍々しい武器をエリスに見せると、すでにシェリアの膨大な力を吸ってしまい、鬼界では収容できないレベルだと言われたので、シェリアが大人しく貰うことにする。
 相変わらず物騒な瘴気を身にまとっている、触れれば呪われそうな形相だったが。

 そして最後の世界での旅は幕を閉じて―――

 ―――慣れ親しんだ世界への舞台ゲートが幕を開けたのだった。

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