僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

はちじゅうよんかいめ 精霊界だね?

 用意されたのは黄金の椅子。周りに飛び回る精霊たちが歌を歌って歓迎している。目の前ではくすくすと笑うミネリアルス。
 ―――そう、此処は精霊界である。
 疲れは三分の二以上取れているシェリアとルネックスが、半分以上回復次第すぐに向かったのは精霊界である。
 これから先の目的上、精霊界を一番先にするのが妥当だったからである。
 それにしてもこの歓迎ようは何なのだろう。ミネリアルスに聞いても精霊たちがこうしたいからとしか彼女は答え上げられなかった。

 精霊とは気まぐれである。精霊管理神とはそれを管理できるほどの微妙な感情深さが必要最低限の条件でもある。
 ミネリアルスがいくら精霊と仲がいいとはいえ、何十年か磨いてから即位する精霊管理神達とは比べるべくもない。
 ただ、普通の精霊管理神でもこの状態は解明できなかっただろう。

『貴方がルネックスなの?』

 桃色の髪の毛を空間のあちこちにちりばめた、言葉では解明することのできない美しさを持った精霊がルネックスの腕に降り立った。
 ミネリアルスが何か言う前に、テーラが声を上げて喜びの声を上げた。

「フランビィーレじゃん! 久しぶり。聖神反乱以来だねー」

『て、テーラじゃない。久しぶりね、それで、この人がルネックス?』

 精霊の少女もといフランビィーレに抱きついたテーラの一言から始まってとんとん拍子で、二人で進んでいく話に目を白黒させる。
 テーラが目的をつらつらと語ると共に、ミネリアルスが目を見張っていく。
 戦が終わっても勇者としてやる事は大量にある。ただ、ルネックスがまた試みようとしていることはとても難しい内容だった。

 しかし、今ならば可能であろう。
 すべての世界に自分の味方を配置している今、ルネックスはすべての世界を支配することを可能とする統治王なのだ。
 よろしいですか、と意識を戻したルネックスが微笑む。

「精霊は菓子を好むと言います。精霊界や神界で、精霊も神も食を取る必要はありません。ですから人間界に下りた、その説が多いですね」

「そうなの! みんなお菓子が大好きなの、人間界にたまに降りる精霊もいるなの。確かにそれは喜ばしいなの……でも即決はできないの……」

「魔界との貿易のために武器を作ってください。代わりに人間界でのお菓子をあげます。手順は全てそこに書いてありますでしょう?」

 精霊界では聖大樹というものがあり、本来ならば実るタイプのものではないミスリルも生むし、魔剣の材料となるオリハルコンなんかも生む。
 一日一度は生産されて、武器を使わない精霊たちにとってはたまりにたまって馬鹿馬鹿しい量の高級材料の山が出来上がっている。
 それでも興味でその材料を使っていく精霊たちは少なからずいる。

 それを貿易に使うとなれば、ずいぶん大量に一度に出ていくことになる。それの価値がお菓子というだけなのは、さすがに即決できない。
 ミネリアルスの手元にある書類は、魔界も精霊界も皆等しい利益を手に入れることができるように精密に計算されている。
 精霊が喜べば、武器に手を入れる者は少なくなりお菓子に手を込む者が増える。お菓子を作る技術もそれなりに送られる。
 そこまで聞くと、天秤が少しだけ取引を受ける所へ傾いた。

 後ろでは精霊たちが今にもよだれを垂らしそうな勢いでこちらを見ている。戦でずいぶん数は削れているはずだが、日に日に増えて行く精霊はいつ来ても数は増えるばかりだ。
 ルネックスは、相も変わらず優雅な笑みを揺らしている。
 これは彼にとって譲れない取引。押し付けるようで酷だとは思うが、すべての世界を保護するためにも様々な世界と貿易を結ぶ以外道はない。

 様々なしがらみがあるからであるのだが、長くなるため割愛する。

「あの、ルネックスさんは忙しいのでできないのですが、私が出来る限り呼ばれれば協力するという形はどうでしょうか?」

「シェリア……本当にそれでいいの?」

「構いません。精霊界は平和になってますし、めったなことには呼ばれなさそうって言うのもありますし……駄目でしたか?」

 微笑みながら上目遣いをしてくる好きな人の願いを無視するわけにもいかず、心配しながらもルネックスはそれで構いませんか、とミネリアルスに問う。
 今日中に答えを出さなくてはならない。ルネックス達に時間はない。悩みこんで構わないが、後回しは辛いのである。
 ちなみにテーラがニヤニヤしていたのは彼女が墓場まで持っていくつもりだ。
 ―――まあ、ルネックスが敵対して来ない限り死なないのだが。

 ミネリアルスはややあって、まわりの精霊たちを見た。戦の中生き残っていたフランビィーレを含め皆が親指を立てて「やれ」と促している。
 長い長いため息を吐いた英雄は、静かに精霊と同じように親指を立てた。

「分かったなの。取引成立なの。……お疲れ様、なの」

「はい、ありがとうございます。これからやるべき事はそこに書いてありますので、それをこなしてくれたらあとはご自身の判断で構いません」

 定期的にやるべきことは彼女が持っている書類に記してあるし、彼女は物わかりもいい。強さも十分なほどにある。
 任せておいて構わないだろう。ルネックスは何故か用意された黄金の椅子から立ち上がる。時間はないわけではないが、雑談をしているほど暇でもない。
 フランビィーレと駄弁っていたテーラもそれを察知して彼女に手を振る。

『また来てくれても構わないわよ……歓迎、するわ』

「あっはは。フランビィーレはツンデレを直すのを努力してねー!」

 別れの挨拶をしたルネックスがゲートを開けるのを見てテーラは立ち上がり、もじもじするフランビィーレの頭を撫でて一言を残した。
 大げさなほど手を振った彼女は、もう振り向かずにゲートに乗り込んだ。
 次精霊界に来ることになるのはいつになるだろうか。何十年か、もしかしたら何百年も来ることは無いかもしれない。
 テーラは来られるかもしれないが、ルネックスは分からない。

 あくまでほのぼのな生活を望む彼は、人間界で緩やかに過ごすことを一番の望みとしている。精霊界は確かに平和だが、人間界にある独特なほのぼのとした感じは持たない。
 ゲートが緩やかに閉まる。
 最後にミネリアルスが見たルネックスの表情は、物凄く申し訳なさそうに腰を曲げている彼の姿なのであった。

「ねえ、あんなに早く帰っちゃってよかったの?」

「はい、多分あれが妥当だったと思います。情が移れば帰れなくなってしまいますし、一番は話している時間がない事ですかね」

「まあね、ボクの研究所も土台は最初から作られてたんだからもうすぐだと思うよ、兵を大量につぎ込んでるらしいからねー」

 そう言って両手を頭部に支えるようにしているテーラの言葉はやや他人事のように感じた。彼女が今したいのは、歴史改革ただそれだけ。
 他の事に興味はない。魔術の研究もいいかもしれないが、誰かに聞かれたら理論を教えるだけのつもりでいる。
 あくまでもメインは歴史改革と、それに必要な道具揃え。
 そして、歴史改革を正式に発表した時のためのスポンサーの用意と、話題になるのは確実なのでそのための様々な背後の用意が必要である。

 スポンサーはルネックスが担うのも構わないが、国王コレムでもいいかもしれないと話し合いの結果思っている。
 歴史改革はコレムにすら言っていないが、その内言うつもりだ。彼をバックにした方がいいと決まったのなら、だが。
 そんなテーラにとって、研究所は歴史の研究がしやすくなるだけのただの部屋。
 様々な知識がつめられたその場所は、テーラの助けになるひとつの道具でしかないのだ。それはルネックスも分かっているからこそ何となく気持ちが解る。

「それで、次は魔界だっけ。ルネックスが言ってる貿易が何だとか、すごく複雑だよね。どの世界にとっても不利なことがあってはならない」

「はい……こればっかりは考えるのに苦労しました。まあそれも、勇者として当然の務めですから、テーラさんも相当忙しかったでしょう?」

「まあね、ボクの時代は確か、壊れた土地とか全部ボクが修復したし、世界もね。人間も新たに生んだし……まあ忙しかったと言えば確かにね」

 直接魔界に行くために、ゲートは時間がかかる。聖なる世界と魔なる世界という、対を成す世界へ行くのだから、それほどの時間を使うのも納得だ。
 テーラの場合は世界そのもの、アルティディアそのものが消えてしまうところを懸命に拾って世界を一から作り出すことに成功した。
 それからの事も全て彼女がこなし、セバスチャンやゼウスを復活させたのも彼女、ルネックスよりも忙しいと言えるだろう。

 苦笑いしながら語るテーラは、過ぎたことをまったく気にしていないのかやはり他人事である。しかし、消え去った歴史はそうでないのだろう。
 例えばルネックスがシェリアが居たことすらも歴史の中で消されたことを知ったなら、彼女自身が目の前で消えてしまったなら、許せない。消した人も、揉み消しに賛成した人も。何もかも。
 目を塞いでしまう選択を選んだテーラの心の中にも、きっとそんな思いがあったのだろう。他人事ではない、自分の事として。

 微笑んだルネックスはちらりと気づかれないようにシェリアを見る。

「……僕的には、勇者も英雄も……平民と同格だと思うんですけどね……」

「精神力と武力の差かな。でも、平民にも稀に結構な精神力持ってる人いるよねぇ。勇者のボクらが言っても意味ないと思うけどね、ハハハ」

 ちりん、とゲートがもうすぐ到着する音が奏でられた。

 それにまるで気付かないように話は続く。勇者である彼らがこんなことを言うのもなんだが、と言うテーラに対して平民はこれを聞いたら怒るだろうと続けるルネックス。
 私はみんな等しいのが好ましい、ととんとん拍子で進む会話に付いて行くシェリア。そんな三つの会話で区切りをつけられ、ゲートの扉がしゃらん、と小さく美しい音を奏でて開いた。

 ―――新たな取引を伝える音が、緊迫した雰囲気を巻き上げるのだった。

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